心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌(歌集)-木村輝子歌集『海の話』
木村輝子歌集『海の話』 (短歌研究社・2008年7月31日刊・3150円)

              uminohanasi.jpg 【カバー】  uminohansihontai.jpg 【本体】


 2005年から2007年の歌をまとめた第3歌集。この間、作者は、最愛の夫を癌で亡くすという非常に悲しい体験をされた。職業柄、常に人の前に立たねばならぬ日々は、どんなに辛かったであろうか。

歌集を頂いた時、私も、実の姉のように思っていた義姉を癌で亡くして数ヶ月という時だったので、場面や気持ちがありありと浮かび、歌を深く読むのが苦しかった。
頂いてすぐ読んだとき、「月、空、夢」という言葉が印象に残り、私は、作者の「天への祈り」のようなものを感じたので、その視点で感想を書き始めていた。でも、一番肝心なところから逃げているような気がして、もう一度最初から読み直しをした。そして、やはり、この歌集は、ご主人に捧げる挽歌集として読むべきだと、今、改めて感想を書き直している。
私は、挽歌は、究極の相聞歌だと思っている。相手を深く思うということにかけて、これほど深い愛の歌はない。そのことを、この歌集で確信した。職場詠、自然詠、家族詠、どれも優れた歌ばかりだが、ここでは、私が涙を拭いながら読んだ、ご主人のことを詠まれた歌にしぼって紹介したいと思う。


          029kyoto081015.jpg 【京都にて】


あとを濁さずなどとふ余裕もてたら辞めないだらう 白い山茶花

飛びさうな野菜の種を君は蒔く今日のことしか言はないけれど


          抗癌剤を変へてみませう頬杖をつきたる主治医当然のごと言ふ
                
         抗癌剤を飲むために元気を取り戻すこんな日々はまつぴらだ ああ
               
         眠ることが希望を生んでくれるなら闇の低きより牛蛙鳴く


死んでゆく人だと見られてゐることの言葉の切つ先君には届くな

歩けたら、立ち上がれたら、正月の時間流るる家へ帰らう

目の窪に涙を溜めて首かすかわたしに傾け逝きてしまへり


           痛かつたねえ辛かつたねえと両頬を包みてなでる母親のやうに子は
                
          まだあたたかいあなたの体は死者ぢやない白い布に包みて運ぶな
                
          よく似たる兄弟たちに囲まれてあなたひとりが冷えて動かぬ


喪主様と呼ばれては立つ立ちてゆくわたしの体をぼんやりと見る

体から心がふはりと浮き上がるほんたうにあなたはほねなのですか

ゆきがふる青い空から雪が降る体はこの世のほかへは行けず


           新聞を広げる音を耳がきくあなたの椅子に日差しが伸びて
                
          ほんたうの遺族になつてしまふのだらう生前はなどとお礼を言ひて
                
          人付き合ひの下手な息子のことを言ひ今ひとたびのさくら見ざりき
                 
          夢に来て夢に帰れり早口に柿の若葉が好きだと言ひて


背を伸ばす指先までも空つぽのこんな体で仕事してゐた

皺寄せて代田に昼の風がふくあなたは強いとまた言はれたり

かたはらにあなたの骨のあることのわたしの洞をわたしが覗く



  001sora081015.jpg
   【ベランダからの夕陽】

             色も形もほらいいだらうと夏野菜わが前に並べき昨年の夏は
                  
            過ぎてゆく季節の景に君はあらず百日紅の花ちりちりと落つ
                   
            ねむり浅きわれの体を出入りして夢は私の心をつくる


記憶から時間の消えて語り出す戸棚の奥のペンやタイピン

すこし濡れた新しい傘をハンカチで拭いてゐる人 夫の手に似る

夢に来て何も語らずてのひらをひらいて見せたり土の握らる

チューリップを一緒に植ゑゐるこのひとが死んだと気づく夢の途中に


              ひんやりと冬のあしたを君の行き夢よりわれを一人帰せり
                    
             物置にも一年の過ぐ種袋のせんたくバサミ並びたるままに
                  
             白梅のひらくを言ひて白梅を見ずに逝きたり風のなき朝
                   
             貼りつきては消えてゆく雪 目の窪に涙をためて逝きしこと思ふ


ブリ大根とろとろ炊いて背後から伸びくる菜箸見えくるやうな

自転車のゆらぐ灯りへ降りしづむ雨を見てゐた しばらくは冬

ゆずの実にひかりがさしてあなたから手紙の届いたやうな朝です


               君のゐないこの世に咲きてさくら花ゆさゆさとわが思ひ揺らせり
                   
              ふと君を目に探しをり陽に透かす卵のやうな一年過ぎて
                  
              長靴に付きゐし春泥乾きゆく生きてゐる者に日々とふありて


おれはまだ生きてゐるぞとつぶやきき病を量る目ばかりに会へば

仏壇の遺影の顔色けふは良し路地にふつさりゆきやなぎ垂る

「ほんたうにお空へかへつてゆくんだね」この世に家族(うから)はほそく繋がる

中庭に風の芯見ゆ身の内の海ふかく揺れあなたを思ふ



          007omm081015.jpg 【OMMビル】


大切な人の苦しさ、悔しさに寄り添い、「あなた」がこの世に確かに生きていたことを、そして、今も心に生きていることを、心の限りに詠みきった歌の数々。これらの歌に詠まれたことは、個人的なことであるにもかかわらず、読み手の私たちの胸を打つ。それは、詠まれた思いが、私たち皆にとって普遍的な思いであるからだ。細かい解説は、一つ一つの歌が持つ情感を損なう。私は、作者の思いに、自分の思いを重ねて読む。痛いほど、心に深く沁みてくる。「き」という過去を表す助詞が、痛切に響いてくる。

木村さんは、歌の詠みも読みも抜群に上手くて、大阪歌会で、作者名を言うと、「ああやっぱりねえ。上手いと思ったわ。」と、いつも皆が納得する。他の人の歌も、実に的確に読まれ、「私もいつかあんなふうに読めるようになりたいなあ。」と憧れるお一人である。ここに引いた歌は、悲しく辛い歌だが、人が生きていく上で、避けて通れない大事なことを詠んだ歌である。次の歌集(きっと出されます。)では、また違った木村さんをご紹介したい。

木村さんとは、「山羊座、B型、愛媛県出身、職種が一緒、同業の夫、俳句もする、イニシャルが私も旧姓なら同じ」といった具合に共通点の多い私。精進を重ねて、少しでも彼女の力に近づけることを夢見ている。

*11月23日(日)13時~、高槻市立総合市民交流センターで、木村輝子歌集『海の話』批評会があります。「塔」の方で、このブログをごらんの方がおられましたら、ぜひご参加下さい。また、短歌に興味のある方も、ご連絡下さい。詳細をお知らせします。申し込みの締め切りは、11月10日です。

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
こんばんは。
本を読んでいて、自分とおかれた環境や感情が同じだったことが
たびたび重なる時がありますよね。
そんなとき、辛く悲しくて本を閉じてしまおうかな…と思ったりも。
だけど、最後まで読んでしまいます。
最後は、読み終わって何か大切なものとであったり発見したり…
そんな気持ちの繰り返しですね。
それにしても、美しい夕景の写真、綺麗な紅葉…
東京に負けないくらいの高層ビル。
同じ空の下に私たちは住んでいて、こうやってパソコンでお話している…
一昔前まで、こんなこと考えてもいなかった?微笑
時代は変わっていきますね…良い方向にだけならいいんですけど(^・^)
【2008/10/22 00:08】 URL | ノロタン #B7q/.fmY [ 編集]

ノロタンさんへ
今晩は。コメントをいつもありがとうございます。
今日は、午後から雨でした。夏日の続いていた気温も、今日は少しひんやり。

>最後は、読み終わって何か大切なものとであったり発見したり…
そうですね。読むのが辛いけど、読み続けて、深い感動が残るものってありますね。
映画にも、辛いなと思いつつ、でも、見終わったら、いつも以上に印象深く、考えさせられるものがありますね。

>時代は変わっていきますね…良い方向にだけならいいんですけど
「未来はこうなる」なんて、子どものころ見ていた雑誌に書かれていましたが、
それらのほとんどが、こんなに早い時期に、現実になってるんですものねえ。
ほんとに不思議だし、すごいことです。
でも、便利になったのと同じくらい、ダメになった部分も増えているのかもしれない…。

便利な部分を、いいふうに持って行けるか、そうでないかは、昔からあまり変わっていない?人間。
人間の良さを失わずに、生きていきたいですね。
【2008/10/22 18:27】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

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このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2008/10/22 19:40】 | # [ 編集]

こっそりさんへ
心のこもったコメントをありがとうございます。
別便にて、お返事をさせていただきますね。
【2008/10/22 22:10】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

別れ・・・
いのちあるもの、いつかは滅することは避けられません。

私は今、妹の思いがわがごとのように思われて、

それもあっての、体調不良もあるのかもしれない。

打ち消せないものはあると思います。


亡くなった人への思いと、残されたものへの思い。

置かれた立場で、思いは違ってくるようです。

年を重ねると、人との別れがどうしても多くなります。
【2008/10/23 21:03】 URL | まり #N2y2xK1c [ 編集]


ぼくも今月、大切な知人をがんで失いました。
もう何年も前にがん告知され、多くの人が知っていたので、
いつかその日が来るかと思っていましたが、もう一度会える
とおもっていたことが実現できず、後悔しきりです。
【2008/10/23 22:19】 URL | こもれび #hGt.gl.I [ 編集]

はじめまして
初めて書き込みます。いつも見に来てます。また遊びにきます☆
【2008/10/24 11:25】 URL | はな #- [ 編集]

まりさんへ
こんにちは。コメントをありがとうございます。
今日は、職員検診で再検査といわれ、胃カメラを飲んできました。
以前より楽に検査でき、これなら毎年バリウムを飲まされるより、こちらの方がいいなと思いました。

>亡くなった人への思いと、残されたものへの思い。
まりさんの妹さんも、最近悲しい思いをされましたものね。
癒されるには、たくさんの時間が必要ですね。

>年を重ねると、人との別れがどうしても多くなります。
そうですねえ。
一人一人との別れは、一度きりですが、長く生きたら生きた分、辛い別れも多くなります。
誰もが、辛い別れを経験するので、挽歌は、皆の心にも響きますよね。
必ず死は来るとわかっていても、やはり死は辛く、克服に時間がかかるものです。
【2008/10/24 14:38】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

こもれびさんへ
>ぼくも今月、大切な知人をがんで失いました。
大切な人を失うという「喪失感」は、たまらないものがあります。
万人に死が訪れるのはわかっていることですが、やはりその訪れは唐突です。
もう一度、生きている状態で会いたいですよね。
会えるときに悔いのないように会っておかないといけないなと思うことが、私も多々あります。

年末にご紹介した本『ドキュメント仙波敏郎-告発警官1000日の記録-』
の著者、東玲治さんが亡くなられたと、今朝、友人から連絡がありました。
面識はなかったのですが、真のジャーナリストとして立派な本を書かれていたので、
一度お目にかかりたいと思っていました。残念です。
【2008/10/24 14:50】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

はなさんへ
初めまして。コメントをありがとうございます。
いつも見に来てくださってるとのこと、嬉しいです。
かなり文化系よりのブログですが、これからも、よろしくお付き合い下さいね。
【2008/10/24 14:53】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


はじめまして soraと申します
「海の話」のお歌は、愛する人を失った深い悲しみの中にも、あたたかさを感じる歌ですね
私も、苦しみ、辛さ、悲しみのみを吐露するだけでなくこういった歌が詠めたらと思います
【2008/11/06 13:24】 URL | sora #- [ 編集]

sora さんへ
soraさん、初めまして。
コメントをありがとうございます。「sora・そら・空」は、私の一番好きな名前です。

ブログにうかがって、なんて辛い体験をされたのだろうと言葉がありませんでした。
思いを吐露できた。…今は、それで充分ではないでしょうか。
たくさんの歌に残していかれることが、娘さんにもsoraさんにも必要なことなのだと思います。
心を奮い立たせ、気持ちを振り絞るようにして詠まれたお歌の数々、どうか大切になさって下さい。
また、お邪魔させてもらいますね。こちらへのご訪問も、お待ちしています。これからもよろしくお付き合い下さい。
【2008/11/06 22:27】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年3カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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