心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(12)~ほう、ほう、螢~
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 「空」誌26号に載せていただいた拙文です。よろしければ、お時間のある時にでもお読みください。

季節の詩歌(12)~ほう、ほう、螢~

 ほう、ほう、ほうたる来い……
 子どもの頃、兄と出かけた螢狩りで、螢に一生懸命呼びかけた記憶がある。当時は、その言葉に何の疑いも持たなかったが、よく考えると、昆虫に呼びかけるなんて不思議である。改めてそう思ったのは、脳科学者茂木健一郎の『脳と仮想』を読んだせいだろう。そこに、文芸評論家小林秀雄の、螢のエピソードが紹介してある。
終戦の翌年、母が死んだ。母の死は、非常に私の心にこたえた。(中略)母が死んだ数日後の或る日、妙な経験をした。(中略)もう夕暮れであつた。門を出ると、行手に螢が一匹飛んでゐるのを見た。(中略)今まで見た事もない様な大ぶりのもので、見事に光つてゐた。おつかさんは、今は螢になつてゐる、と私はふと思つた。 

私は読みながら次の歌を思い出していた。
其子等に捕へられむと母が魂(たま)螢と成りて夜を来たるらし           窪田空穂
幼い子どもを二人残して亡くなった妻への挽歌集『土を眺めて』(大正7年刊)に収められている一首である。最愛の妻の、母としての無念さ、子への痛切な思いを、作者は強く感じ、この歌を詠んだに違いない。小林秀雄は、明治35年生まれだから、この歌を読んでいた可能性もある。「死者の魂が螢になる」という感覚は、潜在意識としてあったかもしれない。また、小林は文学に詳しい人だから、次にあげる歌や古来からある遊離魂のことも知っていただろう。
もの思へば沢の螢もわが身よりあくがれ出づる魂かとぞ見る         和泉式部

小林のエピソードや窪田の短歌にあるように、「螢」が、亡き人の魂に見えるのと違って、この歌の「螢」は、生ある作者の身から生じた恋心と言えようか。平安中期と、大正・昭和では、千年近い隔たりがあるにもかかわらず、どちらも、なぜ単なる昆虫に人の魂を見るのか。文学に日頃接している者は、ほとんど違和感なく、目の前の螢から人の魂を連想してしまうが、そこには、「仮想の系譜」があるからだと、『脳と仮想』の著者は言う。多くの詩歌を始め文学作品に触れてきた私たちにとって、現実にはない世界を頭に描くことはたやすい。それを茂木は、次のような魅力的な言葉で説明している。
「今、ここ」にいる私は、「今、ここ」に至る膨大な過去の積み重ねの上に、世界に向き合っている。(中略)気が遠くなるほどの仮想の系譜の上に、今の私たちが作り上げる仮想がある。言葉は、私たちの乗っている膨大な思い出せない記憶という巨人の恩恵の最たるものである。
豊かな言葉の恩恵を受け、現実の世界と現実にはない世界の両方を行き来できる私たちは、なんて大きな宇宙に生きているのだろうと思う。


  IMG_3472ビアグラス0906 【ビアグラス】     IMG_3470cup0906.jpg 【カップ&ソーサー】


光を曳いて夜の闇を飛び交う昆虫に付けた「螢」という呼び名、そこに魂を見いだす人々の想像力。それらを楽しみながら、これからあげる俳句や短歌を味わっていきたい。

草の葉を落つるより飛ぶ螢かな         松尾芭蕉
稲の葉のひとつ螢よ田のみづに影うつりつつ一夜ひかれり             結城哀草果
柿の葉にしずくのごとき螢いて水精(みずは)乙女ぞ老いて棲むらん         馬場あき子

題材は、螢と葉である。写実的な芭蕉の句と結城の歌には、観察の面白さが感じられる。一匹の螢をじっと見るということは、螢を描写するだけではなく、周囲の気配、作者の姿をも、映し出すのだなあと、改めて思う。結城の歌には、結句の「一夜」という時間に、作者の静かで寂しい夜が思われる。馬場の歌は、さらに広がった想像の世界が楽しい。老いた水の精には、少しだけ老いを意識した作者の思いも投影されているのだろうか。「しずく」に心惹かれる。

水辺に光りながら飛び交う螢は、夏の夜、私たちを幻想的な世界に誘ってくれる。
川ばかり闇はながれて螢かな           加賀千代女
螢火の明滅滅の深かりき              細見綾子
この闇のあな柔らかに螢かな            高浜虚子

人里を離れ、螢の棲む澄んだ川を求めて山に入ると、深い闇ばかりが広がる。ところが、その中に動く闇があるという。一句目の「闇は流れて」と捉えた感覚が鋭い。また、同じように真っ暗に見えている闇とそこに飛ぶ螢も、目を凝らすと違うという。二句目の「螢火の明滅」の滅の深さは、闇よりも濃い気がする。三句目の、闇を「柔らかに」する螢の存在。それぞれに両者の感性の違いを表していて興味深い。

川の面へせり出す木闇を出入りするほうたるこの世の時間を曳きて         木村輝子
暗道(くらみち)のわれの歩みにまつはれる螢ありわれはいかなる河か         前 登志夫
一首目の歌の「この世の時間を曳きて」が、あの世の時間も連想させる。亡き人の魂のようにも見える螢だが、現実を精一杯生きているのである。二首目は、自然に溶け込んでしまって、すでに「河」となっている作者。それは、写実を越え、作者の生き方まで感じさせてくれる。

闇の中で見る螢は美しく、私たちはつい、それを手に入れ自分のものにしたくなる。家に居る人にも見せてあげたい。そんな理由で、螢は自然の中から人々の暮らす中に持ち込まれる。
うつす手に光る螢や指のまた             炭 太祇
てのひらのくぼみにかこふ草螢移さむとしてひかりをこぼす          高嶋健一
てうつしにひかりつめたきほたるかな         飯田蛇笏

 一句目、江戸期の俳人らしく素直で素朴である。高嶋の歌は、一句目と状況は同じであるが、結句が瑞々しく詩的である。飯田の句には、光は明るく暖かいという常識を覆した、螢の光への驚きがある。捕らわれた螢の悲しみもあるか。

女一人目覚めてのぞく螢籠                鈴木真砂女
螢籠昏(くら)ければ揺り炎(も)えたたす           橋本多佳子

せっかく捕らえた螢であるが、籠の中に入れると光も弱く、外で感じた美しさもさほどではない。心配そうに覗き込む一句目。ただならぬ思いを感じさせる二句目。螢は揺すっても明るくはならない。鬱屈した自身を奮い立たすのも、上手くはいかなかったのではないだろうか。

人寝ねて螢飛ぶなり蚊帳の中           正岡子規
ある筈もなき螢火の蚊帳の中            斎藤 玄
 
狭い籠ではなく、蚊帳に放たれた螢は幾分幸せかもしれない。それまでにぎやかだった人々の気配も止んで、螢も安心しているようだ。二句目は、無いものを見ているという作者の孤独な心象風景が、現代的な印象を与える句だ。


  IMG_3460cherry0906.jpg 【頂いた桜桃】    IMG_3476王柑0906 【箱買いの王柑】


冒頭に述べた「螢」と「魂」。その代表は、「螢」と恋心だろうか。螢も恋も夜がつきものであること、光の明滅が情熱と儚さを感じさせること等々。交尾のために発光しているとも聞く。
ゆるやかに着てひとと逢ふ螢の夜          桂 信子
うすものの二尺のたもとすべりおちて螢ながるる夜風の青き        与謝野晶子
初夏の装い、情感豊かな言葉遣い、女の人の上品な色気が漂いうっとりする句と歌である。
死なふかと囁かれしは螢の夜            鈴木真砂女
本当かどうかは知らない。でも、こんな囁きがぴったり来るのは「螢の夜」しかないだろう。
恋螢大き火となりゆき違ひ               岸田稚魚
わが恋は 水に燃えたつほたるほたる 物言はで笑止のほたる        『閑吟集』
鳴くこともできずただ光ることでしか、相手への恋しい思いを表現できない螢。光の大きさに恋心の大きさを託した螢も、言葉で伝えられない「わが恋」も、なんと切ないことだろう。「鳴かぬ螢が身をこがす」という成句や『源氏物語』第二十五帖「螢の巻」で、玉鬘が螢宮に返した歌「声はせで身をのみこがす螢こそ言ふよりまさる思ひなるらめ」などにもつながる、「螢」の詩歌群である。次の歌もまた、茂木のいう「仮想の系譜」に連なる。

もの言わで笑止の螢 いきいきとなじりて日照雨(そばえ)のごとし女は       永田和宏
もうすこしあなたの傍に眠りたい 死ぬまへに螢みたいに私は言はう       河野裕子

一首目の「螢」は男。言葉なく俯いている様子は、傍目にも気の毒に感じられる。明るくパラパラと降ってくる雨のように、女の言葉は勢いがあり、屈託がない。二首目の「螢」は、今まで見てきた「螢の系譜」を一身に背負ったような存在だ。声にはならない声で、命の限り輝いて、言うのである。胸が締め付けられる。

ここにあげた句や歌を読みながら、長い歴史の上に生きる、今の自分の幸せを思った。私たちの感性や知性は、豊かな過去の上にあるのだ。また、時代や作者の心境が異なれば、詠まれる世界は異なってくる。脳の描く世界は、現実を遙かに超え無限であるという。さらに豊かで深い螢の世界が、まだまだ出現しそうだと感じた。


        IMG_3435skybuild0906.jpg


 今回アップした写真に関連すること、あれこれ。

先週末、大好きな加瀬亮さんの出る映画 『重力ピエロ』 を見に、梅田のガーデンシネマ(上の写真のビルの中にあり)に行ってきました。非常によくできた映画で、映画らしい面白さを十分味わうことができました。原作は、伊坂幸太郎さんで、ミステリーの苦手な私が、唯一(?)読むことのできる作家です。

早めに行ったので、近くにあるブランド食器のお店「創美」を覗いたら、30%~50%offのセール中でした。ブランドには興味のない私ですが、美しさと安さにひかれ、写真の「ビアグラス」と「カップ&ソーサー」を購入。今年半年分の自分の頑張りに(?)、プレゼントです。

昨年に続き、抜群に美味しい山形県産の「桜桃」を頂きました。大きな実がはち切れそうで、まさに極楽気分でした。グレープフルーツに似ているのは、高知県産の「王柑」で、毎年この時期に箱買いしている、甘くてジューシーな柑橘です。美味しい果物は、人を幸せにしてくれますね。


テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

大空の亀さん、ご無沙汰致しておりました。
鬱陶しい梅雨も一休み?
この数日間の暑さには、堪えます。
冬になると夏がいいなぁ~なんて思う。夏になると冬がいいなぁ~です。
わがままなんですね。
最後の写真…大阪の空中展望台??でしょうか?
以前、息子が連れて行ってくれた場所に似てましたので。
名前もはっきり覚えてなくて(~_~;)

蛍と恋心…素敵なご紹介、読ませて頂きました(#^.^#)
【2009/06/27 16:32】 URL | ノロタン #XZ039GEA [ 編集]

ノロタンさんへ
私もすっかりご無沙汰していました。
ノロタンさん、一区切りついたみたいですね。ガンバ!

>最後の写真…大阪の空中展望台??でしょうか?
そうですよ~。空中庭園、行かれましたか?私も1回だけ行ったことがあります。
このスカイビル(こんな名前かな?)には、好きな映画をやってくれる映画館が入っているので、都会の苦手な私ですが、ここは案外よく行きます。
比較的早めに行ってチケットを買ってから、地下で食事をするのが楽しみです。

私は、六月、けっこう好きなんですよ。
真夏ほどジメジメしてなくて、雨の降らない日は風がさわやかで、「これから夏だあ~、遊ぶぞ~」という妙な期待感があって…。

>蛍と恋心…素敵なご紹介、読ませて頂きました。
ありがとうございます。最後の二首はご夫婦なんですよ。学生時代からのお付き合いではないかしら?ご夫婦で歌人だなんて、羨ましい限りです。
【2009/06/27 20:22】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


このお店のセールで買ったカップがいくつかあります。以前はここの映画館に行くと(最近は大阪によく行くので、記念というわけには行かないけれど)たいてい何かないかしらと覗いていました。以前いただいたメールの感じからから、カップをてにいれたのはこのお店じゃあないかと思っていたのです。
ところで美味しそうなサクランボ!ついこの間まで、我が家にも実家から届いた河内文柑がごろごろしていました。
【2009/06/28 21:33】 URL | 犬塚 #- [ 編集]

犬塚様
>このお店のセールで買ったカップがいくつかあります。
さすが!やはりいいものは違いますね。飲んだコーヒーが美味しかった!
私は今まで「ブランドものには縁がないわ」と外からちらっと見るだけだったのですが、意外とお手頃なのもあって、映画を見に行く楽しみに新たな楽しみが増えました。

>ところで美味しそうなサクランボ!
そうなのです。大粒で、とても自分では買えそうにない高級品。いいものは、やっぱりいいわ!写真の王柑は、河内文柑の改良品種だと思います。
昔は、ケーキに目がなかったけど、今は果物がいちばんです。ヘルシーだしね。

そうそう『重力ピエロ』の原作をくださって、ありがとうございました。
今、原稿の資料集めに忙しく、まだ読めていないのですが、楽しみです。
さきほど、「よろけやみあの世の螢手にともす(横山白虹)」という句を発見。これも、上記の文章に入れたかったなあ。
【2009/06/28 23:05】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

ほたる
こんばんは

蛍の歌をたくさん読ませて頂きました。
もう、何年も見たことがありません。
二女の住んでいる山梨には少し足を延ばすと幻想的な蛍が見られるそうですがなかなか行けません。


「重力ピエロ」は本を読んで、映画も観ました。
本は遺伝子の話が難しかったですが映画はすっきりとしていて分かり易かったわ。


ご自分へのプレゼント、素敵ですね。
お忙しいようですね。が、目は気を付けて下さいね。

私は先日、函館まで列車の旅をして来ました(2泊3日)
【2009/07/01 20:36】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]


子どもの頃、蛍の生態をしらないまま蛍を捕まえてかごに入れ、翌日、すっかり息絶えていたのを悲しんだことを思い出します。
人間をかごに入れることは残酷なのに、虫や鳥に対しては罪の意識もなくやっていたんですよね。
桜桃といえば、太宰生誕100周年ということで、いろいろやってましたが、つい未読の文庫本を手にして読んでいます。
【2009/07/01 20:59】 URL | こもれび #hGt.gl.I [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
今晩は。雨のあとで、涼しい風が吹いています。
>お忙しいようですね。が、目は気を付けて下さいね。
ありがとうございます。ほんとに目は大事ですね。いたわらないといけません。(自戒)
できるだけ公園の緑を見て、のんびりできるときには、ぼけーっとしようと思っています。

>私は先日、函館まで列車の旅をして来ました(2泊3日)
6月の北海道はすばらしいと聞きます。いいですねえ。
列車で一人旅というのに憧れます。ベンジャミンさんは、お友達と?
元同僚が、この春から北海道に移住したと、幸せいっぱいのハガキが届きました。
思い切ったこと!と思いましたが、温暖化が進むと、こちらより住みやすいかもしれませんね。

去年、そちらで皆さんと遊んだ夏から、もう一年になるんだなと、今年の短歌の全国大会の案内(今回は京都、来年は松山です)を見ながら懐かしく思い出しています。

螢は、兄のところに行くとたくさん見られるのですが、今年は近くの万博公園に行きました。
意外とたくさんいたのですが、それ以上に、というか目茶苦茶人が多くて、螢に申し訳ない気がしました。

『重力ピエロ』は、皆さん、映画の方がいいみたいですね。まだ読めていないのです…。
【2009/07/01 21:42】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

こもれびさんへ
>人間をかごに入れることは残酷なのに、虫や鳥に対しては罪の意識もなくやっていたんですよね。
ほんとにねえ。野生児だったので、私も、螢にも蛙にも泥鰌にも毛虫にも&いろいろ生き物たちに気の毒なことをしました。
残酷という意識がなかった気がするのですが、あれは何だったのでしょう?不思議です。

今年は、太宰生誕100周年ということで、銅像なども建てられたようですが、照れ屋の太宰治は、嫌がってるのではないかしら?
私は、太宰の生き方が苦手で、あまり心ひかれませんが、「女生徒」は表現が面白かった記憶があります。
【2009/07/01 21:50】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


お久しぶりです。
蛍の表情豊かな、そして儚い情景の句をあじわいました。
随分、昔、結婚する前に田舎に居たとき、工場の前の56号線沿いの川で蛍が舞っているのを見ました。30年ほど前から見たこたがないのです。また いつか 浴衣でも着てゆったりと静かな時間を過ごしたいですね。
ところで 先日、7年ぶりで コーラスの恒例の発表会に出場しました。民謡を2曲でしたが、三味線出来る方がいて三味線が入ってユニークでした。まあなんとか済みほっとしています。でもコーラスしている人がまだまだ沢山いるのだなと人に圧倒されました。疲れましたが、取りあえず楽しかったです。
少し お花や海の風景を楽しみたいです。  亀ちゃんも夏を楽しんでおられることと思います。
【2009/07/05 11:02】 URL | よりやん #- [ 編集]

よりやんへ
今晩は。
>また いつか 浴衣でも着てゆったりと静かな時間を過ごしたいですね。
同感です。買った浴衣がそのまま眠っているので、今年こそ着たいものです。
かつて、夏になると、浴衣を着て、ゆったりとした時間を、親も子も持てていたことが、なんだか嘘みたいです。
金銭的には豊かでなかったと思うけど、情緒面では抜群に豊かな日々でした。
七夕の踊りの練習も懐かしいなあ。

>先日、7年ぶりで コーラスの恒例の発表会に出場しました。
おめでとう!発表の場があるのは、ステキ!どんどん楽しんでね!
私は、先月、よりやんにもらった招待券で「春陽会」の絵画展に行ってきました。
上手だったのですが、大作なので、お金がかかるだろうなあと、要らぬ心配ばかりしました。
西原恵理子の『いちばん大事な金の話』というので、彼女が画学生だったとき、画材を買うお金に困ったという話を読んだばかりだったもので…。

>少し お花や海の風景を楽しみたいです。 
うん。夏はやっぱり海を見ないと!海に行きたいな!!
【2009/07/05 21:14】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
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