心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌(句集)-たむらちせい句集『菫歌(きんか)』
 7月2日追加:お知らせ
青木拓人の初アルバム『NOTE TONES』(7月10日発売予定)が、アマゾンで買えるのを先ほど見つけました。「青木拓人」で検索できます。発売記念のライブもあります。詳しくは、右列リンクより。よろしければ、応援してやってください。


たむらちせい句集『菫歌(きんか)』のご紹介  

        kinka.jpg  (蝶俳句会/2011年/2700円)

 作者は1928年土佐市生まれ、1960年より伊丹三樹彦氏に師事。高知新聞俳壇選者、高知県俳句連盟会長、高知県現代俳句会長等を勤めるが、現在は一切辞任。「蝶」主宰、現在は顧問をされている。
第六句集となる『菫歌(きんか)』は、「菫が歌う」の意である。古代の人は草や木が発する言葉を聞きとめたという。その中でも菫の言葉がもっともわかりやすかったそうだ。
繊細な感覚をお持ちの作者は作句のみならず、俳句の朗読も深い味わいがあって魅力的だ。この句集も、氏の朗読の様子や声の調子・響きを思い出しながら読ませていただいた。
2001年から2011年3月までの738句が収めてあるこの句集から、年ごとに二句ずつ紹介したいと思う。帯文に「俳句は老境の華」という言葉があるが、人生を長く歩んでこられた故の深さが、多くの句から感じられる。

        IMG_2216201104.jpg

2001年(平成13年)
鳥渡る遠き虚空に富士を得て
雄大な景色だ。「富士を得て」という結句に、鳥への労りや愛情を感じた。

人死んで月の明るき橋渡る
五・七・五の組み合わせが絶妙だ。緊迫感・寂寥感を「月の明るさ」が象徴している。

2002年(平成14年)
種売の去(い)にて日向を残しけり
涅槃会の時など寺の境内や参道などに、さまざまな店が出る。地面にござを敷いて商売をしていた人も、もう店じまいをしたのだろう。「日向を残す」という表現に心ひかれた。

亥の子餅婆やはらかな顔をせり
陰暦10月の亥の日は収穫祭。新しい米で作った餅は、誰をも幸せな気持ちにさせる。

2003年(平成15年)
笑ひ声せしは野仏菫摘む

吉田拓郎の「野の仏笑ったような…」という歌を思い出した。野仏は素朴で柔和なお顔だ。

影法師なき人たちと日向ぼこ
「日向ぼこ」の懐かしさが、今は亡き人たちへ思いを馳せさせるのだ。共感を覚える。

        IMG_2204201106.jpg

2004年(平成16年)
銃抱きし日の枯野あり誰もをらぬ
「枯野」が現実の風景だけではなく、胸中にも存在しているのは、戦争体験があったから。

一本の冬木のために地平あり
凜とした冬木の立ち姿を見ると、このように言いたくなる。冬木への賛歌。

2005年(平成17年)
絵襖の姥に差しくる此の世の月
過去と現在の交叉が面白い。絵の姥も少し華やいでいようか。

夢の中まで紛れ込む落花かな
たくさんの落花を浴びた日は、確かに夢にまで桜の花びらが追ってきそうだ。

2006年(平成18年)
夢の切れ端繋げば花筏になりし
若い時からいくつも抱いてきた夢、どれくらい叶っただろう。「花筏」という発想が素敵。

耳鳴りを雁の羽音としておかむ
虻や蜂や蚊でなく、「雁」というのが、とても俳人らしい。

 IMG_2215201104.jpg

2007年(平成19年)
ぬばたまの闇に螢と息合はす
とてもよくわかる。私も螢の明滅に息を合わせて見ていた記憶がある。

分け合うて田へ水の音立ててゆく
田の水の当番は大変だと聞く。水を平等に分け、皆の田の稲がよく育ちますように。

2008年(平成20年)
少年院の紫陽花 雨の銀の柵
寂しいけれど作者の優しさを感じる句だ。あまり詠まれない題材だが、どの語もふさわしい。

死ぬときの一言は蜩に習ふ
蜩の「かなかなかな」という鳴き声は、切なく寂しい。季節の終わり、そして蝉の一生の終わり。

四万十川に沿ひ月光の曲りゆく
川の両岸は草原で暗い。川面に月光が反射し、川の流れが見えて美しい。

2009年(平成21年)
荒星や勤評闘争以後孤独
教師をされていた作者。穏やかな風貌の内部に、芯のように持ち続けている思いがあるのだ。

十二月八日の無言館に入る
日本が真珠湾を攻撃した日。戦場に駆り出された若者たちが残した絵が、ここにある。「十二月八日」と「無言館」が有無を言わさぬ強さで、反戦を訴えている。

 IMG_2221201104.jpg

2010年(平成22年)
桜の夜次の世に逢ふ握手して
桜の尋常でない美しさは、人に生死を考えさせてしまう。

孤老と猫の暮しちりめんじやここぼし
この軽妙さが、猫好きの私には嬉しく思えた。「孤老」と「猫」は似合う。

バナナ一本食べて笑つてまだ此の世
「バナナ」という軽さが、いい。悟りの境地に作者はあるか。

あるだろう水母になつて浮かぶ日も
生まれ変わったら自分は何になっているだろう。水母(クラゲ)も案外悪くないか。

2011年(平成23年)
地図から消えた村の李(すもも)の花盛り
社会性と自然の美と両方を詠み込んだ句で、とても印象に残った。

大和しうるはし千手は落花享けるため
慈悲の「千手」が「落花」を「享(う)けるため」であるという、耽美的な空想が「大和し(強め)麗し」と合っていて、春を豊かに享受できた。

 言葉遣いに格調があって、気持ちよく読めた句集だった。未知の言葉に出会って辞書を引くのも楽しく、とても良い勉強をさせてもらえたと感謝している。

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌(句集)-伊丹公子さんの句集・詩集
伊丹公子さんの句集と詩集をご紹介します。

 IMG_1971201105.jpg

伊丹公子カナダ句集『ARGILLITE アーギライト』

 argillite.jpg  (春陽堂/1994年/2500円)

第九句集で、書名の『アーギライト』はカナダで採れる石の名前より。
1990年~93年、毎夏訪れたカナダでの俳句より100句選び編んだもの。
翻訳は三女のLee凪子さん、カナダの写真16枚は伊丹三樹彦氏による。

バンクーバー
在処(ありど)秘密の石磨く夏 インディアン
Polishing the stones / cut from a cliff / Secret place among Indians
句集名にちなんだ一句。ハイダインディアンは、その秘密の場所にボートを何マイルも漕ぎ辿りつき、絶壁をよじ登って石を採り、その灰色の石が黒くなるまで磨きこみ、そこに先祖伝来の彫刻をほどこすそうです。そういう異文化への驚きと、文化を伝えていくことへの共感が表れた句です。

思想もつかに キャピラノ川を のぼる鮭
As if possessing / a mind of its own / A salmon runs up / the Capilano River
産卵のため命をかけ生まれた川に戻ってくる鮭の行動は、ひたむきで沈黙である故、実に哲学的な姿に見えます。祖先を残すという執念は本能なのですが、思想を持つように思えるのは、懸命な鮭に思いを重ねる作者がいるからです。

ビクトリア
幽霊が出る城 尖塔への闇の濃淡
A haunted castle / Shades of darkness / up to the tower
使われている言葉がどれも、詩的・幻想的な伊丹公子さんのイメージに重なります。現実の情景に、悲しい物語が重なる感じで、想像をかきたてる魅力があります。

カナディアンロッキーの町
暑休家族の幸福同形 カヌー反る
The shape of happiness / is same for every family / rowing a canoe / Summer holiday
夏休みを過ごしに美しいカナディアンロッキーの町に、さまざまな土地からやってきた家族。みな同じように幸せな顔をして、湖に舟を浮かばせ涼しい夏を楽しんでいる。漢字の使い方が絶妙で面白いです。

      IMG_2048201104.jpg

伊丹公子詩集『黒い聖母』

 kuroiseibo.jpg  (沖積舎/2004年/3000円)

1997年~2003年の作詩の中から18篇を選び収めた、第6詩集。
翻訳はLee凪子さん、キャサリン山本さん、写真24枚は伊丹三樹彦氏による。

「ベルギーの聖母子」

死せるキリストを抱いたマリアは / 聖堂の薄闇より昏かった
膝の上のキリストへ / おとしたまぶたは 
ふたたびあげることはないと思われた
幼いキリストを抱いた日の / あの どんな光より眩ゆい瞳を
ふたたび持つことはないと思われた
旅する聖堂で出会った / 死せるキリストを抱いたマリアの前で
私は絶望に似た怖れを抱いた

〈2連目省略〉

聖堂の外へ出ると / ベルギーの春だった
まるで若い日の聖母子のような / 母親と息子が
笑い声をひびかせて / 運河の岸へ駈けていった 
 (1998年3月)

この詩を読んで、あらゆる母親たちが持つ、深くて強い母性愛のことを思った。生の喜び、死の絶望・・・、作者の、マリアの、母親たちの胸中に起こるさまざまな思いが、脳裏に浮かぶリアルな映像とともに感じられた。

      IMG_2081201105.jpg

伊丹公子句集『私の手紙』

 watasinotegami.jpg  (沖積舎/2007年/2800円)

第十三句集で、2002年~2007年の俳句より228句を選び収めたもの。
うち16句を写俳とし、写真は伊丹三樹彦氏、アレン・リー・チェイブーン氏、リー・チャオヤン氏による。
写俳ページの英訳は、リー凪子さんとリー・チャオヤン氏による。

2002年
幼年が 濃密にある 茹卵

ちらちらと花びら 鯛焼の尾が焦げる

2003年
潮の匂いの脂粉 雫して 村芝居

紅貝 月貝 売って 風棲む孤老の店

2004年
『月に吠える』が書かれた部屋だ 薄い酸素

2005年
我慢の優しさ持つ 御嶽の村の馬

2006年
齢たずねあう 梅林のこのあかるさに

牡丹三日咲けば 三日の空の彩

巻いて巻いて 巻貝の夢てっぺんから


 IMG_2085201105.jpg

 詩心があって、どの句も大好き!和風・洋風、幼年・老年、日本・外国、etc.どこへだって時空を超えて自由に飛んでいく言葉と心に、わくわくしながら読みました。

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌(句集)-伊丹三樹彦氏の写俳集三冊
 今回は伊丹三樹彦氏の写俳集のうち、非常に手に入りにくい3冊をご紹介します。

〈顔施〉の信奉者でもある伊丹氏は、言葉の通じない海外に出かけても笑顔で交流し、魅力的な写真をたくさん撮って、以下にご紹介するような素晴らしい作品集にされました。いつだって全力投球の伊丹氏は、俳句と写真への情熱が際だっており、どの写俳作品からも物語が生まれそうです。
ここにあげる写俳作品の写真は、マレーシア・インドネシア・パリが舞台ですが、それぞれの地域の空気感がよく出ていると思います。光と影のバランスも、地域や時間帯・季節によって異なり、それぞれに雰囲気がありますね。写真につけられた俳句からは、音や動きが感じられ、一つ一つその世界に入っていくことができます。

伊丹三樹彦写俳集『隣人有彩 ASIAN PART2』

 rinzinyusai.jpg   (1985年/牧羊社/8000円/p201)

『隣人ASIAN』に続く第二写俳集。写真100枚に対し新作100句の書き下ろしで、氏の唱える〈先写後俳〉の実践でもあります。約5万枚のポジフィルムから1千枚をプリントし更に厳選した作品集で、二科展などの写真展受賞作(確か表紙の写真も)も含まれています。

rinnzinnyoutou.jpg
暑く 眠く 時空の余白の ベンチ老人     声明に 帰依の足音 パパイヤ熟れ


伊丹三樹彦写俳集『隣人洋島 OCEANIAN』

 rinzinyoutou.jpg (1987年/牧羊社/8000円/p201)

ハワイ・東サモア・西サモア・フィジー・ニューカレドニア・オーストラリア・インドネシアへの旅に取材した写真と俳句を収めた著者第三番目の写俳集にして、「隣人シリーズ三部作」の最後の作品集。

rinnzinnyuusai.jpg
割れ門から善神 プルメリアを咥え   王妃の額ばかりの部屋も 蝉の朝


伊丹三樹彦写俳集『巴里 パリ PARIS』

paripari.jpg (1989年/ビレッジプレス/4000円/p58)

これまでの、そしてこれ以降の伊丹氏の写俳集に欠かせない方々の名前を挙げておきます。岩宮武二氏、有野永霧氏、一谷定之烝氏、小林正典氏、奥田幸義氏、村元武氏。出会いを大切にされる伊丹氏の周辺には、実に多彩で心豊かで行動力のある方々が揃っておられると、先日の式典(以下参照)でも強く感じました。

pariparipari.jpg
 ベンチ一つが舞台 男あり 女あり      晩年は殊更 動物伴侶の国


 5月15日(日)新神戸のANAクラウンプラザホテルで「青群5周年&伊丹三樹彦『知見』三部作完成記念」式典が催されました。その時お渡しする記念品として、ここにあげた3冊から12作品を選び、絵葉書を作成しました。(ここに載せた8枚は、その一部です。)これらの本はどれも見開きで鑑賞するという前提で編集に工夫がされているので、葉書も「見開きのページの2枚1組で」というのが、作成を依頼されたときの条件でした。ここでも、その対比の妙を味わっていただけると、嬉しいです。
本が手に入らない人のために、少しでもその雰囲気を味わってもらえるよう、1組ごとに俳句の文字色を変えたり、表書きに「青群」誌からコピーした会のマークを入れたりして、楽しんで作りました。厚めのインクジェット紙や上質な封筒も、ネットで検索して無事見つけることができ、100組完成!正直1200枚の印刷は終わるまで心配でしたが、昨年末新しくした印刷機が頑張ってくれました。
式典会場で隣の席だった方(この方がまた行動的で面白い方!HP「森羅万象の館」あり)に、「パソコンのお仕事ですか?」と尋ねられました。もちろん違いますが…。伊丹氏にはいつも親切にしていただいているので、本当は「お祝いで無料に」と申し上げたいところでしたが、残念ながら私はお金持ちでないので、料金を頂きました。何だか葉書屋さんになれそうです。
*今回ハガキ制作に使用したのは、
「プロ紙サッコ」の「プロ紙 はがきサイズ・両面無地【特厚口 厚さ0.33mm インクジェット対応】」
「ハグルマ封筒」の「洋2カマス コットン 黄緑」です。
 どちらの用紙も厚みがあるので、後ろトレイのある印刷機でないと無理です。

 ハガキを作ったお礼にと、次のような世界でたった一つの俳句を下さいました。

    過去戻す写俳絵葉書 朋子の業    三樹彦 
  
 今では手に入りにくい本を、このような形で、少しですが皆さんに知っていただけて、よかったです。
                
 rinzinyusairuri.jpg
生きるにも 死ぬにも眩む 瑠璃炎天     神々を 生むは 絵筆の座り神      
                               (『隣人有彩 ASIAN PART2』より)

 先日、「写俳」の師として敬慕している「写俳亭」伊丹三樹彦先生から、気が向いたら「写俳女」青木と名乗って下さい。という嬉しいお葉書を頂きました。ありがとうございます!精進します!
さらに本日は、俳句も頂き、宝物が増えました!お忙しいのに、ほんとうに筆まめで、心温かく優しい方です。

    悠々自適の朋子の写俳 青葉光    三樹彦


テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌-伊丹三樹彦第24句集『続続知見』
伊丹三樹彦 第24句集『続続知見』(沖積舎/2010年7月刊/3000円)

zokuzokutiken.jpg zokuzokutikenura.jpg 【カバー】 zokuzokutikennakaomote.jpg zokuzokutikennnakausiro.jpg 【本体】

 *よろしければ、拡大して、カバーの写真や帯文をお楽しみ下さい。

 伊丹三樹彦氏は、2005年7月に脳梗塞で倒れられたあと、2006年4月より「病後2万句」をめざし日々作句に努められ、見事な回復力で、2010年10月には、「2万句」を達成されました。単純割で1日平均12.26句という数字は、驚異的です。この句集は、『知見』三部作の完成本として、2009年1月から2010年5月までの2560句が収めてあります。たくさんの心ひかれる句の中から、私なりに厳選を重ね、テーマを設けてみました。
*以下の写真はすべて出版記念の絵はがき(写真+俳句:伊丹三樹彦作)より

    susukinote.jpg

〈俳人として生きる〉

盆梅展 俳人顔でおし通す

未使用の言葉幾万 瑞穂の国

燕に仰向くは俳人 あやしむな

白いお髭でいつもお洒落な伊丹三樹彦氏は、見るからに「俳人顔」。好奇心旺盛な俳人にとっては、「盆梅展」のような趣ある催し物も楽しみだし、空を行く燕も軒下の子燕も大いなる関心の素となる。長い人生のほとんどを言葉に費やしても尚、「未使用の言葉幾万」という感慨には、日本語の豊かさ・美しさに心を寄せる作者が、強く感じられる。


〈病後の体、人生を思う〉

お互いに病後の握手 麦の秋

幼児期があっての老年 さくらんぼ

杖突くにも品格おのずから 小春

つくしんぼ 予後は一からやり直し

撫でている 仏にはないのどぼとけ

公園のベンチに委ねた 余生の場

無事に起き 無事に眠れて 四月尽

歩くのが大好きな作者だが、病後は遠出が許されず、近くの公園や家の近辺が、散策の主なコースと聞く。それでも、次々句作ができるのは、深く鋭い観察力と自己を見つめる洞察力と過去に蓄積した多くの見聞が、力となっているからだろう。ここにあげた人生を詠んだ句は、ひよっこの私にはまだまだ詠めない作品群である。


    momizidera1011.jpg

〈生き物への眼差し〉

群鴨の 向きを変えるも一斉に

亀うらら 亀甲文字の世に遠く

飛ぶ鳥にも序列 吾ならしんがりか

とまらねば鳴けず 一樹に蝉の数

耳鳴りも手伝っている 虫の夜

影は地を走っているぞ 伝書鳩

これらの句には、自然体で生き物と一体化した優しさがあり、読み手も同じ目線を持つこととなる。鴨、亀、飛ぶ鳥、蝉、虫の音、生き物の影…、私も日常接するものばかりなので、大変親しみを覚えました。実は、今も虫の音のような耳鳴りを聞きながら、これを書いています。誰か耳鳴りの治し方、ご存知ないですか?


〈植物を愛でる〉

ありなしの流速に乗る 花筏

邂逅の多くは路上 立葵

薔薇園の渦中に浮かぶ 泳ぎもする

落日を真芯にとらえ 彼岸花

丈高きまま 低きまま 枯蓮

土地人の花蔭選ぶ 立ち話

遠くから手を挙げる友 プラタナス

植物だけを真剣に観察した句も、生き生きとして素敵だが、人との関わりの中に配された花も、取り合わせがぴったりで心ひかれる。どの句にも、花が好きで、人が好きで、という作者の温かいお人柄がよく表れている。


    kikukaten1011.jpg

〈人の手になる物への関心〉

狛犬は口開けたまま 黄砂降る

落下点までの上昇 噴水力

斑鳩に三塔揃う 柿日和

吊革の総揺れ 勤労感謝の日

大慈大悲 仏手の水掻き見逃さじ

ルミナリエ その周辺に闇を預け

どの句に詠まれた世界も、言われて初めて気付くといった世界であるが、どれも確かにそうだと得心がいく。物を見る力は、じっと見ることと表現することの繰り返しで磨かれるのだろう。


〈「春」の愁い〉

残されてばかりの長寿 春愁

春昼の何ともなしに 髭撫でて

足先で血は引き返す 春の闇

体調から話すが習い 春の辻

桜まで 桜までよと 生き延びて

来年を言わず 語らず 落花浴ぶ

長生きをすることは目出度いことではあるが、「残されていく」ことでもあり、何とも言えない寂しさがある。寝床で「足先で血は引き返す」んだなと、改めて思っている作者は「独りの人間」であることを噛みしめているのではないだろうか。「桜」は芭蕉の句「さまざまのこと思ひ出す桜かな」や西行の歌「願はくは花のもとに て春死なむ その如月の望月の頃」にも詠まれているように、人生と離れがたい花である。最後の二句は軽い調子で詠まれているが、大病を克服され、90代の日々を悔いなく生きておられる作者であるゆえに、とりわけ深いものがある。


    kuhonbutu1011.jpg

 巻末の解説に、たむらちせい氏が「三樹彦の句材の得意とするのは、春は梅に桜、夏は蝉、秋は彼岸花、冬は枯蓮」と書かれているとおり、これらの題材への作者のこだわりは相当なものがあります。同じく解説の中にある伊丹公子さんの詩が、おしどり夫婦を彷彿とさせる愛情に満ちていて、とても魅力的です。

現在90歳の伊丹三樹彦氏には、すでに10代で「長き夜の楽器かたまりゐて鳴らず」、20代で「誰がわざや天衣あかるむ花菜など」、30代で「父死して得たり無用の洋杖(ステッキ)まで」、40代で「古仏より噴き出す千手 遠くでテロ」といった代表句があります。これらの句を読むたびに、無駄のない表現と豊かな抒情にうっとりします。

50代で始められた「写俳(しゃはい)」には、現代版「俳画」とも言える芸術性があります。近年、写真と五・七・五の取り合わせを見ることが多くなりましたが、「写俳」の創始者としての伊丹三樹彦氏とその作品は、もっともっと評価されるべきではないかと考えます。なお、80代以降の作には「死ぬために生きる心得 霜柱」といった深い境地のものも多く、80年近く俳句を詠み続けてこられた姿勢に、私は学ぶことばかりです。


テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌-伊丹三樹彦氏の写俳の本4冊
伊丹三樹彦写俳集を4冊ご紹介します。

月1回の句会(三樹彦俳句サロン)に伺うたびに、いろいろご本を頂き私の宝物がどんどん増えていきます。
今回の4冊は、いずれも「写俳集」。俳句と写真を組み合わせた作品のどれもが魅力的なのですが、そこから3句ずつ選んでご紹介します。

『天竺五大』 tenzikugodaiomote.jpg tenzikugodaiura.jpg 
(1990年/ビレッジプレス/4000円)

前書きより~昨年(1989年)は1月に北印度、11月に南印度への旅をした。・・・特に印度は、昔の人にとっての天竺。中国の唐とひっくるめて、唐天竺は世界のすべてでもあった。ならば、天竺は地の果て、空の果てをも意味したであろう。今は、ジェット機で直航すれば、10時間前後で行けるが、それは印度であって天竺ではない。僕は印度を天竺の心で歩くべく努めた。印度の、いや天竺の天地風水火の五大を、脳裏に抱きながらである。

     tenzikugodaisari.png
     貿易風 サリーを鰭(ひれ)とし 翼とし

     死者離れても 人型の 流水花

     振り向く牛 神にも人にも仕える顔



『バンクーバー夏物語』 natumonogatariomote.jpg natumonogatariura.jpg 
   (1996年/ビレッジプレス/4000円)

前書きより~バンクーバーへは、この年(1990年)以後、夏ばかりを狙って三度の旅をした。・・・俳句を人間採集の詩と考える僕の写真は、同じく、人間採集の映像詩を志すことが多い。為に、一枚の写真から、被写体となった人物の背後にある物語を描き出したい、との意図をもつようになった。

        natumonogatarisibasu.jpg
        シーバス接岸の瞠目(どうもく) 三才児
        
        母と異なる未来が 金髪ゆずられても
        
        天使雲 氷河の水を甘露とし



『瞬機の中欧』 tyuuouomote.jpg tyuouura.jpg 
(2000年/ビレッジプレス/4000円)

前書き(インタビュー)から~僕流の写真術といえば、スタンディング(どこへ立つか)、フレーミング(どこへ合わせるか)、タイミング(いかなる時にシャッターを切るか)の三つがありますが、特にこの中でもタイミングにほとんどの神経を集中させています。そのタイミングということを考えると、まさしく「瞬機」ということです。

     syunkizitensya.jpg
     自転車こそ王道 月日は追うものと

     水脈(みお)広げの鴨に ブルージュの夜明け

     レース店 故国に母系家族待つ



『メコン沃地』 mekonyokutiomote.jpg mekonyokutiura.jpg 
(2002年/ビレッジプレス/4000円)

鼎談(ていだん)より~結局、私の一番の資本はものを見る目、俳句を見る目、写真を見る目、この目玉だけですね。俳句で長年培ったものを見る目というのは、それは実は俳句的な目なんだけど、それをレンズを借りたら俳人の目はこんな目なんだよ、目配りはこんな目配りなんだよ、ということ映像を通して多くの方に知っていただきたい。それも私は写俳運動の効用じゃないかなと思っています。

     mekonmonzentigo.jpg
     門前稚児 背後に化粧筆の母

     後押しの踏ん張りは妻 炎暑の坂

     棒あれば影 影あれば揺れ 湖水


haiku201010.jpg 【「俳句10」小特集:伊丹公子】 haikuaruha201010.jpg 【「俳句α10-11」顔:伊丹三樹彦】

この春には伊丹公子氏の第14句集『博物の朝』が(以前にご紹介しました)、夏には伊丹三樹彦氏の第24句集『続続知見』(来月紹介の予定)が出版されました。俳句への情熱は、お二人で175歳の今も衰えることなく、瑞々しい感覚で俳句を詠まれ続けています。この10月には、お二人それぞれに俳句誌で特集が組まれ(画面をクリックすると拡大します)、私も嬉しく読ませて頂きました。伊丹三樹彦氏は85歳で脳梗塞で倒れた後、病後二万句をめざし句作に励んでおられ、目標の数字が近づいてきたそうです。
 私は月一回お会いするだけですが、俳句のことだけでなく、多くのものを学ばせて頂いています。


テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



カテゴリー



最近の記事



最近のコメント



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カウンター



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード