心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(38)-帽子の中
 光が少しずつ春めいてきました。「空」誌に掲載いただいている拙文です。

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季節の詩歌(38)~帽子の中~
               
数年前に山口を旅行した折、湯田温泉の「西村屋」に泊まった。種田山頭火がお世話になったり、中原中也が結婚式を挙げたりした老舗の旅館である。あいにく休館日だったが、近くに中也記念館があった。

いま脱ぎて置かれしごとく軟らかしケースのなかの中也の帽子           中西 輝磨

私も青春時代に中也の詩に出会い心惹かれたが、あの帽子の、若くて美しい中也像も魅力的だった。大岡昇平のエッセイ「詩人と写真」に、中也の帽子に関する面白い文章があった。一部引用したい。

「現在中也像として最もポピュラーなお釜帽子の肖像写真」は「大正十四~五年、十八~九歳と推定、銀座の有名な写真館でとった。」ものである。「お釜帽子と当時いわれたのは、黒いソフトのてっぺんを平らにつぶしたもの」で、「短頭であった中原にはこの方がかぶり易かった。」という。「彼は詩人としてポーズしている。詩をやろう、と方針をきめた時、とったものと思われる。そしてこの写真は彼の代表的写真となり、十二分にその目的を果した。」

帽子が単に防寒とかの用途だけではなく、生き方や人物をも象徴するというのは、興味深い。

遠目にも夫とわかりし冬帽子    松本 蓉子

人込にまぎれざる師の冬帽子    中里 カヨ

同門のよしみも古りぬ冬帽子    細見 綾子

長い付き合いの中で見慣れ、その人そのものと思われる帽子。夫、師、同門、どの句にも、親しい間柄が感じられ温かいのは、フェルトなどで作られた「冬帽子」の暖かく軟らかい質感も影響している。それだけに、遺品となった冬帽には、深い思いが宿る。形見の冬帽子を、きまりのように被る作者もまた、逝った人への尊敬の念や強い気持ちを抱いているのだと、体の一番上に載せるものだけに、思う。

見覚えの冬帽もまた遺品なり    大橋 敦子

規矩の如冠す形見の冬帽子     醍醐 育宏


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昔の写真では、ソフト帽や鳥打ち帽を被った男性や、クロッシェ型の帽子の女性を見ることが多いが、この頃は、髪型の崩れるのを厭うせいか、ニットキャップの若者を見かけるぐらいだ。冬帽子を被った時の安心感は捨て難いものがあるので、少々残念だ。

冬帽子かぶりて口の重くなり    黒木 純子

人こばむごとく目深に冬帽子    荒川 香代

天鵞絨(ビロード)の帽子目深にかぶるとき隠れ蓑に似るこころやすらぎ      宮 英子

冬帽子まぶかにかむりポストまで凍てし坂道蟹歩きして            西垣田鶴子

心が傷ついて誰にも会いたくない時、疲れていて喋りたくない時、素の自分を曝したくない時、そんな時が誰にもある。それならば、家にじっとしておればよさそうなものだが、強いて外に出ることで、そんな自分の孤独と対峙したいのだ。つくづく人間は厄介で面白い生きものだと思う。

冬帽のをとこの真顔みたりけり   柴田白葉女

けふを生く険しさ眉に冬帽子    篠田悌二郎
赤茶けし帽子ひとつに悲しみをあつめしごときさびしき男           前田 夕暮

表情を隠してくれているという安心感で、無防備になっている帽子の下の顔。しかし、それは逆に、人の好奇心を刺激し注視されるのかもしれない。

冬帽子とコートに軽き音を立て時雨は坂を濡らし過ぎたり           田附 昭二

時雨れていても焦ることなく、帽子とコートで身を鎧う作者は、案外この雨を楽しんでいるのかもしれないのだが、他者に見える姿はそうではない。そんなことも、次の句に思うのである。

何求(と)めて冬帽行くや切通し    角川 源義

人よりも後れて歩む冬帽子     秋元きみ子

寒い中をわざわざ一人歩む姿は、孤独を知っている者にとって、自分自身を見るような気がして、心を重ねてしまうのではないだろうか。


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ところで、帽子の効用の一つ「自己を消す」は、別の角度から見ると、中也がしたように「新しい自己」を創りだすことでもある。人気漫画家の手塚治虫や藤子・F・不二雄のトレードマークは、ベレー帽だったが、私が毎月出かける俳句サロンの主も、そうである。

ベレーはみ出る白鬢 神戸でなら死にたい     伊丹三樹彦

西洋文化のあふれる港町神戸だから、ベレー帽も似合う。洋画家のベレー姿もよく見かける。俳号が俳人を作り上げていくように、ベレー帽が芸術家の意識を育て、自らに研鑽を積ませるのだと思う。つばのない帽子は、他の帽子と違って顔を露わにする。それだけに、自らを磨くことなく、自尊心だけが高い場合は、次のような恐ろしい歌を賜ることとなる。

オポチュニストと低く呟きふり返るベレーかぶれる彼の背後を           大西 民子

オポチュニスト(オプティミスト)とは、楽天家のこと。楽天家でいいではないかと私などは思うのだが、「低く呟き」には、作者の厳しい目がある。だからといって、委縮して自らを型にはめれば、また次のような哀しい歌となる。こんな狭い世界でかっこつけて偉そうに生きるなよ、という痛烈な皮肉にも思えるし、共感と励ましにも読める。

一枚の羽根を帽子に挿せるのみ田舎教師は飛ばない男             寺山 修司

縛りの少ない時代に生きている私たち、一度きりの生なのだから、自由を謳歌するのは悪いことではない。お気に入りの帽子を見つけ、思いきって遠くまで出かけたいものだ。

一人だけの吟行と決め冬帽子    横田 晶子

初旅をすぐに決めたる帽子かな   山田みづえ

何処へでも行ける気構へ冬帽子   大阿久雅子

俳句や短歌に親しむ私の周りには、高齢の方が多い。八十歳を過ぎる頃から皆さんそろって「足が不自由になってねえ…」と仰る。好奇心旺盛で、いろいろなものを見聞きしたい方々だけに、その悔しさは半端ではなかろうと想像する。

彷徨を許さぬ齢冬帽子       木村 蕪城

放浪の夢見し日あり冬帽子     谷口ふさ子

遠出せぬ父となりたり冬帽も    柴田佐知子
 
壁にかかっているだけの存在は、冬帽の持ち主だけでなく家族も、心配で寂しくて辛いものだ。


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くらがりに歳月を負ふ冬帽子    石原 八束

長い人生を共にしてきた帽子への愛着は、並々ならぬものがある。帽子が古びたということは、それを被ってきた自分自身も、それだけの歳月を経てきたということ。あれこれ思い出すことも多い。

手にとりて冬帽古しこと嘆ず    安住 敦

六年(むとせ)ほど日毎日毎にかぶりたる古き帽子も棄(す)てられぬかな       石川 啄木

風景は人間(ひと)のはるかなる原点 かぶらんとすれば帽子の裡側におう     糸川 雅子

嗅覚は、過去を呼び覚ます。まして自分の匂いである。動物が、自分の存在を示すため、様々な場所に匂い付けをするような、人間の原点を帽子に思う。

帽を顔に載せれば帽の内側の匂ひて苦しおのれと言ふは            森山 晴美

空つぽに満たされてゐるわが帽子冠ればゆふやみ掬ひてぬくし         上村 典子

帽子の内側には、再認識したくない自分自身が澱み、己を責めるかもしれないが、暖かい空気をためて、優しく守ってくれる存在でもある。帽子の役割は、思っているよりずっとたくさんあるのだ。

冬帽に猫を飼ひをる男かな     平井 照敏

「鍋猫」なるものの写真が流行ったことがあるが、猫は窮屈な場所が好きだ。体が直接触れる安心感があるからだろう。帽子の中で丸くなっている猫の姿と、飼い主の可愛がり方が見える一句だ。

忘れきし青き帽子の真中にて綠(あを)鳩の胃のひさかき芽ぐむ            百々登美子

「ひさかき」とは、ツバキ科の常緑小高木で、榊の代わりに枝葉を神前に捧げる、と広辞苑にある。紫黒色の球形の実を啄んだ鳩からの贈り物が、野に忘れてきてしまった帽子の中で芽生えている情景は、作者も読者も幸せにしてくれる。こんなメルヘンもいい。次の歌は、路上ライブの様子だろうか。長時間歌っても、思うほどお金が集まらないようだ。

道の上に帽子を置きて歌ふ人二時間のちにも同じ姿勢に              河﨑香南子


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最後に置いた三首は、作者の個人的な事情や社会的な背景も考えながら読むと、更に深まると思う。

引金を引くあそびなどもうやめて帽子の中の鳩放ちやれ(『魚歌』昭15)      齊藤 史

明治42年生まれの作者は、昭和11年、軍人齊藤瀏の娘として、二・二六事件に遭遇した。この歌はそれより前に詠まれているが、青年将校たちとも親交のあった作者にとって、平和を願う気持ちはひときわ強かったのではないかと感じる。

欧州の帽子の下にひとりごつ殺戮はまこときらびやかなり(『春の旋律』昭和60)  佐伯 裕子

昭和22年生まれの作者は、A級戦犯として処刑された祖父を持つ。戦後生まれの彼女であるが、個人として戦争の影から逃れることができない苦悩があったであろう。下の句にその哀しみがある。

「銃後といふ不思議な町」を産んできたをんなのやうで帽子を被る(『一葉の井戸』平13)  
                        「銃後といふ不思議な町を丘で見た」(渡邊白泉)    米川千嘉子

作者は昭和34年生まれ、一人息子がいる。白泉の句を踏まえて詠まれたこの歌には、男児を産んだ自分が「銃後の母」になるのではないかという、未来への鋭い危惧がある。愛と知性のある歌だ。

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 いつも手袋の人差し指の先が破れてしまう私。今年は、すでに2つもダメに…。ところが、先日バーゲンで買った手袋に、細やかな心遣いがあって、とても嬉しくなりました。破れやすい親指と人差し指の先(内側)に、ハートマークの補強がしてあるんです。こんな手袋、初めて!指も心も財布も暖かい&温かい出会いでした。

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

季節の詩歌(37)-ひとつのりんご
 「空」誌10月号に掲載して頂いた拙文です。アップするのを忘れていました。
   よろしければ、お時間のある時にでもお読みください。

季節の詩歌(37)~ひとつのりんご~

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 農業を営む叔母が、田への農薬散布の後、急激に体調を壊し亡くなってから、四十数年が過ぎた。今、農業の現場はどうなのだろう。こんなことを思ったのは、農薬が不可欠と言われていたリンゴ栽培に疑問を感じ、無農薬リンゴを作るため、孤独で壮絶な闘いを続けた木村秋則の記録『奇跡のリンゴ』(石川拓治著)が、この夏映画になったからである。

下草の繁るにまかせ養へる土からうまきリンゴが育つ       上﨑 智旦
 
 木村氏が大きな影響を受けた福岡正信氏は、「無農薬、無肥料、無除草、不耕起」という自然農法の第一人者である。周りの偏見もあり、取り組みは困難を極めたが、この方法で健康な土壌を育てることが、安全で美味しいリンゴのためには確かな方法だった。

林檎園やはらかき草踏みて入る     岸田 稚魚

 この林檎園も、下草がよく育っている気持ちの良い場所なのだろう。赤と緑の色の対比も美しい。次の四句は、リンゴ農家の作業を見ているのか、作者自身が観光農園で体験したことか、定かではないが、りんごを捥(挘)ぐ時の動作や様子が細かく具体的で、秋晴れの下、林檎の実った情景が目に浮かぶ。

大脚立林檎と顔を並べをる       森 理和

掌に少し押し上げ林檎捥ぐ       森 理和

林檎挘げばどつと露降りしばし降る   殿村菟絲子

りんご挘ぐ青空に手をさし入れて    畑 乃武子

高嶺晴林檎の芯に蜜満ちて       横井かず子


秋晴れの下、蜜がたっぷりの甘い林檎ができていくのだろう。かつて紅玉しか知らなかった私は、学生時代、友人がくれた蜜入り林檎に感激した覚えがある。美味しいリンゴのためには、適度な寒暖差と水はけの良い環境と確実な水の供給、まんべんなく当たる太陽光が必要である。さらに、夏の暑さは禁物だが、冬の寒さは不可欠だ。リンゴの産地が、雪の降る東北や信州であるのは、必然だ。

幹太き林檎の根かた雪解けの水は浸して雪(ゆき)(くれ)うかぶ     窪田章一郎

ぴしと鳴る林檎の中の雪の水全東北は雪ぞと思ふ            馬場あき子


林檎のみずみずしさが浮かぶこの歌が頭にあった時、山形県出身の作家井上ひさしの『水の手紙 群読のために』の中に、次のような言葉を見つけた。

(全員)人間ばかりではありません/地球の生きものはみんな/水のかたまりです
(少女)トマトは九〇パーセントが水
(少年)リンゴの八五パーセントも水
(青年)サカナの七五パーセントも水
(全員)生きものはみんな水のかたまりです


果物も魚も人間も、たくさんの水からできていて、水を欲する生きものなのだ。鮮度が大切な林檎を保存したり輸送したりするのに、もみ殻を使っていたのは、林檎の温度を上げない断熱材としてだけでなく、乾燥を防ぐ役目も持っていたのだと思う。

もみがらにまみれて林檎匂ひけり    あさなが捷

智恵のみがもたせる詩を書きためて暖かきかな林檎の空箱       寺山 修司


 木製の林檎箱には、もみ殻がたっぷり詰まり、そこから実を取り出すのは子どもの楽しい仕事の一つだった。よい匂いが幸福感を増した。空き箱を、机や本箱にしたことも、懐かしく温かい思い出だ。

林檎来る津軽の風の詩のごとく     山田 六甲

啄木の地より蜜入り大林檎       小島 健

かりりんこ青森りんごかりりんこ雪の町からわが卓に来て     橋本 成子


青森、岩手、北国から届いたりんごには、風や雪、そこに住む人たちの物語が一緒についてくるようだ。

                           

星空へ店より林檎あふれをり        橋本多佳子

私が初めて出会った「林檎の句」である。店先の灯りを受け輝く様が、星空と呼応して美しい。次の句のように、林檎は磨き上げてあったのだろう。

林檎売る赤すぎる程磨き上げ        高田風人子

店頭の赤き林檎の頬をつと指につつきて幼子ゆけり       石田比呂志

赤くて球形の林檎は、幼子にも魅力的で気を引く存在だ。「頬を指につつく」しぐさから、幼子も、自分の赤い頬に時々同じことをされるから、親しみを感じたのだろうなどと、連想が広がって楽しい。

セザンヌの林檎小さき巴里に来て     森尻 禮子

私が四十年前に出かけたパリの市場やスーパーで売られている林檎は、小さかったが美味しかった。この句は、たくさんの林檎を描いたセザンヌの絵と二重写しになり、魅力的だ。次の二句は、「一つ」にこだわった句。一つだけで、色も形も十全なりんごは、それだけで恰好がつく、鮮やかで大きな存在だ。

林檎一つ劇中劇のテーブルに      安居 正浩

仏壇の大きな林檎ひとつかな      市川伊團次

 さて、選ばれて家庭のテーブルの上にのったりんごは、人々にどんな想像を呼ぶのだろう。

夜の卓に冷ゆる林檎よ実のなかに雪中行軍する人らゐて       栗木 京子

鐘りんごん林檎ぎんごん霜の夜は林檎のなかに鐘が鳴るなり     小島ゆかり

 「雪中行軍」とあると、遭難して多くの犠牲者を出した青森歩兵連隊の「八甲田山雪中行軍」を思う。夜、冷え、林檎、という具体から、歌人の頭の中は果てしなく時空を超える。二首目、閉じ込められたような「霜の夜」は、聴覚が鋭くなっている。林檎のなかには、鐘の音が内包されていると気づく。

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 ところで、りんごを食べる時、あなたはそれを丸ごとかじる派か、剥いてから食べる派か。それとも果汁にしたり、すりおろしたりするだろうか。

林檎嚙む歯に青春をかゞやかす       西島 麦南

歯にあてて雪の香ふかき林檎かな      渡辺 水巴


 齧るためには、丈夫な歯が要る。一句目、若者の白く健康的な歯が、「青春」そのもののようで、まぶしく羨ましいほどである。二句目、林檎の、歯への感触はひんやりとして清らかである。「雪の香」と捉えた感覚に、しっとりとした情感がある。

卒業式終えしばかりの男子(おのこ)らは祝いの林檎がりり食みたり       橋本 恵美

少年たちの無邪気さと、男っぽさへの憧れが出て、一区切り終えた男の子たちの成長を感じる歌である。

殊更に音たて齧る林檎かな         飛鳥 由紀

一口齧った時の音が、心地よかったのだと思う。わざと乱暴に音立てて齧ることで野性に近づき、憂さを晴らしたり、純粋に楽しんだりできるのだ。

ざくざくと林檎を齧るざくざくと砂行く兵士の足音させて       三井 修

「ざくざく」からの連想が、砂漠のある地で長く勤務していた作者ならではの感性で、印象的だ。

刃を入るる隙なく林檎紅潮す        野澤 節子

薄い皮の下には張り詰めた中身がある。新鮮な林檎は、切る側にも緊張感をもたらす。

林檎剥くときも彼女の几帳面        稲畑 汀子

皮が途切れないように慎重に剥く人、均等に分割してから剥く人、芯の取り方にも性格は出る。

命日や剥きし林檎のすぐ錆びる       中原 道夫

 命日に集まった皆で食べようと、剥いた林檎が器に盛ってあるのだろう。が、みるみる錆び色に変わり、人の世のはかなさまで思わせてしまう有り様だ。

母の忌や林檎を擂りてくれし母       小林 正史

機嫌のいい母でありたし無農薬リンゴひとかけ摺りおろす朝       俵 万智

 すりおろし林檎には、優しい母のイメージがある。離乳食、病人食といった保護を必要とする相手に与えられる食べ物だからだろう。受け取る側は労られているという思いで胸が熱くなる。「母=すり林檎」という思い出の人は、多いのではないか。

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林檎投ぐ男の中の少年に        正木ゆう子

林檎を受け取った男性は、少年時代と同じように、服でごしごしと拭いて、丸かじりしたことだろう。この句には、次の島崎藤村「初恋」(第二連のみ引用)のような恋心はないが、林檎には聖書にあるように、「禁断の果実」「知恵の実」など、アダムとイブの「楽園追放」に関わった果実のイメージがつきまとう。

やさしく白き手をのべて/林檎をわれにあたへしは/薄紅の秋の実に/人こひ初めしはじめなり

私の好きな吉田拓郎の歌にも「リンゴ」(岡本おさみ作詞・吉田拓郎作曲)という恋の歌がある。

ひとつのリンゴを君がふたつに切る/ぼくの方が少し大きく切ってある/そして二人で仲良くかじる/こんなことはなかった少し前までは/以下略

恋人同士が、一つの林檎を分ける初々しい喜び、次の歌のように、夫婦で分ける時に感じる共に過ごした時間の重さ、その違いが興味深い。

もらひたる一つの林檎夫と分けけふの平安のごとまた嘆きのごと     濱田 陽子

 林檎はただ食べるだけのものではなく、思いを寄せる象徴として、文学や歌謡の中で歌われてきた。その代表は、戦後最初のヒット曲である並木路子の「リンゴの唄」(作詞・サトウハチロー、作曲・万城目正)であろう。戦争で両親と次兄を失い悲しみの底にあった並木が、明るい声でと強く要請されて歌ったのだという。彼女の声は、戦争で憔悴した人々を慰め、不幸を抱えた人々に希望をもたらした。

赤いリンゴに くちびる寄せて/だまって見ている 青い空/リンゴは何にも いわないけれど/
リンゴの気持ちは よくわかる/リンゴ可愛や 可愛やリンゴ

みな貧しかりし林檎の歌うたひ         大串 章一

泰平の幾時代かがありましてリンゴもむけぬギャルらはびこる      杜澤光一郎


そして今、私たちはカットされたリンゴのパックを、スーパーで買うような時代に生きている。

発行後の追加:林檎むく長い手紙を読むやうに    ことり

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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

季節の詩歌(36)~泳ぎ子~
 バタバタしていて、「空」誌8月号に載せていただいている拙文のアップを忘れていました。
本当は、水辺の風景と共にと思っていましたが、今年は水害がすさまじく、とてもそのような気分になれませんので、先日撮った夕焼けの写真と共にアップします。もう夏は終わってしまいましたが…。

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季節の詩歌(36)~泳ぎ子~

 夏が好きである。とはいえ、近年の酷暑には、やせ我慢で言い続けているような気がしないでもない。夏が好きな理由は、夏休みという自由で開放的な時間があるからというのが一番。水に最も親しい季節だからというが二番。その二つを合わせ持つ自然の中での泳ぎは、私にとって夏そのものと言える。

泳ぎ子に西日まだある河原かな   嶋田 青峰

 まだ町にも学校にもプールのなかった時代、七月になると、河原に更衣のための小屋が建てられ、地域の親が当番で監視をしてくれた。「時間だから上がりなさいよー」という声が聞こえても、まだ陽ざしの明るい川から、子どもたちはなかなか上がってこない。親も無理矢理従わせなかったのは、子どもたちが楽しそうに泳いでいたからだろう。

泳ぎ子の投かけ衣葛の上      松本たかし

渓流を泳ぎ耳の水ふり落とす    中  拓夫

 家から河原まで走ってきた子たちの服の下は、すでに水着に着替えてある。小屋まで行って、脱いだ服を置くのももどかしく、手ごろな高さに育った葛の上に放り投げて、われ先に水の中に入っていくのである。泳ぎ終えてからも、片足ずつジャンプしながら耳の中の水を振り落とす。出きらない時は、河原の熱い石を耳に当てるのも、また楽しい。夏の子どもは、体全体がバネになったように躍動している。

 愛媛の盆地に育った私にとって、毎年バスを仕立てて町内会で出かける海水浴は、夏休みの一大イベントであった。親と遊びに出かけることなど、ほとんどなかった時代であるから、喜びも大きかった。

胴体にはめて浮輪を買つてくる   辻  桃子

一年前の浮き輪は、成長の速い子どもにはきつく、空気の漏れも心配だった。いつもの川と違って、慣れない海は怖いと親も思っていたのだろう、これだけはすぐに新しいのを買ってくれた。買った浮き輪を胴体にはめた時から、子どもの海水浴は始まっている。海水浴場へ行くと、有料の大きなタイヤの浮き輪があり、結局それを借りたりもしたのだが。

泣きながら泳がせられてゐる子かな 高橋すゝむ

海は塩分があり体が浮きやすいので、海で泳げるようになる子は多い。しかし、子どもにとっては広くて得体の知れない海。それだけで不安なところにもってきて、めったに子どもと過ごすチャンスのない父親が、何としても泳げるようにしてやりたいと、必死の構えである。恐怖で固くなった子の体は、水の抵抗を受けるばかりで、泣かずにはいられない。その点、母親は、気負いのない分、優しく温かだ。

日傘の母に見せる 少年遠く泳ぎ  伊丹 公子

 親たちは大抵、テントや日傘、海の家の中から、事故の起こらないよう念じつつ子どもたちを見ている。目が離せないのである。子どもも親の視線を感じているから、安心しながら泳げると同時に、遠くまで泳げるようになった自分を見てほしいと思う。

泳ぎより歩行に移るその境     山口 誓子

沖の方から海岸に向かって泳いでくる時、足が砂地に触れる瞬間がある。ああ、もう足が立つんだという安心感と、バタ足より歩く方が早いと分かり、泳ぐのを止める少し残念な気持ち、「その境」の感触を、五十年経った今も、足が覚えている。

泳ぎ来し吾子は水より冷えてゐし  角川 春樹

くちびるを先立て来たり遠泳子   能村登四郎

子どもの時に遊んだ海は、汽水域が近く水温が低かったため、私の唇はすぐ紫になり遠くへは行けなかった。南国の海でも、長時間海に浸かっていると、体の芯から冷えてくる。まして、キロ単位の距離を行く遠泳は、心身の緊張と疲労が半端ではない。体力を消耗して冷え切った体を象徴するように、唇を尖らせぶるぶると震わせている子どもが、愛おしい。

泳ぎたる子の髪風に乾きつつ揺れつつ杳き海の香がする      二上 初子

泳ぎ終え陸に上がった子の横で、自分の知らない「杳き海」に触れてきた子の想いに寄り添っている。風に揺れ乾いていく情景と母親の心情が印象的だ。私の母は、町内会の母親の中で一番年上だったが、無邪気さが人一倍あり、他家のお母さんたちのように海岸で子を待つことなく、泳ぎを楽しんでいた。

女すぐをさなき眉目となり泳ぐ     後藤 夜半

潮浴びのルージュなき顔かがやかす   上村 占魚

汀長し胸より乾く海水着        高倉 和子

 子どもなりに、山育ちの母が泳ぐ姿は可愛らしく、また、誇らしくも思えた。化粧が落ちた顔も生き生きとしており、日頃の病弱な様子を忘れさせてくれた。濡れた水着は、膨らんだ胸の辺りから乾き、へこんだ臍の部分が最後に残ることにも、気づいた。一方、父は父で、髪の薄くなった頭にタオルを巻き付け、遠くへ遠くへ泳いでいく。軍隊で覚えたのだろうか、立ち泳ぎや横泳ぎが得意であった。

立ち泳ぎしては沖見る沖とほし     福永 耕二

戦争を知っている海泳ぐなり      佐々木耕之介

だんだんと切なくなりし立泳ぎ     山本 左門

五十歳になっていた父が、その時どんな思いで泳いでいたのか、聞いておけばよかったと思う。

愛されずして沖遠く泳ぐなり      藤田 湘子

ひた泳ぐ自由は少し塩辛い       櫂 未知子

ただ涼しいとか気持ちいいとかだけではなく、「遠く泳ぐ」「ひた泳ぐ」人は、自らの内面と対話しながら泳ぎ進んでいるのではないだろうか。時には、海の中の生き物のことなども思いつつ。

黒鯛の上ゆるゆると遠泳す       平畑 静塔

たましひのいたるところに泳ぎつく   松澤  昭

泳ぎつかれ水よりあがり来し友の笑みて寄り来る肩すぼめつつ      大岡  博

遠く泳いだ後、父は何かを振り捨ててきたようにすっきりした顔をしていた。一人気ままな遠泳ぎではなく、団体での遠泳となると、そうはいかない。

遠泳の裏も表もなく戻る         高倉 和子

遠泳の誰も敗者のごと戻る       柴田佐知子

遠泳の終りは海を曳き歩む       柴田佐知子

遠泳のひとりづつ打ち上げられし    柴田佐知子

遠泳を終え海辺に戻って来た時の泳者の様子を、巧みな表現で映像化した句群である。力を限界まで出し切った肉体の、ぞろりとした重さを感じさせる。

日本で避暑、スポーツとして最初の有料海水浴場が出現した一八八四年以後、長年、夏のレジャーとして親しまれてきた海水浴だが、地球環境の破壊とともに、人気に翳りが出てきた。太陽光線による皮膚がんの恐れが言われ、人々が日焼けや強い日差しを避けるようになってきたからだ。今や、泳ぎといえばプールが主流。自然の石や砂が
足に触れると気持ち悪いとか、水中の生き物が怖いなどと言う人もあり、川・海の好きな私は複雑な心境である。

泳ぎゆくプールの底にゆらめきし消毒剤の白き固形は         吉川 宏志

屋内プール耳沈めれば微かなる金属音に水震へをり          万造寺ようこ

人工的な波や流れを造ることはできるが、自浄作用のないプールは、消毒や水の循環を、薬剤や機械の力に頼るしかない。この二首は写実的な表現の中に、作者の人工的な物に対する違和感が出ていて、未来への不安感をも感じられる。そして、このように感覚が研ぎ澄まされるのは、次の歌のように、水の中で孤独が際立つからであろうと思われる。

ものは皆見えわたりかつ隔たりてつねにひとりと思ふ水中       古谷 智子
次の句は、プールではないかもしれないが、「水底」というものに対する感慨があり、共感を覚える。

水底(みなそこ)にあるわが影に潜(もぐ)りちかづく  篠原  梵

熱い耳潜る プールの底は 多彩    伊丹 公子

明るい色で塗られたプールの底は、光を乱反射させ美しく、地上の暑さや喧騒をしばし忘れさせる。

プールには雨降りながら雨にのみ体は濡れてゆくここちする        永田  紅

どうすれば気持いいかとあふむけに浮かべるわれは陽をのせる舟     万造寺ようこ

背泳ぎの空のだんだんおそろしく    石田 響子

仰向けに夜のプールに泳ぎをり     森重  昭

 雨か晴れか、昼か夜か、クロール・背泳ぎ・平泳ぎ、ただ浮かぶだけ、それぞれに特別な時間がある。

女身濡れてプール出づるを羨望す    草間 時彦

(なめ)されて艶もつ体泳ぎたるあとの火照りを曳きつつ歩む         古谷 智子

 濡れつつも火照りを持つ体は、人の中の動物本能を甦らせ、力強く野生的で魅力がある。

クロールを泳ぎながらに人はみな顔ひらきざま大き口あく        荒家 信一

追憶のもつとも明るきひとつにてま夏弟のドルフィンキック       今野 寿美

のちの世に手触れてもどりくるごとくターンせりプールの日影のあたり  大松 達知

プールへと飛び込むきはの手を伸べて孤独なり人もプールの水も     三井 ゆき

 観る立場で詠まれた歌群。冷静な観察の一首目はテレビ観戦だろうか、二首目は結句によって映画の一場面のように感じられる。三、四首目には、作者の感情が微妙に反映され、読者への説得力がある。

水泳を終へし少女のからだより水の流れが教室にくる         万造寺ようこ

水泳の授業の後は、教室が水の匂いで満たされて涼しい空気が流れる。「水の流れ」が言い得て妙だ。

夏の日です プールの匂いの末子がかえる   伊丹 公子

プールの昼餉腹と胸とで呼吸しつつ       中村草田男
 
泳ぐ子と静かな親の森のプール         金子 兜太

親と子の幸せな夏の情景が、プールとともにある三句である。元気に泳ぐ子どもと、それを嬉しい気持ちで受け止めている親の心情が言外に溢れ、しみじみとした喜びに浸ることができる。
 
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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

季節の詩歌(35)~蛇の長さ~
 皆さん、お元気ですか?私は、先月下旬にひいた夏風邪がなかなか治らなくて、体調を壊していましたが、なんとかましになってきました。「たかが風邪」が、全然そうではないことを知った二週間、つくづく健康でいることの大切さを思いました。年をとると、治りが悪いです。皆さんも、お気をつけ下さい。

 今回は、「空」誌に載せて頂いている拙文です。長いですので、気の向かれたときにでも…。

季節の詩歌(35)~蛇の長さ~
                
 ベランダや貸農園で上手に野菜を作り、定年退職後は、念願の田舎暮らしで農業をしたいという友人がいる。ところが、彼女は大の蛇嫌いで、蛇という字を見ただけで怖くなるという。「蛇の方が、大きな人間を怖がっているわよ。」と、私は笑うのだが、概して、女性は蛇が苦手のようである。次の二句は、蛇と出会った時の様子やその後が、現場にいるようによく分かる。客観的に描写することによって、人間性や滑稽味がうまく出た、面白い句だ。

息つめて蛇の全長見送りぬ     山下由理子

蛇見しと事件のやうに言ひつのる  横井 明子


 蛇は、田畑や家に害を与えるネズミや白アリを食べてくれ、人に益のある生き物でもあるのだが、四肢のない細長い形や動き方が不気味で嫌われるのだろう。冒頭の彼女のように感じる人が多いようで、巳年の今年は、年賀状に干支の絵や字が少なかった気がする。と、これは一般の話。文学の世界では、蛇をじっくり観察し、時には蛇と同化してしまったのではと思う作品に出会うことがある。

草むらにうごかぬ蛇の目と遭ひぬ  長谷川素逝

蛇逃げて我を見し眼の草に残る   高浜 虚子

蛇を見て光りし眼もちあるく      野沢 節子


蛇の目といえば、「蛇の目をかたどった大小二つの同心円からなる模様」をすぐに思い浮かべるが、実際はどうだろう。同じ爬虫類のトカゲの目は可愛いが、蛇と目を合わせた経験がないので、正直よく分からない。「蛇の目をした男」などという比喩には、どこか本心を隠したずるい印象があって、蛇には悪いが、「鋭い目つき」「意地悪く冷酷そうな目」という辞書の意味も頷ける。さて、ここにあげた三句の蛇の目は、確かな意志を持つ強い視線でじっと人を見つめている。実は、蛇も人間を恐れているのかもしれないが、それ以上に人間がたじろいでいるゆえに、蛇の目から自らの目を逸らすことができず、いつまでも心に残るのであろう。

本当に 知っているのか/へびの目の/空と同じ青の/透明を         工藤 大悟

 先ほどの句「光りし眼もちあるく」の作者は、ついに蛇と同化したと感じたが、この歌を読んだときにも同じことを思った。空と同じ色をした蛇の目に、作者は自分と同じ孤独を感じ取っているのだろう。


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       【今年は、スモモがたくさんなりました。この写真では分かりませんね。】


 先に述べた蛇嫌いの友人に、その訳を尋ねたことがある。子どもの頃、青大将が畳の上をゆっくり蛇行しながら、部屋を横断していったのだという。白蛇の棲む家は栄えるという言い伝えなどもあるようだが、蛇が家の中に侵入してくるのは、さすがに気味が悪い。野山で突然出会う蛇も、確かにドキッとするけれど、自然への侵入者は人間の方だという自覚があるから、蛇への申し訳なさの方が先に立つ。

蛇もまた人間嫌ひひた逃ぐる    右城 暮石

日盛りに夏野を来ればいくたびかおどろく蛇の草隠れゆく             熊谷 直好


 人間は蛇が嫌いだが、蛇だって人間が嫌いなんだよという句、「ひた逃ぐる」蛇には、以前人間から酷い仕打ちを受けたという記憶がありそうだ。蛇に出会って驚く人間と、人間に出会ってしまって驚く蛇。気の毒に、結局、逃げ隠れるのは蛇の方なのだ。
人間はというと、次の句のように、俳人はいたって冷静に蛇を観察することとなる。

全長のさだまりて蛇すすむなり   山口 誓子

蛇過ぎし道のしばらく動きをり   柴田佐知子


 一句目、蛇行していた蛇が、体を伸ばし直進し始めたことにより、長さがはっきりしたのである。「さだまりて」から、蛇と作者の安堵感が伺える。二句目は蛇行しつつ前進していった蛇。凝視していた作者の目は、蛇と一緒に動いていたのだろう。まだ、その影響下で幻惑されているように思われる。

少年のわが見し蛇の裔(すえ)なるか今くねりつつ草に消えゆく          三井 修

足裏うすき田植え靴はき畦歩む草の上しゅわしゅわくちなわもゆく       西垣田鶴子


 一首目は、少年の頃暮らしていた、自然豊かな地を再訪した時の歌だろう。かつて見た蛇と似た色合いの蛇と出会い、懐かしいさまざまな出来事が胸に浮かんだのだと思う。少年にとって、蛇は身近な存在であったはずだ。農業をしている人にとっても、蛇は親しい存在だ。二首目の「しゅわしゅわくちなわ(朽縄)もゆく」という言い方が、畦道とマッチしている。土や草を直に感じる靴を履いている作者にとって、自然の生き物すべてが仲間なのだろう。


 小学生の頃、山奥にある母の実家に行くと、蛇の皮がずらっと壁に掛けてあった。祖父が蛇を捕まえる名人だったと聞いたが、確かなことは分からない。乾燥させた皮を漢方として利用したり、まむし酒を作ったりしたのかもしれない。裏山が台所に迫った家だったから、蝮なども出て危険だったのだろう。

小蛇ながら鎌首あげて威嚇する蝮は生まれながらに蝮               西垣田鶴子

蛇搏ちし棒が昨日も今日もある   北野 平八

蛇取りの袋確かに動きけり     谷川 守可


死んでゐる蛇をしまひし布袋    茅根 知子

「マムシが出ます。危険注意!」という立て札を見ることはあっても、現実に遭遇したことがないので、私は、歌や句で様子を知るのみである。蝮は毒蛇ではあるが、臆病な小蛇で、人間が手出しをしなければ咬みに来ることはないという。それでも、人間はそれぞれの理由で、蛇を搏ち捕まえる。飼っている鶏の卵を守る必要もあるだろう。生活のために仕方ないと思いつつも、やはり殺生は辛いものである。感触が手にも体にも残って、どこかすっきりしない思いが、どの句からも読み取れる。

 
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       【短歌の仲間に頂いた書を、よりやんのところで表装してもらいました。】


 中学二年生の時だった。校舎にあった燕の巣を蛇が狙っているのを見つけ、友だちの一人は職員室まで走った。ここからの記憶は少し曖昧なのだが、皆で箒の柄で追い払ったり、代わりに鶏の卵を与えたりしたのではなかったか。苦しそうに大きな卵をのみ込んだ様子と、つぶれた殻を吐き出した場面は鮮明に思い出すことができる。

めきめきと蛇が鳥呑むはやさかな  江里 昭彦

石亀の生める卵をくちなはが待ちわびながら呑むとこそ聞け            齋藤 茂吉

夏の蛇水盤のへりに喉をおき時やはらかに水呑みてをり              日高 堯子


卵はまだ喉を通りやすいだろうが、鳥などの生きた小動物は、細い筒状の体内で引っかかりそうな気がしていた。だが、句の「めきめき」という語に、銜えこむ歯や顎の強さが表され、「はやさ」に納得がいった。石亀は池から出て土中に卵を生み、蛇は、その見えない卵を掘り出して呑むという。作者の関心の強さが「こそ」に出ている。変温動物の蛇は、体温調節のためにも水が必要なのだろう。「やはらかに水呑みて」が、獲物を呑むのと違い、平和である。そういえば十年ほど前、水面を泳いでいる蛇を見た時、その速さに驚くとともに静かな情景だと思った。

蛇泳ぐ波をひきたる首かな     高野 素十

まさに、この句そのままの様子であった。首をくっと上げ、池の端から端まで軽やかに泳いでいった。

青あらし濠わたる蛇を吹き戻す   水原秋桜子

蛇の泳ぎ方は、力を抜いて水の抵抗を減らしているように見える。地上と違って、体を支えるものがないから、強い風にも容易く影響を受けるのだろう。

ながき影くねらせ川をのぼる蛇あるいは蛇をくだりゆく川             小黒 世茂

川を泳いでいる蛇と水の流れの、速さの違いや両者の関係がよく分かる歌である。言葉の使い方のせいだろうか、閑静な世界に感じられる。


ルナール『博物誌』に有名な「蛇 長すぎる。」
という詩がある。長さが、蛇の一番の特徴と言えよう。しかし大抵は、蛇行しながら移動している蛇か、とぐろを巻いている蛇しか見かけないので、一、二メートルかと予測はしても、案外正しい長さは知らない。次の句の蛇は、車にでも轢かれたのだろうか、路上に身を伸ばし長さを曝すことになってしまった。蛇にとって、死後のこの事実は不覚なことだが、それは蛇に限ったことではないかもしれない。

蛇死して正しき長さ曝しけり    柴田佐知子

蛇は自然の中ばかりでなく、人の暮らしに近いところでもよく見かけるので、「蛇足」や「竜頭蛇尾」「蛇の道は蛇」「蛇ににらまれた蛙」など故事成語や諺にもよく登場してくる。次の句や歌に出てくる蛇は、墓地、石垣、自販機、マンホールといった、人が作った物がお気に入りのようである。どれも、冷たい感触が蛇の体質に合っているのだろう。

奥津城を蛇身あらはに動かざる   朝妻 力

南風に海ひろがれば石垣のすきまより出で蛇は輝く                山田富士郎

野の闇の中の孤独の自販機の灯のまへ過(よぎ)るくちなはのあり         伊藤 一彦

紋様を味はふやうにゆつくりとマンホールのうへ蛇わたりゆく            大塚 洋子


動かない蛇、出で輝く蛇、過る蛇、わたりゆく蛇、いずれの作者も、長い時間、蛇を観察しているのが印象的だ。詠む対象として凝視している人たちは、先入観を持たない。川端康成「掌の小説」中の「蛇」も、ただ見るということの喜びを教えてくれる。

四十四歳の稻子が見た夢である。・・・(中略)・・・五匹の蛇はそれぞれ色がちがつてゐた。稻子は目がさめてからも、それぞれの色をよく覺えてゐる。その一は黑い蛇だつた。その二は縞の蛇だつた。その三はかがしのやうに赤い蛇だつた。その四はまむしのやうな模様があるが、まむしより鮮かな色だつた。その五はメキシコ・オパアルが光つて焰の見えるやうな色で、凄くきれいな蛇だつた。「ああ、きれいだ。」と稻子は思つた。・・・(後略)・・・

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

季節の詩歌(34)~雛祭り~
 「空」誌48号に載せて頂いた拙文です。
  4月末発行の今号は「季節の詩歌(34)~雛祭り~」です。
少々季節がずれてしまいましたが、お時間のあるときにでも目を通して頂けると嬉しいです。

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 【大人買いした私のお雛様】

今年の一月、「空」の初句会で福岡を訪ねた折、柳川まで足を伸ばした。こたつ舟での川下りは、天気にも船頭さんにも恵まれ、心身ともにあたたかいものとなった。春には「さげもん」の雛祭が盛大に行われるのだと、市報の表紙を見せて下さった。それは、目の前の船頭さんが、お雛様のように着飾った子どもたちを乗せている写真で、雛祭の時の美しく華やかな様子がうかがわれた。

古民家の吊り雛とめどなく廻る   中村 英子

毛氈に影やはらかし吊し雛      谷口千賀子


舟を下りて、柳川藩主立花邸を訪ねた。広い座敷に、さげもんと呼ばれる吊し雛がゆるやかに回っていた。古い硝子戸からは光が差し込み、やわらかな影を落としていた。春には賑わうことだろう。また、敷地内の史料館には精巧な雛道具が展示してあり、文武両道の藩主の生き方が偲ばれた。

ことごとくまことをうつし雛調度     本田あふひ

針程のきせるも飾る雛調度       森 千代子

家紋付き金の蒔絵の雛道具     澤田 藤子


展示ケースには、百人一首が書かれた小指の爪ほどの札、木製の庶民の台所、豪華な塗り物などが並び、精緻を極めた雛道具に思わず見入った。
この頃は、雛祭も全国各地で伝統継承と観光による地域振興で、年々盛んになっているようだが、数年前に訪れた奈良県高取町の「雛巡り」は、ほのぼのとした手作り感があった。街道沿いの家々が雛を飾り、見物に訪れた人たちを家に招き入れ、各家庭の雛にまつわる話を聞かせて下さるのだ。

街道に残る旧家や雛まつり     樋口みのぶ

一部屋を占めて雛壇飾らるる    遠藤 まめ

豪商の一部屋使ふ御殿雛      榎並 青蘆


ここにあげた句に詠まれた情景は、高取町ばかりでなく、多くの市町村で見られるであろう。日本家屋に飾られる立派なお雛様は、それらを持たぬ者にとっても、懐かしく美しい眺めである。

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私の故郷では、月遅れの四月三日、女の子たちが、お重を入れた小さな木箱を提げ、友達の家を順番に廻る。お雛様の前で、各自が持ってきた巻き寿司や、出された雛菓子を頂くのである。

夢色の雛のあられと膨れつつ    石塚 友二

吸物に手毬麩ふたつ雛の日     能村 研三

一寸ゐてもう夕方や雛の家      岸本 尚毅


翌日には「雛送り」といって、桜が満開の河原に各家庭からご馳走を持ち寄り、男親たちが石組みの竈で汁ものを作ってくれた。温かい思い出である。

雛の日や憂ひなかりし日のことなど 桂 信子

父やさしく母きびしくて雛祭      右城 暮石

盆地より出ぬ雲のあり雛祭      高倉 和子
 

この三句は、盆地の小さな町で、親からの愛をたっぷり受けた私の子ども時代を思い出させてくれる。それは幸福感に満ちた、最高に居心地のいいものであった。地方ごとに異なる雛祭の風習は、互いに語り尽くせないほどあるだろうが、次の句にあるような、寂しさの漂う雛祭も忘れてはいけない。

雛の軸睫毛向けあひ妻子睡(ね)る    中村草田男

雛もたぬ子の吹く笛のトレモロや     文挟夫佐恵


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さて、雛祭といえば、やはり主役はお雛様であろう。衣裳の色や顔の輪郭など、それぞれの好みによって選ばれる雛人形であるが、やはり決め手は眼差しである。似ているようでどこか違う顔付きが、買い手一人一人の情感に訴えるのである。

筆入るる目を細うして雛師かな    森川 暁水

ひそやかに話して雛の品定め      鈴木 花蓑

見にもどる雛の売場の雛の顔     岡田 史乃


雛人形を真剣に選ぶのは、高価なこともあるが、どこか家族の一員を迎えるような気持ちになるからではないかと思う。一年に一度の出番しかない雛たちは、大切に扱われ心を込めて飾られる。

老いてこそなほなつかしや雛飾る    及川 貞

雛飾りつゝふと命惜しきかな      星野 立子

をみなごを持たざる妻の飾雛     出口 治郎


女児の喜ぶ姿が見たくて手に入れた雛人形であるが、これらの句にあるように、本当に心を寄せているのは、大人の方ではないかと思う。息子しかいない私も、実は大病の後、どうしても立派な雛人形が欲しくなり購入した。自分の命を託す分身のような気がしたのだろうと、十年を過ぎた今、思う。

すぐ飾りをへてさびしき雛かな      林 翔

われにふかき睡魔は来たるひとりづつ雛人形(ひな)を醒まして飾り終ふれば  小島ゆかり

段飾りの身分差を厭ひ一列に並ぶるは吾より始まりしこと              春日いづみ
 

さまざまな飾り方があるものだなと思う。ガラスケースに入っていて、箱から出せば終わりという雛、短歌の雛は、どちらも魂を持ち生きているようである。持ち主と共に年を重ねているのだろう。武田百合子のエッセイ『ことばの食卓』の「雛祭りの頃」に、子ども時代の思い出が綴ってある。

・・・臥(ね)ていて見上げると、仕丁も五人ばやしも官女もお内裏様も、雛段ごとせり上って、だんだん大きくなってゆくように見える。反り気味のこわばった格好が一層こわばって、いまにも仰向けにひっくり返りそうに見える。・・・

子どもの目は確かにこんなふうに雛飾りを受け止めている、と思った。

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雛の日の畳に差してにぎはしきひかりのなかを子は這ひめぐる          杜澤光一郎

い寝よとぞ母は言へども孤りして雛にむかひてわが少女遊ぶ           宮 柊二

弟が盗りて小さき掌の裡に隠してゐたる雛の簪                  今野 寿美
 

一首目、幸せが満ち溢れた情景である。赤児にはどんな記憶が残るだろう。少女の興奮と喜びが伝わる二首目、女の子のお祭が羨ましい男の子の三首目。どの歌にも、普段と異なる晴れがましさが漂う。

はうらつにたのしく酔へば帰りきて長く坐れり夜の雛の前             宮 柊二

落ちてゐる鼓を雛に持たせては長きしづけさにゐる思ひせり            初井しづ枝


男女の違いはあるが、「長く」「長き」が、作者の気持ちを語ってはいないだろうか。次の句や歌には、一人静かに雛に向かい、自分自身と語っているに違いない作者が感じられる。人の気持ちを内側に向かわせる不思議な力を、雛人形は持っているのだろう。

雛を手にとれば聞こゆる雛の声     橋本美代子

弥生雛かざればあわれ音もなくおりてくるかな家の霊らも             伊藤 一彦

来し方や何か怺へし雛の貌       菅井富佐子

薄墨のひひなの眉に息づきのやうな愁ひと春と漂ふ                稲葉 京子
 

人が気持ちを託す雛なればこそ、見る人によって、その時の気持ちによって、次の句のようにもなる。

笑ふかに泣くかに雛の美しく      上野 泰

眠るごと唄へるがごと雛かな      成瀬正とし


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私たちが、雛人形に美しさだけではなく、哀れさや愛おしさを感じるのは、それらが、やがて目の前から消えると知っているからではないだろうか。

並びゐし雛人形をしまふとき男雛女雛を真向かはせたり               田宮 朋子

雛の面紙もておほふややありて絶え入るこゑやはつかもれたる          平井 弘

白絹は葬りのごとし雛をさめ       井沢 正江

雛少し抵抗しつつ納めらる       稲畑廣太郎


どの歌も句も、雛に心があるように感じている。人形に情が移って、まるで作者そのもののようだ。

オルゴールの「雛祭り」の歌もう一度鳴らして妻は雛仕舞ひをり          上田 善朗

老妻のひゝなをさめも一人にて     山口 青邨

嫁ぐ子の刻かけて雛納めをり      手島 靖一


作者は、いずれも男性である。自分は手を出さず、妻や娘が雛を仕舞う様子を、後ろから眺めているのであろう。寂しく、どこか悲しい後ろ姿である。とはいえ、家の雛であれば、また一年後に逢うことができる。

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それに対して、どうにも辛い思いが付きまとうのは、「流し雛」である。もともと雛人形が祓の具であったことを考えると、形代として流されるのは当たり前のことではあるのだが。

明るくてまだ冷たくて流し雛       森 澄雄

雛流す藁の褥を厚くして         荒木 睦枝

菜の花も添へて童の雛流し       谷 迪子


日が永くなり日差しも川面も光を受け明るい春である。だが、まだ、辺りの空気やときおり吹く風、水の温度は低く冷たい。身代りに流すという行為自体も、なんだか痛々しく感じられ、藁を厚くしたり菜の花を添えたりと、優しくしないではいられない。「流し雛」の行事は、全国各地にあるようだが、なかでも桟俵にのせ川に流す鳥取の「流し雛」や、和歌山淡島神社の海に流す「雛舟」は有名である。

臥すは嘆き仰ぐは怨み流し雛      岡本 眸

雛の眼のいづこを見つつ流さるる    相馬遷子


流される雛になりきっている両句である。嘆き怨んだ後、虚ろな目となって、現世に生きることを諦めたかのような雛の姿。生身の人間ではないと分かってはいても、魂を感じてしまうのだ。

たゆたいて人の手恋うか流し雛沖への波にいまだなじめず           下野 惠助

岩肌を辷るがごとき川の瀬を流しびな危ふく越えてゆきたり            国岡 翠


あっさり流れてしまうのも、どこかに引っかかったり、転覆して沈んでしまったりするのも、気がかりである。ついに見えなくなっても、どうか無事なまま流され続けて欲しい、でき得れば良き世に辿り着いてと思うのが、人情であろう。

雛流れ去りたる方を見て佇てる     大橋 敦子

流し雛見えなくなりて子の手とる    能村登四郎

終夜潮騒雛は流されつづけゐむ     松本 明


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プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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