心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌−万造寺ようこ歌集『そよぐ雀榕(あこう)』
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【写真はすべて万博公園にて。最初と最後は冬。中の3枚は秋。最後の2枚はどちらも西大路のポプラ並木。】

今回は、万造寺ようこさんの歌集 『そよぐ雀榕(あこう)』(青磁社刊/2009年/2500円)をご紹介します。

        soyoguakoukabaa.jpg 【カバーと帯付き】    soyoguakouhonntai.jpg 【本体】

1997年から2006年までの10年分を、ほぼ編年順に600首内にまとめられた第二歌集です。
あとがきにある「出会ったすべてのことの、そのときどきのその姿、表情。過去の思い出の中の忘れてはいけない大切なこと。それら大切なことを大切なようにまとめたい。」という気持ちが、読み手に穏やかに伝わってくる歌集でした。
また、あとがきに「自分が自分のことを話そうという気持ちよりは、語り部のようにこんなことがあったよと人に伝えたい人間だと感じた。」と書かれている通り、読む側も「万造寺さん個人の出来事」を読むという感じではなく、「物語」を読むような印象を受けました。
作者は非常に聡明な方で、歌会での読みも深くて的確で、詠まれる歌は、地上から少し浮いたところを歩いているような不思議な感覚があります。それらが、ご本人の鷹揚とした感じとよく合って、魅力的で、読み返すたびに、異なる歌が立ち上がってきました。
ここでは、私なりにテーマを決めて、特に心に残った歌を、テーマ別に引用しました。


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「死」を想う

お父様をはじめ身内の方々の死、長年共に暮らした犬や猫の死、教え子や友人の死など、多くの大切な存在の喪失が読まれているのですが、両手で丁寧に包み込まれるように詠まれていて、読み手に優しく響いてきました。

墓原のなかにできたる町ならむ見知らぬ死者と重なり住めり  

死後もまたかういふ気配かロンドンの弓なり街路行く先みえず 

すこしづつ死んだものたちがはひりこみやがてわたしは死ばかりとなる  

とりあへず洗濯をせむもやもやと死の一日分がわれに近付く   

人ならば死んでも子どもの中にある猫は死んだら空泳いでる  

二十七の昔のわれと二十七で逝きたる姉と窓を出で会ふ  

大樹となり空にそよげる雀榕(あこう)の樹亡きものたちの声落としくる   

いづくよりかなつかしい手の伸びてきて背中たたかれしがもう振り向かぬ   


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「不思議な感覚」

私も同じような情景を見たことがあったり、同じような体験をしたりしたことがある。でも、こんなふうに表現することはできない。万造寺さんの歌には、どこか異界に導かれるような、でも、感覚はすとんと自分の体に入っていくような、そんな特徴があります。

朝のひつじぼうつと草を食べずゐるぼうつとかたまつて永遠を見てゐる 

壁の面にブラインドの影だんだらの写らぬやうに通り抜けたり 

いつもかうだつた時間はづれの食堂のいすは机上に並べられ  

進むほど退くやうななつかしさ蒼い日暮れは鏡のやうに    

地下牢の四角い入口はひりたい人はひりたくない人と別れぬ [イギリスにて] 

乗客はみんな知り合ひであるやうな昼の路線バス停まり停まり行く 

突き当たりの塀の横には身の幅の抜け路のあり行きて気づきぬ  

落葉松を差し込むひかり縞となる道をあゆめりだれか歩めり  

電球の切れたる風呂場のくらがりはもらひ風呂のやう母がそばにゐる  

藤の花咲きしだれゐる小園に行く道が本当にあつたのだらうか  
       

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自然と「同じ目線」で

犬・猫・鳥などの小動物、植物を好きという気持ち以上に、同じ立ち位置で詠まれている歌の数々。自然と一体化できるのは、ものごとにとらわれない自由な心で生きておられるからこそ、という気がしました。

手に抱かば体熱芯より伝ふらむふつくら輝いて白鷺がゐる 

水分くるやうにカーテンを頭(づ)で押して猫は向かうの夜へ出でゆく  

向かう岸を連れられて行くレトリーバー進む速さに合はせて歩む   

夕靄のさくら明かりのなかに来る犬は静かに己が影を嗅ぐ  

さゐさゐと銀杏もみぢの散りやまずこころの底がもうからつぽだ  

猫はまだ家ぬちを歩みゐるならむ隙間あけおく襖も窓も  

白薔薇の大きな花を剪るときに空のかすかに歎くを聞けり  

もう守つてくれなくてもいいからと耳を動かす犬に言ひ聞かす  

シロツメクサ絵手紙に描かう金網の下の雨から引き出して来る  

芽を出すとき苦しくないのかあぢさゐの長い枯れ色枝のさきまで  

よく舐めてをりしに腫物に気づかざりき跳びつき喜ぶ顔ばかり見て  


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テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌−季節の詩歌(14)〜雪が降る〜
 「空」誌28号に載せていただいた拙文です。なかなか雪景色が撮れませんので、昨日撮った空の写真と合わせてアップします。例によって長文ですので、お時間のあるときにでも読んでいただけたら、嬉しいです。


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雪はふる! 雪はふる!
見よかし、天の祭なり!

空なる神の殿堂に
冬の祭ぞ酣(たけなは)なる!     (堀口大學「雪」)
                                      
                                             
天を発つはじめの雪の群れ必死   大原テルカズ 

雪が降る。人は、つっと空を見上げる。しかし、そこに「天の祭」が行われていると想像する人は、まずいないだろう。また、天を出発する雪片が、まるでマラソンのスタート時のように群れ、遅れてならじ、地まで無事届かなくてはと「必死」になっているなんて思いもしないだろう。これらの楽しい発想が、元気をくれる。一方、「雪の群れの必死」さを、人間の側から表現すると、次の俳句のようになる。いきなりの大雪を「前略」と表現した諧謔性がいい。

前略と激しく雪の降りはじむ      嵩 文彦  

思惟すでに失せ渺渺と額の雪      深谷雄大 

考えることも不可能なほど額にぶつかってくる雪。この吹雪、いつまでどこまで続くのか果てしない。 
このような北国に降る大雪に対して、都会に降る雪はどこかゆったりとした風情がある。

ああ雪、と誰か言ひたりわれにまだ雪の降り来(こ)ぬ外苑通り     小島ゆかり

ゆきふるといひしばかりの人しづか   室生犀星 

「ああ雪」という言い方が静かで、それはそのまま犀星の句の人に連なる。一気にどっと押し寄せるのではなく、ちらほらと降り始めた雪。それでもそれは止むことなく、人を無口にさせて降り続くのだ。

降る雪に睫毛もつとも早く濡れ     内藤吐天

雪はまひるの眉かざらむにひとが傘さすならわれも傘をささうよ   塚本邦雄

果して雪こころ素直になりゆけり     林 翔  

積もらないまま降りつづく雪の日の外勤から傘を払ひて戻る     真中朋久

雨ほど水分を感じない雪は、傘を差そうかどうか迷ってしまう。睫毛が濡れ、髪の濡れ具合が気になる頃が、傘の差し時か。眉毛に雪が積もるのも一興だけれど、周りが差すなら自分も、と様子を見ながら、そのタイミングを量る塚本の歌が楽しい。林の句を横に並べると、塚本のそんな心を詠んでいるようで、面白い。自然からの神秘的な贈り物を前にすると、人は思いがけず「素直に」なるのだろう。アスファルトやコンクリートといった人工物に囲まれている都会は、気温が下がりきらないので、雪は降っても簡単には積もらない。真中の歌は、都会のサラリーマンの様子を過不足なく描いていて、リアルである。時間の経過と場面がくっきり見えて巧みだ。


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路夾(はさ)む並木銀杏の若き枝懇(ねんご)ろに持つ降り積む雪を           窪田空穂                
                     
夕ひかりふたたび淡く差しながら梢梢の雪つもりゆく           高安国世

都会では積もりにくい雪が、木々の枝一つ一つに丁寧に積もっていく様を詠んだ窪田の歌。雲の切れ間からまた柔らかい「夕ひかり」が差し、梢にふんわりと雪が積もっていく。静かな時間が過ぎてゆく。
 降り続く雪は、都会の喧噪を静寂の中に閉じ込める。では、自然の豊かな所ではどうだろうか。

降る雪が川の中にもふり昏れぬ     高屋窓秋

山川のひびきの外(ほか)に何もなし四方(よも)をとざして雪ふりにけり        土田耕平

流れの音しか聞こえない川に、降っては溶けていく雪。やがて、流れの緩い所や浅い所から、溶けきれない雪の層ができ、川面も川音も雪に覆われていく。しかし、海を雪で覆い尽くすことはできない。

雪呑みて雪呑みて海蒼くなる      大橋敦子 

海はただ、降り来る雪を呑み続けるだけだ。海が「蒼くなる」のは、純度の高い雪の結晶が溶け込み、海の水をさらに冷たくするからだろう。「蒼」がいい。

降る雪が月光に会う海の上      鈴木六林男

夜の闇の中、海の上に降る雪は形をとどめず儚い。しかし、そこに月光が当たると、雪は白く輝き美しい存在となる。共に天から降る雪と月光が、海の上で「会う」と表現したことで、幻想的な句となった。

 夜になって降り始めた雪は、昼間とはまた違った音がするようだ。夜が更け、辺りの物音が消えると、雪の降る音だけが聞こえてくる。それを音と呼んでもいいものかどうか、音のない音が雪の降る音だ。

夜の雪雪の音して降りはじむ      右城暮石

音絶えしこの音が雪降る音か      有働 亨 



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わずかな音も包み込んでしまう雪は、村や町までも静まりかえった世界にする。有名な次の詩は、太郎、次郎、三郎…と連想が広がり、雪に覆われた広い空間と、永遠に続くかのような時間が魅力的である。

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。     (三好達治「雪」)
                                   

さて、静かに子どもたちが眠っているはずの家の中は、どんな様子だろうか。次の歌と句が興味深い。

荒れあれて雪積む夜もをさな児をかき抱きわがけものの眠り     石川不二子

雪夜子は泣く父母よりはるかなものを呼び    加藤楸邨

「けものの眠り」の母親、「はるかなもの」を呼ぶ子、雪の夜に乗じて、家の中に原初的なものが侵入してきているのだろうか。それとも、雪に覆われ孤立した家の中で、洞穴で暮らしていた時代の遠い記憶が呼び覚まされているのだろうか。不安や恐怖が募る。
次の二句は、三好達治の詩「雪」に対する、現代ならではの応答。風刺精神に満ちつつ、内実は深刻だ。

太郎老い次郎も老いて雪こんこん    江ほむら 

雪積む家々人が居るとは限らない    池田澄子   

茅葺き屋根の家に住み、幸せな眠りの中にあった「太郎」たち。しかし、時の流れとともに、雪国の彼らの村にも過疎化の波が押し寄せ、年老いた彼らだけでは雪下ろしもままならない。いや、既に人々は村を去り、無人の家が残るのみなのかも知れない。

昔から「雪月花」と言われ、多くの詩歌に詠まれてきた「雪」だが、そのほとんどが「降る」か「積もる」という動詞を伴っている。白く静かに降って積もる、それが「雪」の大きな特徴だ。

降る雪を仰げば昇天する如し      夏石番矢

雪が降ると、なぜか空を仰いでしまう。そして、見つめ続けているうちに、自分が天に向かって上昇していくような感覚を味わう。私にも似た経験がある。

暗黒より降り乱れくる雪すべてわれらに向きて漂うらしも    岡井 隆

この歌も降る雪をじっと見上げているときの実感だ。
やがて雪は積もり始め、次の林田の句のように、地上が白い雪に覆われてくる。片山の句は、さらに時間が経ったことが「まだ」からわかるが、もっと雪が積もったら「もののかたち」すらわからなくなってしまう、先の時間のことも想像させて面白い。

降る雪の徐々に地上の形なす      林田紀音夫 

まだもののかたちに雪の積もりをり   片山由美子 


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 次にあげる白秋の歌は多くの人に愛誦されている。

君かへす朝の舗(しき)石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ     北原白秋

雪の香の髪となるまで歩きけり      中田みなみ  

「さくさくと」が雪を踏む音と林檎をかじる音を思わせ、同時に雪と林檎の新鮮で爽やかな香りを連想させる。中田の句は、まるで白秋の歌に呼応しているかのような魅力を持つ。時代を超えて味わえる文学の妙だと、並べてみて嬉しくなった。

泣くおまえ抱(いだ)けば髪に降る雪のこんこんとわが腕に眠れ     佐佐木幸綱

雪はげし抱かれて息のつまりしこと   橋本多佳子   

白く冷たい雪と炎のように燃える恋心、対照的な両者を描くことで、どちらも際立つのが興味深い。

どこまでが愛限りなく雪が降る     橋本榮治

限りなく降る雪何をもたらすや     西東三鬼

精神性の高い二句だ。無限に降るように思える雪だが、有限だ。愛はどうだろう。「何をもたらすや」と尋ねられたとき、具体的な答えだけでなく、抽象的な「何」を考え、いろんな人と語ってみたい。

人の世の過去へ過去へと雪降れり   三村純也

花なりや雪片なりや降りつのり身をうづめゆく歳月は見ゆ     稲葉京子

雪に閉じ込められ外出も制限されると、人は内省的になる。雪が降るのは、砂時計に似ている。降り続く雪は、過ぎていく時間である。そこに「過去」を見ることができるのは、詩人の魂だけだ。過ぎていく時間がかけがえのないものだと気づいた時、人はおのれの時間が有限であることを悟る。そして、その時「人はなぜ生きるのか、どう生きるのか」という哲学的な問いに真剣に向き合うのである。

限りあるいのちよわれよ降る雪よ   鈴木真砂女 

かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は真実を生きたかりけり   高安国世

「かきくらし」とは、空が暗くなるほど強く降ることをいう。医学への道を歩んでいた作者が、文学に生涯を捧げる決意をした時の歌で、第一歌集の冒頭に置かれている。「真実を生きたい」というこの歌を読んだとき、私は、医学を志し清朝末期に日本に留学した魯迅を思い浮かべた。彼は、祖国の病んだ精神を治療するのが自分の使命だと考え、文学に転じたのである。今の文学に、この力はあるだろうか。


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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

心に響く本−井上博道の写真&お知らせ
 先日、井上博道さんの写真展に行ってきました。東大寺を中心とした仏像の写真や明日香の風景写真が、素晴らしい色彩と質感で大きくプリントされ、240点展示してありました。このチラシと逆方向から撮ってある大仏様の写真は、日ごろ大仏様が私たちをどういう視線で見ておられるかがわかり、面白かったです。
他にも四天王に踏まれている天邪鬼など、目の付け所に大変共感を覚えました。自然の写真もどれも心ひかれ、絵はがきや本を手に入れ、息子にもぜひ見に行くように勧めたところ、大変感動して帰って来ました。偶然同じ蓮の花のクリアファイルを買っていて、そんなことも嬉しく思われました。

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売店で頂いた名刺に「井上企画・幡」とありましたので、検索したところ、昨秋奈良に行った折に寄った「幡・INOUE 東大寺店 ふれあい回廊 夢しるべ風しるべ」が載っていました。今年は、平城遷都1300年ということで、再度どこかで写真展が催されるのではないかと思いますが、とりあえず見たいという方は、このお店がおススメです。
現在改修中の興福寺国宝館では、3月1日から「阿修羅像」などをガラスケースなしで見る展示にするそうです。何時間も並んで見て下さった人気に応えてということです。たぶんそうなるのではないかなと思って、昨秋の仮金堂展示に3時間並ぶことをしなかったのですが、予想的中でした。でも、金堂ではないのですが・・・。

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石井ゆかり・文/井上博道・写真 『禅語 zengo』 (2009年/ピエ・ブックス/1900円)
大変美しい写真と書かれている言葉の優しさ・易しさにひかれて、会場で購入。予想以上に素敵な本で、写真好きの方に紹介したところ、早速買われました。これは、1冊手元にあってもいい本だと、心から推薦します。

中西進・文/井上博道・写真 『万葉こゝろ旅』 (2006年/奈良テレビ放送/1800円)
少し引用〜「よき人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よよき人よく見つ」・・・山の美しさ、川の美しさ、そういう風景の美しさに心を驚かせて山川を尊敬する人が「よき人」だという考え方に、はっとさせられます。

中西進・文/井上博道・写真 『美しい日本語の風景』 (2008年/淡交社/2000円)
少し引用〜変化を認めながら、下品な流行語は使わず、大昔のものに固執せず、一歩遅れたところでことばを使うと、これはみごとなばかりに美しいことばの使い手となる。じつは人間の品というものはすべてこの「一歩遅れ」にあるのだから。

昨年、奈良明日香の「万葉文化館」で、中西進さんの講演会があり、上の2冊を手に入れていました。そのとき、写真が気に入って買ったのに、誰の撮影か全然気にしていませんでした。先日の写真展の際、売店で本を見て、「あれ?この本、家にある!」と、井上博道さんに思い至ったわけです。今回の写真展は、実は前から好きな写真家さんとの再会でした。

 こんなに宣伝して、まるで井上企画の回し者のようですが、残念ながら私費を投じた(?!)だけです。ついでに、以下の記事も、若者の心意気にひかれ、イベントのご案内です。

 お知らせ
1月22日(金)19:00〜「フリーペーパーbohemianの奥村健太郎さんと旅人作家長尾良祐さんのトークイベント」枚方市駅徒歩3分の「カフェ・バル Hobbit」にて。応援している青木タクトが歌うそうです。
トークの二人は、学生起業家だそうで、どちらも関西外国語大学の学生さん(奥村さんは大学を辞めちゃった?)。長尾良祐さんは、世界一周をして 『学生よ、旅に出ろ!〜現役大学生の世界一周物語〜』 を、この1月に出版されたそうで、私も早く手に入れて読みたいなと思っています。若者のこういうやる気がすごく嬉しくて、紹介しました。


心に響く詩歌−中村ケンジ第一歌集『祖国復帰』(私家版)
1月19日追記:それぞれの歌に、感想を付け加えました。歌は、二首ずつ関連させてとりあげています。

sokokuhukki.jpg  中村ケンジ 第一歌集 『祖国復帰』 (私家版)

作者は、短歌を始めて3年目の若い方で、ここにもよくコメントを下さる中村ケンジさんです。昨年、短歌とふるさと沖縄への熱い思いを、300首に載せて自費出版されました。私は「塔」の歌会でお付き合いがあり、拙ブログと愛媛(特に道後と内子)が好きということで、貴重な歌集を頂きました。その中から私の心に響いた歌を選んで、宇津木さんの切り絵(沖縄編)を添えてご紹介します。*切り絵にカーソルを乗せると、蝶の名前がわかります。

第二次世界大戦で米軍に上陸され大きな被害を受けた沖縄、その後も日本政府から冷遇され続け、いまだに島のいちばんいい場所を米軍基地に占められている沖縄。新政権になっても、基地問題は未解決のまま、混迷状態が続いています。以下は、そんな沖縄の人たちの思いとふるさとへの愛を詠んだ歌の数々です。


           アオタテハモドキs



死者も吾も祖国復帰の夢を持ち辺土岬より北方見つめる

日米の思惑の中に揺れ動く沖縄にもかわらぬ生活はある

なぜ沖縄ばかりが、犠牲を強いられなければならないのか。本土の私たちが嫌なものは、沖縄の人も嫌。だったらどうすればいいのか。他人事として沖縄のことに無関心でいることは、沖縄の人たちを孤立させ絶望させる。


旧盆に還る御霊かこの海の青さ増すほど流血ありて

戦争を許さぬ心を持ちて見るオキナワの海の青すぎる青

沖縄の海もサイパンの海も、人々の悲しい命を受けとめて、この歌のように「青すぎる青」色をして、怖いほど透き通っていました。断崖に追い詰められ身を投げた多くの人々、その一人一人の命を忘れてはいけません。


走っても走っても基地のフェンス沿い椰子の花やわらかき風の抜け道

日の丸と星条旗のあるフェンスの外ジョギングすれば米兵とあう

マラソンが趣味の中村さんらしい、実感のこもった歌です。「走っても走っても」「米兵とあう」に、沖縄の現実がよく出ています。旅行者でしかない私にも、この光景がありありと浮かんできます。基地が町を占領しています。


「沖縄忌」六月二十三日慰霊の日「季語」となりたり平穏にあれ

限りある一生を花や鳥のようにいちずに生きたいと思うことあり

沖縄の辛い日を忘れないように、二度と戦争が起きないように、平和だからこそ楽しめる俳句・短歌。そのような作者の願いを感じました。人も自然の一部として、意味なく争うことなく、穏やかに暮らしていきたいものです。


    オオゴマダラs


天の蒼盗め盗めと噴水のあふれる水の力わき立つ

「好きなだけ青を売ります」すずしげな空いっぱいに夏びらきする

繰り返している言葉に、若さを感じました。夏の生き生きとした生命力の出ている歌です。


黙祷の一分間さえ長かりきわれのヒロシマ風化しはじめる

開花予報外れ謝る予報官平和ニッポン春まっさかり

次々と新しい情報が入る今の世の中、ひとつの出来事に十分に浸りきらないまま、私たちは流されてしまいそうです。忘れてはいけないヒロシマすら例外ではなく・・・自戒をこめて。二首目は、平和ボケしたニッポンをしっかり風刺した歌です。


誘い合うごとく水滴重なりてグラスをつたい流れ落ちゆく

どこまでも転がる石は坂まかせ迷ったときは石になりたい

落ちていくもの、転がっていくものの動きを表した歌。無心であることに、心引かれる作者が見えます。


夕映えがひと足遅れで乗り込んでローカル線は動き出したり

精いっぱい噴きて上がれど噴水はやがて静かに落ちてくるなり

情景を表した擬人法で効果的で、景色だけではない、それを見ている人の心情まで想像できそうです。


    モンシロチョウs


沖縄の人たちの怒り・憤り・嘆きを代弁しようと一生懸命歌を詠んでいる作者の姿と、ときおり垣間見える作者の若く柔らかい感性が魅力の歌集でした。自らの体験や見聞を歌にしたもの、心情をそのまま正直に表現した歌に、私は心引かれました。
中村さんは、少し理が勝り老成した歌を詠んでしまう傾向があるようです。いろいろな短歌の大会に応募して、いくつも賞をとられたと聞きました。持っている歌の力を生かし、今の中村さんにしか詠めない、若い感性の作品をたくさん読めることを、期待しています。

最後に二首、「素」のままの健気な中村さんが出ている歌を選んでみました。

滋賀京都旧月北摂大阪と和歌山歌会の六つで学ぶ

我の中にもう一人別の「我」がいて孤独はその「我」を見失うこと


           シロオビアゲハs


 先日読んだ本に、歌人の加藤英彦氏が次のようなことを書かれていました。 「歌や詩のもつ豊かさとは、そこに書かれた言葉が、書かれていない世界をどこまで引きつれてくるかにあるように思う。」よく言われる「滞空時間の長い歌」と意味することは同じだと思います。私など、歌を詠むとき、そうありたいと願いながら、なかなか難しくて苦しむところです。 「散文的に意味を伝えようとするのではく、言葉で想像する豊かさを読者に渡せるような歌を。」加藤氏の文章にあった言葉を、初心の今も慣れてきてからも忘れずにいたいと、改めて思いました。

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌−高丸もと子さんの詩
新しい年も、はや8日経ちました。皆さん、お元気でお過ごしですか?
今回は母の帯で作った敷物をスキャナで取り込んで、アップしました。なかなか和服を着ることもないので、古い帯を死蔵させておくよりはと、思い切ってお正月用の壁飾りにした残りです。鏡餅を飾る敷物や、屠蘇セットを置く敷物用にと、数枚作りました。真中あたりにに丸く物を置いた跡があるのは、そのせいです。右端の黒い部分は、姉のウールのスカートを再利用して、表にアクセントを入れた一部が写っています。

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 次にあげる詩で、私は「高丸もと子」さんという詩人を知り、その前向きな詩が好きになりました。ある日、高校時代からの友人和子さんから、その高丸もと子さんの詩集が送られてきました。なんと!お友だちだそうで、偶然に驚きました。1か月ほど前に、また新しい詩集をもらったからと送っていただきましたので、ご紹介します。

                  今日からはじまる     高丸もと子

                  あなたに会えてよかった
                  空が青く
                  大きいことも
                  あなたがいて気づいた
                  この光もいま届いたばかり
                  一億五千キロのかなたから
                  今日からはじまる
                  何かいいこと


hazimarinooto.jpg 今回頂いた『はじまりの音』(たんぽぽ出版/500円/2009年/文庫版)

     洗濯日和

     いやと思うのも
     くやしいと思うのも

     みんな わたしの中の出来事

     体の中にも
     風が吹いているから

     青空を吸った
     風は
     いつも
     洗いたてのわたしになっていくはず

     だから
     こんな晴れた日には
     ついでに
     なにもかも
     みんな
     青空に
     ほおりこんでいいのです



                              

                             冬という字を見ていると
                             頭巾をかぶった人のよう
                             にこっと その人わらってる

                             冬という字を見ていると
                             ぼたんの花のおおいのよう
                             もう雪がきても大丈夫

                             冬って本当はあったかい
                             あちこちで
                             「お入り ここよ」
                             って呼んでるみたい



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1月20日追加

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プロフィール

大空の亀

Author:大空の亀
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

B型。山羊座。
空と言葉と花が好き。
愛媛県出身。大阪府在住。
趣味は読書・短歌・俳句・詩・中国語・書道・実用的な手芸など。

読書ノート歴30年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊〜150冊。

*サムネイル版の小さい写真はすべて、クリックすると大きくなります。

*字が小さくて見づらい方に・・・
パソコンの右下にある100%の表示をクリックすると、125%、150%と拡大されます。
(パソコンによっては無理な場合も)

ブログ歴 3年と10ヶ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年 4月16日カウンター55555通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
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