心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く本-近藤雄生著『旅に出よう』
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「岩波ジュニア新書」のモニターに応募したところ採用され、この4月から1年間、毎月3冊の新刊が送られてくることになりました。「ジュニア」とついているものの、内容は充実しているし、大人も充分読み応えのある新書なので、以前から気に入って時々読んでいました。実際送られてみると、普段は手にしない分野のものもあり、自分の偏った読書傾向を補うのにもってこいだなと感じました。「本のソムリエ」を友達に持ったようで、わくわくしています。毎月、その一部を、このブログで皆さんにお裾分けできればと考えています。

近藤雄生 著 『旅に出よう 世界にはいろんな生き方があふれてる

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大学卒業目前の2000年3月インドへの一人旅がきっかけで、旅に興味を持った著者は、結婚直後の2003年6月から2008年秋まで、夫婦で世界旅行に出かけます。この本には、オーストラリア、インドネシア、ビルマ・タイ国境地帯、雲南省昆明市、上海、イラン、スイスでの出会いが書いてあります。著者の人を見る目が好ましく、日常生活では得られない刺激的な体験を、本を読みながら追体験でき、大変興味深い時間を過ごすことが出来ました。
以下、色つきの部分は、本からの引用です。

P108・109
昆明は「春城」と呼ばれ、年中春のような気候で知られる都市。昆明は物価がとても安く、借りていたマンションの部屋は、とてもきれいな3LDKで100平方メートルぐらいあるのに家賃はわずか15000円ほど。食事は、100円以下でも十分に満たされるぐらい食べることができるし、大学の授業料も、週4回1年通っても10万円ほどでしかありませんでした。

*このくだりを読んで、とってもとっても昆明市に行きたくなりました。1年間滞在して、中国語を習いたいです。人生1回きりですもんねえ、いろいろやってみたいです。

P152
場合にもよるけれど、警戒ばかりしていては旅は表面的に終わってしまいます。もちろん危険はゼロではないけれど、旅をしているとだんだん、この相手は大丈夫そうだとか、ちょっとこの展開は危なそうだな、というのが分かってくるものです。そういう判断を繰り返した結果、いまではぼくは、世の中圧倒的にいい人が多いものだと感じています。

*この著者の結論が、私はすごく嬉しかったです。旅の基本は、これですよね。

P157
イランでは25年働くと定年で年金をもらえるらしく、15歳から働きだしたマクスッドは来年40歳でもう定年とのこと!その後は一生涯年金がもらえるという、羨ましい状況なのです。

*この部分を読んで、日本って何て貧しい国なんだろうと思いました。25年働いたあと安心して暮らせるなら、その後はボランティアや趣味も楽しめるし、若い人たちの採用も増えますよね。

P162
イスラムの教えを厳格に守る人から、そうでない人まで、イランにはさまざまな人が暮らしています。しかし自分がそれまでいかにその一側面しか知りえていなかったかを、ぼくは実際に来てみて強く実感したのでした。・・・相手がその内側をそっと開いて見せてくれるのは、やはり現地にいったときだけであるように感じます。もちろん旅で見られることも限られてはいるものの、実際に見たものはその後、各自心の中で成長していきます。そうして人は、相手への関心を強め、理解を深めていくのだと思います。

*私たちが見聞する情報は一部分だと頭ではわかっていましたが、イランのことが書いてある章を読んで、ほんとにそうだと思いました。狭い世界で暮らしている自分自身が、正直情けなく、寂しく感じました。もっとたくさん知らないと…。

おわりにP194
ぼくは、人生でもっとも大切なことは、個々人がそれぞれ自分の人生を最大限に楽しむことだと考えています。もちろんそこには現実的な制約がいろいろとあり、それは自分だけが楽しければいいということでは全くありません。・・・それを前提とした上で、人はみなそれぞれ楽しんで何かをするときにこそもっともいいものを生み出せるし、いいエネルギーを放出できるのではないかと思うのです。

*大変共感を覚えた部分です。「楽しんで」本を読む、「楽しんで」仕事をする、「楽しんで」家事をする、「楽しんで」文章を書くなどなど、惰性に流されず、「楽しんで」生きたいと思いました。

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【水色の花はネモフィラ】

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心に響く本-夏川草介著『神様のカルテ』
        神様のカルテ

夏川草介著『神様のカルテ』 (小学館/2009年/1200円)

 小説は、たいてい借りて読みます。この本も借りて読んだのですが、とても感動したので手元に残したく購入しました。字の詰まり具合も大きさも、老眼のかかった目には優しく、ページ数も少なかったため、楽に読めました。
著者は大阪府出身で、現在、長野県の病院に勤務。その著者の特性が存分に発揮された小説でした。
友人たちから聞いていた勤務医や研修医の厳しい勤務実態、義姉の体験から感じた大学病院のあり方、それらがリアルに、でも暗くはならずに書かれています。笑いも上手に盛り込んであるので楽しみながら読めると共に、とても感動して何度も涙を流しました。今年は、現時点で60冊ほど読んでいますが、いちばん皆さんに読んで頂きたい本です。登場人物がほんわか優しく温かい人が多かったので、読んでいる間、ほんとに心地よかったです。でも、医療の現実は、何とかしなくては!
特に引用したいのは、p166、p180、p204ですが、ぜひ読んで頂きたいのでここには書かずにおきます。

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心に響く詩歌&風景-河野洋子歌集『約束』&大和郡山城址の桜
 染井吉野が終わり、八重桜と木々の若葉の美しい季節になってきました。寒暖の差が激しい日が続いていますが、皆さん、お変わりありませんか?3回連続で、桜の写真と歌集とをあわせてアップしてきましたが、それはとりあえず今回で終了です。

最後の今回は、河野洋子(こうのようこ)さんの歌集『約束』 (2009年/北冬舎)と、4月3日に撮った大和郡山城址の桜とを、あわせてご紹介します。

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冬なれば冬の月見る人ひとり忘れ難ければ忘れねばよい
あるがままの自分で、自分に嘘をつかず、生きていこうという作者の意志が読み取れる冒頭の歌です。人生の真実はシンプルであるということに、共感を覚えました。

誰も誰も一番きれいだつたときありて今年の花便りかな
たぶんそれは、与謝野晶子も歌に詠んだ「美しい二十歳の頃」。年をとるというのは、寂しいものです。

降り立ちて無人駅なる改札を抜ければ異郷に入りたるごとし
旅人の心で降り立つ駅の先には、見知らぬ世界が待っているようで、空想が広がります。

楠の花かそけき匂ひを風は運び誰かに優しい言葉を言はむ
花の香に優しい気持ちをもらった作者が、それを今度は人にという優しさが好きです。

草原に身を横たへてゐたりけりモンゴルの風は風の原型
モンゴルに憧れ続け、いまだに行けていない私の頭の中のモンゴル。この歌を読むと、草原に寝転がり、遮られるもののない風な中に、私もいるようです。

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水引き草の素枯れたるが咲く廃駅にひとり遠く来て遠く帰りぬ
遠く来たのだから、遠く帰るのは当たり前なのですが、帰りの遠さが強く思われます。

一人よりふたりが寂しと詠ひたる若き日何も知らざりしかな
私にも似たような若い日の覚えがあります。今、ほんとうに一人になって知る寂しさに、言葉のない作者なのだと思います。

いくつもの選択肢あつたはずなのにああいつまでもつづく坂道
登り道がしんどいとき、下り坂が不安なとき、「もし、あの時、違う方を選んでいたら…」と思うことがあります。みんな、同じように思いつつも、何とか生きているんですね。

こののちの独りを思ふ気の遠くなるほど永き独りかも知れぬ
連れ合いを亡くしたあとの孤独感。「気の遠く」に、この五月で百二歳になられる方の、結婚数年にしてご主人を亡くされた、その長い時間を思いました。「永き」なのです。

まだ温きあなたの骨を拾ふなり箸に拾はず指もてひろふ
この一首で、作者にとって、ご主人がどんなに大切な方であったかが、痛いほど伝わりました。亡くなった方にも、この思いは届いていると信じたい、そう思わせてくれた歌です。

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月命日の今日を忘れて悲しみもいつか花散るやうに忘れむ
生きるということは、そうなのでしょう。でも、この歌のように忘れられればいいと思いつつ、決して忘れることのできない作者が居ることも確かなのです。

君がゐてもいつも静かな夜だつた指が勝手に折り鶴を折
穏やかなお二人が静かに読書をされている、いつもそんな夜だったのでしょう。

幸せを競ひ合ふやうな会話あれば人日(じんじつ)車中に目をつぶりたり
人日とは、1月7日のこと。子の進学・就職・結婚、夫婦での趣味や旅行など、本人たちは身辺報告のつもりでも、他者や弱者には「自慢話」のようで、いたたまれない気持ちになることがあります。

吊り広告は「男のすべて大バーゲン」少し可笑しい正月十日
前の歌に並んだユーモラスなこの歌。電車の中は、人間や世相の観察に事欠きません。

「このまま老夫婦にならむ」と言ひかけて言はざりし冬 言へばよかつた
言霊ということを考えました。結句のような思いを抱えて生きること、多いです。そして、それは寂しく悲しいです。


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独身の夏は如何と問ふ便り愉しいと言へばいいのでせうか
元気を出してもらおうと思って出した手紙かも知れません。でも、無神経な言葉は、刃(やいば)の冷たさです。

駄菓子屋のガラス戸ゆがみ夕ぐれの町は鼈甲色をしてゐた
映画「三丁目の夕日」を思わせるようなレトロな世界。どの言葉も、無条件に懐かしいです。

父の齢はるかに越えて生きるとも死ぬまで子なり夏三日月よ
「死ぬまで子なり」は、真実です。

独りゆゑひとり眠れば夢にさへわれは一人でもの食みゐたり
当たり前と言えば当たり前なのかも知れませんが、せめて夢ぐらい…と思いますよね。

さみどりのキャベツをきざむ春の歌赤ちやんがきた赤ちやんがゐる
上の句の明るさと下の句のリズムがぴったりで、お孫さんを迎えた喜びがあふれています。


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水匂ふ三条蹴上インクライン 歩きたし人と手などつなぎて
京都は学生の街というイメージが、私たちの世代にはあるせいでしょうか、哲学の道をはじめとし、京都の町は歩いていると、学生時代の気分に戻ってしまうようです。


 9年前の春、ご主人を亡くされたと、あとがきにありました。優しく静かな気配の漂う歌集に、作者の思いが慎み深く託されていて、私もその気分に浸りながら読ませてもらいました。引用した歌に、挽歌が多いのは必然だったのだと、あとがきから知りました。
歌の中に出てくる「奈良町や小西通り、中也や道造、サガンや一葉」、同じような所で、同じような青春を過ごしていたのかしらと、どこか旧友に会うような懐かしさのある歌集でもありました。一度お会いしただけなのに、なんだか自分と似たタイプの方と話をしているような、そんな気分で読んだ歌集です。


テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く風景&詩歌-京都半木の道&高安国世の短歌
 永田和宏編『高安国世アンソロジー』  (青磁社/2009年11月刊/1800円)

「塔」短歌会55周年を記念して、「塔」創始者の高安国世氏(1913~1984)の短歌のアンソロジーが、永田和宏氏編集で昨秋出版されました。『高安国世全歌集』には、13冊の歌集、5411首が収められていますが、そこから千数百首が選歌され、手に取りやすい歌集となっています。私も、少し校正に関わったおかげで、本を頂きました。その上、巻末の校正者に名前まで入れてあったので驚きました。いい記念になったと感謝しています。

今回は、『高安国世アンソロジー』から、歌集別に一首から数首を目途にご紹介します。作者の個人的な生活背景や時代背景を知らなくても味わえる歌、共感を覚える歌を中心に選んでみました。4月5日に友人と一緒に行った、京都府立植物園と半木(なからぎ)の道の写真をあわせてアップします。尚、このブログでは、字体のすべてが原本に忠実にというわけではありませんので、ご了承下さい。

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眞實(1949年)

悲しみの住まふ我家も或る時は繪の如く見て我は近づく


Vorfruhling(1951年)

かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は眞實を生きたかりけり

このままに歩み行きたき思ひかな朝なかぞらに消ゆる雲見つ

陣痛をこらふる妻とふたり居り世の片隅の如きしづけさ

一首目は、氏の代表作。ブログで以前に「季節の詩歌(14)~雪が降る~」でも紹介しましたが、氏が医学の道から転じ、文学に生きる決意を述べた歌です。


年輪(1952年)

家へ帰りたくなしといふ思ひ妻にもあるをあはれ知る今日

幼き混沌のなかに差しそむる光の如く言葉あり人の口を讀む

戦後の生活苦、長男の急逝、三男の聴力障害など、夫として父親として辛い状況にある自分、その切なく哀しい気持ちを述べた歌がたくさんあります。


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夜の葉に(1955年)

たのしきこと一つ言はぬ我にして月月に遠く来る工場歌会

ひつそりといつまでも妻が編みてゐる鏡の返す夕かげのなか

俄なる春のきざしにガラス張りのビル高層に窓一つあく

私は、境涯を生々しく述べた歌よりも、それを婉曲的に詠んだ歌や、叙景歌に心惹かれます。三首目は明るくモダンで、華やぎが感じられます。


砂の上の卓(1957年)

山かげのプールに満ちし子らの聲その聲の中へ子と入りて行く

ただ一人心包みて生き来しをすべてを今は汝に言いにき

何の旋律か思い出されず裸木の林の奥に日が落ちてゆく

わがことのみ思いて長く過ぎ来しとようやく知りて心老ゆるか

正直に自分の気持ちを述べた歌群。要領よく生きることを好まない、自分にも他者にも誠実な方だったのだなあと思いました。


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北極飛行(1960年)

くれないに流るる雲の下透きて水底(みなそこ)のごと野も町も見


街上(1962年)

枝の上に枝が落せる影があり冬木みずからに交わせる対

帰るさえなお限りなく行くに似て野付(のつけ)岬を吹く海の霧

着く土を選ぶがごとし漂いて光の中の今日の風花


虚像の鳩(1968年)

見おろしの空地よぎりて木より木へ見えざる糸をひきて鳥翔ぶ

さだかなる思考のまにまわがうしろひそかに雪は降りつづくらし

さらに来ん別れに備う別れかとその折折に子を発たしめつ

時刻表にありて来ぬバスひとり待つすでに待つのみの姿勢となりて

かかる重きを負いて父祖らの寡黙なりし知りゆくと思うわが如く子らも

関西に生まれ暮らしておられたのですが、印象的な雪の歌が多く、意外でした。珍しいものを見たという表層的なとらえ方ではなく、魂の奥深いところで雪を見ているような歌が並んでいました。ただ景色を詠むだけではなく、見えないもの、精神的なもの、これから先のこと、それらを表現しようとしている歌が増えています。


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朝から朝(1972年)

かかる折何をして人は時を遣(や)る立ちこめて雨しろき昼すぎ

虹の下くぐり行くとは知るはずもなき遙かなる車見て居り

水の辺はことに光の集まりて風の梳きゆく柳の黄

一首目、白雨(にわか雨)の時の手持ちぶさたな様子。二首目、吉野弘の詩「虹の足」(バスの乗客からは見えるのに、そこに住む人は気づいていないという虹の足)を思い出す。幸福のさなかに在ることに、気づかない私たちを暗示している。三首目、観察が細やかで気持ちのいい叙景歌。どれも自然な詠みぶりです。


新樹(1976年)

わかりましたと言う足どりに去りて行く犬に行く先ありと思えず

壁の如く顔ひしひしと我に向くエレヴェーターの扉があきて

ユーモアも感じさせる余裕のある詠みが魅力的で、思わずにやっとしてしまいます。


一瞬の夏(1978年)

秋日ざしの中に漂う蜂一つかそけき風に乗るとき迅し


湖に架かる橋(1981年)

生活の底辺にありという思い歌を支えき歌が支えき

わが生くる限りは母も在りというをひとり思えり旅の山路に

亡き人の歌集を読めば気づかざりしよき歌多し告げたきものを

人生を振り返っての感慨。二首目は、私もいつも思っていたことなので、大変共感を覚えました。


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光の春(1984年)

「深き眠りもまた旅なり」と蔦覆う墓石に読めり四行の詩(うた)

はかりがたき粉雪ひとひらひとひらの動きもついに土におりゆく

雲の影大いなる幕引くごとく林の中をかすめて過ぐる

耿々として眠れざる一夜ありほのかなる心の芯をめぐりて

ゆるくゆるく過ぐる病院の一日よ忘れいし生命の速度と思

人の世に求むるは無しただ父に母に今日までのこと語りたし

昨日の朝日歌壇に、先日亡くなられた竹山広氏の生前最後の歌集から「あな欲しと思ふすべて置きて去るとき近づけり眠つてよいか」という一首が紹介してあり、ここにあげた一首目と重なりました。最後の一首、「その通り」と思いながら読みました。子を持ち親になっても、ずっと「父と母の子」なのです。心の底から「頑張ったね。良く生きたね。」とほめ言葉をかけてくれ、無償の愛を注いでくれるのは、父と母。自分のことを認めて、満足して頷き、優しく穏やかな目で見てほしいのです、いくつになっても、子どもというものは。


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未刊歌篇

春の日に照りて我が亡きあとの街かくと見て行く癒えたる今日

いまだ目にさやかならねど落葉松の芽吹きの気配森に満ちたり

寒き春山辺の木々の芽吹きいまだきらきらと枝は光を交わす

「我が亡きあと」を自覚しながら、しかし、明るい春の到来を待っている、これらの歌に、氏の、未来に生きる人たちへの希望と期待を感じ、胸がいっぱいになりました。

テーマ: - ジャンル:写真

心に響く詩歌(歌集)&風景-高野公彦歌集&醍醐寺の桜
 まずは、嬉しいニュースから。以前にこのブログでもご紹介した真中朋久氏の歌集 『重力』 が、寺山修司短歌賞を受賞されました。おめでとうございます。

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『高野公彦歌集』  (短歌研究文庫/平成15年刊/1905円)
昨秋、「空」誌や拙ブログで紹介した『ことばの森林浴』のご縁で、この歌集と『ことばの森林浴』を、半年ほど前に高野氏より頂きました。高野氏の歌集9冊分の「抄」および「完本」で、巻末の解説は「塔」の吉川宏志氏です。
高野氏の歌は、私の友人にもファンが多いのですが、私も好きな歌がたくさんあって、ここに載せる歌を絞るのにとても迷いました。歌集ごとに二首を目途に取り上げ、京都醍醐寺の桜(2010年3月30日撮影)の写真とあわせてアップしました。両方楽しんで頂けると、嬉しいです。

『水木』 抄 (みづき)より

青春はみづきの下をかよふ風あるいは遠い線路のかがやき
ことばの響きが美しく、私の愛唱歌の一つです。「青春」のせつなさやロマンが感じられる名歌だと思います。

飛込台はなれて空(くう)にうかびたるそのたまゆらを暗し裸体は
高飛び込みをしている人が空中に浮かんだ瞬間、暗く見える体。的確な描写に、スローモーションの映像を見るようです。

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『汽水の光』  抄 (きすいのひかり)より

生きるとは生き残ること 炉の裡にむくろ焼く火のとどろく聞けば
このような場面を体験した者には、初句・二句が実感を持って響いてきます。

一位のみ映すマラソンにわが倦(う)みて西風(にし)吹く土手に出でて来しなり
「一位のみ映すマラソン」「自分の国だけ映すオリンピック」に、うんざりしているのは私だけではなかったのだなと、共感を覚えました。こんな時は自然の風に吹かれるのが一番。

白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり
何かの文章で、「ご自分の歌を一首あげるとしたら」という問いに、この歌をあげておられました。私が最初に知った高野氏の歌でもあります。自転車のハンドルを「ほそきつばさ」と喩えられた感性にうっとりして、次々と歌集を読むきっかけになりました。


『淡青』  抄 (たんじょう)より

国ことば語尾にゆたかに母音あり母音は海と日の匂ひする
高野氏のふるさと長浜町は、瀬戸内海に面した、まさに「海と日の匂ひ」のする町。毎夏、盆地の内子町から皆で出かけ、海で遊んだ時の匂いを思い出しました。語尾につく「なあ」や「のう」を聞くと、気持ちがゆるやかになります。

ふかぶかとあげひばり容れ淡青の空は暗きまで光の器
これも高野氏の代表歌の一つかと思います。ひばりの動きに合わせて視点が移り、空の青さと春の光に眩むばかりの目。その場にいない私まで、同じ目の動きをしてしまう歌です。


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『雨月』  抄 (うげつ)より

この歌集には、「母の死」と「ふるさと」がたくさん詠まれていて、私には他の歌集以上に近しい歌群でした。少し多めに抜粋します。

遍路路(へんろぢ)傍に生ふる大葉子の無名の生を生きませり母は
私の亡き母も重ねて読みました。「遍路路」と「大葉子」が、「無名の生」にぴったりで、他のことばでは表せないと思いました。

母病める四国はるけし郷愁は今朝あさがほとなりて咲(ひら)きたり
関西にいても遠い四国、まして高野氏が住まわれている関東からの遠さは…。「郷愁」と「あさがほ」の取り合わせが素晴らしく、眼前の朝顔と故郷の朝顔が二重写しになりました。

菜の花に海光とどく眩さを遍路歩めり陽(ひ)の国四国
菜の花の明るさ、穏やかな海からの光、お遍路さん、文句なしに春の四国の情景です。

肱川の水面(みづも)を春の陽は敲(たた)き我に母なき日が始まれり
川のほとりに座り、たっぷりとした水の流れと、そこに乱反射する春の光を前にしていると、なぜか人は内省的になります。自分のことのように読んだ歌です。


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『水行』  抄 (すいかう)より

藤の花咲けりこの世はつねにつねに誰か逝きたるあとの空間
花の中で空間を一番意識させるのは、「藤の花」ではないでしょうか。そこから下の句の感慨に至る時間の流れと空間の移動が自然で、ほんとにそうだなあと思います。

一に菜の花、二に桜さく三月の四国に居れば五歳の童子
同じふるさとの私には、納得!納得!のほんとに嬉しい歌です。


『地中銀河』  抄 (ちちゆうぎんが)より

戦火いくつ 他者のいたみをわがいたみとする者あらば狂死(くるひじに)せむ
私が平気で「戦争反対」と言えるのは、今の自分に直接降りかかってこないとわかっているから。世界中のあちこちで無くなることのない戦争、その一つ一つに誠実に向き合えば、確かに人は狂い死にしてしまうでしょう。だからこそ、戦火の中にいる人の苦しみを、忘れてはいけないと感じさせる歌です。

書きなぐりの字を読み解きて選歌するこの悲しみを言はむ方なし
たまに結社誌の歌稿の校正をすることがありますが、読む人のことを考えない乱雑な字の詠草を見ると、悲しくなります。ボランティアで選歌をされている選者の方々が、そんな雑な字を読まれるときの悲しさを想像できない人に、歌を詠む価値などあるのでしょうか。この歌を読んで、ますますそう思うようになりました。

暗黒にほたるの舞ふはやはらかき草書(さうしよ)のごとしひかりの草書
蛍が飛ぶときに描く線は、ゆるやかな曲線ばかり。「草書」のたとえが、蛍の思いや、蛍を見ている人の気持ちまで想像させて、魅力的です。


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『般若心経歌篇』  完本 (はんにやしんぎやうかへん)より

歌の初めに、般若心経の一文字ずつを置いた歌篇。高野氏にとって、泳ぐときの呪文でもあった般若心経は、どうやら体の一部になっているようです。

観る人のまなざし青みあぢさゐのまへうしろなきうすあゐの球(たま)

自らの声をもたざる清きものさくら、あぢさゐ、ひかげ、つきかげ

在りて見る夜のさくらの青じろさ仰ぎてをれば在りて亡きごと

菩薩よな。水瓶(すいびやう)もちてをらねども秋のふんすい見て佇つ乙女

この四首で、「観自在菩薩」になります。こんなふうに実に自由自在に詠まれて、237首続きます。すごい力量です。


『天泣』  完本 (てんきふ)より

(かめ)ゆれて 遅れて揺るる甕の中の水のやうなりこころといふは
目に見える言動より少し遅れて揺らぐ心。人の心の微妙な感覚を表現した歌で、共感を覚えます。

久保斉氏を悼む
内海(うちうみ)の青、外うみの冬波を照らして君のジッポ点(とも)れり

癌で逝きし大江昭太郎氏恋しけれその甥光氏の「雪」を聴きつつ

この二首は、愛媛の短歌結社「にぎたづ」の主宰をされていた方々の死を悼んだ歌です。久保氏は、同じふるさと内子町でご近所だった方で、同窓生だった従姉から聞いて歌集(何度かここでもご紹介した創風社出版刊)をだいぶ前に手に入れました。大江氏は、大江健三郎氏の兄上で、私の母の実家近くの方でした。ふるさとの方の名前を歌集に見つけた時は、驚きました。


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『水苑』  抄 (すいえん)より

傷のある木の幹立てりゆつくりと傷を閉ぢゆくひかりと時間
木も人も、いつか傷は癒えていくのです。自然の力と時の流れの中で。

乗換への松山駅で世のことを忘れて食へりじやこ天うどん
魚のすり身で作ったワイルドな味の「じやこ天」。これを食べると、ふるさと!という気がします。

春夜、潮(しほ)の音してをらむ遥かなる長浜港の水没階段
地域限定「長浜港の水没階段」。ありありと見える、聞こえる情景に郷愁をそそられます。

いい歌がいっぱいなのですが、二首と限定すると、ついついふるさとの歌が目に入って、また、同じふるさとの友人たちの顔も浮かんで、四国の歌が多くなってしまいました。他郷の方、お許しあれ。ふるさとを離れるほど、年をとるほど懐かしくなってしまうのは、なぜでしょう。 


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テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

心に響く風景-春の内子町
 3月26日~27日、義姉の三回忌で内子町に帰りました。

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瀬戸大橋を渡ると、讃岐富士をはじめなだらかな富士山型の山が次々現れ、香川県らしいのどかな風景が広がります。

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今も歌える「内子小唄」。今回は、一番の歌詞のすべてを味わってきました。「一ノ瀬かじか」というのは、清流でとれる小魚で、地方によっては「ごり」とも言います。

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高昌寺。3月15日の「ねはん祭り」には、稚児行列が可愛く華やかです。右下の涅槃仏は、12年前にできた10mもある寝釈迦さま。

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知清河原の桜は、すでに満開。小学生のとき植樹をして週末ごとに水やりに通った桜も、大きくなっていました。(と言っても、どれかわかりませんが…)
旧の節句4月3日には、皆で重箱に詰めたごちそうを持ち寄って、花見を楽しんだものです。雨の時は、子どもたちだけ手提げの重箱を持って、友人の家のおひな様巡りをしました。
この河原からも吊り橋で行ける「からり」は、ますます賑わい、食料品を求める町内外の人でいっぱいでした。私も、美味しいものをたくさん買いました。

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大森和ろうそく店。次兄の幼なじみが店主で、手作りのいいろうそくを作っています。
たまたま買い物をした隣のお店の人が、姉に編み物を習っていた方で、「昨日もお姉さん(35年前に亡くなりました)の話をしていたところだ。」と、とても懐かしがってお土産を下さいました。

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八日市の町並み。開放している家の中。箱膳や箱階段が懐かしい。
大村邸と上芳我邸は、残念ながら補修中でした。韓国からの観光客もいて、驚きました。

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内子座の中と外。ツアーのコースになっているらしく、団体客が来ていました。梅沢富美男のショーや文楽が予定されているようです。

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手前が「下芳我邸」。昔は愛媛新聞の内子支所でしたが、今は上品な和食処。
お花のプランターが並んでいるのは、高校卒業まで住んでいた家。今は「洋食マザー」。
奥が喫茶店「cocoro」。昔は呉服店でした。

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長浜町出身の歌人高野公彦さんも好きな「丸ずし」。これがご縁で、手に入らないと嘆いていた『ことばの森林浴』という本を頂きました。酢味のおからを、酢じめにした魚で巻いています。
おひな祭りの時に各家庭で作った「豆入り」。お米やお餅のあられを、飴で固めます。
内子のお土産と言えば、坂見輝月堂の栗まんじゅう。伝統を感じさせるお店です。

テーマ:国内旅行 - ジャンル:旅行



プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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