心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌-高千夏子さんの第二句集『底紅』より
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【左から『底紅』本カバー、『底紅』布表紙、近くの公園の木槿(むくげ)底紅の花/少し拡大できます】

 私が、俳句結社「空」に入るきっかけを作って下さった高千夏子さんの第二句集『底紅』が、この六月に刊行されました。以前に、角川俳句賞受賞後の第一句集『眞中』を紹介しましたので、皆さん、覚えておられるかと思います。今回は、体調を崩されていたため、妹さんやそのご家族、俳句仲間の中田みなみさん、柴田佐知子さん、高倉和子さんらのご尽力で、素晴らしい句集ができあがり、嬉しいことに私にも贈って下さいました。
変幻自在の作風は、今回も健在で、また、深い思いの伝わる、いい句ばかりで、大変心引かれました。ご病気の身に、句集の刊行が、大変励みになったと聞いております。さらに、体力が回復されることを祈って、その内のいくつかを、みなさんにご紹介したいと思います。句集は制作年順に並んでいるのですが、私なりの読みに合わせて並べ替えてあります。ご了承下さい。(読み仮名は私が加えました。)

目借時波もなまけてゐたりけり
あふ向けにうつ伏せに波氷りゐる

「目借時」とは「かえるのめかりどき」のことで、「春の眠くてたまらない時期」を言います。蕪村の句に「春の海終日のたりのたりかな」というのがありますが、そんな春ののんびりした海の様子を「なまけて」と擬人化したところに、波と一体化した作者が見えて、面白い句だなと思いました。
二句目は、波がその形のままに氷っている様子をよく観察されているだけでなく、氷る前の波の動きが見え、素晴らしいと思います。また、作者の気持ちが波に寄り添っているのまでが感じられます。


遠足の子に扁額の一字読め
校長に切株ゆづり遠足子

遠足に出掛けた子どもの浮き浮きとした様子が、映像のようにはっきり見えます。とても生き生きとした句で、子どもの愛らしい様子を、微笑みながら見ている作者の目も嬉しい句です。

黄泉路にもぬかるみあるやひきがえる
いいお風呂いただきました遠蛙

どちらも「蛙」がいい味を出している句です。一句目は、死に至る道の辛さを想像させる重い内容なのですが、「ひきがえる」に問い掛けることで、軽みと親しみが出、諧謔性のある句となっています。二句目は、話し言葉が、お風呂上がりの心地よさを余すところなく伝え、蛙の声に旅心を刺激されました。もらい湯という懐かしい時代にも戻れる句です。


秋の日や鳩の豊胸うべなふまで
えごの花主治醫を訪ふは戀に似て

同じ乳ガンの手術をした者として、共感を覚えました。私は、手術直後、裸婦像などを見るのが嫌でたまりませんでした。胸の豊かな存在を、抵抗なく見られるようになるには、時間が必要でした。作者もそうだったのでしょう。他人は、まさか「鳩の豊胸」までと思うでしょうけれど…。私は、今でも胸の辺りが痛むと不安が募りますが、不思議なことに、主治医を訪ねると、ほっとします。二句目はそんな気持ちを詠まれていて、親近感を覚えました。

ふらここを漕ぐやしだいに雲に穴
抜襟の中が真つ暗雪女郎

「ふらここ」とは、「ぶらんこ」のことで、春の季語です。あり得そうであり得ない、でも、言われると、確かにあると思う。そういう、言葉が醸し出す不思議な世界が、この二つの句にはあります。高さんの句には、こういう、現実なんだけれども異界に飛んでいくような面白さがあって、それが魅力の一つでもあります。


ある時は天にのけぞり松手入
實直に釦(ぼたん)はめをる案山子かな

観察力の鋭さとユーモアを感じる心がよく出ていて、高さんの面目躍如という気がします。

祭来る昆布屋つねの昏さにて
春愁や人形の手の置きどころ

これもまた「上手い!」と唸りたい句です。普通は見逃しそうな情景ですが、こう詠まれると、生活している人の様子やその場の空気まで伝わってきます。


淡雪や小筥(こばこ)に戻す古代裂(ぎれ)
石垣の目のひとつづつ小春かな

さりげなく詠まれている句ですが、季語との取り合わせが絶妙で、柔らかい雰囲気が漂い、うっとりしました。

底紅やけふ為すことの今日出来て
戒名は短きがよし草の花

「底紅」というのは、句集の題にもなっていますが、「木槿(むくげ)」の花の中でも特に、花片の付け根に紅のさしたものをいいます。朝開き、夕には凋むことから、儚さを表したりもします。淡々と無欲に生を重ねる作者の、悟った姿勢が見え、潔い印象の両句です。


竹の子のゑぐみほどなり母の誡(かい)
小さき諍ひ母と楽しむ冷奴

高齢のお母様との暮らしには、ここには語れないご苦労がおありでしょうが、これらの句には、それを越えた落ち着きが感じられます。

句に生を遺すほかなし青山椒
生きるべし真冬を垂れる蜘蛛の糸

生きることの重み・深さ、いっぱい抱えてこられたであろう思いがひしひしと伝わってきます。繊細で鋭い感性を持っておられたがゆえに、生きづらかったのではないかと、「青山椒」「蜘蛛の糸」という言葉に、感じています。しかし、ここには強い覚悟も見え、高さんのしっかりした意志を感じました。


たんぽぽの絮(わた)の数ほど便り得し
心ある優しい方々と知り合えた喜びに、心を馳せておられる、このほっとする句が、句集の最後にあることに、私は、とても嬉しい思いがしました。どうか、体力を回復されて、素晴らしい句を、また詠んでいただきたいと願っております。

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

ますます深い句ですね。特に命を詠まれたものの強さ、潔さが心に響きます。
【2007/07/23 20:38】 URL | 犬塚 #- [ 編集]

犬塚さんへ
同感です。
誰にでも訪れる生老病苦ですが、まっすぐ向き合うには、覚悟が要ります。
句集の題にもなっている「底紅」の句の境地に達するまでの、深い思いを感じました。
【2007/07/23 21:39】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

おはようございます
俳句は良く分かりません。
亀さんの解説があるので嬉しいです。
最後の句は今の私の心境です。

むくげは夏を感じますね。
マンションに移る前に住んでた家に紫色のむくげがありました。
大きくなりすぎてマンションには持ってくることが出来なかったのでむくげを見ると家族の揃っていた頃の家を思い出し、チョット淋しくなります。
夫の介護をしていた頃は失ったものの多さに辛くて「後ろを振り返らない」と無意識に心がけていました。
でも今の季節、むくげを見かけるとハッとする私です。
【2007/07/24 10:45】 URL | ベンジャミン #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミンさんへ
今晩は。
今日は、とても美しい青空で、風もさわやかで、高原の夏のようでした。

めったに行かない大阪市内へ、歌集の掘り出し物があると教えてもらって出かけ、古本屋さんで、新品同様のものを11冊も(歌集や詩歌の本)買ってきました。
またまた詩歌三昧の、至福の日々になりそうです。

俳句には、普段使わない言葉や読みの難しい言葉もあるのですが、それを調べるのがまた楽しいんですよ。日本的な知識が増えるようで。
もっと解説してもいいのですが、読み手の想像する楽しみを邪魔してもいけないと思ってこのくらいに…。少しでもお役に立ててよかったです。

夏は、エネルギッシュな反面、お盆などがあるせいでしょうか、亡くなった人々が絶えず意識にのぼってくる気がします。
木槿・芙蓉・カンナ…夏の花は、どれも、そんな思い出と結びつき、ベンジャミンさんが書かれているように、妙に「淋しく」なりますね。
【2007/07/24 21:29】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


お久しぶりです。

いつの頃からか長編小説を読む気力と体力がなくなり、短い作品ばかり読むようになりました。随筆、詩、短歌そして究極は俳句ですね。

この齢になって振り返ると、みんなそれぞれに与えられた人生のテーマというか乗り越えるべき課題を抱えて生きているような気がします。逃げないで辛さに耐えて努力しているうちに、人は強くなり優しくなり・・・人として充実していく。
高さんがどのような人生を歩まれている方か存じ上げませんが、俳句を読ませていただいて、なぜかそんなことを考えていました。
「『より多く所有する』ことではなく、『より深く存在する』ことが大切なのです。」というヨハネ・パウロ二世の言葉を借りれば、高さんは「より深く存在されている方」なのだろうとも思いました。
自然や心象風景の切り取りかたに、感性があらわれるのでしょうね。

それから、白い花びらの奥底の紅がとてもきれいですよね(底紅という言葉を初めて知りました)。私も、むくげの中でこの色のが一番好きかな。
ぼんやりの私は、写真を何度か拡大して眺めていて、句集の表紙そのものが底紅だということにやっと気がつきました。

体調のご回復をお祈りしております。
【2007/07/26 13:58】 URL | keiko #- [ 編集]

keiko さんへ
今晩は。
そうですね。目が衰えて、文字の詰まったものは、すぐ眠くなってしまいます。
その点、詩歌は、空間があるので、想像を楽しむ分、眠くならずに済みます。

>この齢になって振り返ると、みんなそれぞれに与えられた人生のテーマというか乗り越えるべき課題を抱えて生きているような気がします。逃げないで辛さに耐えて努力しているうちに、人は強くなり優しくなり・・・人として充実していく。

keiko さんの、この言葉が、心にしみます。
私の周りにも、この言葉に共感を覚える人がいっぱい居るだろうなと思いました。
keikoさんも、同じような気持ちを抱えて生きているのですね。
私たちが子供の時の親も、こんなふうに思いながら生きていたんですね。

先ほどNHKの「クローズアップ現代」で、自転車で日本一周をし、ゴール目前で交通事故で亡くなられた80歳の原野さんという方の番組がありました。
生き続けることは、大変だけれど、素晴らしくもある、そんな思いを実感しました。
平和を願う、原野さんが残されたメッセージが、深まり広がることを信じたいです。

>「『より多く所有する』ことではなく、『より深く存在する』ことが大切なのです。」というヨハネ・パウロ二世の言葉を借りれば、高さんは「より深く存在されている方」なのだろうとも思いました。

keikoさんのこの言葉を読みながら、最近の大江健三郎さんの文章を読むようだなと思いました。
keikoさんの思索の深さに、感銘を受けました。
ずっと牧師をしていた従兄(といっても叔父みたいな存在ですが)が、先月亡くなりました。
そうか、従兄は、こんなふうに考えて日々を送っていたから、あんなに優しくて穏やかだったんだなと、思い至りました。
私は、クリスチャンではありませんが、この言葉は大切にしたいなと思いました。いい言葉を教えてくださって、ありがとう。

高さん、句集の刊行が励みになったようで、無事、7月のお誕生日を迎えられ、日々穏やかに過ごされているそうです。
「底紅」お好きな花なんでしょうね。

【2007/07/26 21:19】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年5カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
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