心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
あんなことこんなこと-文化的な一週間
花冷えの日々ですね。私はこの一週間予定がぎっしりで、出かけるあいまに仕事に行っているという感じでした。すい臓が?ということで、仕事のない金曜日に3連続検査でしたが、19日に無事解放となり、20日(土)の高取町ひな巡りから27日(土)の義姉三回忌まで、外出が続きました。

3月21日(日)13:00~
シンポジウム「書物の現在 21世紀に出版文化は可能か」
主催/大阪芸術大学・朝日新聞大阪本社  会場/大阪国際会議場

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チラシの中は、私のメモで見苦しくなっています。右端の冊子は、85ぺージもある「出版・編集に関する研究報告書」で、久しぶりに大学生気分を味わいました。
昨日(28日)の朝日新聞33面に全面を使って、シンポジウムの内容が的確にまとめてありましたので、特に私の印象に残ったお二人の発言から、新聞に載ってなかったことを中心に。

角田光代(小説家)
新人賞を取ったとき、教科書に載っている作家しか読んでなくて、先輩の作家や編集者にあきれられたが、読んでないものを「読んでいる」とは言えず、必死で読んだ。ある時、いくら読んでも、今までたくさん読んできた人たちに追いつくはずがないと気づき、「楽しんで読む」ことにした。
就職経験のないまま作家になったので、社会経験・教養・素養を補充するため、一人旅をよくする。働くことが書くことのプラスになるので、両立が可能な限り仕事をすることを勧める。
まじめに150枚を2社に書けば、一応食べていける。「彼女は真面目で継続力がある!」は、対談した編集者大槻慎二さんの言葉。

山口昭男(岩波書店社長)
100年後に残る本を作りたい。本は総合芸術。編集者の財産は、著者と会うこと。いい本を作るためには、資金の点でベストセラーも必要。ハードメーカーに中味は作れない。本と電子メディアが共存できるかは、「信頼」に尽きる。そのためには、優れた編集者が要る。
読む人の数は変わらないが、1年に78000冊の新刊本が出たのでは、読み切れない。
広辞苑は、紙を漉くところから始まる。手触り・透けない・薄さなどの条件をクリアする紙が作れなければ、できない。製本の厚みの限界は8センチ。裏表紙の社標の刻印は、真ん中でなく少し右上にあるが、これは左手の親指があたる位置にしてある。
本は、中味の問題だけではなく、装丁などの材料作りから編集者の判断まで、多くの文化の集積であるということを、改めて感じた熱い4時間でした。



3月24日(水)18:00~
インド共和国60周年記念インド音楽・舞踊フェスティバル「カーラ ウトゥサヴ(芸術祭)」
主催/インド総領事館  協力/大阪市  会場/クレオ大阪東

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拙ブログでも何度かご紹介したことのある、インド大好きの画家原田先生から誘って頂いて出かけました。
招待客ということで、抜群の席で、インドの舞踊と音楽を堪能しました。

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左端の男性は、大阪インド総領事で、昨年のアカデミー賞『スラムドッグ$ミリオネア』の原作『ぼくと1ルピーの神様』を書かれたヴィカス・スワラップ氏です。

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目の動き、指先の美しさなど、舞踊で上手だなと思った方は、プログラムを見ると、やはりインド舞踊や音楽で活躍されている方ばかりでした。インドの人は、タブラ奏者とインド古典舞踊の指導者(左端の水色の衣装の方)のお二人で、あとは皆さん日本人でした。観客のなかにサリー姿の人が何人もおられ、舞台衣装ともども美しさにうっとりしました。翌日の新聞に小さく写真入りの記事が載っていました。
アクティ大阪16階月日亭(本店は奈良春日奥山)で頂いた夕食も、催し物の休憩時に頂いたインドの軽食も美味でした。



 3月25日(木)大学時代の友人が四国から遊びに来たので、奈良の友人と三人で外出。
この日から私は、年度末の有休消化でしばらく春休み。あいにくの小雨のため、雨が上がったら大阪城に行けるよう、近くの大阪歴史博物館で「聖地チベット ポタラ宮と天空の至宝」を見学。

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スマップの香取慎吾ちゃんそっくりの仏像が何体もあって、思わず笑ってしまいました。太陽を担保にしてお金を借りお酒を飲んだという、布袋様みたいなお腹をした行者(神様?)や、レレレのおじさんそっくりの、両耳から扇子が飛び出ている神様、髑髏をぶら下げている神様、不機嫌になると男神を食べるという女の神様など、面白かったです。仏像の色は金色で、頭部のみ紺色でした。金ピカの仏像は、「緑ターラー」といって、実行力の神様。「白ターラー」は長寿の神様。右端の写真は、隣のNHK大阪放送会館前にあった大仏像です。

昼食は、梅田丸ビル8階の四川料理「御馥(イーフー)」で、全16品の御馥御膳。
夕食は、京阪シティモール8階の「美濃吉天満橋店」で、御花見御膳。
どちらも、静かでゆとりのある店内で、お料理も丁寧に作られ、値段も手頃で、大満足でした。


 次の三つは、今後行きたいなと思っている展覧会です。皆さんも、いかがですか?

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 26日~27日出かけた内子の写真は、次回に。

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心に響く風景-町家のひなめぐり
友人から教えてもらって、奈良県高取町土佐街道 「町家ひなめぐり」 に行ってきました。3月1日~31日まで、90軒もの家々がおひな様を展示していて、外からや中から見ることができます。すべてボランティアということで、町の人たちの心意気が伝わりました。明日香の隣町で、懐かしい町並みも残っていて、のんびり散策するのにもってこいでした。圧倒的に女性の同世代の観光客が多かったです。

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   このような家がたくさん残っていました。昔から薬草で有名な町で、日本一高い山城もあったそうです。

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   これは、メイン会場のおひな様。

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          通りを外れると、自然がいっぱいでした。

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   畑仕事をしている飼い主さんを待っているワンちゃんが、可愛かったです。

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   おおいぬのふぐり、たんぽぽ、れんげ…と、野はすっかり春でした。

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  手作りのおひなさまも、いろいろありました。

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         おおらかな生け方が気に入りました。

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         ハンギングバスケットの展示もあって、美しかったです。

 食べ物のお店も出ていて誘惑に負け、薬膳料理の「花大和」で3500円のお昼をとったのに、またまた食べてしまった私でした。お店番をしている人とお話をするのも楽しかったです。俳人の阿波野青畝氏出身の町だそうで、俳句好きのおばあさんとすっかり話が合って、そこのお家の方に喜んでいただけました。

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心に響く詩歌-伊丹三樹彦氏の著作
年度末の疲れか冬の疲れか、毎年この時期に体調を壊してしまう私です。ブログの更新が遅れていましたが、やっと元気になりました。その途端に、また長文の記事ですが、よろしければお読みください。

 俳句結社誌「空」に伊丹三樹彦氏の俳句をご紹介した縁で、「写俳」の絵葉書やご本を頂戴しました。「青」色の好きな私は、俳句結社「青玄」の名に興味があり、主宰をされていた伊丹三樹彦氏の名前も存じ上げていましたが、まさか、そんな有名な方からお手紙を何度も頂けるとは思いもよらず、家族には「お宝だよ」と言って、大切にとってあります。今回は、頂いた本や私の持っている本から、伊丹三樹彦氏の作品をご紹介します。

 伊丹三樹彦氏は、1920年生まれで、この春90歳になられました。今もフットワーク軽く写真撮影に、句会にとご活躍のようです。13歳から始められた俳句は筋金入りで、句作70年目の2003年、現代俳句大賞を受賞されました。1970年には、写真と俳句の相乗による「写俳」を創始されました。写真の方も、二科展に何度も入賞された実力派です。俳句結社誌の編集やカルチャーの講師などはもちろん、現代俳句協会副会長など重要な役目も果たされたようです。でも、私が一番素敵だなと思うのは、著者紹介の欄にあった天真爛漫な笑顔!生きているのが楽しくてたまらないというお顔が、実に魅力的です。

伊丹三樹彦著『ナマステネパーリ』(A4版・1991年・ビレッジプレス刊・4000円)

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はじめの言葉から引用
僕はネパールがよくよく好きだ。初訪は1980年。以来、5度目の旅を、昨年の11月に写俳仲間とした。・・・今回もカトマンズの空港に降り立ったとき、僕は何故か目頭が熱くなった。大袈裟にいえば、ネパールに着いた、というよりも帰り着いた、の感慨をすら覚えたのだ。それはネパールの自然と生活が、僕が育った時代の原風景と重なり合うからであろうか。・・・僅か8日間の旅で、ポジカラー100本、モノクロ70本のフィルムを消費した事実が、何よりも、旅の昂奮を伝える材料になろうか。・・・特筆すべきは、本集に初めて俳句の英訳が付されたことである。・・・

 私は「写俳」のこの本を、まず「俳句」を読む、次に「写真」に目をやる、という順番で読みました。俳句でイメージを喚起し、写真を見ることで、互いが引き立つと思ったからです。また、写真を先に見ると、俳句を写真の説明として読んでしまう恐れを感じたからです。しかし、その恐れは危惧に終わりました。何度も何度も写真と俳句を往復することで、私の中に深まっていくものがあり、俳句も写真も好きな私には、想像を楽しめる、実に気持ちのいい時間でした。
なかでも特に気に入った句をいくつか。(写真も英語もセットで載せたいところですが…)

     ・ 畏まる犬 対岸に荼毘煙

     ・ 頑として坐る 家長に柱の艶

     ・ 迷いなき女体の投地 仏桑花

     ・ 逆さマチャプチャレを揺って 独りの櫂

     ・ 髪の根まで洗う 泣く子を鷲摑み


 高校生のとき、私はルノー・ヴェルレーが好きで、彼が主演する『カトマンズの恋人』を見て、ネパールに行きたいと思ったのですが、まだ叶っていません。当時の若者は、ヒッピーの自由な生き方に憧れ、インドを聖地のように思っていましたが、今はどうなのでしょう。「インドに行ったら人生観が変わる」という本もたくさん読み、拙ブログでも何度かご紹介したことのある、インド大好き画家の原田先生という先輩を持ちながら、インドを訪ねることもまだ実現していません。伊丹三樹彦氏の初訪は60歳の時!この写俳集や写俳の絵葉書を見ながら、まだ60歳に満たない私は、憧れだけで終わらせてはいけないなと思っているところです。

巻末の伊丹公子さんのエッセイから引用
・・・私たちからみれば、非衛生的で、文化から遠いと思われる暮らしぶりなのに、多くの人々は、落ちついていてあかるかった。・・・日本の最新のカメラを目にするなんて、それこそ驚異的出来事であるのだろう。三樹彦がフイルムの入れ替えをしているときなど、四方から折り重なって、カメラに顔を近々と寄せ、目を凝らしている。子供たちにとって、これは、魔法の箱みたいなものなのだなと思うと、私はとたんに、何故か涙が出てきた。知らないことを知ろうとする気持って素敵だなと思ったからだろう。それに誰もいきいきとした表情だったからだろう。きっと。・・・私にとってネパールはどこまでも詩的なとちであり、ひとびとであった。


伊丹三樹彦著『ギリシア イタリア 写俳便』(A4版・2003年・ビレッジプレス刊・4000円)

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はじめの言葉から引用
・・例によって、先写後俳による句作を終えたが、超季俳句、現代語俳句の自在性に自ら感じ入りもした。・・・写俳集の場合は、まず何千枚というポジフィルムの中からの選出の仕事がある。で、200枚位の候補作をプリント焼きにして、今回の例だと60枚まで絞るのだ。・・・大賞審査会後の席上、顕彰係の中村和弘が、図らずも、僕の写俳の作品について、ドキュメントの要素を見逃してはならぬ、との発言があった。これは当の僕が驚きもし、慌てもした。そういえば、生前の岩宮武二が「伊丹さん、写真の本質は記録だよ、記録」と繰返し、告げたことが鮮やかに思い出された。・・・

「写俳」で、写真を載せず俳句だけ引用するのは申し訳ないのですが…。
     
     ・ 水没に対策の有無 ベニス灯る

     ・ ドラマやオペラや 拍手以前の 以後のビラ

     ・ 老いても伊達男 壁画を抜け出して 
 (表紙の写真)
     
      ・ ヘアメイクは人の世のこと 日向猫

     ・ 一宿一飯の中庭 夏落葉


 二句目は写真がないと少しわかりにくいかもしれませんが、あとは句だけでも十分情景が想像できるのではないでしょうか。写真だけでも一人前、俳句だけでも一人前であってはじめて、「写俳」の価値が出るということがよくわかります。ちなみに二句目には、ビラを何度もはったりはがしたりした壁面の写真があり、句とあわせてみると、劇場の音楽や芝居の声が聞こえてきそうでした。どの俳句も写真も素晴らしくて、何度も何度もページを繰りました。


伊丹三樹彦著『日本秋彩』(2005年・ビレッジプレス刊・4000円)

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 これも「写俳」集。写真とセットでアップしないと、私の感動は伝わらないかもしれませんが、皆さんで写真を想像してみてください。物語を感じてもらえると嬉しいです。写真を見た私は、目の前に写真がなくても、句を読んだだけで、写真がはっきり見えてきます。それだけ、句も写真も印象深いということですね。私の知っている所がいっぱいありましたが、目の付け所が面白くて、とても勉強になりました。昨日、仕事で、懐かしい感じのする場所を歩いたのですが、カメラを持ってなかったのが悔やまれました。あらゆる所に被写体があると、この本を見て、改めて認識しました。いわゆるきれいな所でなく、生活感のあるところを写して、俳句を作ってみたいです。

     ・ 秋高しとは / 鳥のこと 梢のこと
     
     ・ ライブタイム確かめて去る 赤い扉
 
     ・ 水溜り 架線の空が落ちていた

     ・ 飛石を飛んで 祖父母を見返って   (表紙の写真)
    
     ・ 後ろ手を組み / 沖を見る 常世見る
    
     ・ 飛ぶは飛び / 歩くは歩く /外濠を
 
     ・ 平成の西国街道 / 大夕焼
    
     ・ 老は独り / ビルのグリルのランチタイム

                                                  /は改行の印


伊丹三樹彦句集『一気』 (2006年・角川書店・2381円)

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著者21冊目の句集。巻末に12ページにわたって、たむらちせい氏による解説があり、著者の俳句の軌跡をたどることができます。現代俳句史に重なる著者の句業は、圧巻でした。心に響くたくさんの句の中から、章ごとに8句選んでみました。

Ⅰ部 海内(かいだい)

「地上逆風」1996年

     ・ 誰彼の 生死の渦の中で生く

     ・ 脛立てて眠る 活断層の上

     ・ 一石も投げられずして 湖鏡

     ・ しあわせはひととき さくらは 天に地に

     ・ 財無くて 熟柿に舌を甘やかす

     ・ 一村に人影はなし 柿花火

     ・ 旅人の振り返り癖 柿花火

     ・ 綿虫に問う 儚さの飛び心地


「羽衣の翁」1997年

       ・ 火焔樹の震え 基地発つジェット機音

       ・ 穴を出て蟬 その穴のほとりの死

       ・ 四肢伸ばしきる水ありて 青蛙

       ・ 後でなら泣ける 棺の蓋をする

       ・ 仰向けの骸ばかりの蟬 蟬 蟬
 
       ・ 遺語めくにおのれ驚く 白木槿

       ・ そのために空は真澄の 返り花

       ・ 友垣に女人増えゆく 奈良扇


「異端者の髭」1998年

         ・ 初詣 二月三月四月堂

         ・ 満面に紅梅明り 誕生日

         ・ 横丁好き 裏通り好き 沈丁花

         ・ つと起って捩花に水 世継ぎの尼

         ・ 今日は今日の風の吹きざま 茅花の穂

         ・ 真清水を一指ではかる おお冷た

         ・ 二の腕の傷は舐めとく 花茨

         ・ 蟬叫ぶ 天変地異の世に出でて
        
         


「僕の居場所」1999年~2000年3月

              ・ 梅の花 鴉は句碑を定座とし

         ・ 雨足を猿沢で知る 柳の芽

         ・ 阿修羅とは敢えて会わぬ日 鹿の糞

         ・ 指出せば 露風の里から赤とんぼ

         ・ 山頭火句碑が隣人 わが句碑 秋

         ・ 歩を合わす妻も頷く 夜涼のこと

         ・ 冬紅葉 京を歩けば京の顔に

         ・ 一身に老年 少年 年迎う


 季語がなくても、現代仮名遣いで書かれていても、俳句の風格をしっかり持った作品ばかりで、長年作り続けられておられる力を目の当たりにし、学ぶところがたくさんありました。私は、作者の伊丹三樹彦氏と同じ関西圏に住んでいるので、情景が浮かびやすく、懐かしい場所、好きな場所も多く詠まれていたので、大変興味深かったです。同じ情景を目にしたことや似た気分を味わったことも思い出して、とても嬉しかったです。

Ⅱ部 海外

     ・ ゼラニウムの散りやまず ギター洩れる窓 〈イタリア〉

     ・ 戦傷者の胡弓 ワットの入日歪む 〈カンボジア〉

     ・ それでもの施錠は針金 地鶏の村 〈トルコ〉

     ・ 居残れば トルコの老農かも知れぬ 〈トルコ〉

     ・ 足漕ぎ舟は道化師もどき 浮田を縫い 〈ミャンマー〉

     ・ 風車の影崩すに夢中 かいつぶり〈オランダ/ベルギー〉

     ・ 十字架はイエスの体位 復活祭 〈オランダ/ベルギー〉

     ・ 墓地目指す孤老 秋日に影を伸ばし 〈オーストリア/ハンガリー〉
     
     ・ 茄子の花 眠り足らざる子を抱いて 〈中国〉

     ・ 草の花 いずれはこの村棄てるつもり 〈中国〉

 私が実際に出かけたことがあるのは、残念ながら中国だけですが、自分の中でイメージしている風景や人々と印象が重なり、私もその地を歩いている気分を味わいました。それにしても、俳句をしていなければ、「空」に入っていなければ、主宰に「お好きにお書きなさい」と誌面を頂かなければ、伊丹三樹彦氏とのこんなご縁はなかったことでしょう。「句縁の福」を感じた出来事でした。

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

季節の詩歌(15)~梅一輪~
 俳句雑誌「空」29号に載せて頂いた拙文です。時間に余裕のあるときにでも、お読み下さると嬉しいです。

季節の詩歌(15)~ 梅一輪 ~

梅一輪一りんほどのあたたかさ     服部嵐雪

余命わずかと言われた義姉と最後に出かけた梅林。数えられるほどの開花であったけれど、梅の香はしっかり春の訪れを告げていた。一輪一輪、ほんとうにそれは、この句のようにわずかな「あたたかさ」であったが、花を見つけるたびに私たちは立ち止まった。花びらに触れ、鼻を寄せて香をかぎつつ、私たちは春の到来に奇跡を祈った。空は青く、未来への希望を感じさせてくれる花の姿であった。

青空に触れし枝より梅ひらく     片山由美子

ぱぱん ぱぱん  / 爆竹のはねるように
白い / ひかりのいぶきとなって
二月の寒風に / 花ひらいた梅
       (みずかみ かずよ「寒梅」第一連)


「あっ、義姉がいる」と思ったのは、知人の個展に出かけ、梅の絵を前にした時だ。つい数か月前に義姉と一緒に見たのと同じ、蕾の多い枝を描いた一枚。そこには、二月生まれの亡き義姉が、梅の花となって、私を見つめていた。初めて私は絵を買った。絵の中の蕾が、やがてこの詩の中の花のように勢いよく開く時が来るのではないか。二月の光に、そんなことも思うのである。

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白梅はぱちッぱちッとみひらいてまばたきもせず降る雪のなか     青木昭子

(くち)閉ぢて「むめ」と呼ばへばまだ固き梅のつぼみのはにかむごとし   栗木京子

お軽、小春、お初、お半と呼んでみる ちひさいちひさい顔の白梅   米川千嘉子

桜より梅が好きになったのはいつからだろう。体が凍えるような寒さの中でも健気に咲き、一つ一つ律儀に春に近付いていく白梅。枝ぶりも古風で、花には、昔の呼び方で呼んでみたくなるような素朴な愛らしさがある。「むめ」の響きが、初々しい娘さんを連想させ、蕾のふっくらとした様子が浮かんでくる。三首目の女たちの名は、浄瑠璃・歌舞伎など芝居でおなじみの名前。一様ではない花の姿に、芯の強い女たちの命を見つけた作者の感性が嬉しい。白梅の控えめな色気には、江戸時代の庶民を思わせる懐かしさがある。心を寄せたくなる花だ。

白梅に昔むかしの月夜かな       森 澄雄

雪の上に照れる月夜に梅の花折りて贈らむ愛しき子もがも   (718~785)大伴家持 

万葉の昔から歌に詠まれ観賞されてきた梅の花。月光に皓皓と映える白梅を目にした時、この句の作者は悠久な時の流れを感じ、同時に家持の歌を思い浮かべたのではないだろうか。ゆったりとした詠みぶりに、そんなことを思った。歌の方は、雪月花という日本の自然美を象徴するような道具立てだが、実際に眼前にあった景色なのだと思う。きれいな風景を前にした時、人はいちばん愛しい人とその美を共有したいという願いを持つ。それは昔も今も変わらない人情だ。

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ところで、『万葉集』の編者である大伴家持の父、旅人には、愛しい妻を失った悲しみを詠んだ有名な歌がある。詞書きに「故郷の家に還り入りて、即ち作る歌三首」とあるうちの最後の歌である。

吾妹子(わぎもこ)が植ゑし梅の木見るごとに心むせつつ涙し流る   (665~731)大伴旅人

旅人の妻は、再赴任地の九州太宰府で病死した。この歌は、帰京してからのもので、「私の妻が植えた梅の木を見るたびに、胸が一杯になって涙が流れるよ」と、素直に詠まれている。悲嘆に暮れている作者には、歌に技巧を凝らす余裕などないし、凝らしたくもない。ただ悲しくて寂しくてならないのだ。それがわかるから、人はなおさら心打たれるのである。
立場は違うが、同じような状況の次の歌も、あるがままを淡々と詠んでいる。悲しすぎるから、こう詠むしかないのだ。「ひとり」を自覚する時の空洞のような寂しさは、人が生きていく時抱え込む寂しさである。時代を超えて触れる人の真実だと思う。

主なくこの梅呉れし友もなしおのれひとりが白梅とゐる        林 圭子

次の歌は、人が亡くなったわけではない。けれども、心通う相手が傍らにいない寂しさ、孤独感が表現されていて、切ない。遠く離れている、似た感性を持った人が恋しいのだ。相聞歌として読めるのは、梅の花の終わりを的確に表現した上の句の比喩が、明るく若々しいからだろう。

炭酸のごとくさわだち梅が散るこの夕ぐれをきみもひとりか       吉川宏志

大切な人を失ったあと、人はどのようにして自分の気持ちと折り合いをつけていくのだろうか。そう思った時、次の句が一つのヒントになった。

母の魂梅に遊んで夜還る        林 信子 

私が梅の絵に亡き義姉を見たのと同じように、作者は梅の花に亡き母親の魂を見ている。桜のように仰ぎ見るのではなく、目の高さに咲く梅の花は、語りかけるのにちょうどいい。他の花木に比べ、実も収穫されたりして、人の営みに近いところにある梅の木。そういえば、昔の母からは、かすかに梅の香が漂っていたような気がする。

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ここまで挙げてきた例は、梅を見て「人を想う」というものが多かったが、勿論そればかりではない。

山中の梅の純白知命過ぐ        篠崎圭介

「論語」の中の「五十にして天命を知る」を踏まえた句である。五十歳を過ぎてなお、自らの生きる意味をもつかみかねている、その我が前に潔い白さで梅の花が咲いている。山の中で思いがけなく出会った梅の純白さは、作者に深く考えさせるところがあったであろう。この梅の白さにたじろぐ一人の男を、まるで見ていたかのような次の句である。

男来て梅の白さに狼狽す        宇多喜代子

「狼狽」の中には、まだ若い迷いが潜んでいそうだ。
梅の花の白さが、何か人に強く迫ってくるところがあるように感じるのは、なぜだろうと思った時、大好きな次の一句が頭に浮かんだ。

勇気こそ地の塩なれや梅真白     中村草田男

凛として、人としての矜持を持って生きる姿が見える句だ。「梅真白」の響きが、清廉潔白な生き方を思わせるからだろう。実は、この句、学徒出陣する教え子たちへの餞(はなむけ)として詠まれたのだそうだ。無事を祈る気持ちが、深いところから届く。戦時下に、本当の想いを表現するのは、どんなに勇気がいったことかと、初句・二句にも思いが至る。とは言うものの、平和な世に生きる今の私には、次のような句が近しい。

そぞろ歩きは善相ばかり 梅の花   伊丹三樹彦

梅の花や芳しい香りを楽しみながら梅林をゆったりと散策する、こんな桃源郷に遊ぶような時間を持つことができれば、誰しもよい表情になる。毎年出かける兵庫県の綾部山梅林は、瀬戸内海に面した小高い山にある観梅の名所だ。一目二万本といわれる丘陵をぶらぶら行くと、可愛いお地蔵さんにも会える。歩いている人々の顔も、目を閉じて梅の香を味わっている人々の顔も、優しく穏やかで、誰もがそのお地蔵さんとそっくりに見える。そろそろ防寒着も不要になりそうな、暖かい二月の一日である。

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次の歌の「空海」もありがたいお坊さん。梅の木の傍らにうっとりと花の香をかぎながら、弘法大師のような気分で立っているのだろう。幸福感がある。

空海のような顔して立っているほのか匂える梅のかたえに       吉野裕之 

「空海のような顔して」立つのは、どこが似合うかなと思った時、次の歌が思われた。

いづこにも貧しき路がよこたはり神の遊びのごとく白梅       玉城 徹 

梅林のように、木がたくさんある場所ではない。家の庭、神社やお寺など、一本一本慈しみ親しまれている場所がふさわしい。細い路を行くと、思いがけないところから梅の香が漂ったり、白い梅の花がぱっと目についたりする。それは、まるで天の神様が気まぐれに置いたようだと言う。

人の世の人の思の果つるさま見尽して立つ一本ある梅        大岡 博 

福岡の太宰府天満宮には、菅原道真(845~903)の故事にちなんだ「飛梅」がある。左遷された菅公の怨霊を鎮めるべく、全国に天神様として祀られ、ちょうど梅の咲く受験期には多くの参拝者が訪れる。この歌の梅は、何だかそんな場所に立っているようだ。人の恨みや願い事を聞き、人の表情を間近に見てきた梅の木。年を経た立派な枝ぶりには、人々の苦悩や喜びを見尽くしたあとの超然とした様が思われる。梅の木だけではない。人も同じようになれると、次の二句を読んで思った。

思ひはてず思ひさだめず梅白し     会津八一

白梅や老子無心の旅に住む       金子兜太

紅梅ではなく、白梅であるということが、どちらの句にも効いている。悠然とかつ飄々と自らの人生に思いを馳せ、白梅と同化しているような一句目。「無為自然」の道を説いた老子を想い、自由の境地に遊ぶ二句目。「白梅」ならでこそと思うのである。

白梅のあと紅梅の深空あり       飯田龍太

終ります白梅散りて 終ります紅梅散りて いつか終ります     小島ゆかり              
「蕾がふくらみ始めたわ」「次は紅梅ね」毎年楽しみに花を追いかけているが、「そんなことはどうでもいいのだよ」と言われたような気がした。梅のために用意された深い青空。空に映える梅の花は美しく、心ひかれる。しかし、詠みたいのは、句も歌も虚空なのではないか。華やかな彩りの句の背後に、軽やかなリズムの歌の背後に、人の世の無常を強く感じる。人も花も地球も、いつか必ず終わるのだ。虚無感というより、人生を達観した明るさに満ちて。

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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

心に響く音楽-行ってきました「拾得(じっとく)」
 一度行ってみたかった、京都の老舗ライブハウス「拾得(じっとく)」に、2月末、行ってきました。蔵を改造した室内に、木造のテーブルや椅子が似合って、落ち着いた雰囲気です。応援している青木拓人は、今回はゲストということで、出番はちょうど真ん中。出演者みんな、手作りのCDを持ってきていたのに、手に入れるのを忘れてしまいました。当日の様子を、歌声でお届けする代わりに、写真をアップしますので、雰囲気だけでもお楽しみ下さい。

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東京から来た「ミックスナッツ」三人組。ボーカルとリードギターの林漁太さん、ベースの安威さん、ドラムの野村さん。明るく軽やかな曲が多く、サービス精神旺盛なボーカル林さんでした。写真左の柱のようなのは、でかいスピーカーです。

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伊達メガネの青木拓人くん。久しぶりに聞きましたが、前より発音が鮮明になっていて、「売り」の歌詞が効いていました。情感のこもった歌いっぷりでした。初めての京都で、しかも「拾得」ということで、いつもより応援が多かったような・・・。

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金沢から車で来たという杉野清隆さんは、お子さんが可愛くてたまらないそう。ソロの後、よく組むという林さんとの息もぴったり。確か同い年?同級生?、そんなことを話していました。伸びやかな声とギターの上手さが印象的でした。

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最後に全員舞台にそろって、「アクロス・ザ・ユニバース」を歌っているところ。メガネをとった青木くん。

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今回のライブ『口笛ふいてやっておいで Go West!~ウッディヴァレンタインの巻~』の企画者、正本氏を囲んで、今回の企画の説明をしているところ。「みんな気がついているでしょうけど、ボーカルみんな木がついています。」青木くんのメガネが、ここでは林さんの顔に移動。舞台の上には、カラーボールが敷き詰められていました。
    
 自分の応援する人の歌だけ聞いて帰るというライブも多い中で、今回は最後に全員の歌もあり、なんだかほんわか温かい感じのするライブでした。きっと、出演したどの人からも穏やかオーラが出ていたのと、年季の入った木のテーブルのおかげでしょう。        

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プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年3カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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