心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く本-今年最後のご紹介本
 今年もあと少しで終わり。毎日悔いのないようにと、自分なりに一生懸命生きました。
世の中はなかなか自分の思うようにはいきませんが、せめて自分自身は自分の思うように。
パソコンに向かう時間は最小限にし、できる限り地に足をつけて生きようと思った一年でした。
今年も拙いブログにお付き合い下さってありがとうございました。コメントに励まされました。
さて、今年最後の本の紹介です。ちょっとその前に、皆さんに見ていただきたい写真を一枚。

 今年撮った中で一番気に入っている元気になれる写真です。
103歳の書の先生。右の条幅(半切大)は、先生のこの秋の書道展用の新作です。
忘年会の食事の飾りについていたクリスマスブッシュを手に満面の笑み。(ほろ酔い?)
45歳も年下の私よりずっときれいでつやつやしたお肌!口元の小じわがないのも驚異的!
ご自身の歯と髪です。自分でお買い物もお料理もされ、十数名の生徒を持つ現役の書の師。
生き生きと明るく元気でよく動かれます。大きな笑い声のたえない毎日に、長寿の秘訣あり。
甘えず自分のことは自分でするという当たり前のことを、ずっと続けておられるからですね。

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 まだ紹介してなかった本の中から、読みやすいものを10冊。
今年読んだのは、173冊。本物の読書家のような難しい本は、読めていません。

A:人が殺されないミステリー。なので、謎解きを楽しみながら、私にも読めました。

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三上延著『ビブリア古書堂の事件帖』(メディアワークス文庫・2011年・590円)
    気楽に読める楽しい本でした。本好きの人は、はまりそう。次も楽しみです。

松岡圭祐著『万能鑑定士の事件簿Q ⅩⅡ』(角川文庫・2011年・514円)
    太陽の塔が舞台で、住んでいる地域がたくさん出るので、このシリーズ最終巻だけ購入。
    土地勘のある人間が読むと「あれ?」と思うところもありましたが、近所が出て嬉しい。


B:中高校生向きの作品が多い作者ですが、上手い書き手で気に入りました。

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魚住直子著『ピンクの神様』(講談社・2008年・1500円)
     七つの短編集で、若い女性が主人公。人と関わる時の微妙な心理がよく書けています。

魚住直子著『大盛りワックス虫ボトル』(講談社・2011年・950円)
     中学2年の男子3人が主人公の物語。面白いだけでなく、しみじみとした良さもあり。

魚住直子著『園芸少年』(講談社・2009年・1300円)
     高校1年の男子3人が主人公。園芸に癒され成長していく、面白くてさわやかな物語。
    

C:俳句や国語など言葉に興味のある方、学んでみたい方にもってこいの本です。

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ひらのこぼ著『名句集100冊から学ぶ俳句発想法』(草思社・2011年・1500円)
     こんなに上手い句を読んだら却って作れなくなるかもしれない…と、心配になりました。
     所属する「空」の主宰柴田佐知子先生の句集『垂直』も、紹介してあります。

後藤武士著『読むだけですっきりわかる国語の基礎』(宝島SUGOI文庫・2011年・476円)
後藤武士著『読むだけですっきりわかる国語読解力』(宝島SUGOI文庫・2011年・457円)
     どちらも納得のいく内容で、国語という教科の特性や学び方を習得できるいい本でした。


D:懐かしい感じのする漫画です。気持ちがよく表現できていて、浅くないのがいい。

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羽海野チカ著『3月のライオン』(白泉社・2011年・486円) 
     将棋士の主人公と、彼と関わりのある一家の真剣で温かい物語。人間が描けている。
     マンガ大賞2011と講談社漫画賞のW受賞もうなずける力作です。

羽海野チカ著『スピカ』(白泉社・2011年・500円)
     初期の短編集。彼女の作品の原点が詰まっていて、これもよかったなあ。 

          皆さん、よいお年をお迎えください。

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心に響く風景-兵庫県福崎 應聖寺
 11月27日、兵庫県福崎にある應聖寺(おうしょうじ)さんとかさがた温泉せせらぎの湯に、伊丹三樹彦先生の句碑巡りに出かけました。「青群」「杭」の結社の方やそうでない方も含め、超結社の総勢22名で、バスを借りてのミニ旅行でした。ちょうど1年前にも数名で出かけたのですが、今回はお茶室の公開もあり、にぎやかで楽しく盛りだくさんの一日となりました。應聖寺さんとせせらぎの湯の皆さんには、前回同様大変親切にして頂き、温かいおもてなしに感謝しております。
これまた前回同様、Nさんと私はしゃべりすぎて、電車の下車駅を乗り過ごしてしまい、焦りましたが…。今年は應聖寺さんの写真を中心に。

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 前住職が彫られた涅槃釈迦。さつきの花衣をまとっていますので季節ごとに味わいが。

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        これも前住職の彫られた不動明王。涅槃釈迦もこちらも大きいけれど、温かい。

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        ↑正面からと ↓背後から
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 節分の行事も、大変な人出でにぎわうそうです。きっとこの鬼が活躍するんですね。

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伊丹三樹彦先生の俳句と書の軸がたくさん掛けてあります。別名「沙羅の寺」にちなんだ句群。


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         お囃子にひかれてお寺の外に出たら、神楽が村の家々を巡っていました。

テーマ:風景写真 - ジャンル:写真

心に響く風景-箕面(紅葉のほかにも)
 前回の箕面の紅葉の写真以外に、心ひかれた風景をアップしてみます。

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箕面の滝道入り口近く。木造三階建てのお食事処。昔は旅館だったようです。レトロで魅力的。


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瀧安寺の境内。南天に結んだおみくじと灯篭と橋の欄干の赤尽くしが、年賀状に使えそう。


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弁財天の境内で出会ったワンちゃん。名前はバンビちゃんですが、この日のいでたちはトラさん。
ワンちゃんを散歩させている人にたくさん会いましたが、なぜか男性が多かったです。

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滝道の終点。滝にお日様が当たって、虹がかかっていました。写真でも何とか見えますね。


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12月初旬ですが、今年は紅葉が遅いということで、例年より人出が多くにぎわっていました。
毎年会うちょっとダンディな人に、今年も会いました。ジョギングやウォーキングの常連も。


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「時習堂」という現代立志伝中の人などが紹介してある建物の入り口。寺子屋ふうのしつらい。

テーマ:撮ってみた - ジャンル:写真

季節の詩歌(25)~紅葉かな~
 ご無沙汰しております。またまた久しぶりのアップです。仕事以外のことでやたら忙しくしており、やっと時間がとれました。「空」誌39号(2011年10月)に載せていただいた拙文です。これまたやっと行けた今年の箕面の紅葉と一緒に楽しんでいただけたら、うれしいです。

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季節の詩歌(25) ~ 紅葉かな ~               

『万葉集巻一』に、額田王の有名な長歌がある。天智天皇が内大臣藤原鎌足に詔(みことのり)して、「春山(しゅんざん)万花(ばんくわ)の艶(えん)と秋山(しうさん)千葉(せんえふ)の彩(いろ)」の興趣を競わせたときに、「秋山」と判定した歌である。

冬ごもり春さり来れば 鳴かざりし鳥も来鳴きぬ 咲かざりし花も咲けれど 山を茂み入りても取らず 草深み取りても見ず 秋山の木の葉を見ては 黄葉をば取りてそしのふ 青きをば置きてそ嘆く そこし恨めし 秋山そ我は

額田王は、鳥鳴き花咲く春よりも黄葉の秋に心ひかれるという。若い時にはさほど共感を覚えなかったが、大病を境に私も「秋山」派となった。次の句群は、まさに自分のことだと思って読んだ作品である。

まづ声の駆け出してゐる紅葉かな   武政 礼子

紅葉まで術後の力ためしおり      原田タキ子

恋ともちがふ紅葉の岸をともにして   飯島 晴子

上り行く道あたたまる紅葉かな     広瀬 直人

濃紅葉(こもみぢ)に涙せき来る如何にせん    高浜 虚子


庭木や街路樹など身近なところにも、もちろん紅葉した木々はある。しかし大自然の中に見る紅葉は格別である。手術後は養生が大切と、仕事以外の外出をできるだけ控えていた私だが、紅葉だよりが届くようになり、思い切って遠出をした。
車窓からも、現地に着いてからも、まず出たのは感嘆の声である。一句目、「駆け出す」という擬人法が効果的で、目の前に広がる風景に対する作者の感動が鮮明である。二句目のように、一歩一歩の力を試しながら、ゆっくりと目的の地まで足を運んだ。 
道中「無理するな」といたわる夫に、今までとは違う感情がわいてきた。三句目の「恋ともちがふ」というのがぴったりくるような、心の深いところでの連帯感である。四句目にあるように、私の身も心も「あたたまる」思いであったのは、体を動かしたり心が揺れたりしたからだけではなく、紅葉に包まれたのが大きな理由であったろう。
私が出かけたのは、兵庫県有馬にある瑞宝寺であるが、ここの紅葉は、それまでに見たどの紅葉よりも見事であった。極め尽くしたような濃い紅に、生ある喜びを強く感じ、虚子の句と同様、私も涙が込み上げてならなかった。散る前の渾身の力に人生を重ねることは容易だが、この句はそういう理屈を超えた「濃紅葉」の存在そのものへの感動であると、私には思われる。あれから十年になるが、今もあの情景を思い出すたびに、心が熱くなるのである。

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 私の個人的な体験を述べるまでもなく、紅葉への感動は多くの詩歌に詠まれ、同時に多くの紅葉の名所を生んできた。山、川、谷、寺社…そこには、どこか神さびた力も働いているようである。

大紅葉燃え上がらんとしつつあり   高浜 虚子

枝のべて水も燃えゐる紅葉かな    水原秋桜子


一谷を風わたるときさかんなる火鳴りのごとく紅葉うごけり    小中 英之

『万葉集』の時代、「黄葉」と書かれていた「もみぢ」が、「紅葉」と表記されるようになったことと、「燃える」という比喩とは関わりがありそうだ。「錦」に喩えられることの多かった紅葉に、炎の赤を感じた、その昂ぶりが虚子の句には出ている。紅葉が絶頂に到ろうとするときの生命力の高まりを、見事に表現した名句で、これを知ると迂闊に「燃える」は使えないなと思う。「水も燃え」とした秋桜子の句には、新しい発見と美へのこだわりが感じられる。冷静な知性が働いている気がするのは、晩秋の「水」の冷たさを連想するからだろうか。
短歌の方には、音も伴う動きの激しさがある。谷を渡る風に揺れ動く紅葉の枝葉の様子を、「火鳴り」と捉えることで、紅葉の中に見た情念をも表すことができたのではないだろうか。次の歌や句には、紅葉に魅入られ一体化してしまった作者がいる。

年古りし紅葉の一樹日を浴びて身にくれなゐの漲りひかる       来嶋 靖生

考へることやめし樹よ紅葉して    中尾寿美子


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日の光が当たる時とそうでない時とでは、紅葉への感動が全く違う。光は絶対的な条件であると言っても過言ではないと思うほどである。それにしても、この「身にくれなゐの漲り」という表現は、迫力がある。心を寄せ、作者が樹に同化してしまったに違いない。句の「考へること」を止めたのは、樹も作者も、であろう。圧倒的な美の前に、呆然としている作者。私ならたぶん、ぽかんと口を開け、美しい紅葉に見とれているだろう。次の歌と句は、「くれなゐ」に魂を奪われ、「われ」が木か、木が「われ」か分からないほどの状況と思われる。

身も魂(たま)もくれなゐに染みくれなゐにもみづる山をと行きかく行く     都筑 省吾

一本の紅葉に染まりゆくわれか    稲畑 汀子


紅葉の妖しい魅力にとりつかれた時、見えてくるのが「神」や「鬼」であるところが、妙に人間くさくて、私は次にあげる作品群を興味深く読んだ。

波うてる山ことごとくもみぢしぬ遠世のひとは神を見にけむ      大野 誠男

植林された年中緑の山と違い、広葉落葉樹の山々は全山色づき、息を呑む美しさである。緑から黄・朱・赤・紅と言葉では尽くせない彩りに、昔の人は「神」を見たであろうという、この歌。人力の及ばない大自然の美には、今の世の私たちも神秘を感じる。

尾も峰もはざまも赤く染まりたり少女となりて鬼出で来むか      都筑 省吾

この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉    三橋 鷹女


紅葉は色鮮やかで華やかであるから、出現する鬼も「少女」や「女」であろうと連想するのは、とても納得がいく。同性の友人と紅葉狩に出かけた時のことだ。見ても見ても尽きぬ紅葉の美しさに、私たちの興奮度は高まるばかり。あのまま日が沈まなければ、狂喜のあまり、私たちは鬼になっていたかもしれない。男性の心理は分からないが、試しに、「少年の鬼」「鬼男」と書き換えてみて、改めて、「紅葉」と「女」の結びつきの強さを感じている。

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 「紅葉」というと、いまや「楓」の代名詞のようであるが、色づくものは、桜・欅・櫨・蔦・草など多彩で、色も様々である。特に「黄葉」の代表として、公孫樹の黄色は欠かせない。

金色(こんじき)のちひさき鳥のかたちして銀杏(いてふ)ちるなり夕日の岡に  与謝野晶子

小学生も知っている有名な一首で、文句なしの巧さである。比喩・色彩・時間・動き・リズム、どの一語も無駄がなく、誰の脳裏にも明確な像を結ばせる。一読して覚えてしまう名歌は、次のような機知に富んだ歌を生ませることとなる。
この歌の作者は、銀杏の落ち葉を見るたびに、「金色のちひさき鳥」という比喩が浮かんでしまうのだろう。過去のものを知れば知るほど、表現者としては、新しいものを生み出す辛さがある。そんな自分への苛立ちが、「踏みつけて」というきつい言葉になったのか。現代的で面白い歌だ。

金色(こんじき)のちひさき鳥という比喩を踏みつけて歩(ゆ)く銀杏並木路   宮原 望子

散る銀杏の比喩で晶子を超えることは、なかなか難しいことだろうと思っていた時、次の歌に出会った。

風のたびあまたの金の葉揺りあげて公孫樹はすでに塔といふべし      松坂 弘

大学構内で、公園や神社で、公孫樹の大木をよく見かける。また、それら樹齢の長い木を、それぞれの場所のシンボルとしている例も多い。それを「塔」ととらえたこの歌は、新しい見方で説得力がある。次の句とも重なるが、明るい黄色の葉をたっぷりつけた公孫樹は、遠くからでもよく目立ち、思い出の中の心象風景とも重なる。

とある日の銀杏もみじの遠眺め   久保田万太郎

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大阪では御堂筋の街路樹が有名な銀杏だが、実は、東大・阪大などの校章デザインにも使われている。そんなことも思い合わせて次の句を読むと、想像の翼が広がり、「思慮ふかぶかと」という語に、人生後半期の思慮深さや豊かさを感じる。

黄葉して思慮ふかぶかと銀杏の樹   鷹羽 狩行

自分の人生の残りを意識するようになった時、殊更心に沁みるのが、晩秋の色づいた木々である。一木においても一色ということがなく、淡い黄色から茶褐色に至るまで葉の色は変化に富む。それぞれの個性と来し方を思わせる黄葉・紅葉に、自らの晩年を重ねる人も多いだろう。次の歌は、萩を、花よりは黄葉のころに見ようという言葉に、共感を覚えた作者の歌である。冒頭の長歌のように、花より黄葉・紅葉と思う人が、年齢と共に増えてくるのだろう。

萩むらは花よりも黄葉(もみぢ)のころに見ん八十歳の言のよろしも    醍醐志万子

水音と即かず離れず紅葉狩      後藤比奈夫

ほどほどに老いて紅葉の山歩き    能村登四郎


紅葉の名所には、渓谷や山が多い。空気の澄んだ自然豊かな地で、「即かず離れず」「ほどほどに」楽しむ姿勢には、人生経験を積んだ人たちの余裕が感じられる。次の歌の一・二句にも、軽やかな生き方が表現されていて、自分の身を縛るものから自由になった晩年の良さが読み取れる。

脚かるがる心かるがる去年よりもいくらか早きもみぢ葉の下を        清水 房雄

軽みの境地に至るほど悟れていない私は、次の歌のように、散りゆく葉に心を乗せて行こうと思う。花見と違って、ゆっくり味わいたい紅葉である。

身体(しんたい)にしまふ心の荷をほどく 公孫樹が散つて楓が散つて     青木 昭子

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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年3カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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