心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く本-ガンの治癒について書かれた本2冊&空の本あれこれ
4年前の1月23日、高校時代からの友人ふみさんが末期ガンで亡くなりました。当時、高3、中3、小4だった息子さんたちの成長と、多忙なご主人の健康、愛犬のレモンちゃんのことを気にしながらの他界でしたので、この4年間、彼女はずっと天から祈り続けていたことでしょう。また、世の中のことも気にかけ、少しでもよい社会にと、入退院の合間を縫って活動していた彼女なので、今も多くのことを祈り続けてくれていると思います。
私たちは、よく神さまや仏さまに手を合わせお祈りをしますが、「祈られているのは、私たちの方である。」というのを、聞いたことがあります。だから、神さまや仏さまに、いろいろお願いする前に、まずは今までのことを感謝するのが、道理なのだそうです。私は、特定な宗教に熱心なわけではありませんが、過去の人たちに守られ育てられているなと感じることは多々あります。自然も含め、多くの命への感謝は忘れないでいたいなと思います。
末期ガンの友人の様子を見て、様々なことを考えさせられました。今回ご紹介する本は、いくつか読んだ中で、納得できる内容のものです。自分が、末期ガンの渦中にいたら、なかなか冷静には読めないかもしれませんが、一度は目を通しておきたいと思う本でした。

生きたい患者 『がん 生きたい患者と救いたい医者』
(三省堂・1500円・2007年刊)

著者は、諏訪中央病院名誉院長で、チェルノブイリの救援活動にも積極的に関わっておられる鎌田實先生と、東大放射線科准教授、緩和ケア診療部長である中川恵一先生のお二人。お二人とも、患者さんの心に寄り添うことのできる、素晴らしいお医者さんです。現在の医療の実態が(もちろん一部分ですが)、よくわかりました。以下、簡単な箇条書きで、内容を羅列しますが、ご自分で、一度は読んでおかれることをお勧めします。

医療崩壊。在宅医療とホスピス。医者の言葉や態度の違い。
長時間労働の現場―週平均64時間。研修医92時間。(40時間を目指している国なのに)
がん治療の現在―手術・抗ガン剤・放射線治療の特徴。「がん難民」からの脱出。
がん治療の三つの目標―根治・延命・緩和。「治癒」の「治」と「癒」のバランス。

あとがきにかえて~
「がんばらない」「あきらめない」は、「がんを治し、人を癒す」ということそのもので、どちらも同時に必要。


がん治療丹羽療法 『がん治療「究極の選択」 抗ガン剤を超えた丹羽療法』
(講談社α新書・800円・2005年刊)

職場の同僚がリューマチの治療でお世話になったと聞き、初めてこの著者のことを知りました。著者の丹羽靱負(ゆきえ)先生は、土佐清水病院の院長で、ご子息を白血病で亡くされています。抗ガン剤での治療が絶対とされた時代に、小学生の息子さんが、その副作用に苦しむ姿を見、抗ガン剤に疑問を持ち、様々な治療法を試みられました。いわゆる民間療法と違って、西洋医学と東洋医学の両方を、患者さんの病状に応じ、的確に判断し冷静に取り入れながらの治療です。病院のHP(http://www13.ocn.ne.jp/~tshp/)に、詳しい事情が書かれていますので、ここでは、裏表紙の項目を一部、ご紹介します。抗ガン剤の効くガン、そうでないガンなど、資料も詳しく、得心のいく内容の本でした。

・抗がん剤では治らないがん  ・がんの縮小率と延命率は違う
・末期がん患者のQOLを改善  ・天然の生薬を活性化する
・病気とは自分で作り、自分で治す  ・患者と苦しみを分かち合う医療

以下のことは、わかっていることですが、自戒を込めて、本文より引用します。今、手元に本がないので、少し言葉が間違っているかもしれません。
P106 肉と乳製品は、ガンの栄養になるので、厳禁。腹八分目。
P149 ガンの因子を持っている人は、寝不足・過労・ストレスが重なると発病。
のんびりゆっくり楽しくが大事。

1月の空朝夕


1月25日(金)追記: 「空」の本、あれこれ

「あっ、今、きれいな空だなって、うっとりしたでしょ。」一緒に歩いている人に、よく言われる。いわゆる「上の空」で、人の話が聞けていないというわけではないのだが、気がつくと、空を仰いでいる。これは、一人のときも同じ。つくづく空に惚れ抜いている自分だなと思う。小さいときから、空に心を吸われるのが好きだった。解き放つのも好きだった。短歌や詩を読んでいて、「あっ、この人も空が大好きなんだ!」ってわかると、仲良しを見つけたみたいで嬉しくなる。というわけで、気づいたら、空の本が何冊か集まっていた。今回は、古いのも含めて、ご紹介。見つけるとすぐ欲しくなるので、セーブしてセーブして購入したもの。

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『雲の言葉』  Photography by HABU (P・I・E BOOKS/1280円) ポストカード集
『空の歳時記』 平沼洋司著 (京都書院アーツコレクション/1000円) 写真とエッセイ
『雲のかお』 武田康男著 (小学館文庫/600円) 千葉在住の地学の先生が撮った雲の写真集。

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『空色通信』 高橋健司著 (光琳社出版/2600円・BOOK OFFで1350円) 写真と短文。
『空の名前』改訂版 高橋健司著 (角川書店/2500円) 写真と季節や天気の言葉の解説。

どうしてこんなに空が好きなのかなと考えて、出てきたのは、「空には何もないから。」という答え。もしも、この大好きな空を、ドラえもんの竹コプターをつけた人々や戦闘機が飛び交うようになったら、私は怒りと嘆きで、発狂し、悶死してしまうだろう。

テーマ:オススメの本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

あんなことこんなこと-大震災から13年&お知らせ
2008年1月17日
 阪神・淡路大震災から13年。1月17日午前5時46分の恐怖の揺れは、今でも体がしっかり覚えています。大阪北摂地区にある我が家は、神戸や西宮のような甚大な被害は受けなかったのですが、今までにない大きな揺れに、マンション全体が倒壊するかと怖くてなりませんでした。観音開きの食器棚からは、食器がバンバン飛び出し、床は割れ物で足の踏み場がない状態。ラジオをつけると「大きな被害はない模様」との声。「ウソ~!」と叫びながら、取りあえず出口を確保せねばと、玄関扉を開けに行くと、屋上の給水槽が壊れ、水がザアザア流れ落ちていました。「こんなんだもの、学校は当然休校よね。」と、家族みんなで片付けを始めていたら、階下の方から「登校してるよ~。」の声。我が家のある10階と、1階とでは、様子が全然違っていたようです。それでも、数日間は水道が使えず、不自由な生活でした。食器もほとんど割れ、「もう100均ので十分よね。」と言っていたのに、「喉元過ぎれば」何とやら…、また、上等な食器が増えています。非常持ち出し袋も、先日片付けてしまったし、我ながら、情けないなあと思ってはいるのですが…。

以下は、私と同じ北摂地区在住の歌人による歌。どれも皆、とても共感を覚えます。

真中朋久
ゆれうごくあけがたの部屋に妻の腹をかばひゐたり七ヶ月の腹を
わたしではなくてお腹(なか)をかばつたといまも言ふあれは冬のあけがた
登校する子と四辻でわかれたりふりむけばまだそこに立つてゐる
影踏みつつ跳ねてゐし子は森蔭に入りてふたたびわが手を握る
揺れうごく記憶がまれに身のうちによみがへりそのたびに躓(つまず)


道浦母都子
<一九九五年一月十七日……>
この夕べ煙らう雨は繭となり震えやまざる地表を包む
本は凶器 本本本本本本本本本本本 本の雪崩
地震直後恐れ覗きし窓の外「空白喩」なる静けさがあり
たくさんの人が死んだのに……
あかねさす生の側にて光り立つ黄の水仙とこのわたくしは
寒の水喉(のみど)ゆっくりすべり落ち生ある者を水は流るる
貝塚の上に浮かべる赤き月地震前夜の夢に見たりき


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 新聞は、数日前から「阪神大震災」の特集が組まれており、改めて、当時の神戸や芦屋・西宮の惨状を思い出しています。今日の夕刊に、当時6年生だった少女の作文が載っており、よく知っている人たち十数人をも一気に失ってしまった、彼女の心の痛みを思いました。地獄を見てしまった少女の文章には、「生きること」について大切なことが、すべて書かれていました。素晴らしい内容でしたので、一部を抜粋させてもらいます。

今回の震災で、生きていることがすごくいいことだと考え直された。死ぬと、なにもできなくなってしまうけど、生きている限り、夢や可能性は無限だ。たった一度の人生だから、みんな死ぬまでに、たくさん思い出を残そうとして、必死で生きているんだ。 死んだって、そこでその人がばったりおわってしまうわけじゃないと思う。他の人の心の中で、第二の人生が始まるんだ。 生きていること。それは、困難のかべにぶつかりそれを乗りこえること。約束された死までの時間を輝くものにすること。 死んでしまうこと。それは、輝く人生を終え、他の人の心の中で、永遠に生きてゆくこと。

以下は、神戸・芦屋などに在住の作家による川柳・短歌・俳句です。

時実新子
平成七年一月十七日 裂ける
あと少し生きる地震の罅(ひび)の身で


尾崎まゆみ
元町駅高架を過ぎてばらばらの空が繋がりひかりあふなり   


稲畑汀子
無事といふことを語るも悴(かじか)みて
寒月の照らすは地震(なゐ)に崩る街
被災地を離れず住みてクロッカス
早春の言葉被災地同志かな


永田耕衣
枯草の大孤独居士ここに居る  
白梅や天没地没虚空没


地震による被害があったとは言え、やはり、北摂の私たちと神戸の人たちとでは、気持ちに大きな隔たりがあると感じました。想像力で、それを補う優しさを持たなくてはいけませんね。あのとき強く感じた様々な思いが、時間が経つにつれて、薄れていく…。それでは、亡くなった人たちが救われません。「軽くならないでよ!」と、自分に言い聞かせました。

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【4枚の写真は、すべて梅田スカイビル。この1月に、携帯で撮影。頭上にあるのは、空中庭園。】

お知らせ-リンク先など

① 昨年末最後に、ここのブログでご紹介した本 『ドキュメント仙波敏郎-告発警官1000日の記録-』 について、犬塚さんが、素晴らしい書評を書かれています。よろしければ、アクセスしてみて下さい。
http://journalist-net.com/08/01/10/231438.php

② 犬塚さんの映画評のブログができました。 『太秦からの映画便り』 リンクしました。 
http://eiganotubo.blog31.fc2.com/ 今までの所からでも、新しいこちらからでも。

③ 夢詩さんのブログ『夢色工房』 http://yaplog.jp/amunokobako/
だいぶ前にリンクしていたのですが、お知らせが遅くなりました。
手芸作品や日々の思いを綴った日記。別コーナーの「優枇庵-ゆうびあん」には詩や物語があります。
優しいお人柄のあらわれたブログですよ。

テーマ:日記 - ジャンル:日記

季節の詩歌(6)~眠りのなかの夢~
 「空」誌20号に載せてもらった文章を転載します。とても長いので、お時間のあるときにでも、よろしければ読んでみて下さい。 【写真は、1月8日に撮ったものです。】

季節の詩歌(6)~眠りのなかの夢~

若い頃、吉田美奈子の「夢で逢えたら」(作詞・作曲/大瀧詠一)という歌をよく聴いた。
夢でもし逢えたら 素敵なことね
あなたに逢えるまで 眠り続けたい
あなたは私から 遠く離れているけど
逢いたくなったら まぶたを閉じるの

そして、聴きながらいつも、小野小町の歌(次の二首)を条件反射のように思い浮かべていた。
思ひつつ寝(ぬ)ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを        
うたたねに恋しき人を見てしより夢てふ物は頼みそめてき        

いつも恋しい人と逢えるわけではない。距離的に、時間的に、または心理的に、相手が遠くままならないが故に、「夢」に託す切ない思い。千年の時を隔てても、人の心は変わらないと、妙に安心したものだ。「ゆめ」は「いめ(寝目)」が転じたものだという。
いとせめて恋しきときはむばたまの夜の衣を返してぞ着る                小野小町
たとえ睡眠中の出来事であっても、逢瀬が叶うなら、「衣返し」の言い伝えを信じたいのが人情である。
どんな姿でもいいから、恋人に逢いに来てほしい、そんな思いが次のような夢を見させるのであろうか。
こひびとは般若の面をしてくると萌黄の朝の夢にいふかな                永井陽子
邂逅を遂げたる夢の腕のなかに光となりてわれはひろがる               山本かね子

夢の中で逢えた喜びに恍惚となっている作者は、「光」そのものに変わる。満ち足りた幸福感が辺り一帯に漂う歌だ。目が覚めてもしばらくは、夢の世界の余韻醒めやらず、といったところであろうか。
春あかつき醒めても動悸をさまらず   真鍋呉夫
眠りながら時々あなたの夢を見る目覚めた後もなほしばらくは              松村正直

やがて心身が完全に覚醒する頃には、人は冷静に、淋しい現実に戻っていくのである。
初夢のあひふれし手の覚めて冷ゆ    野沢節子
初夢で逢ひしを告げず会ひにけり     稲畑汀子
 

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これまで見た「夢」は、どちらかというと、現実を離れ、甘い雰囲気を醸し出していた。しかし、夢の中で嬉しい出逢いが待っているとは限らない。
春の夢みてゐて瞼ぬれにけり     三橋鷹女
「春の夢」なら甘美なはずであろうに、涙が出ている自分を認めなくてはならぬとは、辛いことである。ましてや、次の歌のように、心の離れた人を、怒りと悲しみで追う、激情に狂う自分を、夢の中に見てしまった時の、作者の絶望はいかばかりかと思う。
夢のなかといへども髪をふりみだし人を追ひゐきながく忘れず              大西民子
白鳥の首つかみ振り回はす夢     高山れおな

起きているときは、賢明で物静かであろう人が、無意識の眠りの世界で暴れ回り、抑圧されていた感情を爆発させる。思いがけない夢を見て、自分の中に隠れていた激しい感情、残酷さや非情さに気づかされ、愕然とすることもままある。
嬰児(みどりご)のわれは追ひつかぬ狼におひかけられる夢ばかり見き         齋藤 史
かけ違へしシャツの釦とボタン穴無限にならぶ雨夜(あめよ)の夢に           栗木京子
足裏より何か吸ひあぐといふ歌を結句欠くまま夢に置き来つ               阿木津英

どれも、もどかしい感覚である。一首目、「追いつかない」のだから安心してもよいのだが、相手は狼で、幼児の自分は、「追いかけられる」のである。やはり怖い。二首目の「かけ違えた釦と穴」が「無限に続く」気持ち悪さ。雨音が耳に絶えず響いているせいだろうか。「夢の中で浮かんだ歌の結句が思い出せない」むずむずした感じの三首目。どの夢も、妙に鮮明な映像で、眠りの中の人は、矛盾していることに気がつかない。それらは、目を覚ますと消えてしまうのだが、なぜか不思議な感覚だけは残るのである。
大雷雨鬱王と會うあさの夢       赤尾兜子
この句のように、暑さ寒さ、雨や風といった気象条件や、睡眠環境が、夢に影響を与えることは、よくある。しかし、人は、もっと大きな不安や恐怖を感じる夢を見ることがある。
春の夜の夢ばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令状                  塚本邦雄
春の夜の夢ばかりなる手枕にかひなくたたむ名こそ惜しけれ               周防内侍

周防内侍の歌から本歌取りをした、塚本邦男の有名な歌である。春の夜の甘美な世界に酔いしれているうちに、赤紙と言われた召集令状が来るという夢。世の中を厳しく見つめていた作者にとって、それは単なる夢ではなかった。太平の世に浮かれている私たちへの警句でもある。生来の詩人の感性は鋭く、世界の危うい状況を、人より先に感じ取るため、暗い暗い闇のような夢を見てしまうのである。
もつと暗くもつと暗くと落ちてゆく夢の穴 途中で花などをつかみ            栗木京子
囚(とら)はれの銀河系中獏枕         三橋敏雄
追いつめてゐたりしものは何ならむ夢よりさめてまたしんの闇             小野興二郎

苦しい夢は、眠っている間も、人を休ませてはくれない。寝汗に目覚めた後は、現実に持ち越された夢に、人は疲れたり悩まされたりするのである。
力竭(つく)して山越えし夢露か霧か      石田波郷
初夢の中をどんなに走ったやら        飯島晴子
絶体絶命というふところにて夢切るる 拭ひつつあるは死体の汗か            斎藤 史

次の歌のように、家族や美味しい朝食が待っていても、完全には救われない。「半熟卵」に、夢の不気味さを引きずっているような気がする。
おそろしき夢の界より立ち戻り半熟卵を子らと食(たう)ぶる                  島田修二
できれば恐ろしい夢は見たくない。しかし、気持ちのよい夢、望ましい夢を見る保証もない。現実に気にかかることがあればあるほど、夢にパラダイスを見ることは難しいようだ。それどころか、寂しい夢ばかり見る。
夢にさへ距(へだ)てられたる子となりてはやも測られぬ背丈を思ふ             雨宮雅子
さめても思い出せない不安な夢である     住宅顕信

自由律俳句の創作に懸命だった、夭折の俳人の句である。病気、孤独、困難なことばかりの日々は、彼に絶望感を抱かせ、不安な夢を見させる。現実も夢も苦しい。

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せめて、初夢ぐらいは「一富士二鷹三茄子」、縁起のよい夢を見たいものだが、そう簡単にはいかぬようだ。
初夢の思ひしことを見ざりける     正岡子規
初夢の扇ひろげしところまで      後藤夜半
起きてすぐ忘れしほどの初夢なり   能村登四郎

どうも、昔の人のように素直に、よい「初夢」を見ることができないようである。しかし、「期待はずれ」「途中まで」「すぐ忘れる程度」では、せっかくの新年なのに味気ないではないか。次の句は、めでたい正月らしく、「少しの嘘を加え」、明るい夢のお裾分けを、皆にしてあげようといった風情だ。
初夢に少しの嘘を加へたる       高倉和子
よい夢のさめても嬉しもちの音       五筑

よい夢を見るために枕の下に敷く「宝船」の絵。しかし、「宝船の絵=よい夢見」と簡単にいかないのも、皆は過去の経験から知っている。だから、「素直に」敷くし、欲張らず「ただよい眠り」を願うのである。
宝船こころすなほに敷いてねる     横山蜃楼
願ふことただよき眠り宝舟        富安風生

心安らかに眠ることができれば、人は、自然と一体となり、心地よい夢を見ることができる。
山霧のいくたび湧きてかくるらむ大山蓮華夢にひらけり                 前登志夫
ずっと浸っていたかった夢の世界。まるでその続きかと思う情景が、目の前に広がり、夢か現かわからなくなることも、人の身には起こるのである。
玻璃片のごとく朝の陽窓に射しこゑ過ぎにけり夢の鶯                  影山一男
春の夜の夢の浮き橋とだえして峰にわかるる横雲の空                    藤原定家
幾十のからす揚羽のとぶ宙(そら)を夢と知りつつ夢みてゐたり             島田修二

そう、人は「夢」と知っていても、「眠りのなかの夢」に見たいものがあるのである。夢に出てきて欲しいものは、冒頭に述べたような恋人とは限らない。次にあげた歌や句には、過去への想いが詰まっている。
旅に見し老い杉も老い藤も夢に来て人間として笑めば泣きたり             米川千嘉子
戦ひののち失ひし雛(ひいな)など木々芽ぐむ夜の夢に立ち来よ            尾崎左永子
白く病みてもどらむきみ待つとしどろなる寒の夜の夢                   山田あき
黒豆が泡立ち煮えて母が居り母よにほひなき夢の界にて                上田三四二
初夢に見たり返らぬ日のことを       日野草城

人はまた、物語の頁をめくるように、「夢の続き」を見たいと思うことがあるし、見ることがある。
いま見たる夢のつづきを或は見む夜半の小床にみじろがずをり             三ヶ島葭子
いつの間に寝ている俺かきのう見た夢のつづきが始まっている              山下 洋
たとふればめぐる轆轤(ろくろ)をふむごとく目覚めて夢のつづきを思ふ         佐藤佐太郎

人が、目覚めた後も、「夢の続きを思い」、夢にとらわれるのは、そこに「もう一人の自分の存在」を感じ、確かめたい欲望があるからである。

霧の朝080108

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く風景-謹賀新年
お正月08年pinkblog

 新年明けましておめでとうございます。
昨年は、ご訪問・コメント・メールなど、たくさんの励ましをありがとうございました。
今年も、ぼちぼちと楽しみながらやっていきますので、よろしくお付き合い下さい。
皆さんにとっても、今年がよい一年となりますよう、お祈りいたします。          (大空の亀&ハオ)

20080103公園blog

こちらは、お天気に恵まれた三が日でした。家の近くの唐楓・台湾楓などの写真です。


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宝塚の「まちの洋食屋さん」に、手作りの万華鏡が置いてあったので、写真を撮らせてもらいました。


冬の散歩道burogu080102

今年もたくさん歩いて、頭・心・体が、弱らないようにしたいと思っています。三色彩道は、今こんなふう。

テーマ:謹賀新年 - ジャンル:写真



プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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