心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌(歌集)-藤田千鶴歌集『貿易風 TradeWind』
藤田千鶴歌集『貿易風 TradeWind』を紹介します。 

08貿易風カバー    08貿易風本体  藤田千鶴歌集『貿易風 TradeWind』
【本カバー】           【本体】         (砂子屋書房・2007年7月24日刊・3000円)

私が「塔」の大阪歌会に出るようになって、この秋で2年になる。短歌を始めると同時に「塔」に入ったのが、2002年10月。すぐに歌会に出る勇気がなく、何年も「塔」誌で、皆さんの歌に接するだけだった。上手だなあ、素敵だなあと思う方が多く、憧れと畏れだけがふくらんでいた。
今回、ご紹介する藤田千鶴さんも、そんな憧れの歌人のお一人。歌会で実際にお会いして、あまりの可愛さに、すっかり独身だと思っていた私は、子どもさんもおられるし、年齢も私と一回りしか違わないのにビックリ。
しかし、「塔」歴が私より2年長いだけなのに、詠みはもちろん、読みがとても深くて的確で、言葉への繊細なこだわりを毎回感じていました。それもそのはず、童話も書かれ、賞もとられているのですから、優れた表現力をお持ちなのです。
早く紹介したいと思いつつ、発刊から1年も後になってしまいました。3月30日には、京都で歌集『貿易風』の批評会も開かれ、多くのゲストの方の貴重なご意見が聞け、私も大変勉強になったことを書き添えておきます。

  ここでは、それらのご意見は横に置いて、私が好きだなと思った歌を、思うがままに載せて、楽しませてもらおうと思っています。歌集を一読、私は「空」のイメージを持ちました。そして、この歌集を紹介するときには、ぜひ「空」の写真を挟みたいなと考えていました。歌と写真のコラボが、うまくいくといいなと思います。

    DSCF0075sora0807.jpg
                                         【南の島の行き帰りに機上から】

ああここは緑の土地だ飛行機が傾くときの窓に思えり
病気のリハビリを兼ねてマウイ島滞在されたときの作品で、歌集トップに置かれています。
私が、この歌集は「空」の歌集だと思ったのは、この歌の印象があるからかもしれません。

   マウイ島は風の島である
さとうきびの一本になる貿易風(トレード)にちぎれるほど吹かれていたら
歌集のタイトルにもなっている歌。私は、マウイ島は行ったことがないのですが、サイパン島に行ったとき、どこにいても絶えず流れている風に驚きました。また、奄美大島に行ったときは、向こう側が見えないほど大きく育ったさとうきびに、圧倒されました。自然があふれるところに立つと、自分も一体化してしまう感じがよく出ている歌で、共感を覚えた一首です。


 続けて、「空」を詠んだ歌をいくつか並べてみます。

缶ジュース飲みほすときに見上げたる空の青さよ空の高さよ
缶ジュースを飲むときって、つい腰に手を当てていませんか?そして、その姿勢は、人をいつもより大きい気持ちにさせ、空と対峙する感じを抱かせるのです。

時間とはほどけるものかゆっくりと空に馴染んでゆく飛行機雲
時間が経つにつれて、空にくっきりとあった飛行機雲がゆるんで、やがてぼやけ、空にとけ込んでいってしまうさまを、とても詩的に詠んでいて、好きな一首です。

屋根のすぐ上まで空はおりてきてただひっそりと雪降らせたる
雪が静かに降るさまを「空はおりてきて」と喩えたところに、作者の才能を感じます。

蝉の声の膜厚く張る青空をヘリコプターが掻き回している
けたたましい蝉の鳴き声を「膜厚く張る」とした表現が秀逸。ヘリコプターの旋回する様子は、まさに掻き回すという感じで、強い音が聞こえてきます。しかし、この「膜厚く張る」という語のために、静寂感すら漂ってくるのだから、不思議です。

空中に隆起あるようゆるやかな波形描きて飛んでゆく鳥
空を見るのが好きで、空を飛ぶものを見るのも好きな人なのだろうなあと、空好きの私は、うっとりと嬉しい気持ちで、これらの歌を読みました。

012sora080721.jpg                                                             【左上に昼の月が見えます。】

 友人や親族など親しい人たちとの別れや別れの予感は、誰もが味わうものですが、ここに挙げた歌も、作者の喪失感や寂寥が心に残り、私もまた、同じ思いに浸りました。歌というのは、相手のことを心の底から思うものだと、いつも感じます。

いつかおばあさん同士になってあのころのこと話したかったよ
友人が早く亡くなるのは辛いです。おばあさんやおじいさんになって、昔話をするのが夢です。

お互いの時間の先にお互いがもういないのを知っている雲
ずっとずっと先まで行くと、どちらもこの世にはいない。天も地もそんなことはお見通しのようです。

ひとりずつ冬に見送りひとりずつ心の椅子に腰を下ろせり
自分より早く逝ってしまった人を、一人ずつ自分の心に住まわせて、時々会話をするのも、日常の中に定着しているようですね。私もです。

白い菊棺に入れて「先生」と呼べば別れは現実になる
この歌の「先生」は、「塔」で慕われていた田中栄先生のことだと思いますが、「先生」「お母さん」など、いちばんよく呼んでいた呼び名を、もう言えなくなる、その最期の悲しみが深く伝わってくる歌で、しんみりしました。
 
 次の二首は、家族でバンコクに旅行されたときの歌で、「塔」五十周年記念作品賞を受賞された連作の一部です。家族と過ごす時間は、年々少なくなるわけで、それを覚悟しての歌には、寂しさと同時に心の底からの優しさが感じられます。慈しみ続けたい家族の愛です。

  父は前立腺癌の治療中である
まるでもう来世で会っているような父の横顔舟に揺られて
きっともっと優しくすればよかったと思うのだろう別れたあとに


010sora080721.jpg

 息子さんがおられるようで、母親の目で詠んだものにも、共感するものがたくさんありました。気持ちを子どもに添わせる、心が子どもに近いお母さんだと思いました。

抽選でもらった花火をつぎつぎと宿題みたいに終わらせて九月
花火ってもらったときは嬉しいけど、意外と面倒で、するチャンスがないのです。映画や物語のように、ゆく夏の情緒を感じながらというのにはほど遠く、「はい、次!はい、次!」と慌ただしく、一度に数本持ったりして…、ただ夏休みが終わるまでに終わらせなくてはという一心でした。そんな夏が我が家にもありました。

ちっぽけな私に認められたくてそんなに跳ぶのか汗までかいて
子どもというのは、どの子もみんな親が好きで、認めて欲しくて一生懸命なんですよね。いつだって前向きでひたむきなのが子ども。その痛々しさに、親は辛くなるのですけれど。

「戦争は雨でもあるの」と子に問われボウルにプカプカ苺が浮かぶ
子どもの質問は、いつも思いがけないところからやってきて、親を不思議な世界に連れて行ってくれます。我が家も「この川の魚どこから来たの?」と問われ、その根源的な問いに驚いたことがあります。作者の息子さんは、こう尋ねることで、自分なりの戦争への異議申し立てをしたかったんですよね。

どの夏も覚えておくよ座布団の上で寝ていた幼い夏も
批評会で、小林信也さんが「いちばん好きな歌です。」と言われ、「私も!」と思わず心に叫んだ歌です。座布団というリアルさがよくて、懐かしい昔にほろりとしました。赤ちゃんは、ホントに小さいのです。

 ここには挙げませんでしたが、次の歌のように「ほんとだ!」とか、「私もやってるよ。」と話しかけたくなるような歌がたくさんあり、自分のことのように読ませてもらいました。

万華鏡の底にきらきら花模様忘れるために生まれ続ける
南天と声に出すとき明るくてあらためて二度南天と呼ぶ


  DSCF0009yuhi0807.jpg
                                                     【南の島の夕暮れ】

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

最初の2首とか、「現実になる」で終わったりなどと、短歌のことはよく分かりませんが、斬新というべきか、新しい感覚のように感じます。
現代に生まれている短歌には、そんな印象を与える歌も時に目にしますが、門外漢には古い時代の有名短歌に慣らされた感覚なもので、そんな気がするのでしょう。
的はずれなことをコメントして失礼しました。
【2008/07/22 22:42】 URL | こもれび #hGt.gl.I [ 編集]

こもれびさんへ
>斬新というべきか、新しい感覚のように感じます。
はい、やはり新しい感覚で詠まれていると思います。
昔、学校で習ったような歌は、きちんとしていて、今の時代感や自分の感覚に合わないという事情があるのだと思います。
短歌は、「私」的傾向の強い文学だから、俳句に比べ、「私」が時代の影響を受ける分、変化しやすいかもしれませんね。
こもれびさんのコメント、全然、的外れでないですよ。
【2008/07/23 08:18】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


…きっともっと優しくすればよかったと思うのだろう別れたあとに…

いっぱい後悔しています。
夫の愚痴をいい、早くいなくなれば・・・と言う人がこの年になるとわりといます。
そんな方にこそこの歌を見せてあげたい。
でも後悔先に立たず、その時は分からないのですね。


全く短歌のことが分からない私にとってはたった31文字に詰まっている事が伝わってきます。
歌を詠む方の感性なのでしょうね。
いつも感心しているだけです。


昨日は仕事とボランティアで冷房、炎天下の繰り返しで元気がトリエの私もダウン寸前でした。
おまけに夜中も暑い。
クーラーなしの部屋で寝ていますが、今夜は部屋を変える予定です。

お出かけ前、亀さんも体調を整えて下さいませね。
【2008/07/25 09:56】 URL | ベンジャミン #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミンさんへ
ベンジャミンさんが書いて下さった歌、いいですよね。
彼女は、こう詠めたから、きっと優しくできていますね。
-相手を深く思うことで、心を打つ歌が詠める-
つくづくそう思います。歌もお料理も・・・ですね。

>でも後悔先に立たず、その時は分からないのですね。
すべてのことにあてはまりますよね。
この年になるとさすがに、「これが最後になるかも…」という思いも強く、
できるだけ悔いのないようにとは思いますが、聖人君子でないから、なかなか難しいです。

>31文字に詰まっている事が伝わってきます。
それで、充分だと思います。
私は幸いご本人を知っているから、歌が声になって聞こえてきますが、
普通は、表現された言葉だけで読むわけで、想像するのは、楽しいけれど、また難しいことだと思います。
私などは、すぐ自分に置き換えてしまうので、作者の意図から離れることもしばしばです。

楽しいおでかけがいっぱいあるので、体調を崩さないよう気をつけます。ありがとうございます。

【2008/07/25 14:56】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

自己表現
俳句、短歌、詩・・・ 歌であったり、楽器であったり、、、
それ以外のものであったり、、、

そんなものを通して自己表現するのでしょうが、
それらは、恐いほどに人さまに伝わるものだと思います。

その点、作る側にとっては怖いようにも思いますが、
そこがまた魅力であったり、おもしろいのかもしれませんね。
【2008/07/26 21:31】 URL | まり #N2y2xK1c [ 編集]

まりさんへ
お返事遅くなって、ごめんなさい。
26日から四国に出かけており、先ほど帰ってきました。

どんな手段であれ、自己表現できるっていうのは、とても幸せなことだと思います。
受け取る側の反応がまた、受け手側の自己表現になるのでしょうが、
それもまた面白いし、相互のやりとりの中で異なる解釈があったり、深まったり…。

>その点、作る側にとっては怖いようにも思いますが、
>そこがまた魅力であったり、おもしろいのかもしれませんね。
そうですよね。人間って、やっぱり人と関わりたいし、存在を認められたいんですよね。
【2008/07/28 23:02】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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