心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く言葉-重松清『みんなのなやみ』より
 お願いだから、自分で命を絶たないで!
もうそこではやっていけないと思ったら、取りあえずそこから逃げようよ。逃げることは卑怯じゃない。
卑怯なのは、人をいじめている奴らなのだから。死んでも彼や彼女らは悲しまない。
本当に命がけでやるべきことは、これから先の人生にいっぱいある。その時まで、命をでっかく育てていこうよ。


このブログを、苦しんでいる子が見ている可能性は限りなくゼロに近いだろうけれど、こう言わずにはいられない。

 岐阜県で、また中学生が自殺してしまいました。「優しくて真面目で頑張りやさんだった」「私たちもやられるから、いじめを注意できなかった」という生徒たち。ニュースの中で、「校長は嘘つきだ」と言っていた保護者の言葉に、無力感が漂っていました。
二転三転する校長先生の説明、「遺族の誘導尋問にはめられた」という発言、「本人がいじめだという以上はいじめだと認識している」と言いながら、あの遺書の文面をいじめと認めない卑怯さ…。
表情で判断するのは、不見識かも知れないけれど、ずるさの出た顔つきをしていました。自分の学校から自殺者が出たことへの、心の痛みがどこからも感じられません。「これでは何も変わらないし、私たちも怖い」と言っていた生徒の思いは、本当だろうと、この校長先生の姿勢を見て思いました。

何とかしないといけないのは、私たち大人なのに!

 重松清さんの『みんなのなやみ』(理論社 よりみちパン!セ)に、ヒントになる言葉がありましたので、転載します。

いじめの問題のいちばんの難しさとはなにか、と最近考えるんだけど-。
ぼくが思うには、「子どもだけでは解決できない」「でも、当の子どもはおとなを入れたがらない」ということ。そこに、いちばんの難しさがあるんじゃないだろうか。
(中略)
人間は弱い。弱くて、ずるくて、汚い。でも、そんな心を持つなとは誰にも言えない。それを抑えていくのも学べるのも、人間なんだ。
もはや、「いじめ」は、子どもどうしで話し合って解決する問題ではなくなっている。フタが開いて、はみだしてきてしまった残酷な心は、おとなが無理矢理にでも抑え込んでいくしかない。
昔、世間では「子どものケンカには親は口を出すな」と言われていた。先生はあまり介入するな、子どもどうしで何でも解決しなさい。
……でも、そんなことがいまでも実現されているのだろうか。「子どものケンカ」でも、勝ち負けのある、一対一のタイマンならいい。でも、自分が負ける可能性を引き受けないで、ただ一方的に相手に勝ってやろうと思うのならば、それはケンカではない。「いじめ」か「リンチ」だ。
だったら、おとなが、「おまえがそれをやった時点で、もう負けなんだ」って言いつづけるしかない。
誰かをいじめている最中、おまえは、ずっと勝ったと思っていい気になってるだろう。でも、いじめの心のフタを開けてしまった時点で、おまえは根本のところで負けてるんだ。
――そういうことを、おとなが、厳しく言いつづけるしかない。

この記事に対するコメント

息子は・・・友達の多い子じゃなかったし、お勉強もできるほうじゃない。
ルックスも、取り立ててほめてもらうほうじゃないし、スポーツマンでもない。

私にとっては 世界で1番の子ども なんだけれど。

ぼんやりした顔で下校してくるようになって、でも、その後は普通に家で過ごしているし
弟とも今まで通りに遊んでいました。

・・・でも。
「いってきます」とランドセル背負って玄関まで行くと、靴を履く前にトイレに駆け込んでもどしていました。

後期の放送委員の定員はクラスで4名。
息子のほかに女の子が4人立候補していて、じゃんけんで息子と3人の女の子になったところから、それは始まりました。

小学校5年生。息子と私の距離は微妙で、でも、まだゆっくり時間をかければ話してくれる年齢・距離でした。

息子に暴言を浴びせていた女の子の母の半数以上は、そのことを知らないみたいです。
一人の女の子、あまりひどくないほうの子の母はご存知でしたが、「今からはいわれるほうの子も強くならなくちゃ生きていけないよね」そういわれて、目の前が真っ暗になったのを覚えています。

担任の先生にも、放送委員の先生にも、クラブの先生にも相談しました。
いろんな回答があるんだな、と。

「学校なんて、無理に行かなくてもいいよ。心を傷つけられにわざわざいかなくてもいいから。他の学校にかわってもいいし、学校に行かない生き方もあるんだし。」
先生にはしかられるかもしれないけれど、絶対に行かなきゃならない場所じゃないよと
何度も何度も話しました。

・・・でも、あの子は学校に行きました。
吐いた後、ランドセル背負いなおして。

「いつでもお迎えに行くから」とテレフォンカードの裏に携帯の番号を書いて持たせました。
学校の電話は先生に許可をもらって、先生にかけてもらわないとだめだったから。

息子は、新しい友達ができて、信頼しあい・頼り頼られる存在に出会ったことでかわりました。

私ではできなかった 自分に自信を持つこと を友達を得たことで獲得して、かわりました。


今でも「いってきます」の顔が一日で一番気にかかります。

母には話してくれない、そんな日がもうそこまで来ている。
中学生。
思春期。
思いっきり悩んで、苦しんでも その先に楽しい未来があるよと 見せてあげられる そんな風にならなくちゃ。


学校はいじめがあったと認めたら、何の不利益があるんでしょうか?



【2006/10/31 06:55】 URL | kimico #Zr2/WiYY [ 編集]


私はいじめられたわけではないけれど、あの頃はどうしてあんなに繊細だったんだろうと思う位、些細な(←今考えるとですが)事にも傷つき、傷ついた事を表にも出せず、辛かった事を思い出します。だから昔に返りたいと言う方がいると即座に「いや、あんなに傷つきやすくて辛い時代(←主に中学時代)をもう一回なんて!」と返答してのですが、年とともにそんな事も忘れていました。
傷ついたのを、小さな悪意で傷つけられた事を、親や先生に知られるなんて、もっと傷つく事。もしかすると傷付ける方も、そうしないと自分に向かう何かを感じているのかも。重松さん的に言うなら、「心の刃の収め場所が解らず、自分や周りにむき出しのそれだ当たってしまうのが思春期」かも。思春期は大人にな想像も出来ない位繊細な神経で生きていると、大人は忘れてはいけない。やっぱりkimicoさんのように、詳しくは立ち入らなくても絶対の愛を家庭で注いであげるのが、最後のよりどころになるのでは。もちろん親でなくても、先生とか、大人の誰かの無条件の愛、笑顔一つは最後の砦になると思います。大空の亀さんもkimicoさんも、その優しさで学校のオアシスだと思いますよ。
【2006/10/31 07:54】 URL | 犬塚 #- [ 編集]

kimico さんへ
kimico さん、私も息子が同じ状態だったら、同じことを言っていたと思います。
「学校なんて、無理に行かなくてもいいよ。心を傷つけられにわざわざいかなくてもいいから。他の学校にかわってもいいし、学校に行かない生き方もあるんだし。」

お母さんの深い愛と、的確な対処が、息子さんを救ったし、成長を促したと思います。
子供は、子供なりの前向きの力を持っているけれど、支えも必要ですよね。
kimico さんの場合は、お母さんがよく見ていたから敏感に察知できたけれど、子供にもプライドがあるから、自分の困った状況を親には一番知られたくないですものね。

誰か一人でも、自殺した子の周りにあたたかい大人がいなかったかと、残念でなりません。
kimico さんの息子さんは、外国に行ったこともあって、広い世界を知っていたこともよかったと思います。
様々な世界を見、様々な価値観を知っていることが、視野を広くし、自分も他人も認められるのに、いじめた子たちには、それがなかった。

「思いっきり悩んで、苦しんでも その先に楽しい未来があるよと 見せてあげられる そんな風にならなくちゃ。」そうですよね。
あの学校、おかしいですよね。いじめがあったと認めるところからしかやり直せないのに。
もちろん育ててきた親にもきちんと考えて欲しいけれど、それは学校も同じ。いや、それ以上。

教育の問題点が噴出しています。現場の教師だけでは解決は難しい。阿部総理の教育に関する方針も問題が大きい。なんでこんな国になったんだろう。
個人の善意だけでは限界があるけれど、何もしないよりは…と思う日々です。
【2006/10/31 18:29】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

犬塚さんへ
犬塚さん、私も中学時代には戻りたくない。
大人でもなく子供でもない中途半端な自分がいやだという詩を作った覚えがあります。

私は、中学1年の時、先生にイヤと言うほど傷つけられた。先生はそのつもりではなかったかもしれないけれど、今思い出してもひどかったと思う。あんな大人には絶対にならない!と思うほど。

犬塚さんが言うように「思春期は大人にな想像も出来ない位繊細な神経で生きていると、大人は忘れてはいけない。
同感です。子供にこびる必要はないけれど、無神経ではいけない。強くそう思います。

年に一人でも、一日でも、私がさりげなく役立てるときがあるといいなと思いながら、暮らしています。私もどこかで数知れず人を傷つけた償いとして。
【2006/10/31 18:40】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

私も戻りたくない
今、この年になって思うとどうしてあんなに傷ついたのだろう、と思います。
それと同じ位、私のひと言で人を傷つけていたのですよね。

いじめ報道が過剰だと思います。
自殺がいじめの解決にならない、他の方法もあることを伝えて欲しいです。
いじめで苦しんでいる子供たち(大人も)の為に死ななくてもいいんだって、教えて欲しいです。
犯人捜しの報道ばかりです。
それも別な意味でいじめになっている気がします。

マンションに「自殺対策基本法」の成立の為にに署名運動をして、今でも無給で尽力されている方がいらっしゃいます。
http://www.lifelink.or.jp/hp/syomei.html
【2006/11/01 22:31】 URL | ベンジャミン #oUPgpoCM [ 編集]



>私も息子が同じ状態だったら、同じことを言っていたと思います。

ありがとうございます。
この言葉には、とっても救われました。
あの頃、学校に行かなくてもいい は本気の言葉だったのですが(今でもかわりませんが)
周りの方に「学校に行かないでどうするの?」「学校は最低でもいってもらわんと・・」といわれていたので。

>傷ついたのを、小さな悪意で傷つけられた事を、親や先生に知られるなんて、もっと傷つく事。
>子供にもプライドがあるから、自分の困った状況を親には一番知られたくないですものね。

犬塚さん、亀さん お二方のこの言葉に忘れていたあの頃を思い出させていただきました。
できることなら、ずーっと素のまんまで家では過ごして欲しいのですが、そうはできない時代もあったんだなぁ・・・
心のつかえが取れたような、大きな課題をいただいたような・・・

>「思春期は大人にな想像も出来ない位繊細な神経で生きていると、大人は忘れてはいけない。」
もう一度、心に深く刻んでおきます。


気になることがあるのですが、息子に暴言を浴びせていた子の母たちはそのことをご存知ありません。担任も他の先生方もお話にはならなかったようです。
・・・私も息子が しでかしていること をずいぶんと知らずにいるのかもしれない。
何かあったときに、担任の先生から教えていただける術はないものかと。
加害者側のときにも、その疑いがあるとのことでも教えてはいただけないかな?
保護者全体を眺めていても、それは危険な(先生にとって)ことにも思われるのですが
私は知りたい、知っておきたいなぁ。

【2006/11/02 09:11】 URL | kimico #Zr2/WiYY [ 編集]

ベンジャミンさんへ
「自殺がいじめの解決にならない、他の方法もあることを伝えて欲しいです。」同感です。
報道は、単なる事実だけでなく、そこから先の展望や解決の糸口を示すところまで責任を持たないと、ただのにぎやかしに終わり、ワイドショー化してしまいます。
ニュースが単に事実を伝えて終わりなら、見ない方がましですものねえ。

「『自殺対策基本法』の成立の為に署名運動をして、今でも無給で尽力されている方」、教えて頂いたHPを見ました。実際に行動をされていることが、一番大切なことですね。
毎年3万人もの自殺者の出る国が、今の私たちの国。
世の中のひどいところ、おかしいところ、言うだけでは駄目、自分のできる方法でいいから行動しないと。つくづくそう思う昨今です。
【2006/11/02 17:57】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

kimico さんへ
今日の朝日の社説に、ここでみなさんがいろいろ書いて下さったのと同様の主旨のことが書かれていました。
「悩める君4へ」-「避難港」を見つけよう。
人間だって、大きな嵐に巻き込まれそうになったら、避難する場所を探すことが必要です。
「避難港」は、自分の家、保健室、カウンセラー室、子どもの人権110番、心の中(本)、「あなたが大切だ」と言ってくれる人、不登校、転校、など。
あのときの絶望が死ぬほどのことではなかった、と思う日がきっと来ます。避難港でその日を待ちましょう。


我が子が加害者の側に立っているときも、親としては知らせて欲しいですよね。家庭での過ごし方や親の態度を見直すきっかけになる訳だから。
ただ、難しいのは、この時、先生と親御さんとの間に、相当強い信頼関係がないと、「家の子は先生に悪く見られている」と、逆効果になる場合が多いこと。
我が子が可愛いのは、親として当たり前だから、悪く言われたと受け取ると保身に走りますね。
「今、こういうつまずきがあるから、一緒にいい方向に向かうように協力していきましょう」という理解が不可欠ですね。
そういう理解や信頼関係が望めない場合は、悪いことを知らせるのは、とても困難ですね。
【2006/11/02 18:17】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

担任との信頼関係
 
難しいですよね~。
6年間で6人の担任の先生と出会いましたが、3人はとても信頼のできる先生でした。
(かなり恵まれているほうですよね?)
まわりの保護者たちを見ていても、えっ?って思わされることが山盛りですもの、先生も大変かと。
同じ漢字テストを3回やったって子どものいる前で担任を怒鳴りつけたりしはるしなぁ・・・
運動会の場所取りに午前3時半から並んでみたり・・・
普通の授業参観でビデオ撮影したり・・・
雨が降っていても最後までは無理だとわかっていても、それでも運動会が強行されたのは
日曜日でないと見ることのできない保護者の為。
いつの間にか運動会も音楽会も保護者に見せる為!が一番の行事になってしまっていて
子どもの気持ちはどこへやら・・・

小学校の主役は絶対に児童だと思っていたんですけどネ。

そんな中で、やっぱり家とは違う学校での本当の姿、担任の目から見たわが子の姿を知らせていただくには、保護者側の努力しかありませんよね。
がんばってみます。

【2006/11/02 20:01】 URL | kimico #Zr2/WiYY [ 編集]

kimicoさんへ
ほとんどの先生たちは、誠実で子どもも好きで頑張っていると思います。
時々そうでない人がいて、あたかもそれがすべての教師であるかのような誤解を呼ぶことがあり、気の毒です。

保護者も、私の子どもたちの時とは更に変わり、すごいことになっているんですねえ。
「自分の子だけよければ」と思う人が多すぎる…。
大声出して自己主張しないと損すると思っている。

日本人の特性だった、慎み深さとか、ご近所のことを思いやる気持ちとかが否定され、品のない国に成り下がってしまいました。
教育、仕事、経済、環境、平和、etc.
ねえ、一体どこから手をつければいいのかしら?
これでは、子どもたちに明るい未来がないよね?

ユニセフとあしなが育英会に寄付することぐらいしかできてない私、悩ましい…。
【2006/11/02 21:42】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年3カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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