心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
あんなことこんなこと-壊れたよ~
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これが最後の写真…?。デジカメが突然壊れてしまいました。寿命…?のようです。
いっぱい私と遊んでくれたのに…。

写真の花は、前回の薔薇が終わって残ったマーガレットに、ベランダで繁殖していた黄の花(名前が…?)を足したものです。

バックの衝立は、京都出町柳駅近くの知恩寺で毎月15日にやっている手作り市で買った、小さい障子の枠を利用して作りました。
以前、中国土産にもらっていた、絵の描いてある和紙を、何枚も張り合わせて、作ってみました。
下手でも、手作りするのが好きです。廃物を利用できると、すごく幸せです。

デジカメは、ほんとにダメなようで…、五月の光に輝く木々や花たちを前に、焦っている私です。

心に響く音楽-『みどりのそよ風』
20060428143617.jpg (デジカメで撮影した近所の銀杏/クリックすると大きくなります。)

木々が芽吹き、新しい葉が萌え出、新緑の美しい季節になってきた。
よく眺めてみると、紅葉の時、一木一木が違う色をしていたように、新緑の色も一木一木違うということに、改めて気づく。明日は「みどりの日」。それにぴったりの歌を。

 『みどりのそよ風』 清水かつら/作詞  草川信/作曲

    みどりのそよ風 いい日だね
    ちょうちょもひらひら まめの花
    七色畑に 妹の
    つまみ菜つむ手が かわいいな


子どもの頃、縁側に置かれたラジオからよく流れていた歌。10歳上の姉がよく歌ってくれた。
その姉が、突然の出血で救急車で運ばれたものの、休日で治療が間に合わず、お腹の中の赤ちゃんと一緒に亡くなって、もう30年になる。
天国で、自分の子に歌って聴かせているかな?姉さん。

私が書かねば、忘れ去られるだけの一人の平凡な女性の人生。故人ゆえの美化は許して頂いて、姉のことを書いておきたい。何もしてあげられなかった姉への供養になることを願って…。

手先の器用な父の血をすべて引き継ぎ、何でも上手だった姉。(その分、私には器用な遺伝子が回ってこなかったけれど…。)早くに茶道・華道の免状を取ったあと、編み物教師の資格を取り、たくさんの生徒さんに教えていた。超極細の毛糸で作った母用の着物は、賞を頂いたりもした。
料理も裁縫も得意で、姉の作る料理はどれも目新しくおいしかった。また、私の服をデザインして、布でも毛糸でも、洒落たのをよく作ってくれた。

絵も書もよくほめられていた姉は、下手くそな私の絵や手芸が気になって仕方ないようで、たびたび私は宿題を直された。潔癖性の私は、姉の手が加わって上出来になった作品を出すわけにいかないと、泣きながら改めてやり直すのが常だった。そんなことも懐かしい。

家の中のことだけでなく、外でも活発な姉は、友だちが多く「亀ちゃ~ん、遊ぼうや!」の声を、男女を問わずよく掛けられていた。高校では、当時の女子には珍しく生徒会長になり、柔道部にも入っていた。
その後もずっと「姉御」と呼ばれ、スキーに社交ダンスに大忙しの姉で、遊びの達人でもあった。

当時初めて配本された赤い表紙の「世界文学全集」を毎月届けてもらい、私にも勧めてくれた。
すでに、妹二人を失っていた姉は、体の弱い私が心配でならないらしく「この子は、このままでは20歳まで生きられんよ。」と言いながら、私をいろんな所に連れて行ってくれた。

その私が、結局、我が家系の中で一番長生きの女となった。
母と姉二人と妹の計四人分、生きなくっちゃ!と思う。

テーマ:お気に入りの曲♪ - ジャンル:音楽

心に響く詩歌-『たいせつな一日 岸田衿子詩集』
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 理論社から出ている『詩と歩こう』(1400円)というシリーズが大好きです。
詩人ごとに1冊の本になっていて、水内喜久雄さんの選んだ詩と、彼が、その詩人を訪ねたときの話とで、できています。中のイラストもそれぞれに素晴らしいので、ぜひ手にとって言葉の世界を楽しんでみてください。
今回は、その中でも特に気に入っている『たいせつな一日 岸田衿子詩集』を紹介します。

「だれも いそがない村」

あの丸木橋をわたると
だれもいそがない 村がある
まめのつるに まめのはな
こうしのつのに とまる雲
そのままで そのままで
かげぼうしになる 村のはなし

  北の大臣と南の酋長が
  一日おきに けんかするって
  ほんとですか
     (全部で四連、あとは省略)

一連目を読んだ時「いいなあ、いいなあ、こんな村で暮らしたい。」と、思いました。
二連目に入って、はたと考え込んでしまいました。
遠くで起きている争いを、他人事のように見ている、のんきさが気になりました。
のんきな振りをしているのでしょうか?それとも、ほんとに無関係に生きているのでしょうか?
北が「大臣」で、南が「酋長」というのも、気になりました。なんだか某大国と某弱小国を思わせるではありませんか?
そうなると、作者が女優の岸田今日子のお姉さんだということまで気になって、この詩はとても風刺の効いた詩なのかもしれないと思えてきました。
でも、やっぱり、平和でのどかな詩なのかな?皆さんは、どう思われますか?

ややこしいことを書きました。お口直しにもう一編、この本から大好きな詩「なぜ 花はいつも」をどうぞ。

     なぜ 花はいつも
     こたえの形をしているのだろう
     なぜ 問いばかり
     天から ふり注ぐのだろう


よろしければ、この一冊、お手にとって味わってみてください。


テーマ: - ジャンル:小説・文学

心に響く言葉-「命より大切なものはない」
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   (我が家のベランダ-春編・クリックすると少し大きくなります。右側は姫りんご)

 2005年4月25日のJR宝塚線(福知山線)の脱線事故から1年目の昨日、106(107)人の犠牲者の追悼慰霊式が行われた。テレビのニュースでも、新聞記事の中でも、私の心に強く響いてきた言葉があった。
あの事故で、一緒に乗っていた母親と叔母さんを亡くされた浅野菜穂さん(33歳)の言葉である。
 
 命より大切なものはないのです。
 命はお金で買えないのです。
 乗客ではなく、命を運んでいるということを、
 それを胸に刻んで電車を動かしてほしい。


一人残された苦しみの中で、この一年間、様々なことを考え続けたであろう彼女の言葉は、実にシンプルだが、人生の中で一番大切な真実を述べている。
乗客・運ぶ・電車を、この社会のいろんな言葉に置き換えたら、すべてのことに当てはまる、そんな言葉だ。
この一番大切なことが届かない出来事の多い日々。責任ある立場の人にも、事件を起こした少年にも、生き辛い毎日を送っている人にも、今一度刻み込んでほしい言葉だ。 

テーマ:朝日新聞 - ジャンル:ニュース

あんなことこんなこと-神戸に行ったよ
koubehana1ta.jpg  koubehana2yo.jpgインフィオラータこうべ・クリックすると大きくなるよ)

 久しぶりの神戸。独身の頃住んでいた辺りを通過するとき、自分の目が、景色ではなく、遠く過ぎた時間を見ているような気がする。神戸は、いろんな思い出の詰まった街だ。

 三宮駅に降り立つと、パンジー・チューリップなど春の花の集めたプランターや花壇が、至る所にある。
フラワーロードは、名前のとおり、いっぱいの花で埋められ美しい。
感心したのは、駅前の寄せ植えのプランター一つ一つに、作った人の小さな名札がつけてあったこと。
ボランティアで育てた花を、こんな形で見てもらえるのは、作る側・見る側どちらにとっても良い方法だ。
こういう柔らかな発想ができるところが、いかにも神戸らしいと嬉しくなった。

 まずは、目的地の三宮東(三宮あじさい通り・西国街道)に、「インフィオラータこうべ2006春を彩るチューリップの祭典」を見るため向かう。
インフィオラータとは、イタリア語で「花を敷き詰める」という意味、いつもは車が通る道路に、大きく描かれた「花絵」は、なんだかとても幸せそうに見える。

 今までにも二回、偶然通りかかった北野坂で見る機会があり、わくわくしながら見せてもらった。
今回は、神戸での発祥の地、三宮東へ行ってみた。人出は多くないが、手作り感が温かかった。
1995年1月17日に起きた阪神・淡路大震災で、傷ついた被災者の心を慰め励まそう、街を美しくしようと、1997年春から始められ、今年で10年目。テーマは「人・つなぐ」。

 花はチューリップで有名な富山県砺波市より、球根に栄養を回すため摘まれた花を運び、使用し、「花絵」の期間が終わると、花びらは持ち帰られて、あちこちの花壇の肥料になるという。
「花絵」の創作など、大変手間の掛かる作業を、ボランティアの皆さんが支えている。

 あっちにもこっちにも、おいしそうなパン屋さんが目立つのが神戸。誘惑に耐えきれず、国際会館と交差点を挟んで向き合う「イグレック・プリュス」で、早めのランチを済ませ、あわせてお土産用のパンも購入。
続けて、もう一つの目的地、「肉筆浮世絵展-江戸の誘惑」が開催されている市立博物館へ向かう。途中、開放されている市庁舎24階展望ロビーに上がり、山と海を見て、「神戸やなあ」と妙に納得する。

 ボストン美術館から借り受けたという作品は、色鮮やかなままだが、傷めないよう館内の照明をかなり落としていたので、絵の細かいところが見えにくかったのが残念だった。
中の絵と掛け軸の布色や質感の取り合わせが、うっとりするほど素敵なのもあれば、高そうだけど情緒のないものもあり、表装が一番興味深かった。

 三宮センター街も何年ぶりだろう?カバンや靴の店がたくさんあり、「カクシン」で、私のイメージ通りのとても素敵なリュックを見つけることができた。
少し五十肩になりかけていた左肩だけど、朝夕の通勤にこれを背負って、両手を振って歩いていこう。治るかな?

 センター街を出たところで、「東播磨ブルーリボンの会」が署名活動をされていた。北朝鮮に拉致された日本人の救出を支援するブルーリボン運動で、よく見ると、有本恵子さんのお母さんの嘉代子さんがおられた。
心中いかばかりかと思うと、胸が詰まって、どう声をかけていいかわからない。結局、署名をしながら、小さな声で「頑張って下さい。」としか言えなかった。ずっと娘の生還を待ち続ける人生、どんなに辛かろう。恵まれて脳天気に暮らしている自分が、なんだか申し訳なかった。

 帰りの電車に、聴覚障害のある人たちがたくさん乗って来られ、手話でニコニコと楽しそうに話をされていた。
聴覚障害のある人のために「要約筆記」のボランティアをしている友人や、視覚障害のある人のために「点訳」をしている友人のことを思った。「私は、誰の役に立っているかな?」「ゼロではないな。」と思えた。
  
  寺山修司じゃないけれど、「書を捨てよ、街に出よう」の神戸の一日だった。

テーマ:日記 - ジャンル:日記

お知らせ-コメント欄の利用法
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 (近くの花屋さんが毎週水曜日に届けてくださる花。これで1000円は安いでしょ?クリックすると大きくなるよ。)

いつもたくさんコメントを下さって、ありがとうございます。
皆さんの声が身近に聞こえるようで、とても嬉しく思っています。
コメントは、NAMEとCOMMENTだけでも大丈夫ですので、躊躇っておられる方も試してみてください。

私からの返事はSUBJECTの所に、「○○さんへ」と入れています。右側の列にある「最近のコメント」の「大空の亀」に、軽くマウスを合わせると、「○○さんへ」が見えますので、クリックしてみて下さい。

また、「最近のコメント」が7名分しか表示できないので、名前が見つからない時は、ご自分がコメントされた文章に戻ってみて下さい。すぐにお返事はできていないかもしれませんが、私からのコメントを入れておきます。

なお、それぞれの話題のところで、私を越えてコメントのやりとりも自由になさって下さい。その際は、私からの返事はない場合がありますが、ご了承下さい。

今回、GANKOちゃんが、文庫活動で文部科学省から表彰されました。詳しいコメントが「あんなことこんなこと-桜切るバカ、梅切らぬアホ」と「心に響く音楽-上田正樹『悲しい色やね』」にありますので、よければ、アクセスしてお祝いしてあげて下さい。

テーマ:お知らせ - ジャンル:その他

心に響く風景-西日本の桜
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  (大阪万博公園にて/枝垂れ桜はEXPO'70を記念して1980年に植えられたもの)

病気をして仕事を減らしてより、ここ数年、日帰りで、一泊で、多くの桜を見てきた。

今まで紹介した写真以外に、京都仁和寺、岡山津山城址・旭川・後楽園、尾道千光寺公園、兵庫夙川・明石城・姫路城、静岡日本平、愛媛松山城、和歌山の粉河寺・根来寺・紀三井寺・和歌山城などを訪ね、それぞれに味わいがあった。
また、日本平では宿泊したホテルで「草乃しずか刺繍展」を見ることができ、日本刺繍の美しさを再認識するというおまけもあった。

しかし、やはりほっとして楽しめるのは、毎年見る、住まい近くの桜だ。おそらく、皆さんそれぞれに、お気に入りの桜があることだろう。
それを承知で、あえて特に心に残っている桜を取り上げるとすると、今まで私が見た中では、次のような所となる。

散歩をするのにもってこいなのは、京都半木の道と山科疎水や哲学の道。
のんびりお弁当を広げ、読書もできるのは、八幡背割りの堤や万博記念公園。
少し遠いが、一度は見ておきたいのは、海津大崎、原谷苑、吉野山の桜。
そして、故郷の河原にある桜並木。(これは、子どもの頃の幸せな思い出とともに。)

ぎゅうぎゅう詰めで押し合うような所は避けたいが、花見に人は付きもの。
人々の、花を愛でる表情を楽しみながら、春の一日を過ごせるのは、幸せなことだ。

私のブログ上の今年の桜は、これでおしまいです。お付き合い、ありがとうございました。

桜の花尽くしで、食い気を忘れていました。
京都嵐山渡月橋のすぐそばにあるお店の桜餅は、餡なしが珍しく(餡ありもあり)、お勧めです。

完全に退職したら、桜前線を追って旅をするのが夢。さて、来年はどんな桜に出会えるかな?

「さくら花散りたるのちも蓮の葉をかこみて池の面にひかる  大空の亀」

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  (岡山津山城址にて)

テーマ:水中写真 - ジャンル:写真

心に響く詩歌-散る桜を詠んだ詩歌
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(滋賀・海津大崎にて撮影/車で行かずに、琵琶湖の畔を歩きながら見るのがいい。)

例年になく長い間、花を楽しませてくれた桜も、昨日の強風で、さすがに散ってしまった。
今年は、気温が低い日が多かったせいか、雨がよく降った割には、桜の花が長持ちし、花の色も、水分をよく吸っているせいなのかどうか、例年より濃かったような気がする。
昨秋の桜紅葉の色が、「初めて!」というほど鮮やかで、しかも長い期間、その美しい紅葉が続いたのと、今年の桜の花期が長いのが対応しているような気もする。植物学的にはどうなのだろう?

桜を詠んだ俳句と短歌を、たくさんブログに載せたが、今回は「散る桜」の特集。

情景がすーっと見えてくる俳句。空と桜、水と桜は絶妙の取り合わせだ。
空をゆく一かたまりの花吹雪  高野素十
中空にとまらんとする落花かな  中村汀女
落花舞ひあがり花神のごとし  大野林火
ちるさくら海あをければ海へ散る  高屋窓秋
夕ぐれの水ひろびろと残花かな   川崎展宏


人生を詠んでいる俳句。花の終わりに、人生を思うなんて、桜ぐらいでは?
落花踏み落花掌に受け旅なかば  岡田日郎
落花浴び遙かなるもの見てをりぬ  佐々木千代恵
この花がつひの桜となりにけり   長谷川櫂


動物園には桜が多い。でも、アフリカに桜があっても…と思うと面白い。
桜散るあなたも河馬になりなさい  坪内稔典 
作者は、「三月の甘納豆のうふふふふ」で一躍有名になった方。
近くの本屋さんでお見かけしたり、俳句の研修会で教わったこともある。
愛媛県出身で、正岡子規にぞっこんの作者には、子規に関する著書も多い。

ゾウはどう眺めてもゾウ好々爺のごとき小さき目に花びらの降る  晋樹隆彦  
桜の花びらの小ささ優しさが、ゾウの目にぴったり合うことを発見されたんだな!

次に同じ人が詠んだ、美しい歌を二首ずつ。同じ散る桜なのに、これだけ違う世界が詠めるのは、羨ましい限りである。
散るという飛翔のかたち花びらはふと微笑んで枝を離れる  俵万智
さくらさくら咲き初め咲き終りなにもなかったような公園  俵万智


ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも  上田三四二
わが佇(た)つは時のきりぎし今生の桜ぞふぶく身をみそぐまで  上田三四二


いつかこんなふうに魅力的な短歌が詠める日を夢見て、「詩歌の桜三昧」は終了。
あっ、でもまだ八重桜は可愛い花をたっぷりつけて、私たちが見上げるのを待っているな!

「見上げたる我にすべての花向けて語るがごとし八重の桜は  大空の亀」


テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

あんなことこんなこと-「桜切るバカ、梅切らぬアホ」
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 ( チューリップ・芝桜・桜の花びら / 勤務先の玄関にて携帯電話で撮影 /  クリックすると大きくなります。)

 「桜切るバカ、梅切らぬアホ」とは、「梅は新芽にしか、花はつかない。桜は傷がつくと、そこから腐る。」ということから、一般に言われている言葉である。ここで切られるのは枝。だが、私の記憶にあるのは、無惨に切られた桜の幹の跡、切り株の並んだ情景である。

  小学五年生の時のことだ。新校舎に移った私は、窓の外に並ぶ桜の木々が嬉しく、二階の教室に舞い込んでくる花びらを、心地よく感じていた。やがて、梅雨の季節を迎え、茂った葉が窓を覆うようになった。当時、教室には蛍光灯がなく、雨が降ると、室内全体が薄暗くなり、黒板の字が見えにくい日もあった。
そこで、私たちは、教室を、雨の日も明るくしてもらおうと、先生に頼みに行った。反応がもう一つ芳しくなかったので、再度「照明をつけて下さい」という文書と皆の署名を添えて、校長先生に提出したことまでは覚えている。

 長い夏休みが終わり、教室に入った私は唖然とした。窓の外に見えていた桜の木がないのである。「まさか?」と思って、身を乗り出してみたら、切られたのは、一本だけではなく、校舎の横に並んでいたすべての木だということがわかった。あわてて校庭に下りたが、事実は変わりなく、まだ白々とした切り株を前に、涙があふれたのを、今でも思い出す。

 切られるには、毛虫が大量に発生しただの、老木になっただの、もしかしたら他の理由があったかもしれない。しかし、蛍光灯はつけられないまま、明るく寂しくなった窓は、私に教師不信を植え付けるに充分であった。 高校で、S先生に出会うまで、私は、教師が大嫌いだった。なんだか薄っぺらで、器の小さい教師が多かったような気がする。

 故郷のひな祭りは、月遅れである。ちょうど、その頃には桜が見頃を迎え、お店を休みにした町の人たちが、花見を兼ねて河原に集まる行事があった。家から持ち寄った、巻き寿司など朝から用意したご馳走を詰めた重箱と、男親たちが河原に臨時にこしらえた竈で作る汁物を、みんなでわいわい言いながら食べる。
(雨の時は、子どもたちは、自分専用の小さな重箱にご馳走を詰めてもらい、友だちの家を訪ね回り、おひな様の前で重箱を開く。)

 町のみんなが集う河原には、地区ごとの子供会が育てている、若い桜の苗があった。週末ごとの水やり当番を決め、家から離れた河原まで出掛けるのは、少し面倒でもあったが、自分たちが育てているという自負心もあった。桜の木が簡単には大きくならないことも、経験から学んでいた。

 それだけに、先に述べた小学校の処置が悔しく、故郷の桜を思うと、いつもこの二つのことが浮かんでくるのである。今は、家族もなく、めったに帰らない故郷だが、先年帰省した折、河原の菜の花と大きく育った桜が見事で、心底嬉しく感じた。同じ日、お寺の境内で、昔飼っていた犬とそっくりの犬が、人なつこく近づいてきて、思わず連れて帰りそうになった私であった。

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心に響く音楽-吉田拓郎
 若い時から一貫して好きなのは、吉田拓郎!歌詞も曲も声も、そしてちょっといたずらっこっぽいところも。
彼のコンサートは、半分ぐらいが男性で「たくろー」のだみ声が、時々かかる。
隣にいる人のことを忘れて、私は拓郎の歌にのめり込むので、一人で行くに限る。

6年前の夏は、神戸国際会館で前から3番目というすごい席が取れたのに、乳ガンの手術で入院のため、断念。しかし、本気で、病院を抜け出して、会場に行きたいと思っていた。
3年前には、拓郎が肺ガンを手術。復帰して最初の大阪でのコンサート、「サマータイムブルース」を歌った時、ぐっと詰まって泣いた拓郎に泣いた。
一度も休憩せず、自らに挑戦するかのように歌い続けた拓郎が、かっこよくもあり、切なくもあった。

 吉田拓郎の歌は、本人の作詞以外に多いのは岡本おさみ。作曲はほんの一部を除いて、拓郎自身。
一番好きなのは「落陽」。今回は春らしい曲を紹介する。珍しく、どちらも女性の作詞である。

 「春だったね」 (田口叔子作詞) 

僕を忘れた頃に  君を忘れられない  そんな僕の手紙がつく  
くもりガラスの窓をたたいて  君の時計をとめてみたい  あゝ僕の時計はあの時のまま
風に吹きあげられたほこりの中  二人の声も消えてしまった  あゝ あれは春だったね  ……



 「春の風が吹いていたら」 (伊庭啓子作詞)  

ひとりで空を見ていたら  やさしい風につつまれた
春の野原の菜の花を  あなたにつんであげたいの
……
明るい朝の光より  ゆうやけ雲の色がすき
空ゆく鳥に身をかえて  ゆうやけおっていきたいの
……


 昨日の番組表に拓郎の名前があったので、NHKクローズアップ現代「団塊世代と音楽ブーム」を見た。
団塊世代の定年後のイメージで、一番多いのは「新たな出発」、中でも「音楽」に関心があり、フォーク酒場なども出現しているそうだ。酒場という呼び名は趣味に合わないが、ビートルズやフォークソングを歌うことで、「素の自分」に帰れるという気持ちは、わかる。

吉田拓郎60歳。飾らない言葉でのメッセージを歌に託し、「その時の自分が最高」という。
そういう彼に惹かれる54歳の男性は「自分の人生の主役になるため、早期退職した。」と語る。
コメンテーター曰く「これからは世代間のコラボレーションが実現する。」と。楽しみだ。

29歳のとき朝まで歌った「つま恋」で、拓郎は、今年の9月23日に野外コンサートを開く。
行く気満々だったが、体力と金銭面で諦めた。けれど、未練も……かなり。


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お知らせ-リンク先紹介 第5弾
 リンク先のご紹介- 犬塚芳美「映写室」
http://journalist-net.com/home/cat_005/41.php

 いつも知的刺激と芸術面の刺激をたっぷり与えてくれる友人、犬塚芳美さんが、「ジャーナリストネット」というホームページの中に「映写室」というコーナーを持ち、映画評を書いています。
毎週数本は観るという映画の中から、「これ!」と思うものを選び、丁寧に解説してくれているコーナーで、更新される水曜日が楽しみです。
マイナーな映画館でしかやっていないものも多いけれど、CMに踊らされない彼女の選択眼が素晴らしく、気合いの入った文章も、映画の内容を的確に表現していて、いつも感心します。

 先々週は、『白バラの祈り』(ヒトラー政権に抵抗した学生グループ「白バラ」のゾフィー・ショル、このドイツ人女学生の逮捕から処刑までの5日間の魂の軌跡を描いた映画。)をいろんな人が見て、コメントを寄せ合おうという試みがあり、私も苦手な分野の映画でしたが、思いきって観に行き感想を送りました。
各自の視点の違いや自分が見落としていたことなどの再発見などがあり、とてもよい企画でしたので、皆さんもよければ、この「映写室No、41」にリンクしてみてください。
http://journalist-net.com/home/06/04/05/000952.php#more

 昨夏、別の友人に「話が合うと思うよ」と彼女を紹介され、すっかり意気投合。偶然、年齢が同じ、故郷が同じ、私の好きな出版社の経営者が彼女の友人夫婦だった等々、驚くほど重なることが多く、新たなよい出会いとなった。

この春は、『白バラの祈り』を観、「イラクの子どもたちを救う会」の代表西谷文和さんの講演を聴き、「バナナホール」のホームページのBBS(書き込み)を見、「ほぼ日刊イトイ新聞」にアクセスし、さまざまな本を読み……、いろいろなことを思って過ごしている。

「現実の社会の中で、あなたは何をするのか、できるのか?」と、自分の良心が問われている。
あらゆることをつぶす人、何も言わないし行動もしない人、自ら行動することなく批判ばかりする人、行動はできないが言葉で応援する人、言葉でも行動でも応援できる人、自ら行動するが思いは伝えない人、自ら行動し思いも伝えていく人、……
さて、私は、この現実の中で、どう生きていくのか?「悔いのないように」ということを一番の基準として、考え行動していきたいと思っている。

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心に響く言葉-「楽 ことば 心 其の一」
 2006年4月16日、ドーンセンターホール(大阪天満橋)において、 楽 ことば 心 其の一」 
〈みゆずメソン/主催〉という催しがあった。
当日、駅は、造幣局の桜の通り抜けに向かう人でいっぱい。その人たちとは反対方向に、友人と待ち合わせの会場に向かった。とても文化的で、内容もよい催しで、終わってからも友人と「表現」についての話がはずんだ。
以下に、記録を兼ねて、心に響いたことを紹介したいと思う。

 まずは、河野美砂子さんのピアノと佐々木真氏のフルートによる小品の演奏
今年は、モーツアルト生誕250年ということで、3つの楽章からなる「フルートソナタ ハ長調 K.14」が、軽やかに演奏された。彼が8歳の時の作品というから驚きである。

 続いて、永田和宏氏の講演「ことばであらわせない心を」を聴いた。
資料の短歌をいくつか引用しながら、特に印象に残ったことを書き留めておきたい。
京大教授でもあり、短歌結社「塔」の主宰でもある永田和宏氏が、「二足のわらじの後ろめたさがあり、どう折り合いをつける難しかったが、歌をやってきてよかった。それは、自分のものを作れる、自分だけの思いを表現して残せるから。」とおっしゃった。
自分を表現できる大切さ・幸福感を、日頃から考えていた私は、全く同感でうれしかった。

「ことばで表せない心を表すのにどうしたらいいか。」
「歌で伝えたいのは、歌の中に書かれている意味だけではない。」
「歌の中の言葉が、読み手の思いを引き出す。」
など、自分がやれているかどうかは別として、やはり考えていたことだったので、とても共感できた。例に挙げられた歌も、とてもよかった。

 「逝きし夫(つま)のバッグのなかに残りいし二つ穴あくテレフォンカード 玉利順子」 
具体的なもの=「二つ穴あくテレフォンカード」が、作者の「話したこと・話したかったこと」を雄弁に語る、という指摘。確かにそうだ。しかし、読み手の感受性も必要だ。

 「亡き夫(つま)の財布に残る札五枚ときおり借りてまた返しおく  野久尾清子」
「亡くなった人は、思い出した時だけ存在する。思い出さないと存在しない。」という言葉も、その通りだと思った。思い出してくれる人がいる限り、「生きている」と思う。

「自分だけの思いとしてとっておきたいものがある。人間は弱いものだから、その自分の思いを誰かに知ってほしい、伝えたいという欲求が、止みがたくある。重い部分ならなお知ってほしいと思う。それが、恋や結婚につながり、ともにした時間の共有=記憶ということになる。自分の思いを言葉にして残し、家族や後世に伝えたい。一首でもいいから、誰かの心に残ってほしい。」と言われた言葉が、率直で心に強く残った。

 「母を知らぬわれに母無き五十年湖(うみ)に降る雪降りながら消ゆ 永田和宏」
自分の一番痛い時を詠むのに40年かかったと言われた。「息子にとって、母はよりどころだが、よりどころのない自分。」がやっと表現できたとも。昨年出された歌集『百万遍界隈』の中でも、特に心に留まっている一首だそうだ。上の句で表現したかったものが、下の句の情景と出会ったとき、結実した、その幸いを感じる歌だ。
同時に私は、愛妻家である永田氏の奥様、河野裕子さんの、琵琶湖を詠んだ名歌を思い出した。

 「たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり  河野裕子」
お二人が詠まれた「琵琶湖」に、私は豊かな母性を感じる。

併せてお父様の俳句、「五十年ひたすら妻の墓洗ふ」を紹介された。

 再び演奏会に戻って、シューベルト「ファンタジー ハ長調 D934」、30分ほどの大作を、
ピアノとフルートで聴いた。力強い演奏だった。

我が家では、息子がギターを弾く以外、だれも楽器の演奏ができないので、こういう立派な演奏を聴くと、心底感心する。演奏できる自分を思い描いた時代は、あった。
私は中学時代、ブラスバンド部でフルートが吹きたかったが、唇が厚いとかで、クラリネット担当になった。以来ずっと、吹けなかったフルートに憧れ、最初の給料で、それを買った。しかし、自己流の練習で行き詰まったまま、その楽器は、家で眠り続けている。
夫は、子どもの頃、妹だけがピアノを習いに行けるのが羨ましく、いつか自分もと考えていたそうだ。十年ほど前、一念発起して、毎週一回先生につき、毎日30分の練習を休まず続けた。『月光』が弾けるようになった途端、「疲れた…」と、止めてしまった。
そしてついに、我が家には、「演奏への憧れ」だけが、虚しく漂っているという状態になった。

 最後に、「日本の調べ(野田暉行/編曲)」を巡って、三人のトークの後、
『 おぼろ月夜』『宵待草』『叱られて』『赤い靴』の演奏。心にしみた。
「唱歌など、言葉が古くなったから通じないだろうと、先取りして使わないのは間違い。わからなくても教える。わからなくても記憶していたら、いつか、わかるときがくる、論語の素読のように。」という、永田氏の言葉、またしてもその通りと思う。

ピアニストであり歌人でもある河野美砂子さんの短歌(永田氏の資料の中の一首)
 「ゆくりなく鳴らす楽器に指先のわがさぐりあつ死者のその音  河野美砂子」
「歌の中の『さぐりあつ』は、口語では『探り当てる』だが、文語にすると、素敵になる。歌を作ると、言葉の持つ音に敏感になる。」と、作者の河野美砂子さん。
また、歌の内容については、「オリジナルの楽譜を演奏していると、作曲家のメッセージが伝わる。」というような説明をされた。「作曲家のメッセージ」、私は、そういうことを、曲だけで考えたことがなかった、というか、考える力が不足しているなと思った。

 実は、私はクラシックを平常心で聴けない。どう聴いていいかがわからないのだ。『田園』のように具体的な題名が付いていて、その言葉をヒントにイメージを広げられるものは、まだ大丈夫だが、『作品何番』などと言われると、もう頭がついていけない。
それでも短い曲なら、まだ「明るい」とか「春の雰囲気」とか、自分の印象で何とか楽しめるのだが、長い曲になると、イメージが続かなくなる。指揮者の動きやピアニストの筋肉、打楽器奏者の手の位置など、視野に入るものが気になって、曲が遠のいてしまう。
これではいけないと、目をつむり、曲からイメージをふくらまそうとするが、言葉の手がかりが無いので、頭の中が白いまま時間が過ぎ、気がついたら居眠り状態になっていたりする。時々自分の頭のカクッとする動きに驚いて、目が覚める。音は聞こえているので、心地よいのだが、こういう聴き方では、演奏者に申し訳なくて仕方ない。

 我ながら贅沢というか情けないというか、鮮明に覚えている演奏会がある。イ・ムジチ楽団が来て、高い券を手に入れ、運良く真ん中の前の方の席で、大好きな『アイネ・クライネ・ナハトムジク』を聴くことができた。
ところが、なんと言うこと!私は熟睡してしまったのだ!しかも、この曲をBGMに、木陰のハンモックに揺られながら昼寝をしている夢まで見て!最高に気持ちのよい時間だったけれど、演奏者に私の姿はどう映っていたであろうか?冷や汗が出る。しかし、一方で、心地よさを体ごと受けとめて眠るという、幸福感に浸った私の聴き方も、許されそうな気がするのである。(開き直り?)

 日本の唱歌など、幼いときに覚えた歌は、演奏だけでも、常に頭の中に歌詞が浮かんでいて、容易に情景が想像されるので、私はとても安心して、演奏に聴き入ることができる。
今回の「日本の調べ」の『おぼろ月夜』などは、まさにそうだ。これでもかと言うほど、情景が広がる。
音だけを聴いて、イメージを浮かべ、その世界に浸れる人に、一度お話を伺ってみたい。

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心に響く本-『徒然草』
 吉田兼好著『徒然草』

日本古典文学全集『方丈記・徒然草・正法眼蔵随聞記・歎異抄』(小学館・4800円)
古文が苦手な人には次の本をお薦め。 少年少女文学館 嵐山光三郎訳『徒然草・方丈記』(講談社・1890円)子どもの頃から徒然草が好きだったという嵐山光三郎さんならではの、上手な訳である。

若い頃に読んだ時は、吉田兼好のへそ曲がりぶりや、話題の豊富さが面白かったが、理解できない部分も多かった。ところが今は、至る所で自分と重なり、にやにやしながら再読している。
また、京都の地名がたくさん出てくるので、実際にそこに足を運ぶ楽しさもある。

例えば、石清水八幡宮。京阪八幡市駅から男山ケーブルで登った山頂にある。
皆さんも覚えておられるだろうが、「徒然草 第五十二段」はこんな具合だ。

仁和寺にある法師、年よるまで、石清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとりかちより詣でけり。…中略…少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。

訳:仁和寺にいる僧が、年をとるまで石清水八幡宮にお参りしたことが なかったので、情けないと思って、ある時、思いたって、たった一人、徒歩で参拝したのだった。…中略…(ところが本殿が上にあるとも知らず、下にある立派な社を拝んで、「やっと長年の念願がかなった」と、感激して帰るというお話。)ちょっとしたことにも、その道の先導役は、あってほしいものである。

人に尋ねなかったばっかりに、肝心なものを見損ねてしまったお坊さん。ちょっと聞いたら済むことを、そうしなかったために起こした失敗の数々。私もたくさん思い当たる。


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   (クリックすると、少し大きくなります)
これらの写真は、この石清水八幡宮の近く、二つの川(宇治川・木津川)が合流する背割りの堤のもの。1.4キロにも及ぶ堤に、太い幹の桜並木が続き、壮観である。
橋の近くは、団体の花見客が多いが、堤の終わりまで行くと、人も少なく読書などもできる。私のお気に入りの場所の一つだ。

また、『徒然草』には、仁和寺の法師がよく出てきて、笑いものにされている。吉田兼好が近くの双が丘に住んでいたことや、当時、仁和寺は寺領も広く有名だったことが、影響していると思われる。

桜守で有名な佐野藤右衛門さんのご先祖も、仁和寺領のお百姓さんだったそうで、今もお寺の庭の手入れを仕事にされている。仁和寺の桜は「御室の桜」といって、平安時代から有名で、確かに王朝貴族が現れても似合いそうな風情がある。「わたしゃお多福御室の桜、はなが低うても人が好く」と言われるように、手が届きそうな木々に、たっぷりの花をつける。その下に縁台が置かれ、市中より一足遅い開花の桜を、心ゆくまで楽しめる。

何年か前、ここで、粋な花見客を見た。五、六人の家族らしき人たちが、みな和服姿で、風呂敷に包んだ重箱を携え、花見をしていた。そこだけ、別世界のような優雅さであった。
そういえば、私が子どもの頃の花見は、着物姿の母、巻き寿司や醤油餅(三色団子の平たいもの)の入った重箱…、とこんなふうであったな。

『徒然草』には、こんな文章も。
友とするにわろき者、七つあり。一つには、高くやんごとなき人。二つには、若き人。三つには、病なく身強き人。…後略…(第一一七段)

「若き人身強き人を厭ひたる兼好法師の日に日に近し  大空の亀」

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あんなことこんなこと-天六の奴寿司
桜の話が続いたので、ちょっと息抜きで、今日は全然違うお話を。

 安くておいしいので有名な天六の「奴寿司」に行ってきました。

大阪に住みながら、ゴチャゴチャしたのが苦手で、あまり大阪市内には行かない私たち夫婦。たまに出掛けても、目的の本屋や映画館に直行して、ほとんど寄り道をしたことがない。今日は、天六に詳しい兄の一家に連れられて、天神橋筋商店街へ。

 天神橋筋商店街は、日本で一番長い商店街で、1丁目から8丁目まであるそうで、なんかレトロな感じだが、人も多く活気がある。高いものもあるけれど、500円や1000円の服、2000円の革靴なんていう掘り出し物もあちこちにあって、庶民的で気軽に楽しめる。

 たくさんの寿司屋が並ぶ中、目的の「奴寿司」へ。シャリが小さめで、ネタは新鮮でおいしい。私は、友人らと何度か食べにきて、おいしいのは承知だが、初めての夫(堅物で毎日まっすぐ帰宅)は大感激。兄お勧めの、鰻の多い押し寿司、身がたっぷりの鯛の潮汁、90円なのに300円のトロと大差ない鮪。ウニもアワビも300円という安さだが、とってもおいしい!穴子はホロホロと柔らかで、刺身も食べてビールも飲んで超満腹で、3000円にならない嬉しさ。

 食後は、兄に、派出所近くのおいしい「うどん屋」、焼き肉の「玉一」、お好み焼きの「菊水」などお勧めの店を教えてもらいながら、買い物を楽しんだ。洒落た喫茶店「西洋茶館」を見つけティータイム。イギリス風の内装で、見かけどおり素敵な場所だった。

 安い買い物と寿司の好きな息子が帰省したら、ぜひ連れてきてやろうと思った。京都にばかり行っている私たちだけれど「大阪もなかなかいいじゃない。」と感じた、大阪新発見の一日だった。たいていの大阪人は知っていることなんだろうけれど。

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心に響く風景-円山公園の桜
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      (円山公園で撮影・若い方の枝垂れ桜)

しばらくは花の上なる月夜かな  松尾芭蕉
清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき  与謝野晶子


与謝野晶子は、美的感覚の優れた与謝蕪村の句が好きだったというが、もちろん、松尾芭蕉の句もたくさん読んでいただろう。これらの句と歌の描く世界が、似通っているのが面白い。
桜は、満月が近づくにつれて、花を咲かせるというから、おそらく、ふたりの見ているものは、満開の桜と満月。これ以上完璧な取り合わせはないと思われる。
芭蕉の句は、江戸の桜の名所上野、晶子の歌は、京都の桜の名所円山公園辺り、時代は異なるが、「美」に出会えた幸福を素直に詠っている。
散る桜を詠った名句・名歌は多いが、満開の桜を詠んだものは少ない。対するに、相当な力量と覚悟が必要なのだと思う。なぜなら、桜はすでに存在そのものが、助けを必要としない「美」であるから。

実は、上野公園の桜も円山公園の桜も見に行ったことがある。大変な人出に、出向いたことを後悔した。夜桜なら、人の姿が少し気にならずに、楽しめたかも知れないが、自信はない。
円山公園の枝垂れ桜を、初めて見に出掛けた時のことだ。たまたま隣に座っていたアメリカからの旅行者に、「有名な桜はどれか?」と尋ねられて、一瞬答えるのを躊躇った。
先代の佐野藤右衛門さんが、大変な苦労をして育てた枝垂れ桜が、カラスの害に遭って、痛々しい様相だったからだ。園内の三本の枝垂れ桜は、人が踏まないように柵で囲ってある。
染井吉野の桜の下には、びっしりと青いシートが敷き詰められ、小屋のように巨大なゴミ箱が置かれ、屋台がずらっと並ぶ。人間の出すゴミに、カラスが集まるわけで、ここの桜は、人間の物見遊山とお金儲けの材料にされて、疲れ切っているように思われた。

円山公園には、日本国内からだけでなく、外国からも、多くの人が、「日本の春の風景=京都の桜」を求めて集まっていた。もっと幸せな姿の桜を、見てもらいたいと思った。

ヒマラヤからはるか中国を越え、日本の風土に合って定着した桜。もはや日本の自然にも文化にも欠かせない、象徴的な存在でもある桜。
たくさん心に響く桜を見てきたが、今回は、心に痛く響く桜の風景である。

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心に響く詩歌-桜を詠んだ俳句・短歌Ⅱ
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   (京都府立植物園で撮影)

桜の季節に、真っ先に思い出すのは、次の芭蕉の句である。作者名を伏せれば、現代の人が作ったと言ってもおかしくない、いつの時代にも誰にもあてはまる句だ。

さまざまの事おもひ出す桜かな   松尾芭蕉

同じく、人生のさまざまな事を思わせる句や短歌に、次のようなものがある。
馬場あき子さんの歌には、桜に心を寄せ、ついに桜と一体化した作者の姿が見える。

夕ざくらけふも昔に成りにけり  小林一茶
ちるさくらのこるさくらもちるさくら  良寛
花あれば西行の日とおもふべし  角川源義
白髪の悪童になるはなびらの数だけ淡き思い出がある  三枝之
さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり  馬場あき子


こちら関西では、この二日間雨だったが、花が咲くのが遅かった分、桜も踏ん張っているのか、思ったほど散らなかった。今週末も、まだ満開の花が楽しめそうな気配だ。

ふり返り見て花の道花の中  稲畑汀子
咲き満ちてこぼるる花もなかりけり  高浜虚子
本丸に立てば二の丸花の中  上村占魚


花を追いかけるのに忙しく、次の句のような気分になることもあるが、考えれば贅沢なことである。「桜、桜」という思いが、今年は雨のおかげで、ちょっと一休みできた気がする。雨で残念とか散らないか心配と思わずに済んだのは、このブログで、いっぱい写真を載せたせいかもしれない。

坐りたるまま帯とくや花疲れ  鈴木真砂女
花衣ぬぐやまつわる紐いろゝゝ  杉田久女


天からの光に乱反射する桜は、美しく輝き、「桜は光あふれる青空の下で見るのが一番」と思うのが常だったが、今年は少し違った。雨に濡れた花びらの色が濃さを増し、存在感が際立っていたからだ。それに加え、週末の人出に疲れていた桜が、週明けの雨で、ほっと一息つけているように感じたせいだろう。

さくらばな陽に泡立つを見守りゐるこの冥き遊星に人と生れて  山中智恵子
さくらのはなびらはわたしらの足もとをどこにもないひかりでてらす  片山文雄

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お知らせ-リンク先紹介 第4弾
 リンク先のご紹介-  Banana Hall  

連日、新聞やテレビ、ネット上で、「バナナホール休業」のニュースが出ており、もう終わりだと感じている方も多いかと思います。実は、私も息子からの電話を聞くまで、その一人でした。
ところが、今日、バナナホールのHPを開くと新たな展開が!リンク先に入れましたので、よろしければチェックしてみてください。
また、友人が教えてくれたのですが、先日のNHKの関西版のニュースで、バナナホールの特集があり、高木社長さんが「バナナホールは大阪の文化だ。」という話など、語っておられたそうです。友人曰く「とても感じのいい人。」だそうです。http://www.bananahall.co.jp/のページを見て、なるほどと思いました。

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心に響く言葉-佐野藤右衛門さん
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                 (京都醍醐寺で撮影・小さいのはクリックすると少し大きくなります。)
         
 
 佐野藤右衛門さんの言葉
「人間はいらんことばっかりしているんですわ。そやから、わしは相手のこと、植物のことを考えて人間がやれていうんですわ。」


16代目佐野藤右衛門さん(77歳)は、円山公園の枝垂れ桜など全国の桜を守り、自宅でも跡継ぎの桜を育てている。桜の保存や普及に力を入れているので桜守(さくらもり)と呼ばれている。
桜を人間の都合でなく、植物の側から見てみようと思ったのは、この人の本『桜のいのち 庭のこころ』(草思社・1600円)と『桜よ』(集英社・2100円)を読んだからである。

京都で特に好きな桜の名所、原谷苑と半木(なからぎ)の道について、『桜よ』に書かれていたことが、心に残ったので以下にまとめてみる。

 原谷苑について-原谷は谷あいで、昔は人が行けない荒れ地だった。満州からの引き揚げで住むあてのない人らが入り、電気もないところで苦労した。その時に持ち山だった人が、そうした苦難の日々を慰め、原谷に彩りを添えようと、桜の苗を育て、若木を植え、今や枝垂れ桜の森となった。(今は、繊維会社の私有地のため、花時だけ、一般公開されている。)」

 半木の道について-「紅枝垂れ桜の並木で美しい半木(なからぎ)の道ができたのは、昭和48年頃。鴨川の河川敷には、桜並木が続いていたが、植物園の近くだけ途切れていて、当時の蜷川知事の『殺風景や』の鶴の一声で、佐野藤右衛門に声が掛かり、並木をつくりあげた。」


『桜のいのち 庭のこころ』の中で、次のことが印象的だったので、まとめてみる。

 「先代は本願寺の門主大谷さんの指示【=シベリア鉄道沿いに百万本の桜を植えよう。日本の国花で国威高揚というのではなく、美しい桜で、日本・中国・ロシアの親善と世界の平和を祈願したいとの考え】で十万本の桜の苗木を、三万平方㍍ほどの土地を借りてつくった。
ところが、戦時中の食糧増産のために農地転用の命令を受け、三万本を寄付、三百本の優良種を宇多野療養所に贈り、残りの七万本は断腸の思いで処分したという。」

以下は、桜のことがよくわかるので、そのまま引用したい。

 「何でも人為的に、人間の都合で判断する。自分の見たところで木までそうやと思っている。人間の生活と同じリズム、状態のことを相手にさせようとする。日本のあちこちの桜を見に行くと、ぜんぶそれですわ。それが日本の桜をだめにしているんです。うまく育てるには、まず放ったらかしにすること。それからいわゆる根の環境をうまくしてやること。人間の目に見えるところでかまってやれるのは虫と病気だけですわ。
台風とかいうときは折れるけれども、これはもうしようがないことですわ。寿命がきてそうなって、徐々に弱るものもある。そのかわり、そういう木は種を落として横のほうで子孫ができているはずなんです。それも鳥やら動物やらがおってくれなんだらいかんわけですわ。まず、鳥と昆虫と土の中の虫、まあ、極端にいえばミミズとかああいうものが生息できる環境をつくっておけば大丈夫やというんですわ。(中略)
人間はいらんことばっかりしているんですわ。そやから、わしは相手のこと、植物のことを考えて人間がやれていうんですわ。」

青いシートを敷いて大騒ぎする花見より、次のようなお気に入りの桜を見つけたいものだ。

 「たとえば、何げなく、春の山で出会った桜の木が気にいり、その木のことが気になり、毎年会いに行きたくなる。これが、花見だ。そのうち、その桜の、春だけでなく、葉桜も、雪をかぶった樹木も、精一杯ふくらんだ蕾まで、いとおしくなる。」(『桜よ』より要約)


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心に響く音楽-上田正樹「悲しい色やね」
 「バナナホール」4月9日ラストライブ

 2月に休業のニュースと存続の署名を集めることを知り、私も友人知人に協力を呼びかけ、たくさんの人に賛同してもらいました。ずっと、心配していましたが、やはり話し合いが決裂したようで、残念ながら、今日が最後のライブとなりました。このブログを読んでくれている人の中には、協力してくれた人も多くいますので、ネット上のニュースから一部引用し、お知らせします。

 関西の音楽ファンに約二十五年間親しまれてきた大阪・梅田の老舗ライブハウス「バナナホール」が、九日の公演を最後に閉店する。ホールのある建物を所有会社が改築し、別の音楽施設を建設するためだ。運営する高木健至社長(56)は「キタのどこかでまた『バナナホール』を開きたい」と再開に意欲を示すが、関西ではライブハウスの閉店が相次いでおり、音楽関係者やファンからは惜しむ声が広がっている。
 同ホールは昭和五十六年にオープン。京都の「拾得(じっとく)」や「磔磔(たくたく)」、神戸の「チキンジョージ」などと並ぶ関西の老舗ライブハウスだった。
 収容人数は最大六百五十人。プロ・アマを問わず受け入れ、売れ筋のポップスやロックだけでなく、ブルース、ジャズ、フォーク、民族音楽とジャンルも幅広く、関西が拠点の「憂歌団」のほか、チェッカーズやシャ乱Qも出演。BEGINや上田正樹さんら多くのミュージシャンの人気の火付け役にもなってきた。
 しかし平成十六年十二月、親会社の貸しビル会社が多額の不良債権を抱えたため、店舗を外資系ファンドに売却し、その後、IT企業が購入。月百万円の家賃を払いながら運営してきたが、昨年末、IT企業から建物を建て替え、従来のライブハウスに加え、音楽のネット配信も行う新たな音楽施設にする計画を打ち明けられた。
 当初は「古いし、仕方ないか」と思ったが、周囲からは継続を望む声が上がり、存続を求める会も結成。ミュージシャンも参加して、約十日間で一万二千人を超える署名が集まった。高木社長は銀行を回って融資を頼み、店を買い取るのに必要な三億円のめどはついたが、改築計画を撤回させることはできず、建物は早ければ今月中にも解体工事が始まるという。

 ここに名前の挙がっている憂歌団、BEGINや上田正樹さんらの歌は、私も大好き。リアルタイムでバナナホールで聞くことはできなかったけれど、バナナホールというと、条件反射的に思い出す人たちだ。
今年になって、バナナホールには2回出掛けたが、年輩の私たちも若者も一緒にゆったり過ごせる空間だった。音も、他のライブハウスと違ってバランスよく聴きやすいいい音だっただけに、なくなるのは悲しい。
というわけで、今回は、上田正樹「悲しい色やね」を。

にじむ街の灯をふたり見ていた
桟橋に止めた車にもたれて

泣いたらあかん 泣いたら せつなくなるだけ

HOLD ME TIGHT 
大阪ベイブルース
今日でふたりは 終わりやけれど
HOLD ME TIGHT
あんたわたしの
たったひとつの青春だった



PS①:
待ってるよ!「バナナホール」
(4月10日朝日新聞夕刊より一部引用)
 ……「楽器が使い込んで良い音が出るのと同じで、ホールにも年季が必要」という曽我部恵一は、約4時間で30数曲を熱唱。その最終盤、ステージ上で「もったいない…」と漏らすと、会場から「無くすな、無くすな、バナナホール」という大合唱が起きた。
 会場の隅で聴いていたホール運営会社の高木健至社長は、ただ涙。ホールスケジュール担当、青木清和さんは「青春が終わっちゃうのかな」とぽつり。
 高木さんたちは、別の場所でライブハウスを始める夢を探っている。詳細は未定だが、名前だけは決まっている。「バナナホール」だ。

追記: 高木健至社長と親交のあった「東京舞台照明大阪」の相川健二社長らは「バナナホールを守る会」を発足させて移転先を探し、ホール復活を目指すという。(4月10日付の毎日新聞夕刊より)


PS②:
「バナナホールのみんなは頑張ってるよ!」
(息子からのTEL)
 「あれこれやらなくてはいけないことが多くて、とても忙しいけれど、バナナホールの関係者も応援の人も、諦めずに、存続に向けて頑張っているよ。」と、元気な声で電話がありました。
いろいろ皆さんには心配して頂いたり、応援してもらったりで、とても感謝しているとのことです。
ホール前で、弾き語りをしたり、集まったりしている人もいるようです。無料ライブもあったようで…。
こういう頑張りって、なんだか、自分の学生時代を思い出すようで、もう一度、青春!という感じです。
アナログ派のバナナホール対ハイテクデジタル派の新ホールという印象ですが、本来、音楽は、お金儲けの材料でなく、心に響くもの、アナログのゆったり系でいいのに。こんなにいっぱいいろんな人の思いが詰まっている場所、壊さずに、新しいのは、別の所に作ればいいのに。というのが、私の素朴な感想です。
何はともあれ、応援してるよ!

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心に響く本-齋藤孝さんの本
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「役に立つ本」で、ベストセラーになっているものの中には、読み終わるとすぐ古本屋に売りたくなるようなものが、正直言って結構あります。
しかし、齋藤孝さんの本は、どれも納得のいく、よい内容のものが多く、他の人(特に若い人や、私と同年代で向上心を持った人)に勧めたくなります。我が家では、家族それぞれが買ってきた本が、どれも齋藤孝さんのだったなんてことがありました。今回はその中でも、とっておきの数冊を紹介します。


 『友だちいないと不安だ症候群につける薬』(朝日新聞社・1200円)

とてもいい本で、特に学校の先生には必ず読んで欲しい本です。
「生き地獄になっちゃうよ」のメッセージを残し自殺した鹿川君の、周りにいた人たちを、八年後に取材してできた本(残念ながら廃版)をテキストに、齋藤さんが実際に中学校で行った授業が載せてあります。その章は、とても心に残る部分で、テキスト(教材)の大切さを教えてくれます。
p190に書かれている、「感情というのは文化であり、(中略)それを習得するためには、先人が残した言葉を手がかりに学習していく。すなわち、感情というものもまた、学んでいくものなのです。」という部分や、
p225、「『読書』というのも、結構忍耐力がいるものです。(中略)読書が嫌いという人は、向学心がないだけじゃなくて、聞く構えに入れないということもあります。」など、参考になったり、共感を覚えたりするところがたくさんありました。


 『スラムダンクを読み返せ!!』(パラダイム・980円)

この本の中で紹介してあったものが、私が大切に思っている本(『生きることの意味』・『ゲド戦記』など)や音楽(キースジャレット『ケルンコンサート』など)だったせいもあって、大変親近感を覚えた本でした。
また、とてもモチベーションをあげてくれる本で、やる気が出ます。
P61に引用してあった、「ゲーテのことば『人間努力しているかぎりは悩みつづけるものだ。』」や、「『アイディンティティ』をさがすというプロセスや、自分が実現していない『アイディンティティ』に追いついていこうとするプロセスにこそ面白みがある。(以下省略)」など、前向きになれる言葉が満載です。
P120の、「個人的才能はどうしようもないものだし、タカが知れている。それよりは、網の目のような『クリエィティブな関係』が、自分にパワーを与えてくれると思ったほうが希望がある。」という言葉も、得心のいくものでした。
皆さん、ぜひ読んで、パワーアップしてください。


 『上機嫌の作法』(角川oneテーマ21・705円)

不機嫌のみっともなさ、愚かさが明快に書かれていて、役に立つところが多い本でした。
P13の、「ニコニコしながらきついことを言う」というエピソードが、私と似ていて面白かったです。


 『読書力』(岩波新書・700円)

本を読むことで自己が形成されたり、コミュニケーション力が伸びたりと、私が今まで考えていたことが、わかりやすく書かれていたので、嬉しかったです。
忙しい人は、前書きと最後にある「本のラインアップ」だけで、ほぼ内容はつかめるかと思います。
私は読みながらいっぱい線を引きました。


PS
齋藤孝さんは、三色ボールペンを使って、大事なところ・面白いところ等をチェックすることを勧めておられます。
私が以前からやっている方法は、鉛筆一本による線の使い分けです。
大事なところは直線+!、特に大事なところは二重線+!!、キーワードは四角で囲む、疑問点は点線+?、共感するところは波線。
色が同じなので、後から見てすぐ判別できるというわけにはいきませんが、難しい本を読むときや、必要な知識を得たいときなど、丁寧に読めるので役立ちます。



テーマ:オススメの本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

心に響く風景-原谷苑の枝垂れ桜
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夕光(ゆふかげ)のなかにまぶしく花みちてしだれ桜は輝(かがやき)を垂る  佐藤佐太郎

                          まさをなる空よりしだれざくらかな  富安風生
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                       (京都・原谷苑で撮影)

原谷苑は、「きれいだねえ!」と素直に言える、美しいものが好きな人にお薦めです。「花より団子」「花よりお話」「花よりお金」の人には、行って欲しくない場所です。園内に食べる所は少しありますが、お弁当などの持ち込みは禁止、もちろん青いシートなどは敷けません。入園料も結構します。

行く方法は、車かハイキング。ただし、マイカーでは決して行かないで下さい。大変渋滞して、すべての人に迷惑がかかります。金閣寺側から行く道の方が、仁和寺側からの道より広いので、タクシーの場合は、金閣寺側の道を往復することをお勧めします。行きはタクシー、帰りはたくさん歩いて、仁和寺で八重桜を楽しみ、バスで河原町や京都駅へ行くのが、いいかと思います。

虫がつきやすく、とても手がかかるのに、花期の短い桜、その美しさに負けないくらい美しい心で、花を愛でたいと思います。

桜ばないのち一ぱい咲くからに生命(いのち)をかけてわが眺めたり   岡本かの子

綺麗な桜の花をみていると
そのひとすじの気持ちにうたれる     八木重吉の詩「桜」

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心に響く音楽-森山直太朗「さくら」
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(大阪万博記念公園で撮影・小さい方はクリックすると少し大きくなります。)

 森山直太朗「さくら」

僕らはきっと待ってる 君とまた会える日々を
さくら並木の道の上で 手を振り叫ぶよ
どんなに苦しい時も 君は笑っているから
挫けそうになりかけても 頑張れる気がしたよ
……
さくら さくら ただ舞い落ちる
いつか生まれ変わる瞬間を信じ
泣くな友よ 今惜別の時 飾らないあの笑顔で さあ

さくら さくら いざ舞い上がれ
永遠にさんざめく光を浴びて
さらば友よ またこの場所で会おう さくら舞い散る道の上で


卒業による別れを歌った歌なのだけれども、必ず、私の頭には同級生との永遠の別れが浮かび、涙がこぼれる。とても歌いたい歌なのだが、胸がいっぱいになって、最後まで歌いきれない。

一昨年の1月23日に、末期癌で亡くなった、頑張りやの友、ふみさん。播磨中央公園の満開の桜の下で、GANKOちゃんと三人でした花見。久しぶりに会い、それまでの長い月日を、互いに語り合った、心豊かな時間。でも、外で一緒に過ごせたのは、これが最後だった。風花の舞う中、ふみさんと私たちは、永久の別れをした。

「さいごまでありがたうをくり返し逝きし君なり風花の舞ふ  大空の亀」

ふみさん、また必ず会える日まで、待っててね。

テーマ:歌詞 - ジャンル:音楽

心に響く詩歌-百人一首より「花」の歌
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(奈良吉野山で撮影/脇道にそれ、ハイキングコースを行くべし)

関東地方では桜が散り始めているとのニュース。
こちら、関西地方ではまだまだつぼみで、この週末ぐらいが見頃のようです。
ここ数年間の撮り貯めた「桜」の写真の中から、一部を選び載せていきます。
有名な句や歌とあわせて、何日間か「桜づけ」をお楽しみ下さい。

まずは、皆さんおなじみの百人一首から、「花(桜)」を詠んだ歌。

花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに  小野小町

久かたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ   紀友則

いにしへの奈良の都の八重ざくらけふ九重ににほひぬるかな  伊勢大輔

もろともにあはれと思へ山桜はなよりほかに知る人もなし  前大僧正行尊

高砂の尾の上のさくら咲きにけり外山のかすみ立たずもあらなむ  前中納言国房

花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものはわが身なりけり  入道前太政大臣


次の三首は、百人一首ではありませんが、「桜といえばこの歌」と言われるぐらい有名な歌です。

願はくは花の下にて春死なむそのきさらぎの望月のころ 西行  

世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし 在原業平

しき嶋のやまとごころを人とはば朝日ににほふ山ざくら花  本居宣長 


吉野へは、電車で行くことをお勧めします。早めに近鉄電車の特急を予約されるのが賢明です。駅前から山上に行くバスが出ていますので、それを利用し、まずは上へ。人があふれるほどいるかと思いますが、それも楽しむ余裕を持ちながら、上へ奥へと登ります。
脇道にそれると、思いがけず人が少なかったりしますので、そこらでのんびりお弁当を広げると、吉野が大好きになるかと思います。
下りは、混んで長時間待たなくてはいけない乗り物は使わず、ひたすら山道を歩く。これが吉野の自然を楽しむベストな方法かと思います。
くれぐれも染井吉野のピンク一色に包まれた山を想像されませんよう。さまざまな色合いが混じったところが、吉野のよさですから。

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く言葉-寺山修司
hikoukigumo.jpg

(京都常寂光寺にて撮影)

どんな鳥だって想像力より高く飛ぶことはできない  寺山修司


「ブログのAuthor名、どうして大空の亀なの?」とメールが届いた。
答えは単純。旧姓に「亀」が付くから。
では、どうして旧姓でなくてはいけないのか?
「青空」「青春」そして「青色」の好きな私は、「青」の付く今の名前が嫌いではない。
いや、むしろ運動神経の鈍そうな「亀」から、爽やかなイメージの「青」に変わることは喜ばしいことでもあった。

しかし、それは単に名前という表面的な問題ではなかったのだと、結婚式の日からじわじわと感じ始めた。夫の両親を喜ばすためにと(私の父は、気楽に二人でハワイでも行って挙式すればと言っていたのに)、普通に行った式。
ふだん化粧をしない顔に、厚塗りをされ、つけまつげをされた頃から、頭の中を「ボーヴォワール」や「平塚らいてふ」の名が回り始めた。重い鬘をつけられた頃には、「ああ、こうやって女は抑えつけられ諦めていくんだ。」と、すっかり封建時代の女の気分だった。

26歳までの「亀」としての私を知る人が、ためらいながら「青」と呼び変えていくのと一緒に、私はそれまでに作り上げていた「亀」としての感受性を押しやっていった。
「青」の職業人・妻・母として生きていくうちに、かちかちに固まり小さくなっていった「亀」、ついに私は病気になった。私の母と同じように49歳で亡くなるんだと覚悟した。

幸い、よいお医者さんに恵まれ、母の年齢を越えた。これを機に、心に「亀」を取り戻そうと決めた。飛べないはずの空にも、勇気を持って「亀」を飛ばせてやろうと思った。海亀・陸亀がいるなら、空亀だっていてもいいな。と考えていた頃、冒頭の言葉に出会った。
当初の案は、「亀も空を飛ぶ」だったが、これはイラク映画に同名の邦題があり、没。「亀の見た夢」というのも思いついたが、やはり大好きな「空」を入れたくて「大空の亀」にしたというわけだ。

今日の大岡信「折々のうた」に
「とりかえしのつかないことの第一歩名付ければその名になるおまえ   俵万智」
という歌が出ていて、確かにと思った。

私は大晦日に生まれた。数え年だとお正月に二歳になってしまうので、戸籍上は一月二日。
名前の候補は、今の名前ともう一つ「鶴子」だったそう。あまりにおめでたすぎると不採用になった「亀○鶴子」だが、この名だったら、どんなキャラになっていたのだろう。

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プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年6カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !
2017年 9月26日カウンター343434通過



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