心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
あんなことこんなこと-なんばグランド花月など
7月27日(金)なんばグランド花月(NGK)に行ってきました。

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さすが夏休み。NGKビルも家族でにぎわっています。入場券はすでに売り切れでしたが、私は予約券があり前から13列目の真ん中の座席でした。まずは、Wヤングがゴレンジャーみたいな扮装で、会場盛り上げ役として登場。北海道から鹿児島まで全国からのお客さんで会場は満員でした。

前半は漫才で、笑い飯・トミーズ・爆笑問題(NGK初出演だそうで、名前が出たとたん会場が沸きました)・大木ひびき こだま(私はこの人たちの漫才が好きです)・メッセンジャー、そして桂文珍さんの軽めの落語。かなり豪華なメンバーだと思いますが、これは「よしもと100周年」のせいでしょうか?それとも、いつもでしょうか?

後半は、テレビでおなじみの吉本新喜劇。ちょうど収録日でした。8月11日放映だそうです。実際の舞台よりテレビで見る方が、より大きく感じるのは、高いアングルで撮るからだというのがわかりました。
大笑いの楽しい2時間を過ごしたあと、「よしもとの人形焼き」というカステラを買って帰りました。

翌日、電車の中で、人が読んでいる新聞記事に「爆笑問題、橋下市長メッタ斬り!」と見出しがあり、気になってじっと見たら、やはり前日のNGKの舞台のことでした。帰宅してネットで調べたら、サンケイスポーツとデイリースポーツに載っていました。メッタ斬り!というほどではなかったのですが、新聞記事にするとこうなるんだなと思いました。


7月28日(土)マンドリンのコンサートに行ってきました。

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「青群」俳句会の仲間の中永さんが、マリオネット・マンドリンオーケストラのコンサートで、詩の朗読をされるというので、出かけました。1200名入る会場は、満席。会場には、ギターデュオ「ゴンチチ」(好きなデュオです)のチチ松村さんも聴きに来られていたそうです。

「マリオネット」は、ポルトガルギターとマンドリンのデュオで、とても素敵な演奏をされます。ずいぶん昔に、生で聞いたことがありましたが、大阪北摂出身の彼らが今、こんなふうにマンドリンのオーケストラの代表として活躍しているとは知りませんでした。今回のメンバーは、「マリオネット」の曲を演奏するという、普通のマンドリン合奏とは違う面白さをもっている集団です。

「マリオネット」は、映画のテーマソング「エイジアン・ブルー」やCD「ぽるとがる幻想」が有名ですが、今回の演奏の中では、よく知っていて大好きな「夢は黒潮に乗って」を聴くことができ、とても嬉しかったです。

全部で四部構成のなか、第4部は、全国から集まった方も含め100名を超す合奏、中永さんと大窪さんによる東北大震災を詠んだ詩の朗読、保育園児たちの合唱で、今年の3・11仙台チャリティイベントを再現したものでした。演奏はもちろん、朗読、合唱どれも素晴らしく、心豊かな2時間を過ごしました。

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心に響く風景-万博公園の夏
  暑中お見舞い申しあげます。

皆さん、お元気ですか?私は、先月から目の具合がもうひとつすっきりしなくて、パソコンに向かう時間を極力減らしています。ブログの更新も訪問も、無理のない範囲で、のんびりペースにダウンしていますので、ご了承ください。

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        水蓮の葉の上に亀がのっかっているの、見えますか?


先週末、「塔」全国大会のオプショナルツアーのしおりが完成し、なんだか夏休みの宿題を早々と済ませた学生の気分です。大好きな夏、クーラーとは無縁の日々で、なるべく外で過ごそうと、散歩をしたり日曜大工をしたり、目を除けば、元気いっぱいです。

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 紹介したい本もたくさんあるのですが、ぼちぼちアップすることにして、今日は「万博公園の夏」を載せますね。

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 イサム・ノグチ氏作「月の世界」。万博開催当時は「天の池」の中にありました。
 右側にあるパイプの構造物は、「お祭り広場」の屋根の一部分を残したものです。

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 フィリップ・キング氏作「空」。これも万博開催当時に設置されていたもの。

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 高校3年生の夏休みに、学校から希望者だけ連れてきてもらった「エキスポ70」。あれからもう40年以上経つというのに、気持ちだけは17歳のまま…。公園を歩いていると「ソ連館」とか「スイス館」とか、パビリオンの跡地を示すプレートと写真があって、懐かしさでいっぱいになります。

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   ふだんさらっと見てしまう芸術作品が、今回は、なぜか心に留まりました。

テーマ:ちょこっとお出かけ写真 - ジャンル:写真

お知らせ-現代短歌シンポジウム2012in大阪
お知らせ

「塔短歌会」全国大会の公開プログラムに、一般の方も参加できます。「ことば」に興味のある方、いかがですか?

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日時 8月19日(日) 13:00~16:00
場所 帝国ホテル大阪
会費 2000円
内容 
13:10 アンドロイド劇場「さようならVer.2」
     死を目前にした少女に、ただ詩を読み続けるアンドロイド(人間そっくりのロボット)。
         少女の死後、アンドロイドの行きつく先は…。
13:40 アフタートーク
14:10 休憩
14:25 パネルディスカッション「演劇のことば詩のことば」
     平田オリザ(劇作家)・永田和宏(歌人)・栗木京子(歌人)・松村正直(司会)
16:00閉会

お申込み方法
  ・往復ハガキにてご応募ください。
  ・往信のウラに氏名(3名以内)と代表者の住所、復信のオモテに代表者の住所、氏名をご記入ください。(ウラは白紙)
  ・応募締切 7月20日(必着)
  ・宛先 〒604-0973
   京都市中京区柳馬場通竹屋町下る5-228 碇ビル2F 塔短歌会事務所
  
季節の詩歌(29)~日傘さす~
 俳句雑誌「空」43号に載せていただいた拙文です。写真は、万博記念公園にて。

 季節の詩歌(29)~日傘さす~

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日傘さすなべて黒色つまらなし     加藤 峰子

かつては見かけなかった黒い日傘が一気に街にあふれるようになってから、もう何年になるだろう。オゾンホールが発見され、地球に降り注ぐ紫外線の量が問題になった頃、紫外線の吸収率が高い黒色の日傘が注目を浴びた。以来、店頭に並ぶ日傘の主流は、「黒色」になってしまった。黒い日傘の嫌いな私ですら持っているのだから、街を行く人たちの日傘が「なべて黒色」なのは、当り前の風景と言えよう。
また、作者の傘も愛想のない黒一色なのであろう。それらを「つまらなし」と言い切った作者の気持ちが、私はよくわかる。誰も彼もが世間の説に従い、自分の好みや個性をおいて、同じ色の日傘をさす情けなさ。しかも、それが地味で暗い印象を持つ黒色であることの悲しさ。明るい陽光にあふれた季節に、日焼けやシミ予防を優先して黒色を選ぶ世知辛さ。自由に選べるはずの傘の色すら、さまざまなものに囚われている人生に、自身も含め、作者は腹立たしいものを感じているに違いない。

何となくためらひ開く黒日傘      名取 袿子

この句の作者も、黒い日傘に違和感を覚えている一人であろう。「ためらひ」という語から、他者の目を意識している作者が想像できる。五月になると、日傘の人が少しずつ増え始めるが、美しい空の下に、それを遮って己の身を守るためにさされた黒い日傘を見ると、私はとても憂鬱な気分になる。爽やかな空に、重く暑苦しい黒色の日傘がどう見えるか、周りにどんな印象を与えるか知っているゆえに、作者は躊躇いながら開くのである。現実には重宝しているけれども、どこかすっきりしない気分のまま…。

黒日傘振り向きもせず乗船す      大串 章

また、黒はきつい色であるため、黒日傘は、人々に毅然とした印象や、他を排除する印象を与える。それは、その色を選んでさしている、日傘の持ち主の人柄までも推測させ、この句の「振り向きもせず」が腑に落ちる。先ほどの句の作者とは対照的に、この黒日傘の持ち主は、他者の目や思惑は気にしない気丈な人か、はたまた黒日傘の中に自分を隠すように包み込んだ孤独な人か、想像も少し意地悪になる。

黒日傘の否定的な面のみ見てきたが、黒色でないと合わないと思うのが、次のような場面である。

黒日傘たたみて祷る爆心地       阪本 哲弘

黒い学生服、黒いこうもり傘、私の中学時代は黒の集団に囲まれ、どこか陰気な印象がある。次々と現れる黒い日傘の集団に嫌悪感を抱くのも、昔の印象があるせいだろう。その上、黒色には、弔いのイメージがある。黒の威儀を正した格調高さよりも、負のイメージが私には強い。しかし、この句の場合は「黒日傘」でなくてはいけない。被爆地に華やかな色柄の日傘は似合わない。しめやかに祈る場所にふさわしいのは、黒色である。鎮魂の気持ちに添った黒日傘と、「たたみて」という他者への思いやりが、この句を深みのあるものとしている。
 
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黒は確かに紫外線を吸収し人体への影響を少なくしてくれるが、赤外線の吸収率も高いので暑さという点では問題が残る。最近は、シルバーをコーティングした日傘まで出回っているが、これは正直いただけない。確かに傘の中は涼しい。しかし、反射した光は周りに飛び散り、近くにいる人はそのまぶしさと熱さに辟易するのである。実は私も購入して、その効果に感心したが、先に書いたことに気づいてからは、使うのを止めた。日傘には、次の句のような情感こそがふさわしい。

少年に道問ふ日傘さしかけて      岡本 眸

さしくれし日傘に恋の予感かな     稲畑廣太郎

並びをる夫に日傘を翳しけり      藤原さちよ

日傘をさしているのは、女性。さしかけられているのは、少年、若者、夫と、すべて男性である。同じ暑さの中に居るのに気の毒だな、と相手をいたわる気持ちが、このような句を産んだのだ。強い日射しを避けたいのは、大人も子どもも、男性も女性も同じであるのに、今は専ら婦人が用いる。しかし、ずっとそうだったわけではない。柳亭種彦著『足薪翁記』の「日傘」の条には、「庶民用としては、寛永から元禄にかけての小児用絵日傘が先で、やや遅れて正徳末から享保の初め、白紙・青紙を張った婦人用が出回ったことが記されている。」と本にあった。また、別の本には「江戸後期には京阪地方で男の日傘、日からかさが流行したことがあったが、後に江戸・大阪では禁制になった。」と書かれていた。暑さが厳しくなる一方の昨今、男性だって日傘をさしたいだろうと思っていたら、次のような歌に出会った。

日傘さし地を這ふやうな母を容れ鬱といふ字をばらばらにする    森元 輝彦

解釈の難しい歌だが、必要性の高い「雨傘」ではなく、「日傘」であることが救いになっていると思う。日傘に被われた空間には、やわらいだ明るさと穏やかな温もりがあり、その優しさが、心を癒す働きをしているのではないかという気がする。そして、心にゆとりが生じると、次のような歌となる。

さす日傘に魑魅魍魎も入れやりて三条河原の炎天の暑さ         中野 照子

盆地である京都の夏は、うんざりするほど暑い。古都京都には、物の怪が跋扈した時代がある。三条河原の辺りには、今も魑魅魍魎がうろうろしているのだろう。自棄を起こしそうな暑さの中で、虚実を問わず受け入れる作者の心の幅が、優しく楽しい。

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結局は傘は傘にて傘以上の傘はいまだに発明されず           奥村 晃作

傘の本質を突いた面白い歌だ。確かに、次々と新しい商品が開発されていく中で、傘は紙が貼られていた昔から基本の形が変わっていない。天からのものを遮るという点では、雨でも晴れでも用途は一緒であるから、次の句や歌のような人も多いはずだ。

照り降りにさして色なし古日傘     杉田 久女

夕立にさして行きかふ市人の傘は日傘になりにけるかな         大隈 言道

近頃は、初めから晴雨兼用として作られている傘もあるが、最大の特徴は、日傘は日が照っている時に使う傘だということである。それゆえ、時として次の句のようなやっかいなこととなる。雨は防がないと、服や持ち物なども濡れ、支障をきたすことも多いので、雨傘は必需品である。しかし、日射しは少し我慢すれば済んだのだし、長時間外で過ごすというわけでもなかったのだ。そんな悔いと、夜に日傘を持っている自身の滑稽さとが滲み出ている句だ。

昼が夜となりし日傘を持ちつづけ    波多野爽波

そして、日傘の一番の役目は陰を作ることである。

一歩より日傘の陰を作りつつ      祝 チエ子

追ひついて日傘の影を重ねけり     古林阿也子

持ち歩く小さき日蔭白日傘       吉田 晶子

素直に詠まれた三句であるが、「かげ」の字の使い分けが興味深い。一句目の「陰」は、傘で覆われることでできた日の当らない部分、二句目の「影」は太陽光線が傘に遮られることによってできた、地面に映る傘の像、三句目の「蔭」は緑蔭や木蔭といった草木によってできた日に当たらないところ。並べて読むことで、その微妙な違いが鮮明になった。
次の二首は、日傘の影とにんげんの関わりをじっと見ていて、どこかシュールである。

日傘さして行くとき移動する影の黒きがなかに消ゆるにんげん      渡辺 松男

陽のしずくのどに垂らして佇めば日傘の影がわがかげを消す       江戸 雪

昼日中に自分の姿を消すなんて、透明人間みたいでドキドキするではないか。独りになりたいとき、身を隠したいとき、傘は絶好の道具である。雨傘と違って、日傘の場合は、影の中にとけていけるのだから、なおさら魅力的である。

母の日傘のたもつひめやかなる翳にとらはれてゐしとほき夏の日     大塚 寅彦

日傘には「ちょとおでかけ」といった非日常的な雰囲気がある。作者は、子どもの鋭い感受性で、そこに「母」ではなく「女」の「ひめやかなる翳」を感じ取ったのではないか。「翳」という複雑な文字が、心の中の疑問や不安や不信を表している気がする。
「夜目遠目笠の内」という言葉があるが、実用一点張りではないおしゃれな「日傘」にも、同じことが言えそうである。次の二首には、日傘をさした女性の美しさと妖しさが漂い、幻想的である。

青日傘さして白昼(まひる)の苑にゐし女あやめとなりて出で来ず       小島ゆかり

まへをゆく日傘のをんな羨しかりあをき蛍のくびすぢをして         辰巳 泰子

私が気に入っている日傘は、持ち手が根曲がり竹の、厚手の木綿を藍染にした小ぶりのもので、出番が多い。レース刺繍の生成りの日傘は、影の美しさにひかれ、中国で衝動買いした。黒日傘は苦手だが、これとて地球環境を破壊している人間のせいで広まったわけで、日傘に罪はない。与謝野晶子の歌「絵日傘をかなたの岸の草になげわたる小川よ春の水ぬるき」にあるような、軽やかさ、可憐さが、日傘本来の魅力だったのではないか。

日傘差す皆マドンナになり切つて     稲畑廣太郎

吊橋に立ちて日傘を廻しけり       富安 風生

日傘より檄とばされて草野球       林 弘

たたまれて日傘も草に憩ふかな      阿部みどり女

ぜいたくに使ふ一日白日傘        佐藤 博美

これらの句のように、遊び心を持って、自然の中で、街の中で、さしたい日傘である。そして何より、私は、空を意識してさしたいと思うのである。

ひたむきに道をゆきつつパラソルの上はいかなる空とも知れず    大西 民子

青天と一つ色なり日傘(ひからかさ)      小林 一茶

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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年6カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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