心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(9)~ああ曼珠沙華~
          俳句雑誌「空」誌23号(9月20日発行)に載せていただいた拙文です。
          よろしければ、写真と俳句・短歌の曼珠沙華づくしを、お楽しみ下さい。
          【写真は、秋分の日に、家から車で20分ほどの里山で撮りました。】

       季節の詩歌(9)~ ああ曼珠沙華 ~

空澄めば飛んできて咲くよ曼珠沙華         及川 貞

夏ゆけばいつさい棄てよ忘れよといきなり花になる曼珠沙華   今野寿美

十年近く前、術後の静養をしていたことがある。九月に入っても暑い日が続く中、気分転換にと、少し遠出をした。黄色く色づいた田と、それを縁どる曼珠沙華。まだ夏気分でTシャツ一枚だった私は、もうすっかり秋になっていることに驚いた。
人事に関わりなく、自然は働き、四季は巡ってくる。改めて、そんな感慨を覚えた。それ以来毎年、私は、秋の訪れと自らが生きていることを確かめるため、曼珠沙華を見に出かけている。

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つきぬけて天上の紺曼珠沙華             山口誓子

実は、曼珠沙華には、忘れがたい思い出がある。生意気な中学一年生だった私は、授業が退屈になると、窓から空を眺めるのが常だった。校舎のすぐ隣が田んぼになっており、稔りの季節を迎えた田の畦には、赤い曼珠沙華がたくさん咲いていた。

四方より馳(は)せくる畦(あぜ)の曼珠沙華      中村汀女

天ゆ降り曼珠沙華地に垂直に刺さるがごとくかたまりて咲く   喜多昭夫

当時、石川啄木の歌に心酔していた私は、一度、次の歌にあるように、彼の真似をしてみたかった。

教室の窓より遁(に)げてただ一人かの城址に寝に行きしかな   石川啄木

学校の外に群れ咲く曼珠沙華が、青空に映えながら、私を誘惑していた。ついに実行の日が来た!とばかりに、昼休み、私は窓から飛び出し、曼珠沙華を抱えるほどとってきた。ただ嬉しかった。

われにつきゐしサタン離れぬ曼珠沙華        杉田久女

善と悪いづれも一字曼珠沙華              河野南畦

入学以来、どうも苦手だと思うことの多かった担任だったが、「きれい!」と喜んでくれる顔見たさに、私は曼珠沙華の束を花瓶に入れ、教卓に飾った。

ところが、先生は入室するなり「誰ですか!こんな不吉な花を!」と激怒して、束ごとゴミ箱に投げ捨ててしまった。完全な嫌がらせだと思われたのだ。

手放しで泣かれてをりぬ曼珠沙華      山田珠み

曼珠沙華憤怒してゐる美しく大和国原滅びの最中   落合けい子

「私です。」と言ったものの、涙をこぼさぬようにするのが精一杯。見開いたままの目に、ゴミ箱からあふれた赤い花が目にしみた。

まんじゅしゃげの赤しんしんと目に滲みて景色の色を奪ってゆけり   花山周子

曼珠沙華投げ合いて子らはときめきぬ祭りの終りのぬるき香のして   花山周子

担任に違和感を覚えることが多かった日々の中、今回の件は、子どもなりに先生に歩み寄ろうと考えてやったことだった。しかし、失敗に終わった。

いたみもて世界の外に佇つわれを紅き逆睫毛(さかさまつげ)の曼珠沙華    塚本邦雄

曼珠沙華蕊のさきまで意志通す       鍵和田秞子

直情の身過ぎでありし曼珠沙華       伊藤通明

いま思えば、ただきれいだと思った私と、さまざまな知識のあった先生との間には、大きな隔たりがあったというわけだが、不信感は募ったままだった。気の強い二人に、ついに和解はなかった。

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   【9/27再訪】

GONSHAN  GONSHAN 何処(どこ)へゆく、
赤い、御墓の曼珠沙華(ひがんばな)、
曼珠沙華、
けふも手折りに来たわいな。
      北原白秋  「曼珠沙華」第一連 (『思ひ出』抒情小曲集より)


GONSHANというのは、白秋の故郷柳川の方言で、良家の令嬢のことを言うそうだ。オランダ訛りの言葉とリズム感のある、この詩、少々残酷な内容が、イギリスの童歌『マザーグース』を連想させる。子どもは、無意識に他者を傷つけている。

ぽきぽきと折れば野が哭(な)く曼珠沙華  萩原麦章

ぽきぽきと折れる快感に、気がつけば抱えるほどとっていた曼珠沙華。当時の私は、とられた後の野の寂しさまで思い至らなかった。


曼珠沙華が、世間では不吉な花で通っているとわかったのは、下校して、母の話を聞いてからだ。
彼岸花の根(鱗茎)が飢饉の時に利用されたこと、毒があるため、モグラやネズミの害を避けたい田畑の畦や墓地に植えられたこと。この花を食糧にせねばならぬほどの飢餓とは、言い換えると、死と隣り合わせだということ。辛くて悲しい花だと思った。

川に逆らひ咲く曼珠沙華赤ければせつに地獄に行きたし今日も   寺山修司
濁流に捨て来し燃ゆる曼珠沙華あかきを何の生贄とせむ       寺山修司

寺山修司も、私のように、母親から話を聞いたであろうか。曼珠沙華には、死人花、幽霊花、捨子花といった別の呼び方が、千種以上もあるそうだ。この二首は、精神的肉体的に、生死ギリギリのところで生きる痛さを、花そのものが発しているような歌である。花が植物ではなく、人間のように見える。

むらがりていよいよ寂しひがんばな    日野草城
曼珠沙華抱くほどとれど母恋し      中村汀女

「不吉だと嫌う人もいるけど、花のせいではないのにねえ。きれいなものはきれいでいいよ。」と、静かに言った母の思いが、今でも甘くよみがえる。

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長じて、俳句に興味を持つようになり、初めて出会った曼珠沙華の詩歌は、自由律俳句で有名な放浪の俳人、種田山頭火のものであった。彼の俳句において、彼岸花と曼珠沙華は厳密に区別されていることにも気づいた。

歩きつづける彼岸花咲きつづける      種田山頭火

曼珠沙華咲いてここがわたしの寝るところ   山頭火

なかなか死ねない彼岸花さく        山頭火

山頭火の句に詠まれた彼岸花と曼珠沙華。同じ花なのに、印象がまるで違う。もちろん花の名を置き換えてはいけない。言葉の持っている世界が、正反対なのである。曼珠沙華という響きに伴う甘やかさに比べ、彼岸花のなんと寂しいこと。地の果てまで行ってしまいそうな頼りなさである。

西国の畦曼珠沙華曼珠沙華           森 澄雄

「西国の畦」とあるので、西国三十三ヶ所を巡る遍路の歩いた道であろう。その道を縁取るようにずっと続く曼珠沙華の花が山頭火の一句目と重なる。

緑濃き曼珠沙華の葉に屈まりてどこにも往かぬ人も旅人         伊藤一彦

山頭火のように、いつか自分も様々な縛りから自由になり、放浪の旅に出たいと憧れている人も多いだろう。しかし、現実問題として、実行は難しい。この歌のように、静かに語らうことで心を解き放てる人は、どこに行かなくても心の旅ができるのだ。

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  【9/27再訪】

子どもの時聞いた話に加えて、曼珠沙華は、「天上の花」の意味、経文では「赤い花」のことをいうということなども知った。もともと大好きだった花を認めてもらえたようで嬉しく、次々と曼珠沙華の短歌や俳句を見つけ、私は書き留めていった。

赤き爪ゆらりかかげる曼珠沙華 立ち話より歩き始めつ       吉川宏志 

風を浴びきりきり舞いの曼珠沙華 抱きたさはときに逢いたさを越ゆ    吉川宏志

まんじゅしゃげ赤き籠編む曼珠沙華夢を匿(かくま)うかたちと思え    吉川宏志

対象を見る目の非常に優れた作者の三首である。曼珠沙華の外に反った花びらを、赤いマニキュアを塗った爪に喩えるなんて、誰が思いつくだろうか。しかし、この艶ある表現によって、一首目の下の句は、一気に恋の様相を帯びるのである。二首目の曼珠沙華の妖しく美しい様は、もはや花の域を越え、恋人そのものと化し、作者の情念に火をつける。花をじっと見るとは、こういうことかと思わせる三首目。曼珠沙華の反り返った花被と、突出した蘂、この花の形から、籠を編む様を想像するとは驚く。しかも、自ら隠す手だてをとるとは。誰にも知られてはならない夢が、人にも花にもあるのだ。


きぞの夢のつづきか曼珠沙華しみじみと秋陽さすところまで     上田三四二

ぬばたまの夢にかさなる曼珠沙華あかあかと咲きて今日の沈黙    岡部桂一郎

この二首は、前夜の夢に見た世界が、今、目の前に広がっているという歌である。曼珠沙華の群れ咲く景色は、まるで浄土かと思えるほど幻想的で、作者は、それぞれのやり方で、花に向かっている。
秋の透明感のある陽を受け、浮き上がっているように見える曼珠沙華のところまで、導かれるように歩く一首目の作者。圧倒的な赤に、言葉なく立ちつくす二首目の作者。どちらも、この世とあの世の境界に居るような不思議な空気が漂っている。

曼珠沙華のするどき象(かたち)夢にみしうちくだかれて秋ゆきぬべき   坪野哲久

この歌に、作者は次のような自注をつけている。「うち摧(くだ)かれて滅びゆくのは、曼珠沙華か、はたまた人間の命か、秋、自然凋落のきびしさ、すさまじさは、過現未にかけて永劫につづくであろう」
人事も自然も滅びと誕生を繰り返すのである。

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長文を読んでいただき、ありがとうございました。どうぞ、お茶でも一服。

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

曼珠沙華が町の道端にもあちらこちらにそっと咲いていますね。買い物の途中で眺めています。
俳句、短歌にたくさん詠われているのですね。秋の心の風景があらわれていますね。

先日 お彼岸にお墓参りにでかけたのですが、私の従姉妹が若くして亡くなっていまして最近 墓地が同じところとわかり、先日やっと見つかりお参りできました。従姉妹がこっちこっちと教えてくれたようでした。神戸に嫁いでから随分とこころの支えになっていただきました。命日にはお供えをしていましたが、お墓にはお参りしたことがなくこれからは必ずお参りできるようになりました。

曼珠沙華の赤い帯のような秋の風景はいろいろな思いをこころに投げかけてくれますね。

それから 今ごろ 四国で お兄さまはどのあたりを歩いておられるのでしょうか?
四国のなつかしい 秋をたくさん眺めておられることと。

余談になりますが、先日ラジオで 大洲の芋炊きセットを地元の会が500セット注文受けてて送るのですと古里便りのコーナーで言っていました。
私は本格的なイモ煮は食べてことがないのですが、きっとおいしいんでしょうね。
取りあえず、里芋を煮て食べましょう。
【2008/09/28 09:37】 URL | よりやん #- [ 編集]

よりやんへ
今晩は。すっかり涼しくなってきましたね。ついに秋…。日の暮れるのが早いので、なにやら寂しく感じます。

>曼珠沙華が町の道端にもあちらこちらにそっと咲いていますね。
この写真は、車で20~30分のところで撮ったのですが、最近、家の周辺にも増えてきました。
写真を撮った場所も、近年、撮影に来る人が増え、曼珠沙華に心ひかれる人が結構いるんだなと、改めて思っています。
短歌・俳句の世界でもよく詠まれているのは、情念を託しやすい花ということなのかもしれませんね。

>これからは必ずお参りできるようになりました。
「千の風になって」という歌もありますが、やはりお墓の前で手を合わすのは、思いの込め方が違う気がします。
亡くなった方と、話がしっかりできるような感じと言えばいいかしら?

>大洲の芋炊き
母校で教育実習をしたとき、生徒たちと河原でやったのが最初で最後。楽しかったよ!
家でも時々、鶏肉・こんにゃく・里芋・お揚げさんを入れてやります。懐かしいね。

兄は、歩き始めて12日目。今日は、土佐市だそうで、36番まで到達したようで、快調です!
俳句の季語では、「お遍路さんは春」。秋は、段々日が短くなるから、気がせきますね。

いつも心のこもったコメントをありがとう。v-273
来週辺りは、S先生の俳句を載せますので、楽しみにしてて下さいね。



【2008/09/28 22:42】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

美味しい一服いただきます。
v-257頂きます。(_ _)
読むのにホンに時間がかかります。コーヒーを飲み飲み、お茶を飲み飲み、凡そ数回にわたり、読破 (バンザイ)

亀ちゃんのブログのいいところは 決して、決して踏み入れないジャンルの文字がいっぱいあるので、がんばって読めるKANEGONがいます。
右脳は極寒の地の熊の冬眠の如く お目覚めになりません。

お歌を読んで、亀ちゃんの解説を読んで、ふーん そういうことかと納得して、次のお歌にチャレンジ、またまた違う解説に おっとそうかい!などと合いの手を入れながら、カタツムリの速度で読みます。

 でも、評価点を気にせず、時間も無制限だし、らくちん。

曼珠沙華っていつ見ても、満開です。あるかないかの二択で、ある日突然満開です。
田んぼの畦であの茎が保護色で気がつかないのかな。

実家に行く道すがらに生成りの色の曼珠沙華がきれいです。


【9/27再訪】の写真壁紙にいただきました。
きれいな秋の光が見えます。

***

お礼が遅くなって・・・
娘のことありがとうございます。
keikoさんからも行ってくださるって連絡いただいて、嬉しい限りです。

本当にありがとう。


娘から電話があったのでかくかくしかじかと話したら、
「お母さん、あの日のオペラは、(学校の定期演奏会とかの入場無料のイベントのこと
らしいのですが、)お問い合わせなんかいらないんだからっ。通りすがりにちょいっとって入っていいんよ。!!入っちゃいけませんなんてないんだからっ」と言われました。(笑)






【2008/09/29 17:53】 URL | #- [ 編集]

彼岸花
彼岸花を見ると、私はいつも泣きそうになります。
いや、もうすでに泣いているのかもしれない。

白秋はわがふるさとの先輩。家はすぐ近所で、学校も同じ。
いえいえ、決して同級生ではありません(*^▽^*)

ゴンシャンはお寺の娘さんで、今で言う知的障害があった
ように聞いていました。たった今、歌いながら行ったとか、
まことしやかに話が流れていました。

そんな哀しい思い出が私の中にあるのかもしれない。
高村光太郎夫人の智恵子さんと重なります。
未だ誰にも話したことのないことです。
【2008/09/29 17:57】 URL | まり #N2y2xK1c [ 編集]

KANEGONへ
今晩は。急に寒くなって、服装に迷うようになりましたね。
ハオの寝床も、暖かいのに変えました。
昨日、街で見かけた可愛い子猫が、今日の雨に濡れていないか心配です。

>カタツムリの速度で読みます。
私の独りよがりの長い文章を、丁寧に読んで下さってありがとう。
本物のお茶をさし上げられないのが、残念。せめて、コーヒーの追加を。v-273
しかも、写真まで壁紙に使ってもらって、ほんま嬉しいです。

>生成りの色の曼珠沙華がきれいです。
最近、急に目につくようになってきた気がするのですが、どうですか?
私も、通勤経路に、生成りのを見つけ、毎朝の楽しみが増えました。

>通りすがりにちょいっとって入っていいんよ。!!
元の記事のところに、あとから付け足しときますね。

昨日は、京都に用があって、ちょっとお洒落をして出かけたのに、
なんと、靴のウエッジ?(かかと)の部分が、歩いているうちに崩れ、悲惨なことに。
ウレタン部分が劣化するんですね。お店に着くまで、非常に情けなかったです。
でも、おかげさんで、京都で新しくて履きやすい靴がゲットできました。
人間も物も、古びていくのを忘れちゃいけないわね。
【2008/09/29 18:34】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

まりさんへ
>ゴンシャンはお寺の娘さんで、今で言う知的障害があったように聞いていました。
>たった今、歌いながら行ったとか、まことしやかに話が流れていました。

まりさん、貴重な情報をありがとうございます。v-290
ゴンシャンというのが、よくわからなくて、いろいろ調べて、やっとあれだけしか書けませんでしたが、新たな事実を教えてもらって、詩から受け取る感じに納得がいきました。
福岡柳川の当地では、非常に身近な形で読まれていた詩だったのですね。
まりさんと知り合えなければ、手に入らなかった情報です。感謝しています。
もう一度、詩集を出して読み直してみたいと思います。

北原白秋さんは、短歌・詩・童謡の歌詞、ハイカラで斬新な言葉、懐かしい響き、ととても才能の豊かな文学者ですよね。
故郷のご近所で、学校も一緒なんて、スゴイ!また、何か教えて下さいね。

>彼岸花を見ると、私はいつも泣きそうになります。
まりさんもですか。彼岸花には、切ない思い出がつきまとうのでしょうかね。
【2008/09/29 18:50】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


曼珠沙華って5音も取るから俳句に収まりにくいように思いますが、けっこうあるんですね。
まあ季節感がたっぷりの花ですから、詠みたくなるのも分からないではありませんが。
それにしても個性的な花ですよね。
まったくそこにあるとは気が付かないのに、咲いて、ああここにあったんだと思わせるように突如として姿を見せ、何事もなかったように去っていく、そんな印象があります。
【2008/09/29 22:42】 URL | こもれび #hGt.gl.I [ 編集]

こもれびさんへ
今晩は。急に寒くなって、ついこの間までの暑さが嘘のようです。
>突如として姿を見せ、何事もなかったように去っていく、そんな印象があります。
ほんとに不思議な花ですよね。咲いたらとっても目立つのに、その前後の存在感がない。
桜や梅、チューリップやパンジー、どれもつぼみの時から、待たれるのに、曼珠沙華は明らかに、それらとは異なりますね。

大好きな夏は去りましたが、葡萄、蜜柑、林檎など、果物が楽しみな季節になりました。
相変わらず旺盛な食欲が、怖いような嬉しいような秋です。こもれびさんは、いかがですか?v-378

【2008/09/30 21:53】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


曼珠沙華、以前は彼岸花って言うことが多かったですね。
やはり母が「お墓に咲く花」と嫌っていました。
母だけでなく嫌いな人は多かった、です。

私は細い茎でシャンと立っている姿が好きです。
「真っ赤ではないのよ」と一歩下がった感じでひっそりと咲いていました。
でも最近はあちこちに群生していますね。
観光地化されてれているところもあります。

そう言えば今年はあまり見ていません。
よかったわ、亀さんのお写真で堪能しました。

お茶、ご馳走様でした。
【2008/10/03 20:00】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
今晩は。ただいま勉強会から帰ってきました。
今日は、ドジな私のせいで、ベンジャミンさんにお手数をかけてしまって、ごめんなさい。
でも、よい情報も教えていただいて、「災い転じて福となす」?ありがたかったです。

>私は細い茎でシャンと立っている姿が好きです。
>「真っ赤ではないのよ」と一歩下がった感じでひっそりと咲いていました。
ほんとですね。言われると、私も同じ理由で好きなんだ!なんて気がしてくるから、不思議です。
この頃、感性が欠如しているので、なんだかボンヤリ物を見ていて、どうもいけません。

>お茶、ご馳走様でした。
どういたしまして。今日は、お世話になって、お茶にお菓子を付けなくては、ね。 v-273v-274
よい週末をお過ごし下さい。教えていただいたこと、今から実行します。
【2008/10/03 21:12】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


大空の亀さん、こんばんは。
すっかり、ご無沙汰してしまいました。
諸事情があり過ぎて…微笑
おまけに仕事が忙し過ぎて…週一回のお休みは病院通い。
そんな中、ゴロゴロして過ごす時間もなく…
それにしても、彼岸花の鮮やかな赤と真っ青な空と緑…
ものすごく、清清しくて気持ち良さそうな風景。
見ているだけで深呼吸したくなります。綺麗だな・・・本当に(#^.^#)
【2008/10/03 22:38】 URL | ノロタン #B7q/.fmY [ 編集]

ノロタンさんへ
お早うございます。
ここ数日、また気温が高くなり、着る物に迷う日々です。
お忙しくされてるんですね。体、気をつけて下さいね。

今日は、小学校の運動会が行われているようで、遠くからその声が聞こえてきます。
子どもたちが小学生だった頃、ワクワクしながら見に行ったことや、
自分が小学生だったとき、ドキドキしながら過ごしたことを思い出しています。
運動会のシーズンは、青いミカンやゆがいた栗がとても楽しみでした。

絵だけですけど、ノロタンさん、秋の果物でも召し上がって、疲れをとって下さいな。v-379v-378
【2008/10/04 09:24】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


出掛ける前に読んで、その余韻を味わいながら(これが楽しいのですよ。)お買い物に行ったりしていました。

田んぼと彼岸花の写真は、子供の頃に見た風景のようで懐かしく思いました。柿の実がのぞいているところも好き。風景の切り取り方が素敵です。
彼岸花は、短期間にあれだけ茎を伸ばすのですから、地中の球根には相当なエネルギーが蓄えられているのでしょう。毒をさらさなくてはいけませんが、飢饉の時に貴重だったという話はわかる気がします。
花言葉は「悲しい思い出」「過ぎ去った日々」と。
「彼岸花咲ける間(あはひ)の道をゆく行き極まれば母に会ふらし」という美智子皇后の和歌(1996年)を最近読みました。
先に逝った人達を思い出す花でもあります。
【2008/10/05 11:14】 URL | keiko #- [ 編集]

keiko さんへ
>出掛ける前に読んで、その余韻を味わいながら(これが楽しいのですよ。)
そんなふうに丁寧に読んでもらって、ありがとう。もっと上手く書けるといいのですが…。

>「彼岸花咲ける間(あはひ)の道をゆく行き極まれば母に会ふらし」
とてもいいお歌ですね。美智子皇后という立場ではなく、優しい人柄が伝わってきます。
彼岸花とお母さんとは、なにかつながるものがあるのかもしれませんね。
私も、昨年作ったこんな句がありました。
「曼珠沙華連なる果てを見に行かむ」
列になって、田の畦や野に咲いているのを見ると、行き着く先を見届けたくなるのは、美智子皇后も、しがない私も、同じなのだなあと、親近感を覚えました。

>花言葉は「悲しい思い出」「過ぎ去った日々」と。
花言葉も、なんだか自分の思い出と重なるようです。
経験はそれぞれ違っても、同じような思いを持たれる方が多いのかもしれませんね。
【2008/10/05 16:41】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


曼珠沙華 一むら燃えて 秋陽つよし そこ過ぎてゐる しづかなる径
曼珠沙華咲く野の日暮れは何かなしに狐が出るとおもふ大人の今も
【2016/09/29 11:24】 URL | 木下利玄 #- [ 編集]

木下利玄さま
返事が大変遅れ、申し訳ありませんでした
曼珠沙華の花の短歌教えて下さってありがとうございます。
【2017/03/25 19:52】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年8カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
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