心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
あんなことこんなこと-ちょっとお出かけ京都編
7月4日追加のお知らせ
 リンク先(右列)の「うみそら居士さんの原発のない社会をめざして」のブログは、意欲的に脱原発の記事をアップし続けておられます。そこに、FRYING DUTCHMAN という京都のミュージシャンが歌う(というか必死で叫んでいる)「human ERROR」という曲のビデオがアップされています。17分ほどあるのですが、とてもまともなことを熱い思いで訴えていて、「ほんとにその通り!」と相槌を打ちながら全部見ました。皆さんもぜひ、ご覧ください。この若者の頑張りに応えましょう!

 新聞には、大飯原発の再稼働が決まった途端、扇風機の売れ行きが落ちたと載っていました。それは、あまりにも情けないのではありませんか。原発がなくてもやっていけることを示すためにも、節電は続けなくては!そもそも電気を使った便利で快適な(ほんとに快適かどうかは疑問ですが…)生活に頼りすぎた人間が、さまざまなところに害を及ぼしているのですから。

 東京までは行けない皆さんへ、ここのページの一番下の記事と関連するお知らせです。
7月16日10時 吹田市片山町交差点ポケットパーク付近にて
「原発再稼働反対 7.16 吹田市民集会」 代々木公園に集まる10万人に連なろう!


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 JR京都駅ビルにある「美術館 えき KYOTO」に、久保修切り絵展を見に行きました。画業40周年記念だそうで、約150点もの作品が展示してありました。作品はもちろんのこと、額と切り絵の取り合わせも、とても素晴らしかったです。阪神淡路大震災で被災し、多くの作品や下絵を失ってしまった久保氏は、それぞれの土地に残る伝統や文化を残しておかなくてはと、意欲的に全国を回っておられます。7月16日までやっていますので、ぜひ。


 京都四条大丸の北にある「楽紙館(らくしかん)」という和紙を扱っているお店にも行って来ました。紙好きには堪らない所です。「遊びをせんとや」という630円のお徳用セットには、100枚以上の和紙がなどが入っていて、ワクワクしました。手づくりの好きな方や小さい子どもさんのおられる方へのお土産にももってこいだなと思いました。お店の方も、とても感じ良かったです。京都はやっぱり文化的で、お店もそれぞれに特徴があって、買いたくなるようにできていますね。有名な錦市場も近いです。

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 京都大丸の地下で「水無月(みなづき)」を購入しました。外郎(ういろう)の生地に小豆をのせた三角形の和菓子で、お店によって、白、ニッキ、抹茶、黒砂糖味があります。買ったのは、京阪宇治駅前にある「駿河屋」さんのもの。宇治茶の産地だけあって抹茶味が濃くて、他の店と違って柔らかい食感がよく、とても美味しかったです。京都では6月30日に、この半年の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を祈って食べる風習があります。食べる前に写真を撮ればよかった…。


毎週金曜日、首相官邸前で、関西電力大飯原子力発電所再稼働への抗議行動が行われ、しだいに集まる人たちの数が増え、万人単位になっています。私は遠くて参加できないけれど、せめて何か思いを届けたく、7月16日(海の日)代々木公園で行われる「さようなら原発 10万人集会」へのカンパを、今日は振り込みました。1000万人署名は、700万筆を超えているそうです。97歳の方が駅頭に立って、190人分も集められたそうです。私も、さらに追加して集めたいと思います。ホームページはこちら→ さようなら原発1000万人アクション

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 先日の報道ステーションで、福島原発の事故で避難を余儀なくされた方が、「80年暮らした故郷を捨てなくてはいけなかった」と、悲しみと憤りの涙をこらえておられました。原発事故は、長い時間をかけて築き上げた一切のものを、罪のない動植物の生命までをも、奪ってしまうものだということを忘れてはいけません。地震国ニュージーランドには原発がなく、人々はそれを誇りに思っているそうです。日本の経済優先の再稼働の決定は、「エコノミック・アニマル」と外国の人々の目には映っていると聞きました。何を大切にすべきかが、今ほど問われているときはないと思います。私は、今年の夏もクーラーをつけず、本来の人間らしい暮らしを楽しみます。

テーマ:展示会、イベントの情報 - ジャンル:学問・文化・芸術

あんなことこんなこと-ビックリ!!二つ。
あんなことこんなこと-「ビックリ!」二つ。

 まずは「ビックリ①」のお知らせから

先ほど(6月22日)青木拓人のHPを覗いたら、ツィートに次のような書き込みが!
「6月24日(日)FM802のweekend for rest(AM 5:00~7:00/DJ平野聡)に出演。
青木拓人の登場は5:00台で、生ライブもあり!」だそうです。


いやあ、ビックリ!「早起きできるかなあ…」と心配していたら、次男が、「パソコンで聴けるから、録音しといたら」とのこと。そうか、試してみよう。

6月24日追記:
いやあ、我ながら親の愛は強い!ちゃんと起きて聴きました。&MDに録音できました。
なんだかまだ目覚め切ってない声&少し緊張した声でしたが、のんびりはいつものとおり。
DJの平野さんが、とっても上手なフォローをされていて、さすがプロ!と感心しました。
「もしかして?」と、FM802のHPを覗いたら、ありました、アップ記事!
http://funky802.com/service/homepage/index/1605
コピーして保存!我が家の宝物にさせて頂きました。ありがとうございます。親ばか全開です。


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 続いて「ビックリ②」は、母校(大洲高校)関連の話題!

同郷の魅力的な歌人、高野公彦さんの新著が出たので早速買いました。
『わが秀歌鑑賞』(角川学芸出版/2012年/1600円)
第一章~第八章は、「うたの光芒」というタイトルで雑誌「短歌」に連載したもので、引用した歌は一首でも、元の歌集に戻って念入りに読み直しされた、丁寧な鑑賞文。
第九章~第十一章「ユーモア短歌」は、本書のための書き下ろしで、あまり深入りせずにさらっと読まれた鑑賞文。
歌を読むとき最も大切なことは、表現されていることは全て読みとること、また、表現されていないことは勝手に読み取らないこと(原文は旧仮名)」、という考えの高野氏の鑑賞文は、とても勉強になるし、楽しめる。時々「愛媛」が出てくるのも、私には嬉しい。

さて、「ビックリ②」の本題は、ここから。
p88に、二宮冬鳥(にのみやとうちょう)の歌が載っていて、そこに「冬鳥は愛媛県大洲市に生まれ、九州帝国大学医学部を卒業した医学者である。昭和二十年、陸軍軍医として長崎市の原爆被害状況を調査し、自らも被爆者となった。終生、福岡県内に住んで医大の教授や病院長などを勤め、郷里大洲に帰らなかった。・・・」とあり、興味を持ちました。

家にある「NHK短歌」を調べたところ、2003年5月号に「二宮冬鳥」の特集を発見!なんと、「大洲市中村字河原435番地に生まれ、1931年(昭和6年)大洲中学卒業」とあるではありませんか。その上、福岡県久留米市の九州医学専門学校に入学後、大洲中学校一年先輩の三好弥の誘いによって短歌結社「高嶺」に入会、1947年(昭和22年)から1996年(平成8)年に亡くなられるまで、結社の主宰をされたとありました。おまけに、「たる井」の傘をさして、城山藤樹像前で撮られた写真まで載っていました。紹介文に見る人柄(博覧強記・感覚犀利・探求深慮とありました)も、一本筋の通った清らかな方で、歌に対する考えにも共感を覚えました。こんな素晴らしい先輩がいたなんて、知りませんでした。生前に、お会いしたかったです。

追記:斎藤茂吉を敬愛していた二宮冬鳥氏の次の文章が、大変印象的でした。
「昭和二十一年正月の雑誌で、斎藤茂吉の〈あまのはら乱れむとするものもなくほがらほがらと朝明けわたる〉といふ歌を読んだとき、私は驚愕とともに大きな絶望を感じた。私が待つてやまなかつたのは、この歌人の味はつてゐるに違ひない苦痛の表白であつた。戦争を賛美してやまなかつたこの歌人は、短歌の滅亡を前にして、どのやうな心でどのような形で、短歌蘇生のために血を流してくれるのであらうか。そのことは私にとつて、短歌の命運にかかはる鍵であつた。〈あまのはら乱れむとするものもなく〉や〈ほがらほがらと〉は痛切な裏切りであつた」

テーマ:伝えたいこと - ジャンル:日記

心に響く風景-万博公園
 私は「太陽の塔」が大好き。久しぶりに間近で会いたくなって、1時間休をとって仕事の帰りに万博公園に寄りました。今回は、初夏の万博公園の写真に、私のつたない短歌(旧仮名遣い)を添えてアップします。

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         似てゐたり「千と千尋」のカオナシと万博公園太陽の塔

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         見慣れたる太陽の塔ときどきは後ろの顔と話してみたし

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    近くで見ると汚れが目立ちますが、なんだかこの汚れにも親しみを感じてしまう私です。

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         アナベルの白きは再び薄みどり川の向かうに戻りたき道    (アナベルは紫陽花の種類)

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        小人乗せケセランパサラン六月のポプラの綿毛が空に舞ふなり

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         入道雲はや出できたる六月は遠くへ行くよ私の影と

 私のいちばん好きな花、青い紫陽花が満開になるには、もう少し時間が要るようです。

 大飯原発再稼働、消費税増税、沖縄の基地…何一つ国民の声を聞かない政治家が、この国を動かしているという現実に、腹が立って仕方のない日々です。まともな意見を持った人たちがたくさんいるのに、なぜそれがちっとも現実に反映されないのか、世論が大きな力になっていかないのか、口惜しくてなりません。福島の原発事故は、私たちに経済優先ではいけないと価値観の転換を迫ったはずなのに、またずるずると旧来の価値観で行こうとしているこの国、誰も責任をとろうとしないこの国、悲しくて情けなくてたまりません。

テーマ:ちょこっとお出かけ写真 - ジャンル:写真

心に響く本-伊丹公子エッセイ集『港都譚』
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 伊丹公子エッセイ集 『港都譚』 表紙      「青群」第24号・2012年夏

伊丹公子エッセイ集『港都譚』 (沖積舎/2011年/3000円) 書評

             ~ 回想のなかにある花 ~              

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 多くの句集・詩集・紀行文集を出されている著者の、二冊目のエッセイ集である。どのページにも、詩情あふれる言葉を発見し、読む喜びに浸ることができた。

 前半は、二〇〇六年から二〇一一年に「神戸新聞」に掲載された千字余りの長さのエッセイで、「島」「靴」といった、毎回異なるテーマに沿って書かれている。私は、短詩型文学やエッセイを読むのが大好きなのだが、この見開き二ページの文章には、起承転結の美しさを強く感じた。

 例えば、「バリ島のひとびと」と題するエッセイの冒頭の一文「私たちは昼前、幻の鳥ガルーダの羽根の下から、バリヒンドゥーの島へ降り立った。」なんと幻想的な書き出しだろう。ガルーダは航空会社の名前だと明かしてあるが、この一文で一瞬にして、読者は著者と共に、物語のような別世界に降り立つ。具体的な描写のおかげで、鈴の音・僧の声・水の感触・少年や少女のしぐさ・島の人々の踊りに出会うことができる。そして結びの一文「遠い日の島のひかりは、いつも何処かで不意に蘇る。」に共鳴し、自らの中に、今、このエッセイで出会ったばかりの情景を、どこか懐かしい気持ちで思い出すのである。

 このエッセイ集の書評につけた副題~回想のなかにある花~は、最初の文章からいただいた。そこには、師事した詩人村野四郎と作家芹沢光治良、夫でもある俳人伊丹三樹彦、句友Yさんが、思い出とともに語られている。二十一編載っているエッセイの、各回のテーマから引き出される回想は、六十年前のことであったり、つい最近のことであったりするのだが、その一つずつを花のように愛おしんでいる著者を感じ、先のような副題としたのである。

 もう一つ、エッセイ集前半の特徴として外せないと思ったのが「ひかり」である。「街から街」と題したエッセイの中に、著者が移り住んだ「ふるさと」が記されている。土佐の高知・京都の綾部・但馬の豊岡・阪神間の伊丹と尼崎など。長く住まれている阪神間は、港神戸が近い。本書のあとがきに「書名は、港都にての暮らしの歳月のなかで生まれた文章が多いことに拠る」とあるとおり、著者の暮らしは海の光とともにあった。夏ごとに訪れていた三女の暮らす異国にも、海の気配は濃厚である。海や川、日傘が好きだと書く著者は、夏への思いが深い。それは、「仲の良い姉弟だった。その弟が、四歳の夏に死んだ。・・・蝉の命のように短い時間を、私の弟でいてくれたのに。」と書かれた文章と、切り離せない。そして、その思いは、口絵写真の伊丹三樹彦・写「神戸港」の子どもたちや、伊丹啓子・写「静岡(童地蔵)」につながるのである。

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 本書の中ごろにある、神戸のユニークな文化団体「半どんの会」の機関誌に連載された「遠い日」というエッセイには、著者が師事した方々(前出の三氏に加え、詩人伊藤信吉)や詩人小林武雄、両親、弟といった大切な人々との出会いが記されている。その中に芹沢先生の「私はこれまで、多くの方から多くのものを学びました。私の言葉でお役に立ちますようなものがありましたら、何でもお採りください」という言葉が紹介してある。それを受け、著者は「私は大きな木の実が、たわわに実った大樹を連想した。」と述べているのだが、実は、私は、本書を読みながら同じことを感じていた。特に、後半の大部を占める「青群」掲載のエッセイは、句友や後に続く人たちへの贈り物に思えた。

 著者の所属する俳句会「青群」の、6号から20号に載ったこれらのエッセイは、二千字前後と字数の多いこともあって、伸びやかで生き生きしており、著者の好奇心や向上心が全開である。さらに、タイトルに添えられた俳句と併せ読むとき、しみじみとした情感が加わることも魅力である。森羅万象の館、王子動物園、東京、但馬、京都、丹波篠山…を、夫君の三樹彦氏や娘さんたちと訪ねられ、その時々の感動を、句に文章に残されている。また、今のお住まいに移られてからのあれこれを書かれた「ジャカランダの集い」の中に、私は次の文を見つけて、このエッセイの本質に触れた気がした。「遠い流れから、つづいたいまは、なんと、たいせつな時間であることか。」「感動すること、生きることは同義語だった。」それは、著者の生き方そのものでもあるゆえ、多くの出会いを大切にされ、心を豊かにされているのだと思った。なかでも「今本明代さんのこと」の章には、句友ひとりひとりをご自身の中にしっかり受けとめ心を寄せる著者の情愛が溢れ、強く心に残った。心の豊かさは、そのまま題材の豊かさに通じるが、印象的だったのは、植物名を次々とあげ細かい描写をしている箇所である。特に、ご夫妻お気に入りの通称「みどり園」での、木々の描写は圧巻だった。

 物語の始まりを予感させる十六ページにわたる口絵写真と、伊丹三樹彦句集『知見』『続知見』に添えられた巻末の文章は、著者と夫君の二人三脚の人生そのものであり、編集の巧みさにも感心した。最後に、夫であり師である三樹彦氏のことを述べた「命ある日」より、次の二文を引用する。「花、鳥、虫、魚、空、海山 草木、街、それに愛する人々は、すべて彼の俳句の中の住者となった。」「母国日本に在っても、異国に在っても、目前のものを、悉(つぶさ)に見ることは、三樹彦生来の特色であった。」この二文に「自由な想像」を加えれば、それはそのまま、本書の著者の姿に重なると思うのである。若輩の私にとって、学ぶところの多いエッセイ集であった。

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  「青群24号」(2012年夏)に掲載して頂いた拙文を、お許しを得てブログにアップ致しました。
伊丹三樹彦・公子先生ご夫妻には毎月の句会でお世話になっており、優しく、かつ俳句に熱いお人柄や魅力的な肉声を存じ上げているので、なお一層の親しみを感じて読むことができました。

 昔の人の本でも、顔や声を知ることで、ぐっと身近になることがよくあります。まして、現代に生きる著者の場合は、できる限りご本人のお話を生で聞けるようにすると、得るところが多いと感じます。直接お話しを聞いた後は、著書を読んだ時、その方の声や表情などが頭に浮かび、入り方が違います。

テーマ:オススメの本の紹介 - ジャンル:本・雑誌



プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年6カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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