心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩-坂村真民(さかむら・しんみん)さんの詩ほか
tarayou.jpg 写真は、東大寺で頂いた多羅葉(たらよう)。拡大したら文字が見えます。

この12月11日に、97歳で亡くなられた坂村真民さん、ときどき詩のコーナーで、本を見かけることはあったものの、抹香臭い人生訓のようで、自分の持っている詩のイメージには合わないと、読まずに来ました。
ところが、新聞記事に「無欲の人、清貧の人、いくらお金を積まれても、心を打たない人には書を書かないが、書いてあげたいと思った人にはただであげていた…」とあるのを読み、俄然興味が沸きました。

坂村真民さんの詩に、殿村進さんが絵をつけた本が、三部作で春陽堂から出ていたので、早速借りて 『タンポポの本』 『まごころの本』 『しんみん山(さん)の本』 を読みました。思いを素直に書いた、人生訓の詩が並んでいて、心の素直な人には、これらの言葉が真っ直ぐ届いていって、励まされたり、慰められたりするんだろうなと思いました。私は、へそ曲がりでひねているから、あまりに素直で分かりやすいのは敬遠してしまうのですが、次の詩には、共感を覚えました。

死のうと思う日はないが
生きてゆく力がなくなることがある
そんな時お寺を訪ね
わたしはひとり佛陀の前に坐ってくる
力わき明日を思う心が
出てくるまで坐ってくる


6年前の病気のあと、自分の体力・気力が衰え、以前と同じ内容の仕事をするのが無理だと考え、仕事を辞める決意をしました。何度もいろんな方面から考え、出した結論だったのですが、夫に言うと一言「路頭に迷うぞ」という返事でした。ショックでした。

高校三年の時、父から「大学は受けてもいいけど、一校だけ。浪人は駄目。高校を卒業したら、自分で生きていくように。」と言われました。病気の母が亡くなったあとの家の窮状もわかっていたし、就職して家に仕送りをしている中学の同級生も多くいた時代だったので、受験できるだけでも幸せだと思いました。学費が安く、寮に確実に入れる大学を探し、家庭教師をほぼ毎日、その他にさまざまなバイトをやって、生活費を稼ぎました。

18歳からずっと、住む所も含め、自力でやってきて30年後に病気に。「このままでは、49歳で亡くなった母と同じ寿命かな?私も…」と悩みました。「まだ自分の一番やりたかったことができていない。自分なりに一生懸命やってきたのだから、もう仕事は減らしてもいいじゃないか。」と考え、はじめに書いた退職を決意したわけです。

夫の言葉に愕然とした私は、一人で、大好きな東大寺の三月堂の佛様に会いに行きました。特に宗教に凝っている訳でもないのですが、お寺の空気や仏像の顔を拝むのは好きなのです。じっと坐っている私の様子が、変だったのでしょう、お坊さんが近づいて来られました。「昔、写経をするのに使っていた多羅葉(たらよう)が、ここにはあるから、取ってきて、一番書いて欲しい言葉を書いてあげよう。」と言われました。何を思いつくでもなく、書いて頂いたのが、「家内安全」。今も大切にとってある葉っぱです。(冒頭の写真)

全面的なリタイアではなく、一番したかった仕事にしぼって、それを納得いく形でしたいこと。収入は激減しても生活できることを、数字をあげて、一覧表にし、夫を説得しました。辞めたいのは、夫も同じでしょう。でも、同じ仕事をしていても、女であるということで、男の人の何倍ものエネルギーがいることを、夫は理解できていませんでした。しんどいことに私が鈍く、また、愚痴にもしなかったせいでしょうが、他の女の人とは違うと思っていたようです。

夫の言った「路頭に迷う」「今までと同じ暮らしはできない」、夫の親に言われた「勿体ない」や「可哀想(たぶん辞めさせられたと思っている)」、は、正直、今でも、心に突き刺さっています。でも、友人や兄の「長い間ご苦労さんだったね。」「もう充分頑張ったんだからいいんだよ。」という言葉に、温められて、硬くなっていた心も慰められてきました。短歌という、自分を表現できる場を知ったことも救いでした。少しずつ、自分の気持ちを、相手の思惑ばかりを気にするのではなく、出せるようになりました。

ここまで書いてきて、つくづく人にかける言葉の難しさを感じています。
1、 自分の心に余裕がないと、受けとめることのできる言葉が限定される。つまり、自分にとって嬉しい言葉や優しい言葉、言い換えると、自分が欲しかった言葉しか、胸には届かない。
2、 心の弱っている相手には、その人に完全に寄り添った言葉しか、届かない。神経が鋭敏になっている分、言葉の意味以上に、声の雰囲気で、話し手が誰の立場に立って物を言っているか、わかってしまう。

子どもに言う「勉強しなさい。」という言葉が、全く無意味なのは、それが、相手に寄り添っての言葉ではなく、大人として、取りあえず大事なことは言ったのだから、責任は果たしたわよという、大人の側の自己弁護や自己保身に過ぎないのを、子どもが敏感に感じているからだなと、いろんな事を書いているうちに確信しました。

勉強のことに限らず、「気をつけて」とか「争いはだめ」とか、口にしている言葉が、本当に相手の側に立たない限り、言葉は力にならない。当たり前のことだけれど、言葉の前に、相手を思う心と確かな信頼関係がないと、言葉は意味を持たないばかりか、害になり傷を残すと思いました。つまらない言葉をかけるくらいなら、相手のために黙って涙を流すほうが、ずっといい。そんな場面は、たくさんある気がします。

どうしても言葉をかけたいなら、次の詩のようにかけてみたいと思っている一編を、ご紹介します。作者は優しい人なんだろうなあ、と思います。

かぜのひきかた   辻征夫

こころぼそい ときは
こころが とおく
うすくたなびいていて
びふうにも
みだれて
きえて
しまいそうになっている

こころぼそい ひとはだから
まどをしめて あたたかく
していて
これはかぜを
ひいているひととおなじだから
ひとはかるく
かぜかい?
とたずねる

それはかぜではないのだが
とにかくかぜではないのだが
こころぼそい ときの
こころぼそい ひとは
ひとにあらがう
げんきもなく
かぜです

つぶやいてしまう

すると ごらん
さびしさと
かなしさがいっしゅんに
さようして
こころぼそい
ひとのにくたいは
すでにたかいねつをはっしている
りっぱに きちんと
かぜをひいたのである


あとは、自身の中から回復する力が出てくるのを待つ。それが一番だと、今はわかっています。
いつも明るく元気な詩を書く工藤直子さんに、次のような詩があるのを見つけました。そうか、あの前向きな明るさは、こんな辛い気持ちも経験したからなんだと、とても嬉しくなりました。構えない素直な言葉が、助けてくれることも、また、あるんですよね。「こころは くだけても」いいのです、「ていねいに ひろえば」。

こころ  工藤直子

「こころが くだける」というのは
たとえばなしだと思っていた ゆうべまで
今朝 こころはくだけていた ほんとうに

ひとつひとつ かけらをひろう
涙がでるのは
かけらに日が射して まぶしいから

くだけても これはわたしの こころ
ていねいに ひろう


最後に、坂村真民さんのことを調べている内に、次のようなことがわかりましたので、付け加えます。自分の浅い認識を改めました。

熊本県出身。8歳の時、父親が死去し、長男として生活に苦労。短歌を目指すが詩に転じ、愛媛県の吉田、宇和島東、新田の各高校で国語を教えながら、詩を創作。子どもにも老人にもわかる言葉でをモットーに、仏教の精神に根ざした詩作で知られ、月刊誌「詩国」を主宰。著書は「念ずれば花ひらく」「地球に額をつけて」ほか多数。
農林水産物の統一キャッチフレーズ「愛媛産には、愛がある。」の揮ごう者としても知られ、「愛媛というのは僕を詩人にしてくれた県なんです。『愛』というのは、いい字ですな。県名では一番いいですね。」と愛媛への愛着を述べている。

天上の星が地上に落ちて
花となったとも言われる
タンポポたちの燃えるような美しさは
わたしに色々なことを教えてくれる
まさにわたしにとってタンポポは
佛であり 菩薩である


坂村真民さんが、一番好きな花は、タンポポだそうです。春が来て、タンポポに会える日が楽しみです。新しい目で見ることができそうで。長くて、個人的なことをいっぱい書いた文章を、最後まで読んで下さって、ありがとうございます。

テーマ:詩・想 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
いのち
怒りと絶望で、どうにも生きていけなくなっていました。

何とか歩いている時、早春の道端に、それも川べりの土手につくしが見えました。そこを通る
たびに、そのつくしを探しました。
3、4日経ったころ、どうしてもそのつくしのそばに行きたくなりました。

まともに歩けもしないのに、すぐ下は川なのに、、、
全身に、四肢に全神経を集中させ、ガードレールをよじ登り、
土手を降りていきました。目の前には小さなつくしが、、、

生まれて初めて俳句を詠みました。
発病から、5、6年を経ていたでしょうか。

・つくしの子目で見て確かないのち知る
【2006/12/27 21:53】 URL | まり #N2y2xK1c [ 編集]

まりさんへ
今晩は。
訪問するのに便利なように、お言葉に甘え、リンクさせて頂きました。ありがとうございます。

「つくしの子目で見て確かないのち知る」
自然の、しかもとっても小さなものが、春が来て、きちんと新しい命を芽ばえさせている。
命がつながっていってるんですね。生きることに一生懸命なんですよね。

自分を生かせてくれた自然への感謝の思いが、俳句につながっていったというの、とってもよくわかります。
自然は何も語っていないのに、そこに大きな意味を感じる人間の素晴らしさを、季語は教えてくれてるなあと思います。

冬は寒くてなかなか外に出る気になれませんが、自然に出会って、命のかけらをもらってこないといけませんね、私。
【2006/12/27 22:38】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


葉っぱの文字が確かには読めないまま文章に入って、「家内安全」にたどり着きました。重い内容に安易な言葉を書けないでいます。私の教育実習の2週間は楽しいけれど疲労困憊、仕事には出来ないなあと思いました。(他にしたいことがあって、私の選択肢の中に無かったからですが)教師と言うお仕事は心身ともに重労働だろうと思います。何処かで自分の世界を守る線引きをしないと磨耗しそうでした。でもそれも悲しい事。人間を相手の、それも未来のかかった子供達を相手の仕事は、誠実であればあるだけ、大変です。解決にはコスタリカのように、もっとここにお金をかけて、先生方の人数を増やし、教える方も生活を楽しむゆとりを持てる事ですよね。知人も定年まではとても働けないといっています。独身ながら五十代後半で退職するケースを何人も見ました。
弱っている方にかける言葉は難しくて、「頑張ってね」と言う何気ない言葉が、「こんなに頑張ってるのにこれ以上頑張れという訳」と反発を買うことも。先日も知人のご主人が大病をされ、何も出来ず、話したい時に話したい事を静かに聴いただけでした。
【2006/12/28 01:13】 URL | 犬塚 #- [ 編集]

犬塚さんへ
犬塚さん、コメントをありがとう。こんな内容に、コメントは書きにくかったですよね。
6年前のことが、やっと文章にできました。冒頭に書いた真民さんの詩に出会ったからです。
昨年書けた父の詩は、亡くなってから24年目でした。今年は、15歳の時に亡くなった母のことを、短歌の連作にできました。今回書いたことも、短歌に昇華したいと思っています。

退職を願い出たとき、管理職は絶句され、考え直すように言われました。周りからも、「なんで?元気なのに…」と言われました。職場では元気でしたが、それが精一杯でした。いろんな分野の仕事を、自分に納得いくようにできないのが嫌でした。「勿体ない?わがまま?ぜいたく?無責任?」自問を繰り返しましたが、「仕事の代わりをする人はいても、私の代わりをする人はいない。自分の基準に達していないことを、お金のためにするくらいなら貧乏でいい。」それが、私なりの「武士の一分」でした。

数年前から、病院通いも減り、趣味を楽しめるようになってきました。現役の時、先輩が「仕事を長く続けるコツは、趣味を持つことだよ。そんなに根を詰めて仕事をしたら、病気になるよ。」と言われた意味が、わかりました。現役の時から短歌をしていたら、定年まで頑張れたかも?と思う反面、どう考えても、私の力では、仕事でいっぱいいっぱいだったとも思うのです。

明るく元気で前向きな部分が大きければ大きいほど、闇の部分・陰の部分も大きい。そうやって人はバランスをとっているというのを、真民さんの詩を読んで気づきました。
私の周りは、早く亡くなる人が多かったのですが、ここ数年、90代の方と知り合う機会が何度かあり、50代以降の人生に面白さを感じています。続けるのが苦手な私が、細く長く続けることに魅力を覚え始めました。
【2006/12/28 09:51】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

こんにちは
大空の亀さん、素晴らしい記事をありがとうございます。
これを書かれるのに勇気が要ったことと思います。
うまく言葉に出来ないのですが・・・沢山頑張ってこられたのですね。
私が同じような立場になったとき真似出来る自信がありません。

言葉・・・最近、動物の事を少し勉強していてある本の中で見つけた事があります。
動物(多分、子供や大人、全てにもそうだと思います)に言葉を掛けるときは
否定的な言葉を使わないようにとありました。
例えばうるさい時『うるさい』と言うのではなく『静かにしようね』この言葉のほうが断然効果があるとありました。
同じ事を求めてても言葉一つの影響って大きいのだよね、と改めて気づいた事でもあります。
子供も不思議と「散らかさないで」よりも「片付けてね」のほうが伝わったりします。
色々勉強になります・・・この年齢でお恥ずかしい限りですが(汗)
そしてまた今日この記事を読ませて頂いて言葉について考える事が出来ました。
素晴らしいエントリーをありがとうございました。

今年は大空の亀さんと麩饅頭がきっかけでご縁を頂け手大変嬉しく思っています。
どうぞ来年も宜しくお願い致します。
素晴らしい新年をお迎え下さいませ。
【2006/12/28 12:31】 URL | bianca #cK8v8HAk [ 編集]


先月、保育園の個人懇談があって担任の先生から
「Rちゃんはお友達とトラブルがあっても私にはなんにも言ってこないんです。話に来てくれたら対処もするんですけど・・」と言われたので、湯船の中で聞いてみると

「お友達となにかあっても先生にはお話しないの?」
「うん。だって先生はRが言ってもなんもしてくれなかったし。」

その少し前に11歳の上の子が
「大人はど~せ子どもの話なんて流して聞くから・・・」と言っていたのもあわせて亀さんの書いておられる

>相手を思う心と確かな信頼関係がないと、言葉は意味を持たないばかりか、害になり傷を残すと思いました

同じ思いを強くしたところでした。
6歳にして、もう、大人に対してあきらめてしまっている。ショックでした。
11歳の方は思春期の入り口で、いろんな思いもあるのだと想像できますが、6歳でも心はある。きちんとこちらが心を向けておかなくては、敏感に感じ取ってしまうものなのだと。

今の職場での亀さんをすぐ近くで見せていただいたひとりとして、以前「尊敬」という言葉を遣いましたが、もちろん尊敬の気持ちはあるのですが、私の気持ちにもっとぴったりくる言葉を探しました。
あこがれ です。
あそこの、あの居心地の良いあたたかな場所は、亀さんの子どもたちに対する心が作り上げたもの。それだけでも充分に素敵ですばらしいのに、それを維持し向上させ続けておられる。努力も苦労もたくさんしておられるのでしょうね。あの場所があそこにあるから、自分の子どもをあそこに通う権利を与えてあげたいと思うほどの、素敵な場所。
それを実現しておられる亀さんの姿に強く強く惹かれてしまう。
すぐ後を歩く同姓としてあこがれます。
そうなりたいと思う。
少しでも近づけたらと、目標にがんばろうと。

私自身がしあわせだなぁ・・・と思います。
こんな風に思える方とめぐり会うことができて。
追いつけなくても、近づく努力をするぞ!って思えること。
こうなったらいいのにな、が絵に描いた餅じゃなくて、実現可能な目標にできるんですもの。



【2006/12/28 12:55】 URL | kimico #Zr2/WiYY [ 編集]


夢中で読ませて頂きました。
上手くコメントは出来ません。

…つくづく人にかける言葉の難しさを感じています…
この言葉のもつ重さを感じます。
私も平和に暮らしている時は、気付かなかった言葉の重さが夫の病気以来、人から受ける言葉に傷つき、喜び、  
そして、話す前に人を傷つけはしないだろうか、と反芻するようになりました。
「私は幸せだ」と思いながら過しています。
もちろんいつもそうとばかりは言えませんが・・・。
でもそう、思っていると本当に幸せな気がしてくるんです。

先日、次女の「ママは人に好かれるね」と言うひと言が涙が出るほど嬉しかったです。
今年一番の言葉のプレゼントです。

『家内安全』読めました。
来年も家内安全、それが一番ですね。

今年はお付き合い下さって有難うございました。
来年もよろしくお願いします。
【2006/12/28 19:44】 URL | ベンジャミン #oUPgpoCM [ 編集]

biancaさんへ
biancaさん、心のこもったコメントをありがとう。
そうです、とっても迷いました、載せようか、どうしようかって。
読んで、嫌な気分になられる方もいるだろうな。
自分の側からだけ書いて、ずるい、情けない人だって思われるだろうなって。

でも、3月からの、皆さんとのお付き合いの中で、「大丈夫だよ。」って、自分の中に、励ましてくれる声も聞こえました。
そして、書いてよかったなと思っています。
ていねいに読んでもらって、温かい言葉をかけてもらって、すっきりして、今年を終われる自分がいます。本当に、ありがとう。

『うるさい』と、『静かにしようね』の言葉の違いは、大きいなあと思いました。
『うるさい』は、自分の感想・気持ちを吐き出しただけ。でも、『静かにしようね』には、歩み寄って、相手を育てようという思いが感じられます。
否定的な言葉は、悲しいですよね。口にした途端、寂しい風が吹き抜けていくようです。

この間、職場で「いつも笑顔の○○さん、大好き」って、言ってくれた子がいました。
あ~あ、今の仕事でよかったなと思いました。

そうでしたねえ、あのぴょんこさんのところでの「麩饅頭」がきっかけで!
大好きな麩饅頭が、さらに忘れられないお饅頭になりましたよ。

biancaさんの「蒼い世界」とガンコちゃんに、魅了された1年でもありました。
来年は、これに、子猫の「にーに」が加わりそう。
来年もよろしくお付き合い下さい。私もいい写真が撮れるといいな。
【2006/12/28 20:10】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

kimicoさんへ
kimicoさん、身に余るお褒めの言葉に、どうしよう…と思っています。でも、kimicoさんの温かい気持ちは、たっぷり頂きました。ありがとう。

私は、自分の好きなことを、自分の納得のいくよう、悔いの残らないようやっているだけ…。kimicoさんや同じ立場の人たちに、いっぱい助けられて、できているんですよ。毎年、不思議なほどいい人が来られるのよね。ああ、こんなところで、お手伝いだけだなんて、申し訳ないなあって思うほど。

若い人のアイディアをもっともらって、もっといいふうにならないかなとも思っています。いいやり方があったら、教えてくださいね。ちょっと、自分では内容的に駄目な気がするのです。こんなにほめてもらったんだもの、もう少し考えなくちゃね。

Rちゃんとお兄ちゃんへのkimicoさんの姿勢は、ほんとに一生懸命で、こちらにまで愛がこぼれてきそうです。
動物的な嗅覚というんでしょうか、「この人は本当に自分を思っているのかどうか」「この人の言葉は誰のために発せられているのか」、子どもは、とても敏感に捉えると思います。動物や子どもが安心して近づく人は、そういう優しさのオーラが出ているんだろうなあと思います。

こちらの思いが強すぎたり、一方的で、子どもに思いが届かないときがあります。でも、根っこに相手を思う温かい気持ちがあれば、届くときが来る!私は、何度かそんな経験をしました。でも、その子が、一度も、愛を感じる生活をしていなかったら…、どうなんだろう?
愛がいっぱいのkimicoさんの言葉を感じながら、そうではない子ども(もし、いたら)のことを考えてしまいました。

子どもに接する大人は、できる限りの場面で、「自分は気にかけてもらってるな」「自分は好いてもらってるな」って、子どもに感じてもらいたいですよね。
【2006/12/28 20:43】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

ベンジャミンさんへ
ベンジャミンさん、いろいろ思いを馳せながら、読んで下さったんですね。ありがとうございます。

私は、強くて元気なときは、いっぱいきついことを言って、いろんな人を傷つけたなあと思います。私など凡人は、やっぱり自分の側からしか物事が見えていなくて。
吉田兼好が『徒然草』の中で、「友とするにわろき者(友だちにしたくないもの)」としてあげている、「病なく身強き人(無病で体の丈夫な人)」や「猛く勇める兵(勇猛な武士)」が、ようやく、頭でなく、心で納得!いく年になりました。想像力は、いっぱいあるつもりだったけれど、やっぱり本当のところは、自分がなってみないとわからないものですね。

前にも書いた(?)星野富弘さんの「失うことは得ること」という言葉が、いろんな場面で実感できます。体の若さは失ったけど、年をとることで見えてきたものもいっぱい。こうなると、もっと年をとったらどうなるのかなって、妙に期待感が募ったりしています。

ベンジャミンさんのところは、娘さんたちがほんとに優しくて、素敵!「ママは人に好かれるね」という言葉、生きている間に言ってもらえる人なんて、そんなにいませんよ。でも、こう言ってもらえるってことは、同じ愛を娘さんたちに注いでこられたからこそ。温かいお家の様子が浮かんできます。それだけに、ご主人を亡くされて、悲しい悲しい思いも。

そう考えると、私が嫌だなあと思う言葉を受けたのは、私がそういう言葉を発してきたからなのかもしれませんね。自分の心に余裕があるときは、ずいぶん気をつけているつもりだけれども、発するほうも、受け取るほうも、本当に難しいと思います。人間には、何といっても「心」という、とっても難しいものがあるから。

keikoさんという名前が縁で、ブログのお付き合いが始まったんですよね。もう一人のkeikoさんからは、帰省の途中に、同じく丁寧なメールを頂きました。こちらのkeikoさんも、ベンジャミンさんと同じく「ママは人に好かれるね」と言われてるんじゃないかしら?とっても似ているお二人で、不思議な縁を感じました。来年もよろしくお付き合い下さいね。
【2006/12/28 21:27】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年7カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !
2017年 9月26日カウンター343434通過



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