心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
あんなことこんなこと-“若者は幻を見、老人は夢を見る”
0830706banpaku.jpg 【万博公園】

1ヶ月前、従兄のT兄(30歳も年が離れているので、叔父のような存在です。)が、5年間の闘病生活の末、亡くなりました。ずっと心を尽くして世話をしていた奥さんから、写真や資料を送ってもらい、初めてT兄の心の中を知りました。
ずっと牧師をしていて、早く両親を亡くした私たちのことも、いつも気にかけてくれていたT兄が、信者さんたちに配っていたプリントから、一部引用します。戦争を体験した人たちがどんな思いで、その後を送ったのか、身近にいたのに、関心も持たず、知らずに過ごしてきた自分の愚かさが悔やまれます。

“若者は幻を見、老人は夢を見る”(使徒二の17)
ここでの「老人の夢」とは、おそらく年寄りにつきものの「昔話」のことであろうと思われる。私もそういう域に達したことをしみじみ思いつつ、若者の見えない夢(昔話)を語ることにしよう。

私の入信は、昭和二四年の春まだ浅き頃のこと、天皇の為に生命を捧げ、志願してまで軍隊に入り、祖国の不敗を信じて戦った戦争が、惨めな敗戦に終わり、生きる目標を喪失した虚脱状態から未だ覚めやらぬ頃のことであった。
「新日本建設キリスト教運動」という賀川伝道のポスターに引き寄せられて(キリスト教には何の関心も興味もなかったが、「新日本建設」という文字に心捉えられて)というのが、生きて再び帰らぬ故郷に、敗残の恥を忍んで復員しえたのは、「お互いは国家再建の捨て石になろう。戦争に捧げた以上の努力を再建の為に捧げよう。」という、戦友と交わした誓いの故であり、「国家再建」こそが私共の生の至上命題であったから-生まれて初めてキリスト教の集会に出席したことから始まったのである。
その集会で私は、賀川先生を通し、創造主なる神の在すことと、人間が神の御旨により、一人一人その人でなければ果たせない使命(役目)を与えられて存在していることを悟らされ、敗戦国日本を再建する為に、各自が神を信じ、キリストの十字架の精神、尻ぬぐいの精神で、その使命を果たしていかなければならないと知らされました。
「その十字架の精神、キリストを知る為に教会に行け!」とのお勧めは、行き悩んでいた私にとって正に天の声でした。
導かれた教会生活と聖書を通し、自分の罪の本性を知り、悔い改めて十字架を仰ぎ、罪許され救われる経験を与えられて知り得た真理は、国家再建の最短の道は「人の心の生まれ変わり」であり、「人の心の変わるまでは、地に良きことは芽生え出でじ」ということであった。 …以下、省略…


私にとって、驚きだったのは、ごく普通に暮らしていたと思うT兄の中に、こんな志があったことでした。宗教は、なんでもござれで、深い考えのない私ゆえ、この文章を読んで、「では、クリスチャンに。」とはならないでしょうが、当時の心ある多くの人が、「国家再建」を、自分たちの命題として持っていたということに、今という時代との差を感じ、いろんなことを考えさせられました。
また、国家再建の最短の道は「人の心の生まれ変わり」であるという部分を読んだとき、私の頭の中に、中国の小説家、魯迅のことが浮かびました。魯迅は、中国の民衆を救いたいと、日本に医学留学したのですが、祖国のことを報じる映像で、精神の未熟な民衆を見て、「中国の民衆を救うには、体からではなく、心のほうから立て直す必要がある。」と考え、文学に転科し、大きな影響力を持つに至りました。

終戦当時20歳だったT兄たちが、戦争の中で見聞きしたものを思い、「戦争に捧げた以上の努力を再建の為に捧げよう。」と戦友と誓ったという決意を知り、私は胸が詰まりました。終戦から60年たった今、平和を享受してきた私たちが、当時の教育のせいだと言い、様々な愚かさを指摘するのは簡単ですが、もっと深い、人間としての尊厳の部分を見ておかなくてはいけない気がするのです。
宗教へ、政治へ、学問へ…、新たな決意を抱いた人たちが進む方向は様々だったでしょうが、明らかに、今の私たちが持ち得ない大志を抱いた時代があったのだと思います。これらの善意の人々の大志を、危険な方向に利用しようとする動きも見える昨今ですが、ごく普通の人間が、私欲を離れ、まじめに生きようとした気持ちを無にしてはならないと、T兄の心を改めて知った今、思っています。

T兄は、今、若くして亡くなった愛娘のMと、天国で再会していることでしょう。Mは、待望の看護婦になった喜びも束の間、過労で亡くなりました。夜勤の折、ナースステーションのカーテンを閉めると、患者さんが不安だろうからと、開けたままにし、あまり眠らずに居たと聞きました。T兄そっくりの娘だったなと思います。

018toukaede070727.jpg 【三色彩道】

高校時代の同級生が、また一人亡くなりました。3年間ほとんど同じメンバーで過ごした30人のクラスから、3年前にF・Tさんが、1週間前にF・O君が、この世に居ない人になりました。伝え聞きなので、詳しい事情は分かりませんが、F・Tさんと同じく癌だったようです。青春時代の一時期を、ともに過ごした仲間を、まさかこんなに早く失うとは、思ってもいませんでした。寂しいことです。ご冥福をお祈りします。

テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記

この記事に対するコメント
お久しぶりです
信仰って色々ありますよね。
その中で従兄さんが見つけた心のよりどころ目標かなぁ。
自分が心に決めた事を…戦友誓ったことを守るために生きてきた様な方だったんですね。
私は戦争は知りません。テレビや映画での映像しか知りません。
私にも身近に戦争で亡くなった叔父がいます。
20年位前にその叔父と、沖縄で戦っていた人が本を出され送ってくれました。
でもその頃の私には、その叔父を知る人も誰一人居なく何故か人事に思えてしまい、本すら読んだことがありませんでした。

あることがキッカケで、その本を読んだのですが…あまりに悲惨で恐怖すら感じました。
死を前に彼らが思っていたことは…なんだったんだろう
考えさせられました。
もう一度今度は最後まで読んでみようと思います。(心の準備をしてからですが)
【2007/07/27 21:02】 URL | 夢詩 #- [ 編集]

今晩は
夢詩さん、お久しぶりです。

信仰に一途に向かった従兄は、迷いを払拭して、穏やかだったかもしれませんね。
私には、できないだろうなあと思いますけれども…。

>私にも身近に戦争で亡くなった叔父がいます。
沖縄戦で戦われたのですか?
私も本や映画で知るのみですが、悲惨としか言いようのない戦いです。

>もう一度今度は最後まで読んでみようと思います。(心の準備をしてからですが)
辛い出来事なので、なかなか読む気力がわかないの、すごくわかります。
でも、書かれた方は、残った者の責任として、真実を伝える義務があると考えられたのでしょうね。
書くことは、もう一度体験することだから、とってもしんどかったと思います。
仲間を思う気持ちや平和を願う気持ちが、書かせてくれたのでしょうね。
ぜひ、心の準備をして、読んでさし上げてください。

私には、息子が二人いるのですが、彼らに、武器を持たせたくないし、人を殺したり、もちろん殺されたりなんて状況になって欲しくないです。
普段は、あまり意識しないそんなことも、夏になると、あれこれ考えてしまいます。
【2007/07/27 21:30】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


こんばんは。

前回のハオちゃんのお写真を見て息子Rが「ハオちゃん死んじゃったの?」と不安がっていました。
今月の初めにお世話になっていた保育園の先生を癌で亡くしたばかりだったので・・・。
闘病生活は4年。
でも、昨年末までは働いておられました。
強い言葉を何度もいただいたのですが、いつも子どもの側の視点にたっての言葉でいろんなことに気づかせてくださった、大切で大好きだった、先生でした。
教会での前夜式(お通夜)に、すこし考えて、子どもは連れて行きませんでした。
もう生きてはいない先生に会わせるのは、まだ、うちの子には早いと思って。

私は44歳なんですが、友の結婚の話もなくなり、みな出産も終わり、最近では子どもの成長や親の死、自身の病気・・・と話題はかわってきました。


>ごく普通の人間が、私欲を離れ、まじめに生きようとした気持ちを無にしてはならないと、

まじめに生きる、簡単ではないですよね。
難しい部類かもしれません。
心に留めておきたいと、思います。
 

【2007/07/28 01:59】 URL | kimico #Zr2/WiYY [ 編集]


亀さん おひさしぶりです。
大切な方がお亡くなりになったのですね。つらいですね。
戦争を経験された方の戦後の生き方、生きざまは 私たちには想像もつかない苦しい思いがおありになったかと思います。亡くなった義父も 私は戦争でたくさんの友を失い、身体に弱い自分が生き延びて申し訳ないと言っていました。父は字が上手かったので事務などの仕事を戦地でしてたそうです。大学の先生をしていましたが、亡くなる直前に勲章をいただくことになったのですが、頑なにもらうのを拒否していました。

ところで先日 義母が白内障の手術をしました。3ヶ月前に予約してまして、緊張のあまり体調を崩していまして、私はなんとか 手術を受けさせたく身体回復に協力。無事 済みました。

疲れていましたが、以前から予約していた 女性歌手の 「千の風になって」のCDが届いてじっくりと聴いていました。
そして クラスメイトの訃報を知り、びっくりいたしました。
癌だったのですね。残念でなりません。おだやかな 笑顔を思い出しております。
ご冥福をお祈りいたします。
【2007/07/28 09:09】 URL | よりやん #- [ 編集]

kimico さんへ
おはようございます。
Rちゃん、ハオは、だいじょうぶですよ。しんぱいしてくれて、ありがとう。

ハオがおとなしかったのは、包帯をしていた2週間だけでした。
また元気いっぱいのハオに戻っています。
今朝も廃品回収を出すため扉を開けた瞬間から、廊下に飛び出し、端から端まで走り回っていました。
先輩猫のあさりちゃんの家の前では止まってのぞき込み、私がそばに寄るまでは床にべたっと横になり、近づくと猛然ダッシュ。
私は、完全に遊び相手にされています。

>強い言葉を何度もいただいたのですが、いつも子どもの側の視点にたっての言葉でいろんなことに気づかせてくださった、大切で大好きだった、先生でした。
とてもいい先生だったのですね。頑張っておられたのでしょうね。
きっとkimicoさんと同じように、先生のことが心に残っている保護者や子供たちが、たくさんおられると思います。
早く亡くなられたのは残念ですが、一生懸命生きて、人の心に思いを残せていけた先生は、お幸せだったと思いますよ。

私も先日、友と「何にも心配事も問題もないなんて人はいないねえ。つくづく子供の時は幸せだったと思うわ。親もいっぱい心配事を抱えていただろうに、子供には気付かせなかったものねえ。」と、話したことでした。
自分のことは自分の責任で何とかなるけれど、そうでないことは、心配するばかりでなかなか助けにならないのが、また、辛いところです。
生きれば生きるほど、心配事は増えますね。
それを時々癒してくれるのが、人との出会いであったり、言葉であったり、自然であったりするのかなと思います。

>まじめに生きる、簡単ではないですよね。
そうですねえ。
どの方向に向かって真面目なのか?を考えないと、怖いことになりますものね。
本人はいたって真面目なつもりでも、迷惑をかけていることがあるでしょうし…。

お体の方は、大丈夫ですか?
頑張りやさんだから、無理しないように気をつけて下さいね。
【2007/07/28 10:26】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

よりやんへ
お早うございます。
前に、お義母さまの具合が悪いと書いてあったので、心配していました。
白内障の手術、無事に終わってよかったですね。

>大切な方がお亡くなりになったのですね。
T兄やその家族からは、人を思う優しい気持ちをいっぱいもらいました。
T兄は、牧師の活動だけでなく、機械をいじるのが得意で、壊れた冷蔵庫など電気製品を使えるように直しては、必要な人に安価でわけ、教会の建設資金にしたりしていました。
カメラが好きで、まだ写真が珍しい時代から、いろいろ撮ってくれたことなど思い出します。

>亡くなる直前に勲章をいただくことになったのですが、頑なにもらうのを拒否していました。
立派な方だったんですね。俗に染まらない魅力があります。
こういう気骨ある生き方を、見習って欲しい政治家や企業家etc.がたくさんいます。
無惨に死んでいった仲間を思うと、やりきれない気持ちになられただろうなと想像します。

女性歌手の 「千の風になって」のCDとは、もしかして本田路津子さんではないですか?
春にコンサートに行ったとき、そのような話をされていました。
私は、懐かしいフォークソングを聴くつもりで行ったのですが、半分は賛美歌でした。
後日、T兄の奥さんから届いた冊子に、彼女の記事が載っていたので、偶然に驚きました。
彼女は、熱心なクリスチャンだと、初めて知りました。
そういえば、今日の朝日新聞beにも、作家の三浦綾子夫妻の特集がありました。
私は、特にこの宗教を信じるという立場にはないので、クリスチャンの方々の心の中ははかりしれませんが、信教者の迷いのない強さを感じます。

青春時代を一緒に過ごした友の死は、ちょっと言葉では表せないものがあります。
54歳の死は、早すぎますね。ただただご冥福を祈るばかりです。
【2007/07/28 11:06】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


こんにちは。
高い志を持って戦後を生き抜いてこられた叔父様が亡くなられたのですね。大切な人の死を受け入れるのには時間がかかるし、いつでも別れは辛いですね。ただ、こうして心中を理解しようと叔父様の足跡を辿られている亀さんのことを、叔父様は嬉しい気持ちで天国からながめていらっしゃるかもしれません。
戦争は、あまりにも悲惨で目をそむけたくなるけれど、そむけてはいけないことですね。
私の身近なところにも戦争の話はあります。戦時中、父は北海道で船に乗って気象観測をしてたのだそうですが、ある日、観測船が攻撃され沈没。たまたま非番だった父は、九死に一生を得たのだとか。仲間を失って足が震えたと話していました。
母はまた悲しいのです。「白梅が白いように、私は白いままあなたの帰りをまっていましょう」といった内容の短歌を詠んで送り出した婚約者が戦死してしまい、「自分も死ぬかと思うぐらい泣き明かした」そうです。もし生還していたら、父と出会わず私も生まれていなかった・・、と複雑なのですが、それでも生還させてあげたかった。
戦争は平和を生み出したりはせず、悲しみばかり生み出すのに、なぜなくならないのでしょう。ほんとに、人類の進歩は遅すぎますね!

最後になりましたが、O君が亡くなられたと知り、大きなショックを受けました。
日焼けして精悍な印象の彼でしたが、瞳の奥にはいつもおだやかな優しさを湛えておられたことを、今思い出しています。サッカーが上手くて、勉強が出来て・・・確か、imagineさんと同じ大学で学ばれたのでしたね。
彼の早すぎる死を悼み、この場をお借りしてご冥福をお祈りしたいと思います。





【2007/07/30 17:21】 URL | keiko #- [ 編集]


ひらがなで返信くださってありがとうございます。
Rが自分で読んで「うん!わかった~!」ってPCに向かってお返事してました。
 
【2007/07/30 20:22】 URL | kimico #Zr2/WiYY [ 編集]


穏やかに暮らしているように見える方にも様々な歴史があるのですね。
亀さんの大切な従兄弟さんは多くの思いを心に秘めていらっしゃったのですね。

私も戦争は知りません。
父は体が弱くて戦争に行来ませんでした。
でも戦後のもののない時代の話はよく聞きましたし、私自身ももののない時代を経験しています。
子供時代は今のように豊かではありませんでした。

春に「硫黄島からの手紙」を観ました。
あまりにも悲惨で打ちのめされました。
今さらながら「戦争は絶対に許されない」と痛切に感じました。
【2007/07/30 21:33】 URL | ベンジャミン #oUPgpoCM [ 編集]

keikoさんへ
今晩は。
私たちは、親から戦争の話をいくらかでも直接聞くことで、反戦の気持ちをしっかり持つことができました。
若い世代の人たちには、私たちが伝えていく責任がありますね。
映画界が、そういう意味では、頑張ってるなあと思うことが多いです。

>たまたま非番だった父は、九死に一生を得たのだとか。仲間を失って足が震えたと話していました。

>短歌を詠んで送り出した婚約者が戦死してしまい、「自分も死ぬかと思うぐらい泣き明かした」そうです。

ご両親からきちんと戦争の話を聞き、その痛みを自分の痛みとして受け止めているkeikoさん。
私も、両親から戦争の話を聞いたときの悲しさを思い出しました。
自分が経験したように辛く情けなく悲しく…、両親にこんな思いを味あわせた戦争に憤りを覚えました。
keikoさんも、話を聞いたとき、同じように胸がいっぱいになったのだろうなと思いました。
私たちは直接の経験はしていなくても、想像力で、足が震えたり、死ぬほど泣いたりしたときのことが、追体験できます。

戦争の悲しさがわかっているのに、今も止められない。
誰の欲のために?決して戦場で戦うことのない人のために…。
いい加減にして欲しいですよね、命をおろそかに扱うこと。

昔、家でできた一番大きいスイカで甘さには自信があると、O君が届けてくれました。
O君、I君、私は、大学が関西にあったので、時々一緒に飲んだり遊んだりもしました。
地元の子供たちにサッカーを教えていたと、前にM君だったかが話していました。
尽きない思い出はいっぱいです。
keikoさんやよりやんのように思ってくれる人がいるのが、一番の供養だと思います。
【2007/07/30 23:36】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

kimicoさんへ
Rちゃん、「1ねんせい」だものねえ。
なつやすみ、げんきにすごしてくださいね。

今日は、とても涼しくて、いつもは網戸の玄関も窓も閉めています。
明日からは、また暑くなるようですね。体、お大事にしてください。
【2007/07/30 23:44】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

ベンジャミンさんへ
今晩は。
戦場に赴かなくても、戦争の悲惨さを、皆が経験しました。
そのことを忘れちゃいけないし、今も戦争が続いていることを忘れちゃいけないですよね。

この夏に『夕凪の街 桜の国』が映画化されました。
原作はマンガなのですが、これまで原爆を扱ったマンガといえば『はだしのゲン』しか知らなかった私に、別の角度で深く心に訴えてくるマンガでした。
原爆で残った人たちの、残った故の辛い心が優しいタッチで静かに描かれている作品です。
舞台挨拶で、女優さんたちが3人とも泣いたということです。
『硫黄島からの手紙』もそうでしたが、若い世代の人たちが出演し関わっていくことで、平和への思いが広がり強く深く浸透していって欲しいなと思います。
【2007/07/30 23:54】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


また間違えてしまって、ごめんなさい!
亡くなられたのは叔父様ではなく、齢の離れた従兄弟さんだったのですね。
日曜日の朝ブログを読んだのですけれどね、それから一日半、選挙に行ったり買い物をしたり・・・、O君のことも含めていろいろ考えているうちに、私の頭の中の「ぼんやりコンピュータ」が勝手に「叔父様」に変換してしまっていたようです。今まで気がつかないのですから!
【2007/07/31 12:33】 URL | keiko #- [ 編集]

keiko さんへ
気にしないでくださいね。
年が離れているので、私も、「Tにいちゃん」と呼んだり、「Tおじさん」と呼んだりでしたから。
奥さんは、3歳年上で、こちらは「Sさん」とか「Sおばさん」。

脳に障害が出て、体が不自由になり、自分が歯がゆくて仕方ないT兄は、今まで使ったことのないような言葉遣いをすることもあったようですが、
奥さんは「声を出してくれるだけで嬉しいのよ。」「今まできれいな言葉を使いすぎたから、バランスをとっているのよ。人は、プラスマイナスゼロになって死ぬっていうからね。」と、大変な看病にもかかわらず、笑顔でした。
「行きたかった天国に行けたのだから。」という話をしてくれました。
これからは、奥さんや子供たちが、教会を維持していくようです。
【2007/07/31 15:34】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


はじめまして。
亀さんが、T兄さんことをHPで紹介されているという
話をT兄さんの奥さんからお聞きし、アクセスしました。
私は、T兄さんの葬儀をさせていただいた牧師です。
僭越ながら一言書かせて戴きます。

亀さんがT牧師のことをこのように紹介して下さって、また
多くの方が反響を寄せて下さって、私も、私どもの教会も
嬉しく思います。

T牧師が残された信仰の遺産は、とても大きなものでした。
これは世の遺産のように朽ちて無くなるのもではありません。
私たちのこころの中に永遠に残る財産です。それは、「人に仕える」という信仰です。T牧師が残された信仰の遺産を私たちの教会は受け継いで行きたいと思います。

亀さんも良い働きをされていますね。これからも応援させて
いただきます。亀さんの上に神様の祝福がありますよう祈ります。

【2007/08/12 16:18】 URL | 牧師 #- [ 編集]

牧師さんへ
初めまして。
コメントをありがとうございます。大いに励まされました。
また、T兄の葬儀の折には、大変お世話になりました。感謝しております。

私は遠いので、Sさんも連絡を遠慮されたようで、T兄の葬儀の件は、新聞を見た父方の叔父より連絡がありました。
母方の従姉からも、たくさんの方が参列されたと聞き、嬉しく思っています。

Sさんからも、T兄の写真や資料を送ってもらい、こちらにいる兄にも見せました。
組合運動を一生懸命やってきた兄も、改めてT兄の生き方に感心し、同じ血が流れているなあなどと話していました。

Sさんから毎月頂く手紙のおかげで、このような新たなご縁ができたと思っています。
Sさんの所を訪ねた折に、お会いできたら嬉しく思います。
いろいろなこと、今後ともよろしくお願いします。

8月は、ことさら平和のことが思われます。
お体に気をつけて、ご活躍下さい。
【2007/08/12 21:16】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年3カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
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