心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌(歌集)-木村輝子さんの歌集『ビリーブ』
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【2007年6月16日の朝、ベランダから】

 今日は、短歌結社「塔」の先輩、木村輝子さんの歌集 『ビリーブ』 をご紹介します。
木村さんは、歌会でいつも明るく積極的で、発言にも正直な人柄が現れており、「魅力のある方だな」と思って見ていました。仕事を始めあらゆることに、まっすぐ一生懸命に向かう方だろうと想像していましたが、歌集からは、それだけでなく、さらに深く豊かな情感が伺えました。

働き盛りのご主人が思いがけなく癌を発病されるという辛い出来事の中、多忙な仕事を抱えながらの生活は、どんなに大変だったことでしょう。しかし、歌には、心の底から相手を思う温かいものがあふれていました。娘さんのご結婚、お孫さんの誕生など、うれしく幸せな出来事も詠まれ、幼い人たちへの優しい眼差しが心地よく感じられる歌集でもありました。 

多くの優れた歌の中で、今回は、この季節にぴったりの「螢」をテーマに詠んだ歌を中心にご紹介したいと思います。歌集は、テーマ別に配列されていて、読みやすく、その世界に深く入り込むことができました。歌の後に、私なりの解釈を加えてみました。

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【左-白いカバーをとると、淡い薄緑の上品な布表紙。
中・右-六甲高山植物園の青いケシ・エーデルワイスの写真はby中国語仲間のTさん。拡大できます。】

空き箱
マリッジブルーにわれは揺れをり楠の樹の影の長くはならない真夏

坂道の途中にわれは残されて日傘の娘ふはつと振り向く


いつかは子どもたちも独立し家を離れていくわけですが、結婚して新しい所帯を持つということには、ひときわ強い寂寥感があります。前途への夢にあふれた子どもたちを見ると、嬉しさとは別に、自分だけ取り残されたような、もう自分たちの時代は終わったような気持ちで、親である私たちは立ちつくしてしまうのです。

みどりご
人の掌の窪みに頭収まりてみどりごゆるく湯に浮かびをり

首傾げ大あくびするみどりごが口に吸ひ込むこの世の時間


生まれたばかりの赤ちゃんの様子が、とても的確に表現されていて、情景がありありと浮かび、共感を覚えながら読みました。赤ちゃんの吸い込む「この世の時間」が、少しでも清らかで優しいものであることを祈りたいです。

突然
感情とは違ふなにかの押し寄せてあふれさうなり傘につかまる

夫の大きなかうもり傘の中は海わたしひとりを浮かべて広い


傘の中に隠れたい時があります。傘が周りの厳しく冷たい現実から、一時でも自分を隔ててくれ、守ってくれるような気がするのです。ご主人の思いがけない発病を知った時の、茫漠たる思い、二人で作り上げてきた家庭を、これからは夫を支えながら一人で…という、心細さという言葉では表しきれない思いが、歌だからこそ表現できたのです。生き続けることは、なんと辛く大変なことでしょう。でも、生き続けるしかありません。

てのひら
十八キロ痩せたる背中をてのひらがまださすりをり病院を出て

なぜあなたがどうしてあなたが当たり前のやうにだれもがわが前歩く


ご主人の胸中を思うと、辛くて悲しくて情けなくて、身代わりになることもできず、ご主人の心を思っては、涙があふれてくるのです。通りを行く人は、どの人も何の憂いもなく、健康そのもののように歩いていく。ついこの間までは、ご主人も、その元気な群れの一人だったのに、「なぜ、あなたが?…」信じられない思い、信じたくない思いに、胸が締め付けられそうです。


柿の花赤い茶碗に拾ひきてをさな子われをやさしく呼べり

長靴の暗がり覗く幼子はふいに小さき手つつ込んだりして

わが前を前のめりに歩く体より大きな袋とかうもり傘曳き

降り初めの雨を受けをり新しい金魚の絵の傘逆さまにして

分校の横より螢湧き出でて運動場に一筋は消ゆ

川の面の螢とほたるが呼びあ合へる昔の闇は父母と見き

川の辺の草に螢の息づけば山くらぐらと大きくありき

川風の止みたるときの間ふうはりとふたつ螢の寄り合ひ離(さか)

幼子の記憶にそつと灯るやう川面あはあは照らすほたるは

川の面へせり出す木闇を出入りするほうたるこの世の時間を曳きて


幼子(おさなご)の無邪気な仕草が、優しくて、温かくて、心を和らげてくれます。好奇心いっぱいの幼子がやっていることは、わが子も自分も、同じようにやってきたこと。目の前の可愛い幼子の存在が、柔らかな笑顔と懐かしさを呼び起こしてくれます。
郷愁の象徴のような「螢」、息を詰めるようにして螢を見た子どもの頃、それは両親から見守ってもらえる幸せな時代でもありました。今、目の前に見える「ふたつ螢」は、ご主人と二人の人生を思わせるのでしょうか。魂のように語られる螢も、やはりこの世を生きているのです。

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【2007年6月14日夕-池の畔で】

 実は、木村さんは、私と同じ愛媛県出身。素晴らしい歌を詠まれるだけでなく、「船団」(主宰・坪内稔典氏)グループで、俳句も作られているそうです。
愛媛には、私の好きな出版社「創風社」があり、坪内稔典氏は、そこから俳句の本をいろいろ出されています。
ここにコメントを下さる犬塚さんとは、2年前に、中国語仲間のTさん(上掲の六甲高山植物園の写真)を介して知り合ったのですが、その時、出身県も年齢も同じだとわかっただけでなく、彼女の親しい友人が、「創風社」の方だという偶然に驚き、急速に親しくなりました。

 ところが、ここに来て、また新たな偶然が見つかりました。先日来、コメント欄で「よろずや平四郎」話題で盛り上がっておりましたが、今度はKANEGONがつながりました。「小学校の数年間を宇和島で過ごしたことがある。」というコメント、覚えておられますか?犬塚さんが、「創風社」のお友達に尋ねたところ、KANEGONのお家を訪ねたことがある等、思い出話が出、びっくりしたそうです。恐るべし、「偶然のつながり」であります。

 最後にお知らせ
7月15日(日)松山子規記念博物館の特別企画展「子規と鉄幹・晶子-近代短歌の黎明」というのがあり、そこで、天野祐吉さん司会、永田和宏氏(「塔」主宰)・河野裕子さん・永田紅さんの鼎談があるそうです。(「塔」6月号編集後記より)
ご家族そろって歌人の永田家四人のうち三人が出演ということで、帰郷してでも聴きたいところですが…。お近くの方はぜひ、私の代わりに聴いてきてくださいな。

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

短歌は思いをはっきり込められるのがいいですね。俳句も短歌も辛い経験がよけいに作品を深くします。誰の命であれ、生を真摯に見つめた人の作品は心に響きます。木村さんの温かいお人柄が偲ばれました。
KANEGONさんの件は本当に驚きでした。大空の亀さんの様な偶然力はありませんが、この年になると、出会うべき人々には神様が出あわせて下さる様な気がします。
【2007/06/23 22:52】 URL | 犬塚 #- [ 編集]

犬塚さんへ
こんにちは、久しぶりの雨にほっと一息ついています。
木村さんは、想像力が豊かだから、優しく情の厚い方だと思います。
他にも素晴らしい歌がいっぱいあるのですよ。

ところで、上掲のTさんに、マンガ科の話をしていたら、
なんと彼女の親戚の方が、京都のS大学のマンガ科を始められた方でした。
どうしてこんなに簡単につながっていくのかしら!!
Tさん曰く、「偶然は必然」
確かに。
私がしゃべったり、皆さんがお話しされなければ、つながらないわけですものね。
それにしても、すごいよねえ。「偶然力」って本でも書きたい気分です。
【2007/06/24 16:03】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

綺麗な空
おはようございます。
毎日のように、天気が悪く霧がかかっている釧路です。
天気のせいなのか頭痛に悩ませれています。

そんな気持ちを、晴れやかにしてくれる様な青空ですね。
私は短歌や俳句は良く分からないのですが、短い字のなかに想いをこめる。
なんて素敵なんでしょう。
でも私にはできまいなぁ。
「空き箱」は大空の亀さんの説明で、その気持ち分かるなぁって思いました。

でも、一つ一つが優しさに満ちていますね。
優しさの一端に触れる事が出来て、この温かい気持ちを感じました。
【2007/06/25 11:14】 URL | 夢詩 #- [ 編集]

夢詩さんへ
夢詩さん、今晩は。
釧路湿原、懐かしいです。霧の多いところですよね。
15年近くたった今も、湿原の広大さが、心に残っています。

私は、俳句・短歌・詩、短い詩型が好きなのですよ。
夢詩さんも、よく詩を書かれるので、読み慣れてきたら、どれにも共通するものを感じられるかと思います。
俳句は表現を抑える分、思いがけない世界が開ける面白さがあります。
短歌は、詩との中間ぐらいで、少し俳句よりの感覚です。

歌集も句集も詩集も、本全体を読むと、一つの世界が構築され、もっと良さがわかりますよね。
>一つ一つが優しさに満ちていますね。
そうなのです、全部読んでもらいたいぐらい…。
【2007/06/25 22:20】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

こんばんは
夫の大きなかうもり傘・・・

夫が病に倒れたとき、同じ気持ちを持ちました。
両親の傘の下から夫の傘の下に移り住み、世の荒波から防いでくれていた事をそのとき、実感しました。
今度は私が夫と娘の傘にならなくては、と考えるだけで毎晩、震えが止まりませんでした。
傘の下にいると世の中にそんな荒波が荒れ狂っているなんて気付かないのです。

長年連れ添い、空気のようになった夫を疎ましく思っている人がいっぱいいます。
傘の外を知らないのです。
もし息子がいたら、と『逃げ』を思い続けていました。

何気ない夫婦の会話の幸せを感じて欲しいです。

みどりご、の歌は心が温まります。

【2007/06/25 22:27】 URL | ベンジャミン #oUPgpoCM [ 編集]

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【2007/06/25 22:36】 | # [ 編集]

ベンジャミンさんへ
今晩は。
今日は、先日までのさわやかな風と打って変わって、蒸し蒸しとする一日でした。
久しぶりの病院でしたが、無事でした。ホッ…。
暑くなると、疲れやすくて、年々体がしんどくなります。
お互いに、気をつけましょうね。

歌の作者の木村さんとベンジャミンさんとは、同じ経験をされているので、「傘の歌」もよく読み込まれているし、心にしみる歌が多いのではないかしらと思います。
一周忌に詠まれた歌にも、泣いてしまいました。三首、書き抜きますね。(「塔」誌から)

「白梅のひらくを言ひて白梅を待たず逝きたり夜は明けざりき」
「貼りつきて消えてゆく雪 目の窪に涙をためて逝きしこと思ふ」
「ひとつづつあなたの物が消えてゆく障子に白く冬の陽は射し」


自分で表現しなくても、同じ思いを詠んだ歌で、浄化されていく思いって、ありますよね。
【2007/06/26 22:32】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

ひそかに…さんへ
今晩は。
私も、思いは同じです。
また元気になられるのを、一緒にゆっくり待っていましょう。
縁結びの可愛い人が戻ってこられるまで、お互い、ブログ続けましょうね。
【2007/06/26 22:46】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年6カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
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