心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く本-今月読んだ本から
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 まずは、嬉しいお知らせから
「映画評のブログ(右列リンク先)でおなじみの犬塚さんが代表でまとめた、映画館情報の本が出ます。多くの人に映画館に足を運んでほしいなという趣旨のもと、映画ファンが集い「『映画館に行こう!』本制作委員会」というのを作り、昨夏から原稿作成などに取り組んできました。ここにコメントを下さるkimicoさん、犬塚さんの文や私の友人の文もあります。私も息子と一緒に4ページ担当しています。
本の題名は『CINEMA,CINEMA,CINEMA,映画館に行こう!関西映画館情報』で、145ページA5版1300円です。出版社は、「創風社出版」(愛媛県松山市)で、以前に紹介した東玲治著『ドキュメント仙波敏郎-告発警官1000日の記録-』や藤田亜未さんの句集『海鳴り』を出している会社です。
発売日は、2月14日バレンタインデー!ご購入いただけると嬉しいです。本が届いたら、もう一度詳しく紹介したいと思います。なお、本を置いてくださるお店や、本を紹介してもらえそうなメディアをご存知の方は、ご一報くださればありがたいです。


 今月はいつもと違うタイプの本に出会いました。
冬場は、出かけると寒いし、風邪をうつされるのも嫌なので、コタツで読書が一番とばかり、図書館で借りた本や、借りたものの欲しくなり中古で買った本などに囲まれて過ごしました。今回は、そうやって読んだ15冊を中心に、オススメ本をご紹介します。

mesod2.jpg   書きあぐねて    dokusyomiti1.jpg  dokusyomiti2.jpg  

 別に作家になりたいわけではないのですが…左から順に

奈良裕明著『小説を書くならこの作品に学べ!』 (雷鳥社・2005年刊)
短歌や俳句を詠むときの「創作」に関する共通点を知りたくて、同著者の『小説を書くための基礎メソッド』というのを、前に読みました。結構、ヒントになる部分があったので、その続編のこの本を買ったのですが、そこに、短編小説を書く技術を学ぶためにと紹介してあった本(山本周五郎・宮本輝・有吉佐和子など)がとても面白くて、この本は私にとっては読書案内として役に立ちました。

保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』 (草思社・2003年刊)
自分が書くというのではなく、小説家というものに興味があって読みました。前述のハウツー本と正反対のタイプの本で、本質に迫る感じがとてもよく、短歌や俳句を詠むことにも通じる考え方がたくさん載っていて気に入りました。ストーリーの面白さだけで読ませるファンタジーやミステリー、センチメンタルな話やネガティブな発想を嫌う筆者に、共感が持て、たくさん線を引きました。

Web本の雑誌編集『作家の読書道』 (本の雑誌社・2005年刊)
当代人気の作家30人に、読書歴や作家としてのあり方をインタビューしたもの。好きな作家の一人あさのあつこさんが、昔、『だれも知らない小さな国』シリーズが好きだったとか、藤沢周平さんと辺見庸さんがすごく好きだと語っているところなど、「ああ、自分と一緒だ!」と嬉しくなって、あっという間に読みました。角田光代さん、森絵都さん、小川洋子さんなど、作品の好きな人の読書歴は、やはり自分とも重なり興味深かったです。

Web本の雑誌編集『作家の読書道2』 (本の雑誌社・2007年刊)
今回は21人の作家の読書遍歴。何人もの人が共通してあげている本や、好きな作家があげている本をメモしていると、どんどん読みたい本が増えていきます。男性作家は、ミステリーや探偵ものが多く、男女の読書傾向の差なども興味深かったです。若い作家には、村上春樹さんが、男女を問わず人気があるのも印象的でした。今まで知らなかった作家の中に、思いがけない作家魂を見つけたり、読み物としても楽しめました。



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 前述の本に、紹介してあった本から…左から順に

有吉佐和子作『悪女について』 (昭和53年刊・新潮社)
読んだのは、平成19年版の文庫だったのですが、昭和58年の文庫化以来なんと59刷!巧みな構成と語りで抜群の面白さでした。富小路公子という美しい実業家の謎の死を巡り、27人の関わりある人に尋ねるという形式の小説。未読の方はぜひ。巻末の解説者が、作者のことを「純文学・中間小説〈大衆文芸〉の両ジャンルにわたる幅広い小説創作が可能な作家。山本周五郎曰く『文学にはいい小説と悪い小説の二つしかない』という中のいい小説の多い作家。」と述べていましたが、まさにその通りの力量ある作家です。

宮本輝作『宮本輝全短篇 上』 (2007年刊・集英社)
宮本輝作『宮本輝全短篇 下』 (2007年刊・集英社)
うまさで定評のある作家で、いくつかは今までにも読んでいたのですが、まとめて読むと、逆に彼のこだわり(苦しい生活をしている人を描きたい)が鮮明になりすぎて、ちょっと辛かったです。「泥の河」「螢川」など、少年・少女を主人公にした作品には、哀感が漂い、うまさが際立っていましたが、どの作品も、病気や事故などで人が亡くなるのが、せつなすぎました。一文ずつが簡潔で、その連なりがとても美しい文章なのですが、内容面のどろっとしたところが、なんだか男臭くて、私は少々苦手でした。一気に読まないで、いろんな人の作品の合間合間に読む方がよさそうです。

番外編(マンガ)…大島弓子作『つるばらつるばら』 (白泉社文庫)
前述の保坂和志(彼の文は、一文が長すぎる!)の本に「不意に感じたリアルなものを作品の発端に置いて、しかも作品全体を通じて最初のリアルなものを忘れない強度を維持しているのが、大島弓子が1977年(『つるばらつるばら』)から88年(『バナナブレッドのプディング』)ぐらいにかけて描いた作品群で、それらは現在でもまだストーリー小説、映画、ドラマのイマジネーションの根源となる力を持っている。」とあったので、とりあえずその2冊を読んでみました。非常に文学的なマンガでした。



東京原子核  honhyousirinnzenn.jpg  十五峯   akiramenai.jpg  

 本にはいろんな分野がありますね…左から順に

マキノノゾミ作『東京原子核クラブ』 (2008年刊・ハヤカワ演劇文庫)
芝居の脚本が、ハヤカワ演劇文庫からたくさん出ていて、ちょっと覗いてみたかったので、何冊か読みました。これは、物理学者朝永振一郎氏の『開かれた研究所と指導者たち』という本をヒントに書かれたもので、東京の下宿屋を舞台にした群像劇。コメディタッチだけれど、平和・戦争についても考えさせる、できのよい脚本でした。

高柳克弘著『凛然たる青春-若き俳人たちの肖像』 (2007年刊・富士見書房)
著者は昭和55年生まれの俳句界のホープで、「鷹」編集長。非常に読みが深く、俳人たちの特質を鋭く言い当てている内容で、感心しました。とりあげてある俳人23人は、個人的に興味ある人が多かったので、別のノートに転記しました。俳句に興味のある方に、オススメの本です。

鷹羽狩行句集『十五峯(じゅうごほう)』 (2007年刊・ふらんす堂)
難しい言葉が少なく、大変読みやすい句集でした。作者はとってもかっこいい方ですが、そのイメージぴったりの、詩的で上品で雄大な句が多く、うまいなあと何度も思いながら読みました。勉強になるので、全437句をノートに写しました。

村尾国士著『どんなガンでもあきらめない-帯津三敬病院に生きる (2004年刊・晶文社)
先日、机の引き出しを整理していたら、4年前の新聞記事が出てきました。いいことが書いてあったので、線をたくさん引いていましたが、そこに紹介してあったのが、この本で、すぐに中古で見つけ注文しました。
その後、 1月22日の報道ステーションで、“がん難民”コーディネーター…無償で患者と向き合う戦いの現場“医者が見放してから勝負”というのをやっていました。「余命」を宣告されてからのガン患者の辛い日々は、他人事と思えずテレビに見入っていました。そのコーディネーターの藤野さんが、紹介した先が、この本に出てくる帯津三敬病院だったので、驚きました。
この本は、まだ読み切れていませんので、取りあえず前記の新聞記事から線を引いた部分を転記します。
☆人はいずれ死にゆく存在であり、いっときの延命を騒ぎ立てることより病を通じて人生の神髄を体得していくことの方が、人間として崇高なのではなかろうか。
☆病との闘いは三つの階層がある。土台に相当するところは、患者の心の持ちようであり、「生き抜くぞ!」という強い意志と同時に、「いつでも死ねるぞ」という死生観の重要性を説く。二番目の階層は、食事や気功により体を整え、自然治癒力を高めること。三番目でようやく治療になるが、西洋医学、東洋医学、民間療法など使える武器は何でも使う。


IMG_0655myu-0801.jpg   【いやー、さすがに目が疲れたわ…】 

 
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季節の詩歌(10)焚き火の5W1H
 『空』誌24号に載せていただいた拙文を、アップします。長いですので、お時間のある時にでも…。

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  【写真は、すべて家の近くにて。2009年1月上旬撮影。】

季節の詩歌(10)  ~焚き火の5W1H~

垣根の 垣根の まがりかど/たき火だ たき火だ 落ち葉たき/「あたろうか」「あたろうよ」
北風 ぴいぷう 吹いている       (巽聖歌・作詞/渡辺茂・作曲『たきび』)


「焚き火」というと、まっ先に思い出すのが、この童謡である。集団登校の集合場所だった神社で、冬になると毎朝、近所の人が境内の落ち葉を掃き集め、私たち児童を暖めてくれた。
この童謡もそうだが、「焚き火」の俳句や詩歌を読んでいると、「5W1H」が、とても気になる。「5W1H」は、ニュース原稿などを書くときに欠かせない項目だが、「焚き火」もこれらに注目すると、今まで以上に興味深く読めてくる。

When(いつ)

朝は夫夕の焚火は吾が燃やす    及川 貞

庭にたえず降り積もる落ち葉。それをこまめに掃き集め、朝夕燃やすというところに、夫婦のきちんとした暮らしぶりが伺える。それぞれが、静かに、小さな焚き火を見つめているのだろう。

ひねもすを御用納めの大焚火    今井つる女

一句目と対照的に、ここでは一日中、大焚き火が続いているという。職場の年末の大掃除で出たゴミや不要になった書類が、次々投げ込まれ、慌ただしく、にぎやかな一日だ。

道暮れぬ焚火明りにあひしより   中村汀女

とつぷりと後ろ暮れゐし焚火かな  松本たかし

夜焚火の焔吹き倒され昏む     大野林火

焚き火の炎に見とれ、明るさに目が慣れると、道や空など、背景の思いがけない暗さに驚く。

Where(どこ)

潮吹いて貝焼かれをり浜焚火    加藤憲曠

尻あぶる人山を見る焚火かな    野村喜舟

浜辺で、山の見える所で、のどかな気配の感じられる焚き火。自然の中での焚き火は、大らかだ。しかし、一番よく目にするのは、人の集まる路上。

道焚火人はしづかに見て通る    柴田白葉女

道の辺にふるさと人の焚火の輪   村山古郷

道のうへの小さき炎もしたしきに住みつぐべしや寒きこの町に    清水房雄 

火を囲む人たちは親しげに見えるし、親しくもなっていく。焚き火との関わり方で、人々の親疎の具合がわかるのも、面白いところだ。

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Who(だれ)

焚き火の傍には、必ず火の主がいる。火の着け方から消し方まで精通し、火を育て守っているのは、たいてい、長老じみた年嵩の男である。

夕焚火棒持つてゐる男かな     不破 博

人老いぬ焚火埃を眉につけ     高橋淡路女

焚き火が嬉しいのは、子どもも大人も同じ。人を興奮させ、本能に触れてくるものがあるのだ。

焚火には即かず離れずして遊ぶ  後藤夜半

幾年ぶりのことならむ子供等と落葉やくに先づ吾がうれしけれ    土屋文明

子どもと一緒の楽しさは言うまでもないが、焚き火は、一人でも、二人でも、大勢であっても、いつの間にか、そ
れぞれが一対一で火と向き合っている。妖しく色や形を変える炎に魅せられ、黙って見つめているうちに、人は、己と対話を始めている。そうして、体だけでなく、心も温まっている自分に気付くのである。

水音の暮れてひとりの大焚火    角川春樹

焚く火ありてうれしき冬の寒さかな心は問わず対い合わまし        馬場あきこ

もの言ふを、損するごとく、/おほぜいの人のうしろに、/火にあたりゐる。土岐前麿

What(なに)

落ち葉や不要になった紙類、枯れた草木などの他に、人は様々なものを火に投げ入れる。そして、なぜか燃える様子を、じっと見つめる。冷静だけれど熱を帯びた目というのがあるとすれば、それは、この時の目ではなかろうか。

火になりて松毬見ゆる焚火かな   吉岡禅寺洞

ひとり親しく焚火して居り火のなかに松毬が見ゆ燃ゆる松かさ    古泉千樫

犬狩りにゆく男らか厳寒の広場の闇に椅子燃やしおり          谷岡亜紀

火の中に枯菊の花沈みけり     京極杞陽

松毬、枯菊、椅子、明らかに形のわかるものを投げ入れるだけではないところが、人間の面白いところだ。火の勢いがある時を狙って、私だったら、何を投げ込むだろう。燃えてしまえば諦めもつき、新たな一歩を踏み出すことができる。

わだかまるものを投げ込む焚火かな 小倉涌史

嫁ぐ子の焚火に投げしものや何    高本時子

灰となった焚き火の跡は、時々元の形をさらしたりするが、やがて消えゆく運命である。

嵩高に灰残し消ゆ藁焚火        石友二

時雨れ来るけはひ遙かなり焚き棄てし落ち葉の灰はかたまりぬべし    長塚 節

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Why(なぜ)

焚火かなし消えむとすれば育てられ  高浜虚子

消えたら焚き火でなくなる。俳句を詠まなければ、俳人でなくなる。一つの名で呼ばれ続けるということは、労多くかなしいことである。しかし、それが存在理由である限り、燃え続けねばならぬ。

ねむれねば真夜の焚火をとりかこむ  長谷川素逝

取り囲むとあるから、複数の人であろうか。キャンプの夜などには、よく経験することであるが、この句の焚き火は、野外ではなく室内の囲炉裏だろう。心の奥底で眠らせていたものを、互いにぽつりぽつりと語り出す夜となったのではないか。

炉火いよよ美しければ言もなし     松本たかし

炉火は、囲炉裏や暖炉の火。火の美しさは、決まって人を沈黙させる。次の歌は、歌集『早春歌』の中の昭和二十年「南風」の一首。時代背景を考えると、「言葉なく」という語が、深く重い。

つづまりの事信ずれば言葉なく椅子を砕ける焚火をかこむ      近藤芳美

How(どう)

〈目で〉

マッチより生れし炎のつぎつぎに枝を伝ひて火の育ち行く         来嶋靖生

もえたけて炎はなるる焚火かな    飯田蛇笏

マッチを擦るところから始まった火が、次第に大きな炎となり、焚き火本体から離れるように身をくねらせ舞い上がる。その変わりゆく様は、一時も目を離せないほど魅力的だ。

掃きよせし落葉の中にこもる火の外には燃えず煙のみ立つ       植松寿樹

湿気の残る葉のせいで、内部でくすぶり続けている焚き火。煙の上がっているのを見れば、燃えているのは確かなのだが。

〈耳で〉

四十歳独身の友が手をかざし凍り始むる焚火のひびき         江畑 實 

不思議な歌だ。火と対照的な「凍り」。心身を暖めてくれるはずの焚き火にまで拒絶されているような、生の辛さがある。焚き火の音に聴き入っているのだろうか。もう爆ぜてはいない静かな音に。

焚火中身を爆ぜ終るもののあり    野沢節子

身ぶるひて聞く薪の火の崩るるをはやひとつこと終らむとして      斎藤 史

〈鼻で〉

飲む湯にも焚火のけむり匂ひたる山家の冬の夕餉なりけり        若山牧水 

焚火の香こもるを言ひて衣をたたむ  馬詰柿木

いつまでも稚き妻のかなしみに焚火のにほひする顔を抱く        金石淳彦

焚き火の匂いは、原初の匂いである。木々を思わせながら、一番人間臭い匂いである、と思う。

〈手で〉

刹那々々に生く焚火には両手出し   津田清子 

何か自分を突き放したような詠みぶりである。焚き火にあたりながら、内省的な作者がいる。

あかあかと燃ゆる焚火に手をかざし安き心にわがなりにけり       古泉千樫 

素直な歌である。素直すぎる故に、かえって、それまでの心の揺らぎが思われる。

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ひと昔前までは、園庭や校庭で、落ち葉を集め「焼き芋大会」を催す光景が普通に見られた。しかし、ダイオキシンなど有害物質排出のことが声高に言われるようになり、身近な所で「焚き火」を目にすることがなくなった。地球環境のためとあらば、反対の声を挙げるわけにもいかないが、何か大きなものを失った気がする。
類人猿が人類に進化していく過程で、「言葉」と「火」の獲得は外せない。その根源的なものが、今という時代は、ないがしろにされているのではないか。単に「焚き火」の排除というだけではない。それに伴う知恵も情感も、大げさに言えば、文化も文明も失われるのである。
 
もうじき/たき火をはじめます/踏みつけられてしまうだけでは/落葉たちが嘆きます
                                (吉行理恵「秋の葬式」)
                       
かつては土に紛れ、また新たな土となった落ち葉も、今や踏みつけられ、その挙げ句ゴミ袋に集められ焼却炉で虚しく燃やされる。せめて焚き火となり、美しく燃え上がったのち、最期を迎えたい。落ち葉の嘆きを代わりに述べたこの詩だが、今はこの願いも叶わない。落ち葉の嘆きは、未来の私たちの嘆き、人間性喪失の嘆きにつながる。
 
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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌(歌集)-歌集『江畑 實集』
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                                     【写真はすべて、近くの公園で、1月初旬に撮影】

歌集『江畑 實集』をご紹介します。

江畑実集表【表】 江畑実集裏【裏】  『江畑 實集』(邑書林セレクション歌人4・2006年)

昨年(今年も)、「塔」大阪歌会で、詠草をまとめる係をさせてもらっている関係で、「ご苦労様」と、いろいろな方から歌集を頂くという幸運に預かった。この本も、その一冊。

江畑さんの歌は、大阪歌会の他の方の歌とは傾向が違って、前衛的な歌。歌歴の浅い私には、想像もつかない難しい歌も多いのだが、昨年、歌会のあとの二次会で「言葉による美を追求している。」と聞いて、読みのヒントをもらった気がした。自分の体験や見聞を歌にしようとしている私とは違って、言葉や世の中の現象から触発されて、歌を詠まれる。

江畑實さんは、1954年大阪生まれ。1983年「血統樹林」により角川短歌賞受賞、塚本邦雄選の歌誌「玲瓏」の編集長を1986年から6年余りされたという(年譜による)。文章を書く仕事にこだわり、現代短歌への熱い思いを持ち続けておられる。

この本は、『檸檬列島』、『梨の形の詩学』、『デッド・フォーカス』の三冊の歌集から抄出した歌と、小説、藤原龍一郎氏の「江畑實論」を収めた、コンパクトな一冊。邑書林から出ている白い表紙の「セレクション歌人」シリーズには、現代短歌の若手作家の名が連なっており、それぞれの歌人に一通り触れることができる。入門編としてオススメだ。

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私なりに、印象に残った歌を、以下に挙げてみます。今の私の「歌を読む力」で読めたものなので、世間の人が、江畑さんの代表歌とされているものとは、だいぶ異なるかもしれません。

第一歌集『檸檬列島』 (1984年刊)より
どの歌にも、青年の痛いほどの自意識が見え、若いときの神経の研ぎ澄まされた状態と、そのことによる生きにくさが感じられました。自意識過剰だった私自身の青春時代を思い出しました。ここには、私なりに共通点を考え、二首ずつ引用しました。

*現実世界への違和感
貼紙の端秋風になぶられてここぞ世界の剥がるる創(はじ)
もてあそぶ地球儀めぐれすみやかに母國の位置を見失ふまで


*若者の生のはかなさ
地下鐵の窓にもたるるその闇の死はわかものととなりあはせに
かがまりて澤の水飮むわかものの背に夭折の翼透き見ゆ


*家族から離脱している自己
血縁は日向(ひなた)に集ふそこまでの薄氷(うすらひ)われはいつほほゑまむ
ゆふまぐれ父とわれ在るかなしみに麥秋の穂の波のみちしお


*鋭い感受性に苦悩する青年
群の毛絲玉わがたましひに似て編針をつきたてられつ
音樂を否む日日ありわが耳は剃刀よりも研ぎすまされて



第二歌集『梨の形の詩学』 (1988年刊)より
非常に意識的に、前衛的な表現を試みた歌群で、後掲の小説の主人公と重なるものを感じました。体言止めの歌が多いのも、特徴かと思います。私は、表現が柔らかで、調べのきれいな次の二首が特に気に入りました。

秋天の藍ふかまれるもとにしてかなしみがわれを侏儒ならしむる
青磁ふれあふごとし勅撰和歌集にもれし一首の母音の韻(ひび)


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第三歌集『デッド・フォーカス』 (1998年刊)より
自己の内部から世界に向けて視野が開かれたという印象の歌が多く、私は、この歌集の歌が一番好きでした。今の年齢に近いということもあるかもしれませんが、詠まれている内容が、周りの社会や自然に対して「閉じてない」と感じられたことが大きい気がします。

一歩づつつまさき尖るおもひもてあゆむ高層ビルの谷間を
午前七時ニュース聞きつつ一杯の真水とおもふけさの日本
木漏れ陽のごと頭上より聞こえくる音楽にてのひらをかざせり
春疾風(はやて)さからひ歩むわかものに耳翼と鼻翼そのほかの翼(よく)
夕立にずぶ濡れのわれ心めくからだとからだめく心有(も)
精神のいづこにか突き刺さりたるままの六十年代の棘
金融街夕吹きまさるビル風に立てり枯れ野原に立つごとく
数歩さきへころがる銀貨一枚のごとし先送りの終末は
真昼にゑがきたる妄想の数数と真夜に見るこれだけの星星
くびれたる硝子器すべる砂見つつ時間いな血を失ふここち
児のために買ふうすあをき捕虫網ひと振り 浮遊霊の手ごたえ
(む)かれたる梨の果(み)のこのあかるさにおもへり二十世紀のくらさ


若かった頃の過去も忘れず、近未来のことも予測しているような歌群は、歌の題材が豊富で、表現に詩的ロマンがあり、魅力を感じました。これからも、江畑さんの刺激的な歌を楽しみにしています。


散文 江畑 實作「僕を呼ぶもの」 (小説作品)
絵画サークルを舞台にした小説。そのアトリエの主催者が、主人公に言った言葉が、単に絵画に関することだけではなく、短歌も含めてあらゆる表現に関して発している言葉のように感じられ印象的でした。作者が自問自答しつつ、こだわっているテーマなのでしょう。例えば、
「…敢えて今、超現実主義ここまでこだわる必要があるのか。作者の内的必然というものを、問いたい。」
「生き方の問題。それは確かに、超現実主義的な方法とつながっています。…しかし生身の人間が、現実を拒絶するとはどういうことか、考えてみたことがありますか」
等々。


江畑 實論  藤原龍一郎著「悲哀の貴種流離」
巻末の2段組10ページにわたる丁寧な江畑實論は納得のいく内容で、角川短歌賞選考の折の斎藤史、塚本邦雄の推薦の言葉も、共感できるものでした。

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【この写真は、我が家のベランダから】

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

猫日記「好(hao)の日々」-謹賀新年
     猫日記「好(hao)の日々」第35回 謹賀新年  2009年1月4日

  ジャジャーン!小さな家族が増えました。「ミュー」と言います。
  二匹合わせて「ミーハー」。今後ともどうぞよろしくお願いします。


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      「ミーハー」の親が言うのも何ですが、なかなか可愛いですよ。ぜひ拡大してご覧下さい。 

 時はさかのぼって、2008年12月1日のことです。
その日は朝から私の片目が見えなくなり、「すわっ!失明か!」とかなり焦っていました。目を酷使しているのを反省しつつ、眼科・内科と診察をしていただき、一過性ということで一安心。しかし、さすがに疲れ、今日は早く寝ようと思っていたところに、「ピンポ~ン」と来客が…。
かなりぼんやりした頭で玄関を開けると、マンションペットクラブの方たちが、毛布にくるんだ子猫を抱え玄関に立っておられます。Fさんの腕の中で、心細そうな顔をした子猫がふるえています。

Fさん 「子ども達につつかれて逃げまどっていたのを、マンションの駐車場で捕まえたのです。」
Yさん 「今まで何軒も回って、お世話してくださらないか頼んでいたのだけど、皆さん難しくて。」
犬を二匹飼っているFさんは、とりあえず子猫を助けたものの、猫のことが分からなく、捨て猫のお世話をよくされているYさんのところへ。Yさんの家もすでに複数の猫がいて、その内の一匹が新しい猫とうまくいかなくて病気になったので、これ以上は無理とのこと。他のお家も、すでに多頭飼いをしていたり、飼い主になっても高齢なので、子猫を最期まで面倒みることはできない…などで、困り果て我が家に突然来られた由。

我が家と言えば、ペットを飼うのに反対だった夫を説き伏せハオを飼い始めたのが二年半前。その後、友人・知人から、「子猫がいるの。もう一匹いかが?二匹いると楽しいよ。」と勧められたものの、私がそれを言うと、夫が「お母さんは、もうハオちゃんに飽きたんだって、冷たいねえ。」と嫌味を返すので、二匹目なんてとんでもないという状態でした。それでも、この寒空に、目の前の子猫を再び戻すのも可哀想で、「とりあえず預かりますが、我が家は難しいので、必ず飼い主さんを探してくださいね。」と、受け取りました。

ところが、それからが大変!
ハオは、新しい猫の登場にショックを受け、姿を隠してしまい、いくら呼んでも出てきません。一方、子猫は、好奇心いっぱいで、しかもたくましいため、ハオのエサ・ハオのトイレ・ハオのお気に入りの場所を、次々占拠していくではありませんか。目やにとくしゃみがすごいので、まずは病院にと捕まえようとするのですが、とにかくすばしっこくて大変。人間への恐怖心が半端ではないようです。病院で治療費5000円を払い帰宅。ハオは時折「フーッ」と怒るものの、どうしたらよいか分からない様子。子猫は750gというやせっぽちなのに、平気で4500gのハオの後を追い、ハオは逃げ隠れる。そうでなくても疲れていた一日だったのに、なんで我が家がこんな目に遭わなくっちゃいけないのかしらと、ぼんやりした頭で、いつも足元にいるハオも不在のまま眠りにつきました。

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    【Yさんの娘さん作成のチラシ】

 大学生がお世話して飼い主を探していたハオの時は、事前に万全の用意をして迎えたのに、今回は突然で、対策の立てようもないまま出勤。仕事から帰宅した私の顔を見るなり、ハオはトイレへ。ずっと我慢していたようです。おまけに、四回も黄緑色した胃液を吐き、苦しそうです。エサも丸一日食べられず。対して、子猫はすこぶる元気。まだ一ヶ月か二ヶ月といった感じなのに、成猫用のエサも平気で、驚くほどの食欲。トイレの失敗も一回だけ。Yさんから、お詫びと様子を伺う電話があり、様子を知らせたところ、動物愛護団体の方に連絡をとり、子猫を隔離するためのサークルをご主人と届けてくださいました。私もようやく「猫の多頭飼い」についてネットで調べる冷静さが戻り調べたところ、「元猫を優先的に扱い、元猫が新参猫のことを可哀想だなと思うまでは、隔離すべし。」とのこと。「出して欲しい・外で遊びたい」と甘え鳴きする子猫を、時間を限りながら隔離しました。

Yさんからは、毎日「ハオちゃんごめんね。ハオちゃん大丈夫かな。」という電話があり、私も「早く飼い主を見つけてください。でないと、ハオが病気になります。可哀想と捕まえてくる以上は、ご本人が飼う覚悟で!と、Fさんに伝えてください。大学生が赤ちゃん猫四匹を見つけてお世話していたときは、ほんとに立派でしたよ。その熱意にほだされて、ハオを引き取ったのに、今回の子猫の件はひどすぎませんか。」など、言いにくいこともいっぱい言いました。生後数週間で我が家に来たハオは、人間を親と思っていて、猫の社会性が備わっていません。それでも、「元猫がメスの場合は、新参猫を受け入れやすい。慣れるのに二週間以上かかるのが普通。新参猫が子猫の場合は、大丈夫な場合が多い。」というネットの記事を信じ、様子を見続けました。

二週間後の12月15日のことです!
あれだけ子猫を嫌がっていたハオが、子猫を30分もなめてやったのです!驚くほど丁寧に!汚れていて気になりつつも捕まえられないので拭けなかった耳の中も、ハオのおかげですっかりきれいに!子猫は、来たときからずっとハオの後ろについて、甘えたくて仕方なかったのでもちろん大喜び!親バカの私たちも、「ハオちゃん偉いねえ!立派だねえ!」と、大感激。あれだけ、二匹目を飼うことを牽制していた夫は、子猫の可愛らしさに前言も忘れ、「名前をつけてやろうよ。」と、「ミ」で始まる名前を五つも紙に書いていました。私は、「ハオは、中国語のニーハオからとったから、今度は元気なイタリア娘っぽくチャオにしようよ。」と提案したのですが、「音が似ている」と却下。夫の考えた名前も、どれももう一つと却下。「ミ」だけ採用して「ミューズ」を新たに提案。

ミューズは、人間の知的活動を司る女神のこと。
Yさんいわく、「茶トラのメスは少なくて、とっても賢いんだって。」という説に従い、「ミューズ」に決定!「現在は詩や音楽の神様」というところも、我が家の趣味にぴったり!と言うわけで、「ミューズ」の「ミュー」ちゃんとなりました。まだ新たな飼い主も見つからないみたいだし、ハオもだんだん慣れて大丈夫みたいだし、もう我が家で飼うことにしようと、Fさんからお詫びに…と頂いていた洋菓子を食べながら、覚悟を決めました。飼う以上は、今後20年以上?我が家の小さな家族ですからね。
ずっと心配をされていたYさんとFさんに、ハオとミューの様子を写した写真を六枚ほど印刷して12月23日に届けました。その写真を使って、帰省中のYさんの娘さんが上掲のチラシを作って下さいました。たくさんの方が、我が家のハオと子猫のことを気にかけておられたので、その方達に配らせてくださいとのこと。もちろんOK!一騒動だった子猫事件も、一件落着。結果オーライ!楽しくやっていきますから、ご安心下さい、Fさん・Yさん。
昨日、「チラシを見て、とっても嬉しかったです。」と、住民の方から声を掛けていただきました。あっ!でも、狭い我が家は、もう二匹で限界です。そうそう、誕生日は10月10日にしました。ハオが5月5日ですから。

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テーマ: - ジャンル:ペット



プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年8カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !
2017年 9月26日カウンター343434通過



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