心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(5)-月とともに
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【家の近くで-池の畔のススキ】

 9月25日は中秋の名月、翌日は満月でしたが、皆さんは素敵なお月見ができましたか?
こちらは、雲一つない空に、煌々と照る美しい月を見ることができました。
私のデジカメでは、その素晴らしさを写しきれませんでしたが、biancaさんのブログに、兎まで見えているお月様の写真があります。リンク先から、ぜひお立ち寄り下さい。
先日、俳句結社誌「空」19号が届きました。今号に掲載して頂いた「季節の詩歌」は、「月」の句や歌を集めたものです。拙い文章のうえ、長くて申し訳ないのですが、よろしければ読んでみて下さい。

      季節の詩歌(5)~月とともに~ 
                      
名月を取てくれろと泣く子かな                  小林一茶

わが子は、こんなことを一度も言わなかったなと考えたとき、今まで軽く読んでいた句が違って見えてきた。闇の中で輝く月が、ぐっと近く見え、大人の手なら届きそうな気が、この子にはしたのだろうか。それとも、遠く美しい月に憧れ、自分のものにしたかったのだろうか。泣いているのだから、無理難題を親に押しつけているのは、子どもにも分かっているのだろうが、月の美に圧倒されている子には、駄々をこねるしかない。同時に、自分に甘い親であることを知っての言葉である。美しい月を欲しがる子の感性を喜びつつ、日頃の溺愛ぶりを句の中に露呈させた一茶。十七文字の威力を思う。

月の道子の言葉掌(て)に置くごとし                飯田龍太 

先ほどの句とは一転、落ち着いて穏やかな親子の姿である。月の照る夜道を一緒に歩くからこそ言える、子の言葉一つ一つを、大切に受けとめている作者。子どもが信頼してぽつりぽつりと語る様子と、男親の大きく厚い掌が見えるようで、私までほっとした気持ちになる句だ。

同じように外で見る月であっても、母と子の場合は少々違うようだ。

月にむかい汝を負えば背中よりふたたびわれへ入りくるような     江戸 雪

月満ちて産まれてきた子であるが、神秘的な月を前にすると、また胎内に戻っていくような懸念が生じてしまう。まだ互いに個として成り立っていない危うさ、母子の密着度の強さ…、曖昧にしておきたいことが、皓々とした月の光にさらされていく。不安感と甘やかな母性の漂う歌だ。
 
外で無防備に見る月には、思わず畏怖の念を抱いてしまうが、室内でなら、また、子どもの年齢が上がったなら、どうであろう。

「疲れたらすわつていいです」子の描(か)きし椅子の絵に今夜月光すわる   米川千嘉子

夜のたたみ月明りして二人子はほのじろき舌見せ合ひ遊ぶ       小島ゆかり

どちらの歌にも、部屋の中に差した月光の行方を、余裕を持って見届けている作者が居る。月の光によって普段と異なる世界が出現したことを楽しみ、さらに新しい物語を紡ぎ出そうとしているのだろう。

畳と月光、同じような題材でありながら、次の歌には、胸が詰まる。

月に照り枯生のやうな古畳さみしき母と坐らぬか子よ         森岡貞香

家の中に居るにもかかわらず、荒れ果てた枯れ野に座っているようではないか。難しい年頃の子を前に、気にかけながらも上手く交流できない母親の孤独感・寂寥感が、息子を持つ我が身とも重なり、辛い。しかし、まだこの歌には「子よ」と、呼びかけられる余地がある。

亡き子来て袖ひるがへしこぐとおもふ月白き夜の庭のブランコ     五島美代子

亡くなった子の具体的な描写が痛々しい。「月白き夜」の幻想的な雰囲気の中、子の幻を見ている作者の姿は、痛切のきわみである。

夜空を仰いで月や星に、亡き人の姿を思うという詩歌は多いが、次の作品からは、声が聞こえてくる。一番身近だった人の声を、もう一度聞きたいという願いが、せめて月夜には叶ってほしい。 

月ゆ声あり汝は母が子か妻が子か               中村草田男

咽喉裂かれ奪われしままの妻の声わが窓に来よ月あかき夜は      澤辺元一

朱い月は珍しく、常とは違うそんな夜には、多くの奇跡が起きそうだ。

あかがねの月のぼり来て千の家に千の赤子の青畳這ふ         小池 光

い草の匂いも清々しい新しい畳の上を、力一杯這っている赤子の映像が、わっさわっさと迫ってくる。素晴らしく豊かな生命力だ。

ふくふくと息づき眠る初子(ういご)あり月は朱色に満ちて昇り来      秋山佐知子

泣きやみし赤子に大き月出づる               荒井千佐代

これらの月は、満月でなくてはならない。まん丸の月から、赤子に向けて降り注ぐ光は、命を育む大きな力となって体の中にまで届くかのようだ。すべての赤子の健やかな成長を祈りたい。

月には、何か人の力を超えたものがあるのだろうか、神々しい月を前にすると、自然に祈りを捧げたくなる。

月の前しばしば望よみがへる                  加藤楸邨

人間の夢を聚(あつ)めて空に照る遠き世に生(あ)れいまを澄む月    来嶋靖生

どんな「望」なのだろうか、神や仏でなく、月を前にすると甦るという。純粋で、夢とか希望という方が似合う「望」の気がするが…。月に抱く「人間の夢」の筆頭は、月旅行であろうか。私が高校生の時、アポロが月から持ち帰った石が話題になり、『竹取物語』をもじった『石取物語』で、仮装行列をしたことを懐かしく思い出す。
平安時代の人は、月からの使者を、今の人は、自らが宇宙に飛び出すことを夢見る。いつの時代も、月は神秘的で、ロマンの対象だ。

そして、この月の持つロマンと神秘は、しばしば女性と結びつく。

やはらかき身を月光の中に容れ               桂 信子

束ねたる髪の中まで侵し来て夥しき月の光の量あり      稲葉京子

女性にしか詠めない、色香の漂う句と歌である。あふれる月の光を体中に浴び、黄金となった体は、そのまま月と一体化して天に昇りそうである。神話の時代、男神であった月は、新たな文化の流入とともに、イメージの変化を遂げ、柔和で優美な存在となった。

まつぶさに眺めてかなし月こそは全き裸身と思ひいたりぬ   水原紫苑

つややかな裸身さしだしのぼりくるあれは天動説の満月    小高 賢

人々が、思いを馳せ、祈りを届ける対象となって久しい月。
今夜もどこかで、新しい命が誕生しているかもしれない。

三日月やをみな子ひとり授かりて              岡本差知子

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【ベランダから-中秋の名月・翌日の満月】       【家の近くで見つけた白い彼岸花】

 悲しいお知らせ
9月23日、俳人の高千夏子さんが亡くなられました。末期ガンで、ホスピスに入院されていたのですが、ついに帰らぬ人となってしまわれました。
このブログでは、角川俳句賞をとられた後の第一句集『眞中』と、ご家族や親しい句友のご尽力で病床より出された第二句集『底紅』を紹介いたしました。
今号の「空」誌にも特集が組んであり、高さんに俳句結社「空」へのご縁を作って頂いた私は、句友の方々の結びつきに感銘を受けながら読んだところでした。
もうあの深いところに響いてくる句を、新しく読むことはないのだと思うと、寂しくてなりません。
また、句作を励まして頂いたお礼に、いつか私も句集や歌集を作り、見て頂きたいという夢も、叶わぬままとなり、残念でなりません。俳句も短歌も、なかなか進歩の見えない私ですが、作り続けることで、高さんの思いに応えていけたらと思っています。
ご冥福をお祈りいたします。

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      【家の近くの公園で】


テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
おはようございます(^・^)
大空の亀さん、秋を感じる写真・・・素敵です。
残念ながら、忙しさ、疲れに心の余裕もなく、中秋の名月を
見ることが出来ずに。
でも、こうやって大空の亀さんの写真を通して素晴らしさを
実感できました。
読書の秋、食欲の秋・・・いろいろありますが、
ちょっと最近、読書から遠ざかっています。

>俳人の高千夏子さんが亡くなられました。末期ガン・・・

私は、ご存じないお方ですが、ご冥福をお祈りいたします。
【2007/09/29 08:02】 URL | ノロタン #B7q/.fmY [ 編集]


満月とその前後あたりの月は明るい感じがしますね。
路傍を照らす光も強く、夜風に吹かれながら散歩したくなります。
【2007/09/29 11:55】 URL | こもれび #hGt.gl.I [ 編集]

ノロタンさんへ
こんにちは。
1枚目の写真、柵があって、近くに寄れず、少しズームにして写しました。
すごくあっさりした写真で、スゴイ!っていうところは、全然ないのですが、なんか、秋の寂しげな空気が介在しているようで、気に入ってるんです。
だから、ほめてもらって嬉しいです。ありがとうございます。

秋は、道ばたの草もみんな魅力的で、散歩をしていても、ついつい足が止まってしまいます。秋の光のせいでもあるのでしょう。
夏が行くのを惜しんでばかりいましたが、やっとこの頃、秋の草花に触れ、秋を迎える心地になりました。
親しい人の訃報に接すると、ほんとにほんとに寂しくなります。
【2007/09/29 13:15】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

こもれびさんへ
散歩が心地よい季節になってきましたね。
昨日は、仕事が休みだったので、近くの公園に、カメラを持って出かけました。
野山をそのままにしている公園なので、好きなのですが、人っ子一人いない平日は、正直怖く、あまり奥まで行けませんでした。
つゆくさ、ねこじゃらし、すすき、ポプラ、ヒマラヤ杉…、「なんでもないよ」って顔して生きてる草木に、心引かれます。
【2007/09/29 13:21】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

白い彼岸花
咲いていたんですね白い彼岸花
色んな自然の贈り物が目を楽しませてくれるこの季節、やっぱり好きですね。

月が綺麗に見えるのも秋の冷たい空気なのでしょうか。

私が知っている句は一茶ノだけでしたが

>人間の夢を聚(あつ)めて空に照る遠き世に生(あ)れいまを澄む月 

この句は何だか今の私にしみました。
【2007/09/29 21:16】 URL | 夢詩 #- [ 編集]

夢詩さんへ
>咲いていたんですね白い彼岸花
そうなのです。ちょっと終わりかけていたので、本数は少しですが。
池の周りで、柵のあるところだったので、近づけなくて、ベストショットというわけにはいきませんでしたが、なんとか撮れました。

写真の月は、光でぼやけていますが、これはカメラと我が腕前のせいです。
実際は、ホントに澄んで光って、きれいな月でした。

この文章では、なるべく「名月」「満月」「月見」など、余分な言葉が付いているのを避け、「月」と詠んであるのを、選んで書きました。
夢詩さんが、最後に挙げてくださった短歌、壮大だけれど美しい響きがあって、なおかつ、空に一人浮かんでいる月の孤独も感じられ、いいですよね。
【2007/09/29 22:23】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


「大空の亀」さんが詠まれた様に、季節の移り変わりは私たちの気付きや思惑を超えて早いですね。真新しいススキの穂は、ヌメヌメと光って絹のよう。寂しさよりも気高さを感じます。早速素敵な写真を拝見しました。

ところで、高さんの訃報、彼岸花のところの記述で、そうではないかと推測していました。でもさすがに俳人ですね。人を偲ぶに相応しい時を選んで永眠されました。私は「底紅」より、「真中」の方が俳人の高みを感じて好きなのですが、個人的にご存知の方は、後の句集に闘病の苦しさ、遺言のような物を感じて、より惹かれるかも知れませんね。「真中」を拝見した時には17文字の可能性に目を覚まされました。心よりお悔やみ申し上げます。
【2007/09/30 09:59】 URL | 犬塚 #- [ 編集]

犬塚さんへ
>真新しいススキの穂は、ヌメヌメと光って絹のよう。寂しさよりも気高さを感じます。
さすが、普段に、いい布を扱っている犬塚さんらしい表現だなと思いました。
確かに、新しいススキの穂は、絹のようだし、気品もあります。言われて、納得!
この辺の発見も、いい俳句にできそうですよ。

>「真中」を拝見した時には17文字の可能性に目を覚まされました。
そうですね。私も、短歌か俳句かって迷って、一時俳句から離れそうになっていたのですが、「いいやん、両方やったら。」って、思わせてくれる深い感性の句集でした。
高さんが積極的に「空」を紹介してくださったおかげで、今の主宰にも、このような文章を書く機会を与えてもらえ、すごく自分の勉強にもなるし、感謝しています。
「読書→引用→創作」ということを、大江健三郎さんが書いている本があるようですが、このような引用の多い文章を書いてみて、得心のいく説だと改めて思いました。

先日の朝日夕刊(物故者の欄)に、犬塚さんが敬愛してやまない「佐藤真さん」の記事が大きく載っていました。
180センチの長身をかがめて話される様子、優しい眼差し、問題意識をきちんと持って生きておられた姿…、本当に勿体ないことです。
【2007/09/30 18:21】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


こんばんは。

先日の満月、ほんとうに美しかったですね。
東の空に昇ったばかりの月は驚くほど大きくて、
歩いて帰りながら、「きれいね~。大きいわね~。」を何度も繰り返していました。
歌心のある人だったら一句(一首)ひねるところなのでしょうが・・・残念!
こういう時に、俳人・歌人の作品を味わわせていただけるのはありがたいことです。

亀さんの文を読むと、俳句や短歌の世界が心地よく広がります。
自分の想像力だけでは行けない深いところまで、楽々と連れて行ってもらえるからでしょうね。

最後になりましたが、高さんのご冥福をお祈り申し上げます。ありがとうございました。




【2007/09/30 23:58】 URL | keiko #- [ 編集]

keikoさんへ
>「きれいね~。大きいわね~。」を何度も繰り返していました。
うわ~、同じことしてる!と、にやにやしてしまいました。
月、雲、青空、秋になったら、急に空気が澄んできれいに見えてきて、一人で歩いていても、思わず声に出して言っています。
&カメラを持ち歩いて、猫じゃらしを撮ったり、空を撮ったり、いい気分です。

私の文章は、まだまだ読みが浅くて、文も全然駄目なのですが、読んでくださってありがとう。
今、「住宅顕信(すみたくけんしん)読本」という、早世した自由律俳人について書かれた本を読んでいるのですが、映画監督石井聰互氏の文章が、素晴らしい。
私も、いつか素晴らしい文章が書けるようになりたいです。
【2007/10/01 19:39】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

こんばなんは
写真のススキがとっても素敵。
優しく、風に吹かれていますね。
下のススキは若く、これから大人になって空に向かって広がっていくのですね。

白い彼岸花、最近は目にしますね。
我が家にも今、ススキと一緒に花瓶に入っています。

中秋の名月は1人お月見をしました。
満月じゃないと言われても乱視の私にはまん丸でした。
【2007/10/02 23:35】 URL | ベンジャミン #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミンさんへ
今晩は。
若いススキは、輝きがあって、心引かれます。
ススキが一面広がる高原にも、何度か行きましたが、味わいがあります。
穂が開いて、ほほけてしまったススキは、我が身を見るようで、悲しいけれど。

「こんなよい月を一人で見ている」
尾崎放哉という人の自由律の俳句です。
孤独感の漂う寂しい句ですね。でも、月の美しさは際だちます。

素晴らしい景色を、一人で見るのは寂しくて、そばに「きれいねえ。」って言える人が居たら嬉しいけれど、
一人だから、同じように空に一人で浮かんでいる月とも、しっかり向き合えて、月のありがたみが心にしみる、そんな気もします。
【2007/10/03 21:45】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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