心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く本-高野公彦氏のエッセイ&評論集
ふるさとと短歌つながりでご縁のある高野公彦氏の本を2冊ご紹介します。

        IMG_2133201106.jpg 紫陽花

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高野公彦著『うたを味わう 食べ物の歌』 
(柊書房/2011年/1800円)

帯文~短歌をこよなく愛する著者が、食べ物の歌をテーマとして鑑賞し、また自らの食べ物に寄せる思いを綴った 読んでおいしいエッセイ集。

「味の味」平成11年1月号~平成13年12月号に掲載された「味詠」と「NHK歌壇」平成12年4月号~平成14年3月号に掲載された「食べ物の歌」「歌と食べ物」を1冊にまとめた本です。月ごと、季節ごとに、著者の心をひく食べ物とそれにちなんだ歌が載せてあります。

読みながら、「高野氏はお酒が好きなんだろうなあ」とか、「食べ物というのは、やっぱり人を幸福にしてくれる原点だな」とか思いました。故郷が同じなので、「私の育った四国の田舎では」「私は子規と同じ愛媛県の生まれであるが」などと書いてあると、懐かしい味の話が出てくる!と期待感で胸がどきどきしました。私は食いしん坊なので、美味しい食べ物と歌が出てくるこの本は、実に刺激的でした。

食べ物は、各地方の産物や文化、歴史と深いつながりがありますが、このエッセイは、その豊かさを、さまざまな角度から豊富な知識を駆使して書かれていて、勉強にもなりました。田舎の丸ずしはいうまでもなく、好きなもの(枇杷・筍・木綿豆腐など)や、苦手なもの(ハンバーガー・辛すぎる物)が似ているのは、同じ郷土で食べてきた物が似ているから?年齢が近い(10歳ほど違いますが・・・)から?などと思いつつ、楽しんで読みました。

読み終わって、早速お総菜(ひじきの炊いたの、きんぴらごぼう、ほうれん草のごま和え)を作り、冷や奴と刺身をあてに日本酒を飲みました。すぐ顔が真っ赤になるので、外ではなかなか飲めないのが残念です。
最後に、懐かしいじゃこ天の出てくる一首を引用します。大洲の病院に入院しているお父さまを見舞われた時の歌だそうです。

乗換への松山駅で世のことを忘れて食へりじやこ天うどん

「じゃこ天」という響きだけで口の中が喜ぶのですが、松山駅では汽車の発着時に「瀬戸の花嫁」のメロディも流れていて、ついつい青春時代を思い出し胸がいっぱいになります。

        IMG_2153201106.jpg 泰山木の花

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高野公彦著『うたの回廊 短歌と言葉』 
(柊書房/2011年/2800円)

帯文~古典和歌から現代短歌までを俯瞰し、一首一首の読みを重視しながら、短歌についての言論や言葉の問題、無名者の歌から現代の歌人の歌を、独自の視野で鋭く論じた待望の書。

初出は「短歌現代」「短歌年鑑」「短歌」「短歌と日本人」「短歌研究」「歌壇」「短歌春秋」「国文学臨時増刊号」で、平成2年から平成21年の評論が収められています。

昨年の秋、京都で、青磁社10周年シンポジウム「ゼロ年代の短歌を振り返る」で、高野公彦氏が講演をされました。時々雑誌などで、言葉を冒涜しているのではないかと思うような、このまま軽く流れていくと短歌の存在意義がなくなるのではないかと心配になるようなものがあり、私は鬱々としたものがあったのですが、高野氏の講演は、その辺りのことにも関わってきちんと批評をされ、私は話を伺いながらほっとしたことを覚えています。この本も、その講演会で話されていたことと重なる内容で、私は強い味方を手に入れたという思いで、共感を覚えながら読みました。

勉強になるところがたくさんあって、印をたくさん入れたのですが、特に「定型があつてこそ面白い」「ケの歌の周辺」「短歌の〈膨張〉について」「前衛短歌の光源と反照」「言葉はのろく、及び予定調和の件」の章が印象に残りました。短歌を学んでいる方にはぜひ読んでほしいと思う、内容の濃いいい本でした。私は、北原白秋の感性と佐藤佐太郎の表現が好きなのですが、二人の例歌が多くあげてあったので、大変ありがたかったです。たくさんの歌を引きながら具体的に解説してあり、講義を受けているような心地よさもありました。

例えばp53の文などは、強い自戒もこめて、歌を詠む時に忘れてはならないことだと思いました。少し引用します。

何をうたつても、それは作者のいのちを刻印している。確かにその通りであらう。しかし歌にはおのづから優劣がある。優と劣の分岐点はどこにあるか。それはただ一つ、言葉を使ふ能力である。言霊を信じる信じないは別にして、言葉を使ひこなす言語能力が優れてゐなければ、作品は凡作駄作とならざるを得ない。今、さういつた認識が欠けてゐるやうに思へる。

凡人の私ですが、歌を詠む&読む以上は、せめて言語能力を高める努力は怠らないでおこう、凡作駄作ばかりにならないよう、学ぶ姿勢は捨てずに生きていこうと思いました。

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         樫の木の花・団栗に

 2011年6月14日朝日新聞夕刊に「じゃこ天うどん」の記事が載っていました。
松山駅の到着メロディーが、今年の4月から新井満さん作詞・作曲し、トワエモワが歌う「この街で」になったそうです。

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 ふるさとつながりでもう一つ話題を追加
6月19日久しぶりに、S先生から電話がありました。1月には1ヶ月入院されていたのですが、だいぶ回復されたそうです。「テレビで、I くんの奥さんと同じ名前の人が料理番組に出ていたのだけれど、そうだろうか?」と尋ねられました。そうだと言うと、「じゃあ、前に犬と一緒に出ていた人もそうだね。初めてちゃんと見た!」と喜ばれていました。
「教え子のみんなは元気か?」と、あれこれ名前をあげて気にされていました。次の俳句は、「亀さんへ」ということで、いただきました。卒業して40年ですもんね、教師にとっての教え子は、こんな感じなのでしょう。「また」に寂しさを、「青嶺澄む」に優しさを感じ取りました。

  また遠くなりたる人へ青嶺(あおね)澄む

 お知らせ-よろしければご覧下さい。
私もお世話になっている書道の先生、菅谷藍(すがのやあい)さん(103歳)が、7月1日(金)午後2:20~2:40のNHK教育テレビ高校講座「家庭総合」に出られます。「もう一つの人生を生きる-新しい高齢者像」というテーマだそうです。
NHKの「百歳バンザイ!」に登場されてから3年、マスコミからの取材が多く、断っても是非!と言われ、元気な姿を見せて下さっています。ちなみに、どれも出演料などはなかったそうですが、誰でもテレビに出たいと思っているわけでもないのに、当然喜ぶだろうって発想、これって変じゃないですか?

テーマ:読んだ本の紹介 - ジャンル:本・雑誌

心に響く詩歌(歌集)-桑原正紀さんの歌集
  今回は桑原正紀さんの歌集をご紹介します。
   
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最初に桑原正紀氏の歌を知ったのは、「NHK短歌」2008年2月号の「自選五十首」コーナーでした。心にしみる歌が多く、印をいっぱい付けました。特に、次の一首は、冬欅(けやき)の立ち姿の好きな私にとって、忘れられない一首となりました。

冬欅すがしく聳(た)てり思想とは骨格にして鎧(よろ)ふものにあらず

初心者の私は具体に徹し、抽象的なことを詠むのはまだまだ先のことと感じていますが、このように人生観を詠むことができたら、どんなに素敵だろうと思います。
またここには、たくさんの「妻」「猫」を詠んだ歌が載せられていました。興味をひかれた私は、桑原正紀歌集『緑蔭』(新現代歌人叢書18/短歌新聞社/平成17年2005年/1000円)を購入しました。また、俳句誌「空」に連載中の拙文に、桑原氏の「猫」を詠んだ歌を引用したのがご縁で、歌集『妻へ。千年待たむ』(短歌研究社/平成19年・2007年/1700円)と歌集『天意』(短歌研究社/2010年/2700円)を、幸いにも手にすることができました。

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桑原正紀歌集『緑蔭』より

『火の陰翳』 昭和50年~昭和61年

猫は猫の矜恃もつらし夕かげの涼風(すずかぜ)に銀の髭吹かれをり

喩ふれば不意に襟巻はづしたる首の冷たさ 振り向けば独り

去勢手術了へたる猫がさびさびと尾を振りながら雲を見てをり

猫の背がひどく猫背であることも今宵は親しそのまま生きよ


猫の歌は、言うまでもなく共感を覚えるものばかり。つんとすまして外を見ている猫の姿には、猫の矜恃(きょうじ)を感じますし、去勢手術にはこちらの罪悪感が伴い、猫の様子が寂しく見えてなりません。猫背は姿勢の悪さの典型ですが、すべてをそのまま受け入れることで、作者も救われているのでしょう。二首目の孤独感を詠んだ歌は、体感温度を伴う比喩も、動作を伴う結句も秀逸で、冒頭にあげた歌に次いで忘れがたい一首であります。

『白露光』 昭和61年~平成3年

真夜中の赤信号に従ひて風のみ過ぐる交叉路に立つ

ベランダの青空に手をさしのべて濯ぎもの干す妻の日曜

生まざりし妻が猫呼ぶその声のひたやさしくてかなしかりけり


一首目の「風のみ過ぐる」、二首目の「青空に手をさしのべて」という表現が好きです。三首目、仕事に打ち込み子を持たずにきた妻へ、心を寄せる作者のいたわり、深い愛情が感じ取れます。

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『月下の譜』 平成4年~平成7年

いのちとは漏刻ならむ最終のひとつしづくをかなしみおもふ

たましひがすこし寒いぞちちははを恋ひゆけば秋の天のひた青

相槌をうながし妻がしやべるゆゑ相槌打ちぬ「ねっ」が聞こえれば

いま我は生
(よ)のどのあたり とある日の日暮里(につぽり)に見し脚のなき虹

やさしさは金(きん) 涼かぜの吹きかよふ木かげにしやがむ半眼の猫

春の雪降る日曜日妻ときてさよりの細きかがやきを買ふ

うつうつと雨にこもれる子の心わかりすぎるは教師に適
(む)かぬか

枝わかれ枝わかれする峡の道をあやまたず行く心の帰郷

「いのち」「たましひ」「生(よ)」「心」と、人生について考えることの多い作者の抽象的な表現が、普遍性を持って読み手の私にも届きます。精神性の強い作者ゆえ、「妻」と「猫」と一緒に暮らす日常が、救いでもあり輝きでもあるというのが、言葉遣いでよくわかります。

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『時のほとり』 平成8年~平成12年

妻は妻のかなしみをもて家中(いへぢゆう)に花かざりゆく雨の日曜日

あかるくてふる春のあめ見あぐればひかりの筒のなかをふりくる

この家に「小吉」ありますといふごとくもくれん咲けり佳きひとの家

八月の六、九、十二、十五日どうしようもなく生者ぞわれは 

 *十二日はわが誕生日なれど義姉の命日かつ日航機墜落事故の日

生まれかはり死にかはりしてわが猫の姿を借りてかぜを嗅ぐもの

こんなふうに私も歌を詠みたいと思った歌群です。具体と抽象のバランスがとてもよくて、情景も情感もしっかり伝わってきました。「ひかりの筒」「かぜを嗅ぐ」は、よく見ることから出てきた言葉。素敵な表現で、とても勉強になりました。

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『妻へ。千年待たむ』 (長歌2首・反歌3首・短歌281首)より

読みの参考に「はじめに」から少し抜粋します。
平成17年4月17日の朝7時過ぎ、妻が脳動脈瘤破裂で倒れた。まだ56歳と9箇月という働き盛りで、何の予兆もなく突然のことであった。退院のめどがたたないまま、2年が経過しようとしている。・・・妻が倒れたのは、あきらかにオーバーワークのゆえである。小さな私学の校長として、毎朝7時には出勤し、夜8時前の帰宅はほとんどなく、出勤日は年間300日を軽く超えていた。若い時から30年近く、妻は全速力で駆け抜けてきたのであろう。しかもその間、無欠勤というのが驚異的である。生徒の評判もいい教師だったようだ。道を外れたことには妥協しない厳しさで接するけれど、ふつうの場面では母親のようにやさしかったという。彼女はいつも懐中に辞職願を呑んで事に当たっているようなところがあった。・・・本歌集は、言ってみれば妻の闘病の記録であり、祈りをこめた妻への個人的なメッセージである。・・・私たちの関係は、〈夫婦〉というより〈同志〉という言い方のほうがふさわしかった。宙ぶらりんになった彼女の意思を思うと、一番近くにいた同志として、私の中につらく悔しい思いが今でも確かに揺曳している。

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冒頭に、高野公彦氏から送られた歌「ねむれ千年、ねむりさめたら一椀の粥たべてまたねむれ千年」を願文として待とうと思うという長歌があり、歌集の題名のもとにもなった次の反歌が添えられています。

吾妻はや目覚むるならば吾はもや千年待たむ二千年また

死も覚悟せよとは医師のことばにて神にあらねば、神にあらねば

幾本もの管につながりしろじろと繭ごもる妻よ 羽化するか、せよ。

指がうごき目が開
(あ)くまでのひと月を撫でさすりつつ妻に語りき

手の指が動いたといふそれだけであふるるものをもてあましをり

やうやくにリハビリ期に入りし妻にして物言はねども表情明る

今日妻の発せし言葉ふたつみつ花びら拾ふごとく書きとむ

坂の上に湧く白き雲 いまはただその雲めざし車椅子押す

飛行船ぽかんと浮ける冬のそら 妻のなづきに洞
(ほら)三つある

ぽかんぽかんと生きゆくもよしもう充分がんばつてきた君だから


肩書きのなくなりし妻の肩の辺(へ)に葉を洩れきたる夕光(ゆふかげ)あそぶ

気持ちが分かりすぎるぐらいわかる歌集で、自身も含め、ほんとにたくさんの人たちを脳裏に浮かべながら読んだ歌集でした。互いを認め合い尊重し合う団塊の世代の夫婦像として、個人的な事情を超えた価値があると思いました。

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『天意』より 平成19年~22年の作品460首/第7歌集

あとがきより抜粋
妻は依然として(5年間)病院暮らしであるが、体力は徐々に回復しつつある。平地の歩行訓練から階段昇降にまでリハビリの段階は進んでいる。ただ、平衡感覚がほとんど戻っていなくて、手をつないで支えていないと倒れてしまう。また、新しい記憶は留めないという記憶障害は好転せず、現実認識力が弱くて時空を相対的に感覚する機能も失われたままである。

われに積み妻に積まざる時間といふもの何ならむ季(とき)めぐりゆく

甘え足りぬ猫が選歌の邪魔をして詠草集の上に寝そべる

たましひが直
(ぢか)にこぼせる言の葉の金色(きん)の銀杏のごとくかがやく

はらはらと散る花を浴びほほゑめる妻はも菩薩ここ花浄土

臨終
(いまは)のとき迫れる猫を抱きやりて「ありがとうね」といくたびも言ふ

去年
(こぞ)の蝉一匹たりともゐないこと思へばはるか昼の泛く

がんばつて倒れし妻よでもそれが君の生き方「いち、に」「いち、に」

おしやべりをするやうに啼く猫だつたときをり妻に相槌も打ち

もつと生きたいなどとは決
(け)して思はざらむ願はず祈らず獣は生きて

たぶん君は一生分を働いた だから好きなだけかうしてゐなよ

夕色のきざす夏雲かがやけり永遠とはかかる一瞬ならむ

連翹のかがやく黄
(きい)のかたはらにその名わすれし妻がほほゑむ

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 長い入院生活、以前の能力を存分に発揮し活躍していた妻とは異なる現在の妻。思えば嘆くことも悔いることもあるでしょうが、作者も妻もそこに留まることはなく、新たな境地の中に幸せを見出そうとしています。作者の妻の天性の明るさと伸びやかさが、作者を励まし救っている様子に、私もほっとしました。私が自分の限界を超える仕事で乳癌になり退職したいと思った時、いちばん欲しかった言葉は、ここにあげた次の歌でした。「たぶん君は一生分を働いた だから好きなだけかうしてゐなよ」私にも頂いた言葉として、心に入れておきたいと思います。

 作者にとって同志である妻が入院しているこの間に、子どものように可愛がってきた牝猫ミーコが14歳で、翌年牡猫のレオが15歳で死んでしまいました。妻(奥さんという表現が似合わない気がして、そのまま妻と書きました。すみません。)にそのことは告げられないまま、一人の家に帰らねばならぬ作者の寂しさを思うと、猫の写真を載せるのは躊躇われましたが、猫好きの作者ゆえ許していただけるかと、我が家の牝猫ハオ(向かって右側)と甘えん坊の牡猫ミューの写真を載せました。作者ご夫妻が可愛がってこられた猫二匹に、重ねて見ていただけたら嬉しいです。

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

あんなことこんなこと-最近の新聞記事から思うこと
  東日本大震災及び福島原発事故に関する最近の新聞記事から思うこと・・・

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 ドイツ、イタリアが、国民の声を受け「脱原発」に舵をきることとなりました。日本の大惨事を見ての対応の早さに感心すると同時に、当事国である日本の迷走&無策の状態が悲しいです。アメリカの意を受け原発を推進してきて、今なお「より高度な安全基準を」と約束をし、原発を維持しようとする政府の気がしれません。一体どこを向いて誰のための政治をしているのでしょうか。なぜ私たちはもっと怒りの声をあげないのでしょうか。それともそういうニュースは、報道されないのでしょうか。日本列島は原発に包囲されていて、そこを攻撃されたら何の手立ても打てないことがこれだけ明確になったのに、私たち日本国民はどこに住んでいても、原発がある限り生命の危機にさらされていると言っても過言ではないのに…。

ついに、福島の酪農家から自殺者が出てしまいました。牛を30頭処分し、放射能汚染により牛乳の出荷もできず…、と書いてありました。大地震の行方不明者も、阪神大震災の犠牲者の数を上回る人たちがまだ見つからないまま、3ヶ月が経ってしまいました。瓦礫の山の凄まじい様子と、片付けの進まない現場の様子もテレビで見ました。早々と多額の義援金を寄付したユニクロの社長さんも、震災の対応の遅れと行政の停滞に、税金を払う意味がないと、新聞で怒っていました。国民(国会議員は知りませんが…)は、みんな同じ思いでしょう。内閣府原子力委員会のHPにも原発廃止・脱原発の声が多数寄せられていました。

今回は、新聞を読んで書き留めておきたいと思った記事をいくつか載せ、感想を少し加えたいと思います。削ったりまとめたりして、原文のままでないところもあります。ご了承下さい。

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村上春樹氏(小説家)
原爆の惨禍を経験した日本人は「核に対する『ノー』を叫び続けるべきだった。」
政府と電力会社が「効率の良い発電システム」である原発を推進した結果、地震国の日本が世界第3の原発大国になった。原発に疑問を持つ人々は「非現実的な夢想家」として退けられた。「われわれは持てる叡智を結集し原発に代わるエネルギー開発を国家レベルで追求すべきだった。それが広島、長崎の犠牲者に対する「集合的責任の取り方となったはずだ」。「夢を見ることを恐れてはいけない。『効率』や『便宜』という名前を持つ災厄に追いつかせてはならない。」

 原爆の悲惨な体験が、本当に国民全体のものとなっていなかったから、地震国日本の海岸沿いに多くの原発を造ることになってしまったのだと思います。知ることも考えることも止めてしまったというか、お上の言うことは正しいと素直に従ってきた村社会の習性というか、日本人の弱点がもろに出てしまったという気がします。

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 【栄紫】

赤川次郎氏(小説家)
「大規模震災と津波の被害については(後の対応は別にして)誰の責任も問うわけにはいかないだろう。しかし福島第一原子力発電所の惨事は『人災』である。この狭い国土の地震大国に次々に原子力発電所を建て続けたのは、電力会社と結んだ自民党政権であり、なぜ自民党の罪を問う声が起こらないのか不思議だ。また大手広告主の電力会社の顔色をうかがって原発の危険性に目をつぶってきた大手マスコミも同罪である。」「軍事費を大幅に削り大震災の復興に充てるべき。財源がないといいながら、防衛費にだけ手を付けないのはおかしい。何十億円もする最新兵器の購入を2、3年遅らせても実害はないはず。」

 日本に原発が導入されるに至った経緯、自民党政権、原子力委員会、経済界、日米の関わりなどが、連日新聞に載っています。読むたびに、今までの私たちの無関心や行動力のなさが、現在の悲惨な状況を招いてしまったのでないかと感じています。大きな影響力を持たないからと無力感に襲われ何もしなかったら、もう日本も地球も終わってしまうかもしれない。でも、ここでしっかり考えて未来への正しい選択をしないと、多くの犠牲に対して申し訳が立たないのではないでしょうか。

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 【水玉星】

大島堅一氏(立命館大学教授/環境経済学、環境・エネルギー政策論)
「国内にある原発を即時廃棄したとして、電力需要を3割削減すれば足ります。09年度の発電電力量9254億kwhを3割カットした量は、1984年度の発電量に匹敵します。省電力社会への転換や、風力、太陽光、バイオマス、地熱、水力などの再生可能エネルギーでまかなうことは十分可能です。」「原子力からの脱却へ踏み出せば、原子力予算に毎年投じている技術開発費、立地対策費など総額約4000億円を他に振り向けられます。使用済核燃料の再処理のために電気料金から2500億円積み上げています。合わせて6500億円が不要になります。新しい可能性が開けてきます。」

 我が家の今月の電気代は7500円ほどでした。エアコンは使っても年に数回。冬は電気こたつか電気カーペットで、夏は扇風機。子どもが小さい頃使っていた乾燥機も食洗機も処分して、何年も前から使っていません。テレビ・ラジオなども必要な時につけるだけなので、家の中はとても静かです。もちろん人のいない場所の灯りは消してあります。昔からずっとこんな感じですが、不便を感じたことはありません。電気の供給で儲けることを考えると、当然需要を増やす方向にいくでしょう。根本的なところから考え直す必要があるのでは、と思います。

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 【業平】

前高知県梼原(ゆすはら)町長中越武義(なかごしたけよし)の記事を読んで、こういう人が本当の政治家だと思いました。

1943年梼原村生まれ、中学3年で家に電気がつくまでランプの灯で勉強した。高校を卒業した1962年に役場の職員に。89年から助役を2期、97年から2009年まで町長。「努力の人。一貫して現場を大切にしてきた。」と現場の声。町長としての12年間、風力・太陽光・地熱・小水力・バイオマスと自然エネルギーを次々に採用した。

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 【初紅】

町長に就任したとき、町営リゾート施設の維持管理費を工面するため、風力発電の事業を開始。その収益を環境基金として積み立て、他の自然エネルギー採用の財源にする。
荒れたままだった森林を、間伐や手入れをすれば交付金を出す方法で、森をよみがえらせ、雇用を生み出した。間伐材は、バイオ燃料に活用、「森林セラピー」コースの整備で観光客誘致。森の水は、四万十川の源流となる。川の高低差を利用して小水力発電所を造る。町立施設のすべてに太陽光発電をつけ、地熱を利用して温水プールを造った。太陽光発電をつけた家に助成もし、普及率は四国で一番。

中越氏行政は建物など「造ること」に力を注ぎがちだが、いかに「将来に生かす」か考えることが大切です。

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 【美吉野】

多彩な環境政策の策定をトップダウンでなく、町民を前面に立ててやってきた。
財政は県内トップの健全性と安定性を誇る。山奥の過疎の町(人口4000人足らず)に、7人もの医者がいて、町立病院の経営は黒字。隣町で放射性廃棄物の最終処分場を誘致する動きが出たときは、他の自治体に先駆け反対を表明。

中越氏☆町の構想をコンサルタント頼みにすることが多いけれど、町をどうするかは町民自身が考えるべき。町民から公募した18歳から74歳までの委員に思いのすべてを述べてもらい、そこから環境・健康・教育を中心とした町づくりの方向性が決まった。

中越氏☆町民には「町にやってもらいたいことを言うな。あんたたちがやれることは何があるのか」と聞いています。生活に必要なものは町がしっかりやる。町民ができることは町民が自発的にやる。行政と町民が一体となって町を支えるのです。

中越氏☆地域作りは、住民が地域の良さを見いだして、その宝を生かすことを考えることから出発します。子どもから高齢者までみんなが生涯学習するんだという思いで、教育委員会には生涯学習課だけ。今の教育は、家庭教育も学校に任せている、それは間違っています。人は地域で育てるものです。

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 【小笹川】

柔らかな物腰と果敢な行動力で町政を変革し、惜しまれつつ自ら退いた。今は名刺の肩書に「百姓、土方、山防人(やまさきもり)」、裏には「国家の実力は地方に存する」と記す。

中越氏☆首長は権限が集中します。1期目は前の行政を継続しつつ新たな発想をし、2期目は自分の計画を実現し、3期目はそれを仕上げてチェックする。それ以上になると新たな発想は出ず、自分の身を守ることになりがちです。若い人に委ねるべきだと思いました。

中越氏☆モットーは「一日、一力、一心」。日々みんなの力を一つにして力を合わせれば実現しないことはない、と信じる。退職後の今も、新聞4紙に目を通す。

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 【涼夕】

 なんて素晴らしい人なんだろうと、ほれぼれしました。こういう人がどうして国政には現れないのでしょう。過疎の町だからできたということではなく、ここには学ぶべきことがいっぱい詰まっていると思いました。今回の原発事故のずっと前から考えていたエネルギーのことも、こうして実現している町があると知り、本当に嬉しく思いました。

「お前は何か世間の役に立つことができているか」と問われたらお恥ずかしい限りですが、だから、黙っておかなくてはいけないか、ということではないと考え、共感を覚えた記事を、コピーではなく自分で打ち込んで、ここにアップしました。「黙っていたら、現状を認めていることになる。何もかもわかってから行動したのでは、手遅れになる。」無知で不備なところもいっぱいあるブログですが、頑張っている人は応援したいし、共感を覚える発言には賛同を示したいと思います。そんな小さな声の積み重ねや集まりが、大きな声になることを信じて…。

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                【花菖蒲はすべて、万博公園日本庭園で撮りました。】

追記:6月17日朝刊より。やっと私にもできる具体的な行動が見つかりました。

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さようなら原発 1000万人アクション  ここをクリックすると、HPがあり、署名用紙が手に入ります。

テーマ:原発事故 - ジャンル:ニュース

心に響く詩歌(句集)-伊丹公子さんの句集・詩集
伊丹公子さんの句集と詩集をご紹介します。

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伊丹公子カナダ句集『ARGILLITE アーギライト』

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第九句集で、書名の『アーギライト』はカナダで採れる石の名前より。
1990年~93年、毎夏訪れたカナダでの俳句より100句選び編んだもの。
翻訳は三女のLee凪子さん、カナダの写真16枚は伊丹三樹彦氏による。

バンクーバー
在処(ありど)秘密の石磨く夏 インディアン
Polishing the stones / cut from a cliff / Secret place among Indians
句集名にちなんだ一句。ハイダインディアンは、その秘密の場所にボートを何マイルも漕ぎ辿りつき、絶壁をよじ登って石を採り、その灰色の石が黒くなるまで磨きこみ、そこに先祖伝来の彫刻をほどこすそうです。そういう異文化への驚きと、文化を伝えていくことへの共感が表れた句です。

思想もつかに キャピラノ川を のぼる鮭
As if possessing / a mind of its own / A salmon runs up / the Capilano River
産卵のため命をかけ生まれた川に戻ってくる鮭の行動は、ひたむきで沈黙である故、実に哲学的な姿に見えます。祖先を残すという執念は本能なのですが、思想を持つように思えるのは、懸命な鮭に思いを重ねる作者がいるからです。

ビクトリア
幽霊が出る城 尖塔への闇の濃淡
A haunted castle / Shades of darkness / up to the tower
使われている言葉がどれも、詩的・幻想的な伊丹公子さんのイメージに重なります。現実の情景に、悲しい物語が重なる感じで、想像をかきたてる魅力があります。

カナディアンロッキーの町
暑休家族の幸福同形 カヌー反る
The shape of happiness / is same for every family / rowing a canoe / Summer holiday
夏休みを過ごしに美しいカナディアンロッキーの町に、さまざまな土地からやってきた家族。みな同じように幸せな顔をして、湖に舟を浮かばせ涼しい夏を楽しんでいる。漢字の使い方が絶妙で面白いです。

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伊丹公子詩集『黒い聖母』

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1997年~2003年の作詩の中から18篇を選び収めた、第6詩集。
翻訳はLee凪子さん、キャサリン山本さん、写真24枚は伊丹三樹彦氏による。

「ベルギーの聖母子」

死せるキリストを抱いたマリアは / 聖堂の薄闇より昏かった
膝の上のキリストへ / おとしたまぶたは 
ふたたびあげることはないと思われた
幼いキリストを抱いた日の / あの どんな光より眩ゆい瞳を
ふたたび持つことはないと思われた
旅する聖堂で出会った / 死せるキリストを抱いたマリアの前で
私は絶望に似た怖れを抱いた

〈2連目省略〉

聖堂の外へ出ると / ベルギーの春だった
まるで若い日の聖母子のような / 母親と息子が
笑い声をひびかせて / 運河の岸へ駈けていった 
 (1998年3月)

この詩を読んで、あらゆる母親たちが持つ、深くて強い母性愛のことを思った。生の喜び、死の絶望・・・、作者の、マリアの、母親たちの胸中に起こるさまざまな思いが、脳裏に浮かぶリアルな映像とともに感じられた。

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伊丹公子句集『私の手紙』

 watasinotegami.jpg  (沖積舎/2007年/2800円)

第十三句集で、2002年~2007年の俳句より228句を選び収めたもの。
うち16句を写俳とし、写真は伊丹三樹彦氏、アレン・リー・チェイブーン氏、リー・チャオヤン氏による。
写俳ページの英訳は、リー凪子さんとリー・チャオヤン氏による。

2002年
幼年が 濃密にある 茹卵

ちらちらと花びら 鯛焼の尾が焦げる

2003年
潮の匂いの脂粉 雫して 村芝居

紅貝 月貝 売って 風棲む孤老の店

2004年
『月に吠える』が書かれた部屋だ 薄い酸素

2005年
我慢の優しさ持つ 御嶽の村の馬

2006年
齢たずねあう 梅林のこのあかるさに

牡丹三日咲けば 三日の空の彩

巻いて巻いて 巻貝の夢てっぺんから


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 詩心があって、どの句も大好き!和風・洋風、幼年・老年、日本・外国、etc.どこへだって時空を超えて自由に飛んでいく言葉と心に、わくわくしながら読みました。

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

心に響く詩歌(句集)-伊丹三樹彦氏の写俳集三冊
 今回は伊丹三樹彦氏の写俳集のうち、非常に手に入りにくい3冊をご紹介します。

〈顔施〉の信奉者でもある伊丹氏は、言葉の通じない海外に出かけても笑顔で交流し、魅力的な写真をたくさん撮って、以下にご紹介するような素晴らしい作品集にされました。いつだって全力投球の伊丹氏は、俳句と写真への情熱が際だっており、どの写俳作品からも物語が生まれそうです。
ここにあげる写俳作品の写真は、マレーシア・インドネシア・パリが舞台ですが、それぞれの地域の空気感がよく出ていると思います。光と影のバランスも、地域や時間帯・季節によって異なり、それぞれに雰囲気がありますね。写真につけられた俳句からは、音や動きが感じられ、一つ一つその世界に入っていくことができます。

伊丹三樹彦写俳集『隣人有彩 ASIAN PART2』

 rinzinyusai.jpg   (1985年/牧羊社/8000円/p201)

『隣人ASIAN』に続く第二写俳集。写真100枚に対し新作100句の書き下ろしで、氏の唱える〈先写後俳〉の実践でもあります。約5万枚のポジフィルムから1千枚をプリントし更に厳選した作品集で、二科展などの写真展受賞作(確か表紙の写真も)も含まれています。

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暑く 眠く 時空の余白の ベンチ老人     声明に 帰依の足音 パパイヤ熟れ


伊丹三樹彦写俳集『隣人洋島 OCEANIAN』

 rinzinyoutou.jpg (1987年/牧羊社/8000円/p201)

ハワイ・東サモア・西サモア・フィジー・ニューカレドニア・オーストラリア・インドネシアへの旅に取材した写真と俳句を収めた著者第三番目の写俳集にして、「隣人シリーズ三部作」の最後の作品集。

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割れ門から善神 プルメリアを咥え   王妃の額ばかりの部屋も 蝉の朝


伊丹三樹彦写俳集『巴里 パリ PARIS』

paripari.jpg (1989年/ビレッジプレス/4000円/p58)

これまでの、そしてこれ以降の伊丹氏の写俳集に欠かせない方々の名前を挙げておきます。岩宮武二氏、有野永霧氏、一谷定之烝氏、小林正典氏、奥田幸義氏、村元武氏。出会いを大切にされる伊丹氏の周辺には、実に多彩で心豊かで行動力のある方々が揃っておられると、先日の式典(以下参照)でも強く感じました。

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 ベンチ一つが舞台 男あり 女あり      晩年は殊更 動物伴侶の国


 5月15日(日)新神戸のANAクラウンプラザホテルで「青群5周年&伊丹三樹彦『知見』三部作完成記念」式典が催されました。その時お渡しする記念品として、ここにあげた3冊から12作品を選び、絵葉書を作成しました。(ここに載せた8枚は、その一部です。)これらの本はどれも見開きで鑑賞するという前提で編集に工夫がされているので、葉書も「見開きのページの2枚1組で」というのが、作成を依頼されたときの条件でした。ここでも、その対比の妙を味わっていただけると、嬉しいです。
本が手に入らない人のために、少しでもその雰囲気を味わってもらえるよう、1組ごとに俳句の文字色を変えたり、表書きに「青群」誌からコピーした会のマークを入れたりして、楽しんで作りました。厚めのインクジェット紙や上質な封筒も、ネットで検索して無事見つけることができ、100組完成!正直1200枚の印刷は終わるまで心配でしたが、昨年末新しくした印刷機が頑張ってくれました。
式典会場で隣の席だった方(この方がまた行動的で面白い方!HP「森羅万象の館」あり)に、「パソコンのお仕事ですか?」と尋ねられました。もちろん違いますが…。伊丹氏にはいつも親切にしていただいているので、本当は「お祝いで無料に」と申し上げたいところでしたが、残念ながら私はお金持ちでないので、料金を頂きました。何だか葉書屋さんになれそうです。
*今回ハガキ制作に使用したのは、
「プロ紙サッコ」の「プロ紙 はがきサイズ・両面無地【特厚口 厚さ0.33mm インクジェット対応】」
「ハグルマ封筒」の「洋2カマス コットン 黄緑」です。
 どちらの用紙も厚みがあるので、後ろトレイのある印刷機でないと無理です。

 ハガキを作ったお礼にと、次のような世界でたった一つの俳句を下さいました。

    過去戻す写俳絵葉書 朋子の業    三樹彦 
  
 今では手に入りにくい本を、このような形で、少しですが皆さんに知っていただけて、よかったです。
                
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生きるにも 死ぬにも眩む 瑠璃炎天     神々を 生むは 絵筆の座り神      
                               (『隣人有彩 ASIAN PART2』より)

 先日、「写俳」の師として敬慕している「写俳亭」伊丹三樹彦先生から、気が向いたら「写俳女」青木と名乗って下さい。という嬉しいお葉書を頂きました。ありがとうございます!精進します!
さらに本日は、俳句も頂き、宝物が増えました!お忙しいのに、ほんとうに筆まめで、心温かく優しい方です。

    悠々自適の朋子の写俳 青葉光    三樹彦


テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

季節の詩歌(22)~薔薇を抱く~
 柴田佐知子主宰「空」俳句雑誌36号(4月30日発行)に載せていただいた拙文です。

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季節の詩歌(22)~薔薇を抱く~               

薔薇を抱き込み上げて来るものを抱き     蔦 三郎

中国渡来の薔薇(そうび)が、日本の文学に登場してくるのは、千二百年も前のこと。今や数え切れないほどの品種が栽培され、華やかな場面に欠かせない存在となっている。冒頭の一句は、そんな役割を持った薔薇の典型として、結婚式における新郎新婦から両親への花束贈呈の場面であろうと思われる。
色美しく香りも高い花束を受け取るとき、作者の心中に去来する想いを想像すると、私まで胸がいっぱいになる。「込み上げて来るもの」という抽象的な表現が、逆に多くの具体を思い起こさせる。
次の句も嬉しく幸せな場面を詠まれたもの。欲を言えば、「手渡し」されたいけれども、「宅送」だから甘くなりすぎず、佳句になったのだと思う。遠い地にありながら、長寿を祝ってくれる人のいることが、作者の人生の豊かさを示している。

八十本のバラ宅送さる傘寿の日       天川 悦子

薔薇の花束を贈られるのは、何歳になっても気持ちを高揚させるが、若いときに聞いた歌「百万本のバラ」は、その数の多さで、私を圧倒した。

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 小さな家とキャンバス 他にはなにもない 貧しい 絵描きが 女優に恋をした 
 大好きなあの人に バラの花をあげたい ある日街中の バラを買いました 
 百万本のバラの花を あなたに あなたに あなたにあげる 
 窓から 窓から 見える広場を 真っ赤なバラで うめつくして…


この歌は、ロシア(グルジア)歌謡として、加藤登紀子が歌った日本語版の歌詞である。美しいフランス人踊り子に魅せられた、グルジアの画家ニコ・ピロスマニが、彼女に「花の海」を贈ったという話が残っていて、それに基づいた歌詞とも言われている。
叶わなかった恋ではあるけれど、歌は、「バラの思い出は心に消えなかった」と続く。花を贈るということは、贈られる側だけでなく贈る側にも、深い感動を与えるのだ。それがバラとなると、とりわけ強く。そんなことを、次の歌を読んだときにも思った。

抱きたる薔薇ひと束ともろともに少女炎えたつ夜の車中に        久葉 堯

「炎えたつ」に少女の情念や胸の高鳴りが感じられ、この歌の前後の出来事が、一つの物語のように見えてくる。乗客の一人として見ていた作者の脳裏には、少女の相手の姿まで浮かんでいたのではないか。
同じ贈るにしても、次の短歌や俳句は少し切ない。

百万本の薔薇をくださいこれからはひとりで生きていくのですから   江副壬曳子

これは先にあげた歌「百万本のバラ」を踏まえたものだが、「あげたい」という歌詞に対して、こちらは「ください」とある。もちろん真っ赤な薔薇だろう。勇気と決意を与えてくれるのは、数と色だ。

われに來る倖ひとつ待つごとくあかき薔薇の一束を買ふ       生方たつゑ
薔薇一本包ませてをりおのがため      秋山 素子


「一束」と「一本」の違いはあるが、思いは共通している。そしてこれは絶対、優雅で高貴なイメージを持つ「赤い薔薇」でなければならない。どちらの作者も、自らを凜と立たせて生きようとしているのだから。作者が女性であることも、納得がいく。

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深紅、薄紅、白、黄を始めとして、薔薇の花は実に多彩な色を持つが、それだけに新しい色への挑戦も続く。「不可能」の意味すら持っていた「青いバラ」が、バイオテクノロジーの発展により現実のものとなったというニュースは、まだ新しい。

パソコンの横にバイオの薔薇は咲き日々しろがねの水を欲(ほ)るなり   栗木 京子

現代のクールなデジタル社会が、「バイオの薔薇」に象徴されている。どの語句にも、それが感じられるが、特に「欲る」という語には、人間らしい生活が浸蝕されていくような怖さがある。

青い薔薇咲かせて病んでゐる地球      幸喜美恵子
青薔薇もてはやされてより狂ふ        岩美ちづる


この二句は、自然の領域に踏み込んでいく人間への異議申し立てが、より鮮明である。「青いバラ」は青色色素を持つそうだが、私の目には薄紫の寂しい色に見える。さらに言えば、青ざめ震えているようでもある。科学の進歩の恩恵を受け暮らしている身ではあるが、「青いバラ」は憧れのままでよかったのではないかと思ってしまう。他の生命を人間が操作する不遜さ、そのことによる地球全体の歪み、句の作者は、詩人の魂で、その危機に警鐘を鳴らしている。

ひと世かけてわれはなにせむ三代を経て出づるとふ黒薔薇のいろ   大西 民子

真紅をさらに深くし艶を持たせた「黒薔薇」は、どこか怪しい雰囲気を持つ。この花も、新種を作り出したいという情熱が生み出した結果だろうが、「三代を経て」というところに惹かれる。目の前の黒薔薇に感慨を抱き、ひと世の生である己を見つめている作者の胸中は、複雑だったのではないか。

ためらひもなく花季(はなどき)となる黄薔薇何を怖れつつ吾は生き来し   尾崎左永子

シンプルに生きればいいではないかと、明るい黄の薔薇が教えてくれる。この歌では、自己主張しないけれども咲いたことがはっきり分かる「黄薔薇」であることが、とても大切だ。

薔薇を剪る色に重さのありにけり      堀上 一成

園芸家がバラの色にこだわるのは、この句のように「重さ」が違うからだろう。もちろん物質としての重さではなく、心に与える重さの違いであるが、つくづく人間は精神的な存在だと思う。花は花で、生殖に有利なように色の工夫をしてきただけなのに。

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薔薇の苗咲き乱る庭夢み買ふ        船津つねを

虫の付きやすいバラは、なかなか育てにくく、バラ園の維持管理は大変だと聞くが、実際はどうなのだろう。わが家のベランダのバラは案外丈夫で、大した手入れもしないのに、春と秋にはきちんと花を付けてくれる。ガーデニングの本などを見ると、私もこの句のように、薔薇の咲き乱れる庭を夢想するが、現実には各地のバラ園を訪ねるのみである。

バラ園のホースの水を天に放つ       栗田やすし
百千の薔薇の中より呼ばれけり       出口 善子
薔薇の園引き返さねば出口なし       津田 清子


どの句の情景も心当たりがあり、親しみを覚える。思い切り散水をしている様子を見ると、バラの花びらは思っているよりずっと強いようだ。自分で「百千」も育てることはかなわないが、専門家によって丁寧に世話をされたバラを愛でることは、大きな喜びである。花に埋もれ、花の香に包まれたときの幸福感は、他のものに代え難い。私の一番好きなバラ園は、兵庫県伊丹市にある荒牧バラ園だが、確かにここも通り抜けができない。花泥棒を恐れてというわけでもなかろうが、閉じられた空間であることが、バラ園には似合う気がする。

一つ一つ覗きし薔薇の渦に酔ふ       蓬田紀枝子
薔薇嗅いで体内の水濃くしたり        中岡 昌太


幾重にも重なる花弁は、虫や蝶だけでなく人間も誘う。あまりの美しさに、おろそかに見ることができず、つい一つずつ真剣に見てしまうことになる。いや、見るだけでなく、その芳醇な香りも吸い込むように嗅いでしまう。長時間体を曲げすぎて、一通り見終えた頃には大抵腰のあたりが痛くなっているのも、いつものことである。それでも立ち去りがたいのは、次のような薔薇に出会ってしまうからである。

ロココ美として極まれる薔薇もあり     京極 杞陽
みづからの光のごとき明るさをささげて咲けりくれなゐの薔薇    佐藤佐太郎


やはりバラは花の女王に違いないと思う瞬間である。
しかし、優雅で華麗な薔薇にも、次の句のように盛りを過ぎ、やがて散るときがやって来る。それでも美しく人を魅了するのが、いかにも薔薇らしいところである。どちらも結句で、薔薇が魂を持っているような表現がなされていて、興味深い。

咲き切つて薔薇の容(かたち)を越えけるも   中村草田男
花びらの落ちつつほかの薔薇くだく      篠原 梵

次の二句は、薔薇の花びらの自由奔放に散る様を、比喩や聴覚で表していて、その斬新さが、気品ある薔薇に合っていて、印象に残る。

トランプを投げしごと壺の薔薇くづれ    渡辺 水巴
バラ散るや己がくづれし音の中       中村 汀女


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人はなぜこんなに薔薇に心惹かれるのだろうと思いつつ、私自身は、花屋の豪華で高価な薔薇よりも、野ばらや一重の質素な自然のままに近いバラに魅力を感じている。百年の眠りについた『いばら姫』のお城に巻き付いたのは、蔓薔薇だっただろうか。棘を使って壁に張り付いていくのが、薔薇本来の姿なのではないかと思ったりする。花屋の薔薇は棘を抜かれ、人間好みに変えられて、装飾過多のラッピングの中で窒息しているかもしれない。
次の二首のように、人の手があまり加わらず、気づいたら自由気ままに繁殖していたというような薔薇を見ると、ほっとする。それは、私たちが窮屈な人間社会に生きているからに違いない。

中庭に薔薇を育てて来し光ゆるやかに薔薇の枝を曲げたり       香川 ヒサ
裂けて立つ木の名は知らずうらうらと木香薔薇の花のなだるる    花山多佳子


次の詩歌にあるように、あるがままに、当たり前の姿で、私たちも自由に楽しく人生を送りたいと思う。

薔薇ノ木ニ 薔薇ノ花サク。/ ナニゴトノ不思議ナケレド。 北原白秋「薔薇二曲」
定住の家をもたねば朝に夜にシシリイの薔薇やマジョルカの花    斎藤 史


魔女の呪文のように唱えたら、心はあっという間に地中海に飛ぶ。体がふわっと軽くなり、花もくすっと笑ってくれそうな大好きな歌である。

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                    *雨の上がった直後、茨木市若園バラ園にて撮影。

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プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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