心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌-北原白秋・高野公彦氏
 北原白秋から高野公彦氏へとゆるやかにつなげてご紹介します。

1月に福岡の柳川を訪ねた折、北原白秋記念館も見学しました。見やすい展示と詳しい解説に、すっかり気分をよくして可愛い本を買いました。

   hakusyunoutaehon2013.jpg

『北原白秋のうた絵本(童謡歌曲集)』より
(著者・北原白秋/絵・西島伊佐雄/発行・北原白秋生家保存会/1000円)

この道
この道はいつか来た道、ああ、さうだよ、あかしやの花が咲いてる。・・・

からたちの花
・・・からたちのそばで泣いたよ。みんなやさしかつたよ。・・・

落葉松
からまつの林を過ぎて、からまつを見き。
からまつはさびしかりけり。たびゆくはさびしかりけり。・・・

帰去来
・・・ふるさとやそのかの子ら、皆老いて遠きに、何ぞ寄る童ごころ。


ここにあげた以外にも、赤い鳥小鳥、あわて床屋、城ヶ島の雨、雨、雨ふり、ちやつきり節、ゆりかごのうた、砂山、待ちぼうけ、ペチカ、などなど懐かしい歌がいっぱい、可愛い絵と一緒に楽しめます。同時に買った絵ハガキセットも素敵でした。帰宅後、北原白秋記念館HPからも購入できることを発見し、嬉しくなりました。

啄木のようなリアルな歌もいいけれど、ロマンのある、言葉に詩情のある白秋の歌も好きな私、もう少し詳しく、でも手軽に読めるものをと思って、昨年の放送ですが、次のようなテキストを手に入れました。

   kitaharahakusyu2013.jpg

NHKカルチャーラジオ詩歌を楽しむ(2012年1月~3月)
高野公彦『北原白秋 うたと言葉と』より、共感を覚えた部分を少し抜粋いたします。

P164白秋の第三歌集『雀の卵』の「大序」を引用して
ここに「真の」という言葉が頻出するのに驚きます。しかし、白秋の短歌観はよく分かります。写生の重要性は自分も認めるが、単なる写実では駄目で、作者の視線は現実の奥にひそむこの世の真相というものに到達していなければならない……。白秋はそのように主張しているのでしょう。

P169・170白秋の「短歌と新風」を引用して
観照というのは、静かに客観的に自然や物などを見つめることを言います。白秋の関心は対象の物それ自体には向けられず、また肝腎の作り手の精神そのものにも向けられていません。大事なのは我と物とのあいだにある微妙な気配なのでありまして、この意味で白秋は「細やかな観照の人」なのです。観照の歌を作るのに必要なのは、物たちの発する気配を敏感にキャッチする感覚と、そしてそれを言葉にあらわす精密な表現技術です。この二つの点で白秋は、近代短歌の中で最も優れた歌人であろうと思います。極論すれば、白秋は直感の人であり、また言葉の人でありました。

ここに書かれていることは、よく分かるし共感を覚えます。自分の力の無さでは、それを実作に生かすということはなかなか困難ですが、理想として常に胸に抱いておきたい短歌観です。
先日の句会の時に、伊丹公子先生が言われた「感受性と表現力のどちらもが大切」という言葉と、ここに書かれている「直感と言葉」というのも、ある意味重なっているなと感じています。

先日、先のテキストを読み、高野公彦氏の北原白秋への理解が深いのは、宮柊二(北原白秋門下生)について学ばれたことと深い関わりがあるなと思っていたところに、次の本が届きました。

   kisuinohikari2013.png

第1歌集文庫(現代短歌社/2013年/700円)
高野公彦歌集『汽水の光』

中古で何万円もの値段がついて手元に持てなかった『汽水の光』が、お手頃価格で、しかも新たな解説(元からの大岡信氏・新しい木畑紀子氏ともに素晴らしい!)付きで、ついに手に入るようになりました。送料80円で、直接出版社から入手可能。

一首目から「歌語(詩語)」と言いましょうか、格調高い調べと想像力を刺激する表現に、うっとりしながら読み進み、「ああ、やっぱり高野公彦氏の歌はいいなあ」とその魅力にはまります。
氏の歌には、詠まれた情景や心情への共感は勿論のこと、何より「言葉への愛情」が感じられるのが、私には嬉しいのです。言葉が単に伝える道具ではなく、いわゆる「言霊」のような力を持っていると言っても過言ではないでしょう。
ご紹介したい歌ばかりなのですが、本をお手元に持って頂きたく、七首にとどめます。

喪の列はさみしく長し橋に出てひとびとの耳夕日に並ぶ
朝かぜに思ひゐにけり家一つ焼きてほろびし炎のゆくへ
白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり
(超有名!)
夜ふかくゆめの底ひを照らしたる藤むらさきの雷(らい)にめざめつ
人の世ののちのしづけさ思はしめ朝とびとびの霜のまくら木
橋はいま人影たえて風と死者かよへるごとき空しき明るさ
行きゆきしものの跡なき水のうへほのかに翳(かげ)り春の雪ふる

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌(歌集)-桑原正紀さんの歌集
  今回は桑原正紀さんの歌集をご紹介します。
   
   ryokuin.jpg    tumahesennenn.jpg    teni.jpg

最初に桑原正紀氏の歌を知ったのは、「NHK短歌」2008年2月号の「自選五十首」コーナーでした。心にしみる歌が多く、印をいっぱい付けました。特に、次の一首は、冬欅(けやき)の立ち姿の好きな私にとって、忘れられない一首となりました。

冬欅すがしく聳(た)てり思想とは骨格にして鎧(よろ)ふものにあらず

初心者の私は具体に徹し、抽象的なことを詠むのはまだまだ先のことと感じていますが、このように人生観を詠むことができたら、どんなに素敵だろうと思います。
またここには、たくさんの「妻」「猫」を詠んだ歌が載せられていました。興味をひかれた私は、桑原正紀歌集『緑蔭』(新現代歌人叢書18/短歌新聞社/平成17年2005年/1000円)を購入しました。また、俳句誌「空」に連載中の拙文に、桑原氏の「猫」を詠んだ歌を引用したのがご縁で、歌集『妻へ。千年待たむ』(短歌研究社/平成19年・2007年/1700円)と歌集『天意』(短歌研究社/2010年/2700円)を、幸いにも手にすることができました。

  IMG_1930201105.jpg

桑原正紀歌集『緑蔭』より

『火の陰翳』 昭和50年~昭和61年

猫は猫の矜恃もつらし夕かげの涼風(すずかぜ)に銀の髭吹かれをり

喩ふれば不意に襟巻はづしたる首の冷たさ 振り向けば独り

去勢手術了へたる猫がさびさびと尾を振りながら雲を見てをり

猫の背がひどく猫背であることも今宵は親しそのまま生きよ


猫の歌は、言うまでもなく共感を覚えるものばかり。つんとすまして外を見ている猫の姿には、猫の矜恃(きょうじ)を感じますし、去勢手術にはこちらの罪悪感が伴い、猫の様子が寂しく見えてなりません。猫背は姿勢の悪さの典型ですが、すべてをそのまま受け入れることで、作者も救われているのでしょう。二首目の孤独感を詠んだ歌は、体感温度を伴う比喩も、動作を伴う結句も秀逸で、冒頭にあげた歌に次いで忘れがたい一首であります。

『白露光』 昭和61年~平成3年

真夜中の赤信号に従ひて風のみ過ぐる交叉路に立つ

ベランダの青空に手をさしのべて濯ぎもの干す妻の日曜

生まざりし妻が猫呼ぶその声のひたやさしくてかなしかりけり


一首目の「風のみ過ぐる」、二首目の「青空に手をさしのべて」という表現が好きです。三首目、仕事に打ち込み子を持たずにきた妻へ、心を寄せる作者のいたわり、深い愛情が感じ取れます。

  IMG_1932201105.jpg

『月下の譜』 平成4年~平成7年

いのちとは漏刻ならむ最終のひとつしづくをかなしみおもふ

たましひがすこし寒いぞちちははを恋ひゆけば秋の天のひた青

相槌をうながし妻がしやべるゆゑ相槌打ちぬ「ねっ」が聞こえれば

いま我は生
(よ)のどのあたり とある日の日暮里(につぽり)に見し脚のなき虹

やさしさは金(きん) 涼かぜの吹きかよふ木かげにしやがむ半眼の猫

春の雪降る日曜日妻ときてさよりの細きかがやきを買ふ

うつうつと雨にこもれる子の心わかりすぎるは教師に適
(む)かぬか

枝わかれ枝わかれする峡の道をあやまたず行く心の帰郷

「いのち」「たましひ」「生(よ)」「心」と、人生について考えることの多い作者の抽象的な表現が、普遍性を持って読み手の私にも届きます。精神性の強い作者ゆえ、「妻」と「猫」と一緒に暮らす日常が、救いでもあり輝きでもあるというのが、言葉遣いでよくわかります。

  IMG_1938201105.jpg

『時のほとり』 平成8年~平成12年

妻は妻のかなしみをもて家中(いへぢゆう)に花かざりゆく雨の日曜日

あかるくてふる春のあめ見あぐればひかりの筒のなかをふりくる

この家に「小吉」ありますといふごとくもくれん咲けり佳きひとの家

八月の六、九、十二、十五日どうしようもなく生者ぞわれは 

 *十二日はわが誕生日なれど義姉の命日かつ日航機墜落事故の日

生まれかはり死にかはりしてわが猫の姿を借りてかぜを嗅ぐもの

こんなふうに私も歌を詠みたいと思った歌群です。具体と抽象のバランスがとてもよくて、情景も情感もしっかり伝わってきました。「ひかりの筒」「かぜを嗅ぐ」は、よく見ることから出てきた言葉。素敵な表現で、とても勉強になりました。

  IMG_1944201105.jpg

『妻へ。千年待たむ』 (長歌2首・反歌3首・短歌281首)より

読みの参考に「はじめに」から少し抜粋します。
平成17年4月17日の朝7時過ぎ、妻が脳動脈瘤破裂で倒れた。まだ56歳と9箇月という働き盛りで、何の予兆もなく突然のことであった。退院のめどがたたないまま、2年が経過しようとしている。・・・妻が倒れたのは、あきらかにオーバーワークのゆえである。小さな私学の校長として、毎朝7時には出勤し、夜8時前の帰宅はほとんどなく、出勤日は年間300日を軽く超えていた。若い時から30年近く、妻は全速力で駆け抜けてきたのであろう。しかもその間、無欠勤というのが驚異的である。生徒の評判もいい教師だったようだ。道を外れたことには妥協しない厳しさで接するけれど、ふつうの場面では母親のようにやさしかったという。彼女はいつも懐中に辞職願を呑んで事に当たっているようなところがあった。・・・本歌集は、言ってみれば妻の闘病の記録であり、祈りをこめた妻への個人的なメッセージである。・・・私たちの関係は、〈夫婦〉というより〈同志〉という言い方のほうがふさわしかった。宙ぶらりんになった彼女の意思を思うと、一番近くにいた同志として、私の中につらく悔しい思いが今でも確かに揺曳している。

  IMG_1946201105.jpg

冒頭に、高野公彦氏から送られた歌「ねむれ千年、ねむりさめたら一椀の粥たべてまたねむれ千年」を願文として待とうと思うという長歌があり、歌集の題名のもとにもなった次の反歌が添えられています。

吾妻はや目覚むるならば吾はもや千年待たむ二千年また

死も覚悟せよとは医師のことばにて神にあらねば、神にあらねば

幾本もの管につながりしろじろと繭ごもる妻よ 羽化するか、せよ。

指がうごき目が開
(あ)くまでのひと月を撫でさすりつつ妻に語りき

手の指が動いたといふそれだけであふるるものをもてあましをり

やうやくにリハビリ期に入りし妻にして物言はねども表情明る

今日妻の発せし言葉ふたつみつ花びら拾ふごとく書きとむ

坂の上に湧く白き雲 いまはただその雲めざし車椅子押す

飛行船ぽかんと浮ける冬のそら 妻のなづきに洞
(ほら)三つある

ぽかんぽかんと生きゆくもよしもう充分がんばつてきた君だから


肩書きのなくなりし妻の肩の辺(へ)に葉を洩れきたる夕光(ゆふかげ)あそぶ

気持ちが分かりすぎるぐらいわかる歌集で、自身も含め、ほんとにたくさんの人たちを脳裏に浮かべながら読んだ歌集でした。互いを認め合い尊重し合う団塊の世代の夫婦像として、個人的な事情を超えた価値があると思いました。

  IMG_1951201105.jpg

『天意』より 平成19年~22年の作品460首/第7歌集

あとがきより抜粋
妻は依然として(5年間)病院暮らしであるが、体力は徐々に回復しつつある。平地の歩行訓練から階段昇降にまでリハビリの段階は進んでいる。ただ、平衡感覚がほとんど戻っていなくて、手をつないで支えていないと倒れてしまう。また、新しい記憶は留めないという記憶障害は好転せず、現実認識力が弱くて時空を相対的に感覚する機能も失われたままである。

われに積み妻に積まざる時間といふもの何ならむ季(とき)めぐりゆく

甘え足りぬ猫が選歌の邪魔をして詠草集の上に寝そべる

たましひが直
(ぢか)にこぼせる言の葉の金色(きん)の銀杏のごとくかがやく

はらはらと散る花を浴びほほゑめる妻はも菩薩ここ花浄土

臨終
(いまは)のとき迫れる猫を抱きやりて「ありがとうね」といくたびも言ふ

去年
(こぞ)の蝉一匹たりともゐないこと思へばはるか昼の泛く

がんばつて倒れし妻よでもそれが君の生き方「いち、に」「いち、に」

おしやべりをするやうに啼く猫だつたときをり妻に相槌も打ち

もつと生きたいなどとは決
(け)して思はざらむ願はず祈らず獣は生きて

たぶん君は一生分を働いた だから好きなだけかうしてゐなよ

夕色のきざす夏雲かがやけり永遠とはかかる一瞬ならむ

連翹のかがやく黄
(きい)のかたはらにその名わすれし妻がほほゑむ

    IMG_2115201105.jpg

 長い入院生活、以前の能力を存分に発揮し活躍していた妻とは異なる現在の妻。思えば嘆くことも悔いることもあるでしょうが、作者も妻もそこに留まることはなく、新たな境地の中に幸せを見出そうとしています。作者の妻の天性の明るさと伸びやかさが、作者を励まし救っている様子に、私もほっとしました。私が自分の限界を超える仕事で乳癌になり退職したいと思った時、いちばん欲しかった言葉は、ここにあげた次の歌でした。「たぶん君は一生分を働いた だから好きなだけかうしてゐなよ」私にも頂いた言葉として、心に入れておきたいと思います。

 作者にとって同志である妻が入院しているこの間に、子どものように可愛がってきた牝猫ミーコが14歳で、翌年牡猫のレオが15歳で死んでしまいました。妻(奥さんという表現が似合わない気がして、そのまま妻と書きました。すみません。)にそのことは告げられないまま、一人の家に帰らねばならぬ作者の寂しさを思うと、猫の写真を載せるのは躊躇われましたが、猫好きの作者ゆえ許していただけるかと、我が家の牝猫ハオ(向かって右側)と甘えん坊の牡猫ミューの写真を載せました。作者ご夫妻が可愛がってこられた猫二匹に、重ねて見ていただけたら嬉しいです。

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌(歌集)-『池本一郎歌集 現代短歌文庫』
『池本一郎歌集 現代短歌文庫』 (砂子屋書房/2010年/1800円)

  ikemotoitiroukasyuomote.jpg

 この本は、『未明の翼』の全篇、『池本一郎歌集』抄、『藁の章』抄、『樟葉』抄、『草立』抄、歌論・エッセイ、解説(森山晴美氏、花山多佳子氏)を収めた、まるごと池本一郎氏の短歌を知ることのできる歌集です。
作者は「塔」の選者で、歌歴も「塔」歴も長く、歌の力は言うまでもありません。京大卒業後メーカーに勤務、十数年後、帰郷し高校教諭に。今は、農業の傍らカルチャーの講師などもされています。
歌歴も「塔」歴も8年の私は、現在の穏やかで優しいお顔と、郷愁を誘うイントネーションで温かくかつ熱く語られるお姿を知るばかりなのですが、この本で、その由縁に触れることができました。

「帰郷者の断想-短歌と風土によせて」というエッセイの中に、次のような文があります。

公害とか人間性とか、故郷といったことに関し、わたしが短歌を通じて考えてきたことの実践が、帰郷の決行につながっているともいえるのだ。思索は行為によって完成する。

第一歌集とそれ以降の歌集の印象が大きく異なる理由の一つが、この文でわかる気がしました。

       IMG_98431011.jpg 

『未明の翼』全篇 (1970年刊)

まずは、高安国世氏の「序」。とてもいいので、全文引きたいぐらいですが、長くなるので少しだけ。

真実を見つめ、真実を生きようとしていれば、だれも孤独なのだ。・・・そして孤独であればこそ、人間はおろか、犬や魚や、木や雲にもなつかしい目をそそぐことができる。・・・これらはすべて孤独者なればこそ、自然や物が身をひらいて語りかけてくる瞬間である。 

建物をめぐりて長き列ありぬ最後の一人また空を見し

息ひそめ闇を行きつつつれづれに蹴りし小石が金属を打つ

駆けおれば安易に熱意こもる身とみずからにがし河口まできて

とどまれる吊り環に白き光(かげ)顕(た)ちて体育館は声なく暮れる

発つ日あらば携えゆかん銃よりもむしろ一足の堅固なる靴

夜寒なる坂のぼる背に発電の音しるく一つ自転車は来る

街角を広くとらえしウインドウにすぐになじめぬ全身がある

耐えて生きしまさにそれのみ父のもつおよそ最も強き思索は

約束は何ももたざる夕陽坂おのれの影を踏みつつ戻る

わが軒のつばめたちゆくと書きし母われにはすでに暗喩もわかる

読みおりていつか暮れ来し屋根の上思想のごとく猫ひとつ行く

霧はれてくる街上に船団のしずしずと数(かず)あらわすビルら

ビル裏の吊り階段を下りゆく靴音遠く空間に発つ

採決のあとどの顔もわずかずつ角度ことなる光にかげる

屋上にはるか見くだす〈地の亀裂〉そこより無数の頭あらわる

労(いた)わりのようなもの搬(はこ)ぶ終電車一人ひとりに名を尋ねたい

 魅力的な歌がいっぱいあって、絞るのに苦労しましたが、「序」にあったような「孤独」の影ある歌に、私はことに心惹かれました。若い時代に詠まれた歌なので、両親への思いも、どこか青春の香りがして、それもまた寂しさを伴った心地よさで、心に響きました。

      IMG_988710121.jpg 【京都吉田神社裏手】

自選歌集

『池本一郎歌集』(1990年刊)抄

見えかくれして天涯をわたる鳥静かなものは遠くまで行く

暗き口さらして低き弾庫あり廃墟はつねに砂呼びよせる

ひとときを子らと遊びし砂浜におどろくほどの足あとのこる

またひとつ砂丘に雲のかげ行けり離れゆく子が起伏に沈む


『藁の章』(1996年刊)抄

一本の竹を切らんと竹仰ぐ選りがたきこの直ぐなるものら

過ぎし十年思えば来たる十年も早からんいま葉桜の園

飲め歌え桜の下のクラス会一人のこらず消える日がある


『樟葉』(2001年刊)抄

無人駅にネムの花咲き何日も列車の来ない気がするま昼

顕微鏡のようなかたちしてぼんやりと外を見ている秋のわが猫

一日に椿どっさり落ちている会いておくべし十人ぐらい

記憶よりことんことんと抜け落ちて水車のごとき晩年がいい

かぼちゃ切れば種子はもこもこ押しあえり次のかぼちゃにみんななりたい


『草立』(2008年刊)抄

鍬先の蛙を土に埋めもどすこんなことにてまた眠れるか

目をつむるほうがうまいというように食べている猫そばの子ねこも

人間をすこしらくしている感じ映画を見つつ食うポップコーン

 どの歌も気負わない飄々とした雰囲気が漂い、それは、作者の生き方そのものなのだろうと感じました。また、動植物をはじめとした命あるものへの優しさは、小林一茶の俳句を思い出させ、心底優しく温かい人なのだと思いました。これらの歌の、人生を達観しつつも、ほっとする感じが、私はとても好きです。

      IMG_98281011.jpg 

歌論・エッセイ

「日常における認識への垂鉛」(「塔」昭和53年5月号)より

詩歌創造の本質として、認識営為が基底になければならず、感動は素材や表現方法のいかんによるものではない。認識の深化こそ肝要で、素材探索は否定しないが、いたずらに日常の外に走るのではなく、日常身辺に深化をはかるべきものが多いし、また日常とは作家主体のあり方ひとつで無尽のものであるから、人間的努力をもって日常性を探求するのがよい。


「ディレッタントの誇り」(「塔」平成2年5月号)より
*注:ディレッタント=芸術や学問を趣味として愛好する人。好事家(こうずか)。

それぞれの作者の認識が一首のなかに堅固に存在する。その認識ゆえに読者は感動する。それが詩歌における思想性であり、それは普遍的なものである。

 歌論がとてもよくて、いっぱい線を引きながら読みました。歌を詠むときの本質的なところに、あくまで言葉で迫っていく筆者の姿勢に感銘しました。自分の中でぼんやりと思っていたことを、言葉で明確に示してもらえ、得心がいきました。たくさん引用したかった中から、絞り込んで引かせていただきました。全文を読んで学んでみたいと思われた方は、個人の歌集と違って、手に入れやすいですので、ぜひお手元に!

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌(歌集)-武田久雄歌集『寒の水』
 武田久雄歌集『寒の水』 (青磁社/2010年/2500円)

   kannomizukaba-.png    kannomizu.jpg

寒い日が続きますが、お元気ですか。今回は、ちょうど今頃の時期のことをいう「寒」を名前に持つ歌集のご紹介です。1月5、6日あたりが「寒の入り」で、2月3、4日頃に「寒のあけ」。この時期の水は腐りにくく、健康にいいとされ、味噌や醤油・酒作りなどに利用されると聞きます。
表紙の写真が、歌集の題とよく合っていて、いいなと思いました。

   IMG_040220111.jpg

魅力ある写生歌がたくさん収められた歌集です。歌に詠まれている琵琶湖は、私もよく訪れるところなので、情景が浮かびやすく、湖北の静かな雰囲気が伝わってきました。作者が暮らしておられる湖北を詠まれた写生歌に、とても心惹かれたので、それらを中心に以下に二十首ほどあげたいと思います。
本当は、琵琶湖の写真を添えたかったのですが、手元に冬の湖の写真がありませんでしたので、かわりに1月に撮った万博の写真を一緒にアップします。この季節の情景を、歌(他の季節も含む)と写真でお楽しみ下さい。
五七五七七のリズムがとてもいい歌ばかりですので、声に出して読まれることをお勧めします。
読み仮名は、こちらで付けたものがほとんどですが、歌に合わせ歴史的仮名遣いにしています。

          IMG_040520111.jpg

          川越えて鼬(いたち)はふかき雪のなか潜ると見えしに頸(くび)もたげゐぬ

          ふる里の小川に返す月光に残り螢が石垣を這(は)ふ

          山裾の湖(うみ)べはかすかな風の吹き葦むらあたりよしきりの鳴く

          灰いろの雲かげふかき沼のみづ湖北は長き冬に入りゆく

          原発の被ばく圏内北の湖雪の降りつつ夜を風が鳴る

          カハセミの止まる枯葦(かれあし)たわみつつ小雨ふる沼暮れふかみゆく

          ダム故に「鷲見(わしみ)」よりここに移り来し老い人畑を黙し耕す

          重なりて冬雲垂れくる余呉の湖(よごのうみ)野小屋に雀の群れて入りゆく

          あと十年われは生きたし湖(うみ)に浮く船打つ波の音限りなく

          ぽつかりと浮き来し鳰鳥(にほどり)暫(しばら)くは動かざりけり秋の日浴びつつ

          IMG_039720111.jpg

          朝やけの隅(くま)なく湖北を照らす野に野菊はひくく川辺に咲けり

          原発に隣り合はすもみづうみのこの夕凪を讃へ吾は生く

          池のべにわが佇(た)つ影を乱しつつ浅瀬の真鴨餌を漁るのみ

          穏やかな水面に映ゆる冬雲の影の重たし鴨の鳴く池

          山越えて県境ちかき祖母の里木を切る音の真上に聞こゆ

          泳ぐ鳥立つ鳥のゐてこの荒るる北湖を終(つひ)とする鳥もゐるべし

          このあたり父の田んぼのありしとこ青鷺(あおさぎ)一羽日溜りに立つ

          風荒き寒の戻りのみづうみに北帰のばさむ鴨のゐるべし

          この村の軒端はいつも芥(ちり)一つ落ちてをらざりわれのふるさと

          刈られたる切藁(きりわら)の上ひかり立ちもそろもそろに蝗(いなご)の動く

          IMG_040320111.jpg

 旅行詠の自然と違って、生活の場所での自然は、すでに作者の一部となっているため、読み手にも深い思いが届きます。自分の暮らす土地に足をつけて生きることは、ある種の覚悟もいりますが、そこから受ける豊かさをとても羨ましく感じました。目に見える場面だけでなく、その場の気温や風の流れなど体感できるものも、これらの歌から受け止めることができました。素晴らしい歌集をありがとうございました。

          IMG_042020111.jpg

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌(歌集)-倉松しん子歌集『海がはこぶ』
          IMG_97621011.jpg

倉松しん子第二歌集『海がはこぶ』 (青磁社/2010年/2500円)  

真っ白な表紙に凹版でタイトル、背表紙の文字は青に近い紺色の歌集で、開くと空の写真が広がります。作者に直接お目にかかったことはないのですが、歌集を一読して、元気な息遣いを感じました。私より少しだけ年上の方なのでしょう、自立していく子どもへの思いを詠んだ歌に共感を覚えました。切なさを詠みつつも暗くならないのは、作者が天性の明るさを持っているからではないかと、思い切りのいい歌を読んで思いました。私なりにテーマを設定して、分類してみました。【写真はすべて、京都長岡京にある光明寺で、この秋撮ったものです。】

          IMG_97521011.jpg

子離れ…

息子に確と云いたきことのある口が魚の尾骨を噛み締めている

子育ては苦手と子らに告白す大雨なれば何でも云おう

その頃は育児相談聞く暇もなくていまごろしみじみと聴く

子の手紙にお母さんへとありて今日母であること思いて過す

夏の夜ふらりと猫に会いに来る息子の背(せな)に〈さびし〉とルビふる

行くでなく帰るといいてパソコンを背負い日本を離るる娘

子の発ちて二番目くらいのさみしさに日暮里駅にふわり降り立つ

睡たくて子の泣くなども忘れにき ときおりわれが泣くことにする

梨ケーキ焼き上がるころに帰りゆく息子の背(せな)を猫らが見詰む

縁結びの効ある野苺生りに生り代りてあさあさこの母が食ぶ


*どの歌も、「私もです!」と声を掛けたい気持ちで読みました。「行く」を「帰る」と言われた時の寂しさを、私も常々感じて、何回か作歌を試みましたので、特に共感を覚えます。自分自身を客観視して、戯画化できるところに、作者の芯の強さを垣間見る思いです。

          IMG_97681011.jpg

表現の妙

スカートのゴムのきつさよ 土曜までがっぷり椅子に穿かせておこう

窓越しの空に腕上げ真昼間を溺るるさまに泳ぎて春過ぐ

生ゴミも積みて近くに引っ越せば夕日が遅れてじわりと従(つ)き来

寝るつもり無けれど深く寝てしまい二時間老いてキッチンに立つ

手づかみに食ぶるも似合わぬ歳となりフォークに刺せり夢やなにかも

雨粒のひとつぶずつに応えいる水面見るうち疲れてしまう


*「がっぷり穿かせる、溺るるさまに泳ぐ、生ゴミも積む、二時間老いる、夢やなにかも刺す、ひとつぶずつに応える水面」、気持ちに余裕があるので、クスリと笑いを誘う発想・表現となっています。作者の真骨頂は、こんなところにあるのではと思いました。

          IMG_97781011.jpg

作者を支えてくれる存在

伝わらぬ言葉いくつかもちて生く猫にはすんすん伝わる 笑みも

沈丁花の匂をはじめて嗅ぐ猫よおまえも母をたっぷり想え

おもいがけぬロックンロールに昼過ぎの床を拭き上げ猫をも洗う

足早に階段下りゆく猫の背のつちのこに見ゆ 電話をせねば


*猫との生活は、心が通うようで慰められたり励まされたり…四首目、わが家のハオも「つちのこ」に見えることがあり、「発見しました!」と言いたくなるので、同類の猫のみならず同類の人間も見つけて、嬉しくなりました。

植うるなら渋柿にせよと老婦いう甘柿一樹は食い切れぬとぞ

星ひとつねだるわたしに地を打ちてここが星だと父の云いにき

このわれを決して嫌いと云わざりし母おもいおり白芙蓉の辺に


*作者は『星の王子さま』が好きで空想壁のある、お父上にとっては少し心配な子どもだったのかもしれませんが、この父上もなかなかのものです。

          IMG_97811011.jpg

心をよぎるものたち

白鷺の傍あゆむ今に水色の付箋をつけて頭(ず)にしまいおく

野の花を待つ鉢に来てまっさきに立ち上がりたるは春女苑なり

風知草を眺めての日日これまでに知らざる風の絶え間なく生(あ)る

この先はよく笑う人を友とせん大き白花咲く樹もよろし

抽斗の中身そっくり捨てたれば春風どんと四角に入りぬ

ひとひらのハンカチ洗う水量に遠くのいのち思う真昼間

転びたるスケーターの母のかなしみが寝付くまで去らず 風のいできぬ

問い合わせの電話の向こうのため口にわが物云いをじわじわ直す

樹の名札に住所も記すべし今日ここに会いたる礼を明日には出さな

空色の洗濯挟み二つ選りシーツをひろびろ大空に留む

自転車の影がわれ乗せ川沿いの家並の屋根大きく越ゆる

前の駅うしろの駅の見ゆる町陽は沿線に細長く照る


*どれもいい歌。私もいつかこんなふうに詠めたらいいなと思って、歌集を読ませていただきました。ありがとうございます。

IMG_98051011.jpg

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年5カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



カテゴリー



最近の記事



最近のコメント



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カウンター



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード