心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く風景-愛媛
秋の連休、お墓参りに愛媛に行きました。写真は、すべて9月21日撮影のもの。朝から夕方まで、飛行機雲が大活躍の一日でした。帰りのしまなみ海道が渋滞したおかげで、SAでゆっくりと多々羅大橋の写真を撮ることができました。他は、行きも帰りも時間帯がよかったせいか、渋滞にはかからずスムーズで、いい旅でした。
       
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  人は、石と土と木で住むところを造り、生きてきたんですね。 次から下の写真は、しまなみ海道にて。

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テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

心に響く詩歌(歌集)-酒井久美子歌集『夏刈』
今回は 酒井久美子歌集『夏刈』  (青磁社・2009年・2500円)のご紹介です。

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作者は、短歌結社「塔」の大阪歌会で司会を担当して下さっている酒井久美子さん。歌集『夏刈』は、明るくて穏やかで頼れる姉貴の、第一歌集です。中学校教師として、思春期の一番難しい年頃の子を相手に長年頑張ってこられた、その濃密な日々が詰まっている歌集で、心に強く迫ってくるものがありました。

特に、冒頭の歌群はインパクトが強く、また一番皆さんに読んでほしい歌でもあるのですが、ネット上という特殊性ゆえ、ここでは残念ですが掲載いたしません。(読みたいという方は、メールにてご連絡下さると嬉しいです。)ここを読むと、作者の酒井さんが「最初にこれらの歌をもってこなければ、先には進めないと思った。」と、先日(9月12日)の歌集合評会で言われた気持ちが、とてもよくわかります。

人生にはどうしても忘れられない出来事があり、それは人の心の中でおもりのような位置を占めています。それは、ずいぶん苦しく重いものですが、それに押しつぶされるわけにはいきません。人は、それを忘れるためではなく、区切りをつけて新たなスタートを切るために、勇気を奮って大きな決意をするのではないでしょうか。現実をすべて歌にすることはできません。歌に出来るのは、歌に出来るものだけです。この歌集は、そのギリギリのところを、誠実に真心込めて詠まれた、そのように感じました。


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前置きが長くなりました、ここからは、この歌集の大きなテーマである「学校」「故郷」「旅行」の三つの分野に分けて、連作をご紹介しようと思います。

Ⅰ、「学校」

                 迷彩のマスク

忽ちに十段階に分けられて何処へでも行ける生徒何処へも行けぬ生徒

しろしろと咲く霜月の桜かなここの団地に引きこもる生徒

卒業を明日に控えて教室の自分の席に着きぬ 初めて

座席表頭に入れて来たるらし迷はず座せりマスク外さず

いつも誰かが籤引いてきた彼の席廊下側二列目後に座

席替への度に渡しし座席表に時々座つてゐたのかもしれぬ

空席の無き教室の朝の会春の潮の満ちくるごとし


中学校から先の進路は、シビアな十段階評価に分けられ、必ずしも希望の道に進めるわけではありません。中学生を担任していて、三年生に厳しい現実を示さなくてはいけないこの時期が、教師として一番心を痛める時期です。
「引きこもる」事情や原因はさまざまですが、皆と同じように登校できない生徒や家族の心中を思うと、教師としてはおのれの非力が情けなく、辛くてなりません。もちろん、当人はそれ以上の苦しさの中にあるのですが…。

卒業式を明日に控えた日に、意を決して出席した生徒。いつも気になって、担任として心休まることのなかった空席、それが初めて埋まった日。そのときの様子が、克明に描かれた五首に、作者の喜びと優しさが感じられ、私もほっとしました。登校した生徒もクラスメイトも、どんなに嬉しかったことでしょう。「春の潮の満ちくるごとし」という比喩は、まさに作者の気持ちそのものであったと思います。
学校現場を歌った歌には、生徒のみならず、講師の先生や職場の様子も詠まれ、共感を覚えるものばかりでした。作者の目が、弱い立場・恵まれない立場に置かれた人たちに、温かく注がれているのが感じられ、胸が熱くなりました。

IMG_4280ginnan0909.jpg        【銀杏の実】

Ⅱ、「故郷」

             貂の襟巻き

ポン菓子やの子どもが雨に濡れてゐた庚申堂の軒にも入らず

弟を背負ひたるままゐねむりし土手失へり耕地整理に

山腹に村の名はあり道は無し地図に見つけしわが郷里は

芋穴を荒らせる貂(てん)襟巻きを巻きてをりたり長女の私

難産の果てに死にたる母牛も埋めて草生す故郷の山野

雉の声ふた声鋭し朝霧は昇り来たりて村を包める

前髪も睫毛も濡れて自転車の中学生来る霧の中より

バケツ・盥かぶせて夜の獣らより西瓜護りて帰省子を待つ


「貂の襟巻き」の歌は、以前の歌会の折に「おー、ワイルド!」と好評を博したものです。歌集の批評会では、それぞれが三首ずつ選んで感想を述べるのですが、酒井さんの歌はどれも優れているので、ほとんど重なるということがありませんでした。その中で、貂の襟巻きの歌は、お二人の方が取り上げ、「これこそが長女たる酒井さんの原点!」と言われていたのが印象に残りました。

他の歌からもわかるように、酒井さんは、自然豊かな霧深い村で、長女として農作業の手伝いをしっかりやり、弟の面倒もみて、という頼られまたそれに応える日々を過ごしてこられました。たくましく鍛えられた日々と自然と共存していた日々が、作者の大きな財産になっていると、改めて思った一群でした。

     
        IMG_4327sankirai0909.jpg                                     【山帰来(さんきらい)の実】
               

Ⅲ、「旅行」

              菊栄丸

振り上げて駅鈴は馬上に鳴らしゆく隠岐に大化の秋の風あり

唯一つ米の自給のかなふ島島後にもあり休耕田

継ぐ息子(こ)亡き島の名家を守りきて両親にながく戦後はありぬ

一艘づつ船出でゆけり漸くに光増す月入江に置きて

日の落ちし漁港一処にぎはひて菊栄丸がエビ揚げてゐる

女らを賑ははせをり一族といへど漁獲は籤でとらせて

ホテル前も漁港であれば舫ひ綱に躓きにけり昨夜も今朝

畠山に谷あり谷は海に向きやがて入江となれる静けさ


国内、海外と旅行詠が多いのも、この歌集の特徴です。写実に徹して客観的に詠まれていて、読者もその場に立たせてくれる巧さがあります。ここにあげた歌は、隠岐島を訪ねられたときのものですが、詠みぶりの格調高さにうっとりしました。


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Ⅳ、「日常」「自然」

以下の歌は、連作の中から抜いたものですが、皆さんにぜひ読んでいただきたい歌ばかりです。

棘の間に棘より小さき芽を持てるアンネのバラに手を触れてみぬ

校舎包みポプラの綿毛しきり飛び生徒らが「羊の日」と呼ぶ一日

夫が言ひまた帰りきて娘が言へり今宵の月の美しきこと

ひりひりと回転しつつ中庭の空昇りくる竹の一葉が

我が家にたどり着きたる亀ありて静かなるかな今朝の門前

ベビーカー押せる我より前にゐて夕日にああと赤児は声あぐ

立つ我を軸とし落つる影いくついちばん淡きが月光の影

あをあをと岬は海に延びやがて上りくる霧に包まる

少しづつ首の角度の異なりて向日葵ならぶ 声かけてゆく

流れゆく川になきもの吾にあり還暦といふたのしき仕掛け


特に説明を必要としない、情景の浮かびやすい歌ですが、どの歌からも、作者の優しさ、繊細さ、明るさが感じられ、どれも大好きな歌です。本当は、一冊まるごと読んでほしいのですが、全部の歌を載せるわけにはいきませんので、ここまでといたします。
本の最後に、「塔」選者でもある吉川宏志さんが8ページにわたって素晴らしい解説を書かれていて、大変好評だったことを付け加えておきます。


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テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く本-オススメの本あれこれ
 「読書の秋」ですね。ミューは、秋の光と風が気に入って、ベランダで過ごす時間が増えています。

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 相変わらず本漬けの日々です。 が、字が小さい文庫本は、買ったけど目が辛くて読めない…。

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今、最高にはまっているのが、湯浅誠さんの本。湯浅誠さんは、1969年生まれの若い方。NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」の事務局長、「反貧困ネットワーク」事務局長、「年越し派遣村」の村長さんをつとめ、マスコミにも何度か登場しているので、ご存知の方も多いかと思います。私も、以前、朝日新聞の特集で、湯浅さんのことを知り、なんて素晴らしい人なんだろうと、すっかりファンになりましたが、『どんとこい、貧困!』を読んでますます感心し、「応援せねば!」と思いました。
会う人ごとに「いい本だよ!日本中の人に読んでほしい本!湯浅さんは、現代の坂本龍馬!」と宣伝しまくり、取りあえず本を買うことで応援をと、写真の三冊を手に入れました。経済にも政治にも疎い私にとって、社会人として自分はどう生きるべきか、いたく考えさせられる本ばかりでした。

湯浅誠著『どんとこい、貧困!』 (理論社・2009年刊・1300円)
小・中学生向きにすべて読み仮名をつけて書かれていますが、大人でも充分読む価値がある本です。目次にある「努力しないのが悪いんじゃない?」「甘やかすのは本人のためにならないんじゃない?」「自分だけラクして得してずるいんじゃないの?」「死ぬ気になればなんでもできるんじゃないの?」「かわいそうだけど、仕方ないんじゃないの?」と、仕事のない人や貧しい人に対して思っている人にこそ、読んでほしい本です。


湯浅誠著『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』 (岩波新書・2008年刊・740円)
私のは2009年発行の第10刷目。たくさん読んだ人がいるのが、とても嬉しいし、もっともっと多くの人に読んでもらって、貧困に対する意識を皆で持ちたいと思います。たくさんの客観的な資料と、現場からの生の声が、著者の主張を後押しします。

帯文から~第8回大佛次郎論壇賞受賞/第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞。「誰もが人間らしく生きられる社会へ!」「貧困は、社会と政治に対する問いかけである。その問いを、正面から受け止め、逃げずに立ち向かう強さをもった社会を作りたい。過ちを正すのに、遅すぎるということはない。私たちは、この社会に生きている。この社会を変えていく以外に、「すべり台社会」から脱出する方途はない。(本文から)」


宇都宮健児×湯浅誠編『反貧困の学校―貧困をどう伝えるか、どう学ぶか』 (明石書店・2008年刊・1500円)
編集者の一人宇都宮健児弁護士は、「反貧困ネットワーク」の代表で、サラ金などの多重負債者問題に取り組んでいる人で、彼も新聞の特集で知って、すごい人だなあと感心し、こちらは「勝海舟」と、私は勝手に呼んでおります。
2008年3月に開催された「反貧困フェスタ2008」を本にしたもので、そのときのシンポジウムや講演会の内容が載っています。海外との比較、生活保護の実態、子どもの貧困、ジェンダーと貧困、税と社会保障と、さまざまな方面から貧困についてのアプローチがあり、初めて知ったことも多く、大変勉強になりました。特に、日本政府の貧困問題に対する無策ぶりというか、ひどい扱いに驚きました。

帯文から~日本の貧困、これでいいのか? 先進国中ワースト2の貧困率! 7人に1人の子どもは貧困! 3人に1人は非正規労働者! 女性労働者の2/3は年収300万円以下! 3000万人が貯蓄ゼロ! 20%近くの世帯が国民保険料滞納!



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この3冊は、特に何かのためになるわけではありませんが、ばかばかしさが面白く大いに笑った本たちです。

万城目学著『ザ・万歩計』 (産業編集センター・2009年刊・1200円)
著者初エッセイ。はじめの方、めちゃめちゃ面白くて笑い転げました。これを読んで、憧れていたモンゴルへの本格的な旅は難しいかも…と思ってしまいました。

万城目学著『鴨川ホルモー』 (産業編集センター・2006年刊・1200円)
著者の出身校である京都大学を舞台にした青春娯楽小説。同じく京大出身の森見登美彦と、年齢も世界観も似ているのは、京大での学生生活がなせる技のような気がします。ボイルドエッグズ新人賞受賞。映画にもなり、私はこの夏、飛行機の中で見ましたが、原作に忠実でした。村上春樹の『1Q84』(2009年刊)に出てくるリトル・ピープルが、この小説で活躍するチビの鬼たちと何だか似ているような…。

万城目学著『ホルモー六景』 (角川書店・2007年刊・1300円)
『鴨川ホルモー』の登場人物のサイドストーリー。歴史上のできごとと絡めて、非常に上手く書けていて面白かった。若者たちの切ない恋心と青春に乾杯!という感じでした。


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高野公彦著『ことばの森林浴』 (柊書房・2008年・2000円)
高野公彦さんの歌が好きな私としては、ぜひ読んでみたかったエッセイ。ところが、全然手に入らず、結局図書館で借りて、大事なところをノートに抜き出しながら読みました。「えひめ雑誌」(愛媛新聞社刊)に、平成4年から平成13年まで連載したものです。愛媛の長浜出身の高野さんが、愛媛の雑誌に書いたので、愛媛話題が多いのが魅力の本ですが、中に紹介してある本がこれまた興味を引くものが多く、ますます読みたい本が増えました。では、いくつかご紹介。

・7章-回文(上から読んでも下から読んでも同じ音)
「伊予の酒めしにお煮しめ今朝(けさ)の酔い   阿刀田高さんの回文俳句」
…愛媛の甘く優しい味つけのお煮しめを思い出しました。

・52章-二宮冬鳥を悼む
「声まじりつくつくほふし鳴くときに心は還る伊予の大洲に」
…大正2年大洲に生まれ、九大医学部を出た後は、久留米に住み、福岡県にある歌誌「高嶺」の主宰者であったそうだ。繰り返し故郷の歌を詠んでいたとあり、嬉しく思った。

・64章-食べ物の歌・俳句
「今いちばん食べたい物は、と聞かれたら私はためらはず、「丸ずし」と答へる。愛媛に住んでゐた少年時代、祭りの日などに母が作ってくれた。オカラを、鰯のような魚で巻いた簡単な食べ物である。魚は酢で絞めてあり、オカラはやや甘く味付けがしてある。」
…高野さんは関東で見かけないと書いておられますが、関西でも見かけません。懐かしい味です!

・68章-ロシュフーコーの箴言
「われわれの持っている力は意志よりも大きい。だから事を不可能だときめこむのは、往々にして、自分自身に対する言い逃れなのだ。」
…「意志は、自分の中の一部であって、力ははるかに大きい」という指摘は、励みになります。

・89章-食べ物の歌
「みづからの食物(くひもの)さへも作るなく泥をかぶらぬ一生(ひとよ)を思ふ  伊藤一彦」
…まさに自分のことを詠まれているようで、どきっとしました。


篠原資明著『心にひびく短詩の世界』 (講談社現代新書・1996年・650円)
先に紹介した高野公彦さんの本に載っていて、中古で購入。著者と年齢が近いせいか、よく知っている詩人が多く、興味深く読めました。4行以下の詩を「短詩」と定義して引用してありますが、その背景や詩人の人生なども絡めて書いてあり、新鮮でした。
35人紹介してありましたが、特に気に入ったのは、千家元麿、八木重吉、三好達治、稲垣足穂、高橋新吉、竹中郁、立原道造、宗左近、吉野弘、大岡信、工藤直子、星野富弘といった、普段から好みの詩人でした。

4行詩ではありませんが、星野富弘さんが「むらさきつゆくさ」の絵に添えた詩をどうぞ。

二番目に言いたいことしか
人には言えない
一番言いたいことが
言えないもどかしさに耐えられないから
絵を書くのかも知れない
うたをうたうのかも知れない

それが言えるような気がして
人が恋しいのかもしれない


小池光著『現代歌まくら』 (五柳書院・1997年・2700円)
歌枕を五十音順にあげ、例歌を数首解説するという構成の本。これも、先ほどの高野公彦さんの本に載っていて、中古で購入。著者の博識と歌の読みの深さ・広さが素晴らしい。新聞に連載されていたようですが、短歌に興味のない方には少し抵抗があるかもしれません。ただ、次のようなことは知っておくと楽しいなと思いましたので、以下に引用してみます。

P291「水」の項目より
いのちよりいのち産み継ぎ海原に水惑星の搏動を聴く   栗木京子
 地球上の水の全量は14億立方km。といわれても一向にピンと来ないが、地表の凹凸を均してしまうと、地球は水深三千メートルの海にすっぽり覆われる計算となる。陸地の上で人間が文明など営んでいられるのは、いってみれば偶然生じたデコボコの結果にすぎない。まさに水の惑星である。
 環境ばかりがそうなのでなく、その上に生きているものも主成分は水。人体の70%は水だし、魚類では80%、クラゲのようなものは95%以上も水だというから、生命などというのは、比喩でなく実態として、水に浮かぶはかないアブクのようなものなのだ。
 ひととき生命体のかたちに凝った水が、またあらたな生命を産む。胎児の眠る羊水の海は、極小化された地球であり、母体のみが知る胎動は、この水惑星の搏動でもある。

P11「はじめに」より
 歌枕はある時期から名所旧跡の別称となりひいては観光スポットのように扱われるようになったが、そもそもそういう性格をもっていない。『梁塵秘抄』に、「春の初めの歌枕 霞たなびく吉野山 鶯佐保姫翁草 花を見捨てて帰る雁」という歌があるが、吉野山のような固有名詞ばかりでなく鶯や翁草のような普通名詞もまた同列に歌枕の概念に含まれている。地名のような固有名詞と動植物名や自然現象の名称などの普通名詞が同じ平面に並んでいるさまは、われわれの目にはずいぶん奇異に写るが、しかし、考えてみればちっともおかしなものではなく、固有の観念や情緒が地名に凝ったように、鳥の名が植物の名が風や雨の名がまた固有の観念、情緒の比喩のコードになっているにすぎないのである。(略) 
 言葉は、そもそもが根源的に比喩的なものである。どんな客観的な事実を述べただけであっても、それがなにかの比喩としての表情を帯びることを妨げられない。短歌のようなごく短い形式の詩にあっては、ことさら言葉はこういう性質を帯びる。歌枕は文字通り歌の枕であり、カナメの位置にある言葉である。それぞれの語が担う比喩の輪郭は時代時代で変化し、短歌においてより固有の色調を帯びて、記述された事柄の奥にあるものを暗示し、喚起する。こういう曰く言い難い比喩の輪郭をたどれないことには短歌を作ることもまた読むことも出来ない。


松本猛・ちひろ美術館編/著『ちひろと一茶』 (信濃毎日新聞社刊・2009年・1600円)
いわさきちひろの優しい絵と、一茶の句がとてもよく合っていてステキなほんでした。バーチャル対談もよかったです。一部引用。
一茶「人間にはだれしも想像力が備わっているのですから、その感覚を刺激できるかどうかで俳句の面白さは決まります。句を作る側は何を描いて何を描かないか、これが難しい。」
「草花やいふもかたるも秋の風」…絵と合ってた!
「青梅に手をかけて寝る蛙哉(かわずかな)」…すごく可愛い!

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 昨日は空一面のすじ雲、一昨日は雲一つない空、ここ数日透明感のある空にうっとり。通勤の朝夕、空ばかり仰いでいます。


この他、重松清さんの本もよかったです。

『季節風・春・ツバメ記念日』 『季節風・夏・僕たちのミシシッピ・リバー』 『季節風・秋・少しだけ欠けた月』 『季節風・冬・サンタ・エクスプレス』 (どれも文藝春秋・2008年刊・1429円)産経新聞大阪版夕刊に、2006年~2007年の毎週土曜日に連載された短編を集めたもの。立て続けに読むと、さすがに飽きるので、季節に合わせて読むことをお勧めします。

『気をつけ、礼』 (新潮社・2008年・1400円)
先生を書いた短篇集。最初の話は、思わず笑ってしまいましたが、どれも教師の心理がよく書けていると思いました。

『涙の理由-人はなぜ涙を流すのか』 (宝島社・2009年・1143円)
茂木健一郎さんとの対談です。ベンジャミンさんのところに紹介してあって、読みました。ベンジャミンさんが、「この本を読んで、重松清が『疾走』(つらくてきつい話)を書いた訳がわかった。」というようなことを、ブログに書かれていましたが、同じ思いを抱きました。
愛する人が亡くなって涙が出るという、ただそれだけを書いた小説や映画に疑問を感じている人には、共感を覚える本です。茂木さん、重松さんと同じく、『タイタニック』や『世界の中心で愛を叫ぶ』に泣けなかった私も「ひねくれ者」だと、この本を読んで納得しました。すぐ泣く私ではありますが、作り手の作戦にのって素直に泣いてしまう世の中に、警鐘を鳴らしている点も同感です。


テーマ:オススメの本 - ジャンル:本・雑誌

心に響く詩歌-柴田佐知子句集『垂直』
 柴田佐知子句集 『垂直』 (2009年・本阿弥書店)をご紹介します。

俳句結社「空」の主宰、柴田佐知子さんの第四句集です。いつも「空」誌で読ませてもらって、「なんでこんなに上手なんだろう。」と感心してばかりですが、今回、平成十年夏から平成二十年秋の392句を収めたものをまとめて読むことができ、大変幸せでした。
作者の詠みぶりは、自由自在で魅力的。確かな観察力で、リアルな現実も幻想的な世界も、読み手の心にストンと入ってきます。どの句も、表現された世界を楽しめ、引用したいものばかりですが、今回は、自分の勉強も兼ね、同じ季語や題材を多角的に詠んだ作品を中心に、読んでみたいと思います。

suityokuomote0908.jpg    suityokuura0908.jpg   suityokununo0908.jpg  【拡大すれば帯文が読めます。】

逢へぬ日の水打つ更に遠く打つ(夏)
最近はホースで撒くのが一般的でしょうが、この句の場合は、手柄杓でバケツの水をすくい、家の前に水を撒いていると読みたいです。よそから見れば単に水まきをしているだけの光景ですが、心にはこんな切ない思いがあるのですね。水を打つことで、思いを吹っ切ろうとしている作者の姿が見え、物語のワンシーンが浮かんできそうです。

水打つて家がきちんとしてきたり(夏)
水を打つと、夏の盛りの暑さや土埃がおさまり、しんとした風が家を通っていきます。こんな「きちんとした」句を読むと、「水打ち」をして、夏ならではの涼を味わいたくなります。

         

正座して正視して涼新たなる(秋)
「心頭滅却すれば火もまた涼し」という言葉がありますが、夏でも背筋をぴんと伸ばして、真っ直ぐ前を見る姿勢には、涼しさがあります。まして、秋の訪れを感じさせる風ならば、さらにさわやかに吹き抜けそうです。

涼しくて誰でも好きになれさうな(夏)
暑い夏の一日の中に、ふっと涼しさを感じる瞬間があります。その時のちょっともの寂しく人恋しい感じを、さらっと表現して、言いさしが軽やかな印象です。
同じ「涼」でも、季節の違うのが、日本人の細やかなところ。朝夕涼しい風が吹き始めると、ほっとすると同時に寂しさを覚えてしまう、夏好きの私です。

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胸の火も放ち螢の夜なりけり(夏)
「もの言わず身を焦がす」と言われる螢、それに自らの思いも重ねている作者。飛び交う螢の光は、作者の「胸の火」そのものでもあったのでしょう。

螢の夜明けたる草の荒れてをり(夏)
螢の光を追いかけて、川べりを人々が右に左に移動した夜。暗いときにはわからなかった草原の様子が、明けてみると、まるで祭りの後のような虚しさです。

つま先に奈落ありけり螢狩(夏)
螢がよく見えるのは真っ暗な場所で、しかも水辺が多い。あまり夢中になると、思いがけない危険に遭ってしまいますよ。

螢見し夜は枕に川があり(夏)
川音を聞きながらの螢狩りだったのでしょう。その感動がいつまでも脳裏から去らず、螢の残像と川音の幻聴に、なかなか寝つかれない夜となったことと思われます。
前回の「空」誌「季節の詩歌」で、「螢」の俳句と短歌を特集しました。この句集の発刊が、原稿作成の時期よりあとで、これらの句を取り上げられなかったことが悔やまれます。

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遠泳の誰も敗者のごと戻る(夏)
長い距離を泳ぎ終え、砂浜に上がってくる人たちの様子は、まさにこの比喩のようです。

遠泳の終りは海を曳き歩む(夏)
陸に上がってもまだ海の続きのような感覚。疲れ切った様子をこう表現するとは、さすがです。泳いでない読み手にまで、重く疲れ切った手足が感じられます。

          

自らの音に大瀧棒立ちす(夏)
水量の多い瀧が、静寂の中、ゴーッという音を立てながら落ちている様子。瀧自らが驚いて棒立ちしているという発想が、面白くて、真っ直ぐ落ちる瀧の姿が見えます。

瀧壺にしぶきて瀧の収まらず(夏)
水量豊かな瀧の勢いある様子が見えて、読み手にまで水しぶきがかかってきそうです。

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鰯雲ひらがな母に教はりし(秋)
鰯雲の茫洋とした広がりと、昔の幸福な思い出が、上手い具合に連なって、魅力的な句です。

広がりてもう動かざる鰯雲(秋)
秋の空の広さが、「もう動かざる」から想像でき、景のよく見える句です。

          

満月の道大仏に至りけり(秋)
大きな句で、堂々としています。私は、奈良の大仏様とそこに至る道が、満月に照らされ明るく浮き立つような様子が伺えました。とてもありがたい感じがします。

正座して大仏の冷えいただきし(秋)
仏像の置かれている場所は、たいてい暗くひんやりとしています。秋が深まると、仏像に逢いに行きたくなるのは、この心にも届く「冷え」が、恋しいせいかもしれません。

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日記には書かず忘れず髪洗ふ(夏)
書かないこと、書けないことの方が、忘れられないことであったりするのは、ある意味、人生の真実ではないかしら。「髪洗ふ」という女性ならではの季語が、効いています。

死者に言ふごとき日記や夜長し(秋)
語り合える大切な人を亡くしたとき、私は誰にこのことを伝えられるだろう、そんな不安を抱くときがあります。心の中を話せる相手が日記だけになる、そんな日が来るかと思うと、秋の夜長がひときわ沁みてきます。この句を読んで、そんなことを思いました。

         

群るる気はなしマフラーを巻き直す(冬)
自分は自分の考えで行くという決意、その思いが毅然とした行動に出て、かっこいいです。

マフラーを巻いてやるすこし絞めてやる(冬)
男女の機微を感じさせる句で、互いの関係や作者の思いが感じられて、こういう句を読むと、短歌より俳句の方が、自由な気がします。
マフラーという小道具は、いろいろ遊べそうです。拙句ですが、私にも「編みかけのマフラー別の人に編む」という、ちょっと意味深な一句があります。

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母老いて霞の通ふ体なり(春)
存在感が朧(おぼろ)になっていく。「老いる」というのは、悲しいけれども、そういうことなのだと思います。自然と一体化し、何でも受け入れられるようになるのも、「老い」。

すこやかに老いて花種蒔いてをり(春)
「すこやかに」という初句と、「花種を蒔く」という行為が、穏やかな日々を写し、その平安に幸せを感じます。花が咲く未来も見えて、嬉しい老後です。

        

遠足のまた同じ子の叱られて(春)
学校から外に出ると、いつもと違う環境が嬉しくてはしゃいでしまう子がいます。他のものに気を取られて列を離れたり、声高におしゃべりをしたり…。教室の勉強では活躍しない子が、元気をあふれさせ目立つのが遠足。「同じ子」というのが、説得力があり秀逸です。

通るものだれでも狙ふ水鉄砲(夏)
子どもの無邪気な様子を活写していて、こんな悪戯ならいっぱいしていいよと思います。

譲る気のなきぶらんこを高く漕ぐ(春)
結句の「高く漕ぐ」に、気持ちがとてもよく出ていて面白い句で、子どもの意地悪な気持ちが伺え、思わずニヤッとしました。

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半分は闇の地球よ宝船(新年)
正月に、よい夢を見るようにと枕の下に敷いて眠る宝船の絵。地球のこちら側が昼ならば、あちら側は夜。それを「闇」ということで、単なる暗さだけでなく、世界の混沌とした様子、のんびり明るく新しい年を迎えることなど叶わぬ地方、そんなことまで想像させてくれます。

はじめより案山子は疲れ果ててをり(秋)
こう言われると、ほんとにそうだと思います。古着を着て、一本足で立って、お日様や風雨にさらされ、くたびれている案山子(かかし)。最初からそういう運命の中にあるのですね。

箱眼鏡玄界灘を押さへたる(夏)
水中を覗いて魚や貝をとっているのでしょう。底に張ったガラスの面が、水面に当たる感じは、確かに「押さえる」感じです。それを「玄界灘」と大きく言ったところが、素晴らしいです。

 自分では全然うまく詠めない俳句ですが、こんなふうに上手な俳句に出会うと、今自分が居るのとは違う場所や時間にワープでき、楽しくてたまりません。
  
 追記:「NHK俳句9月号」P43に、柴田佐知子さんの句集『垂直』から
    虫売りのまはり平たく子がしやがむ
    が紹介してありました。これも、取り上げたかった一句で、子供の様子がよく見えてきます。

                                    

 追記お知らせ
バイオリン演奏家の高橋真珠さんから、次のようなお知らせを頂きました。お近くの方、よろしければ…。
兵庫県立美術館のエントランスホールで12日(土)の2時から無料で演奏をお楽しみいただけます。
曲:ブラームス:雨の歌、ウイニアフスキ:華麗なるポロネーズ、クライスラー:コレルリの主題による変奏曲、タイース:瞑想曲 ほか



テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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