心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌(歌集)-酒井久美子歌集『夏刈』
今回は 酒井久美子歌集『夏刈』  (青磁社・2009年・2500円)のご紹介です。

  natukarihyousi.jpg 表紙カバー    natukarihontai.jpg 本体


作者は、短歌結社「塔」の大阪歌会で司会を担当して下さっている酒井久美子さん。歌集『夏刈』は、明るくて穏やかで頼れる姉貴の、第一歌集です。中学校教師として、思春期の一番難しい年頃の子を相手に長年頑張ってこられた、その濃密な日々が詰まっている歌集で、心に強く迫ってくるものがありました。

特に、冒頭の歌群はインパクトが強く、また一番皆さんに読んでほしい歌でもあるのですが、ネット上という特殊性ゆえ、ここでは残念ですが掲載いたしません。(読みたいという方は、メールにてご連絡下さると嬉しいです。)ここを読むと、作者の酒井さんが「最初にこれらの歌をもってこなければ、先には進めないと思った。」と、先日(9月12日)の歌集合評会で言われた気持ちが、とてもよくわかります。

人生にはどうしても忘れられない出来事があり、それは人の心の中でおもりのような位置を占めています。それは、ずいぶん苦しく重いものですが、それに押しつぶされるわけにはいきません。人は、それを忘れるためではなく、区切りをつけて新たなスタートを切るために、勇気を奮って大きな決意をするのではないでしょうか。現実をすべて歌にすることはできません。歌に出来るのは、歌に出来るものだけです。この歌集は、そのギリギリのところを、誠実に真心込めて詠まれた、そのように感じました。


IMG_4297sakura0909.jpg

前置きが長くなりました、ここからは、この歌集の大きなテーマである「学校」「故郷」「旅行」の三つの分野に分けて、連作をご紹介しようと思います。

Ⅰ、「学校」

                 迷彩のマスク

忽ちに十段階に分けられて何処へでも行ける生徒何処へも行けぬ生徒

しろしろと咲く霜月の桜かなここの団地に引きこもる生徒

卒業を明日に控えて教室の自分の席に着きぬ 初めて

座席表頭に入れて来たるらし迷はず座せりマスク外さず

いつも誰かが籤引いてきた彼の席廊下側二列目後に座

席替への度に渡しし座席表に時々座つてゐたのかもしれぬ

空席の無き教室の朝の会春の潮の満ちくるごとし


中学校から先の進路は、シビアな十段階評価に分けられ、必ずしも希望の道に進めるわけではありません。中学生を担任していて、三年生に厳しい現実を示さなくてはいけないこの時期が、教師として一番心を痛める時期です。
「引きこもる」事情や原因はさまざまですが、皆と同じように登校できない生徒や家族の心中を思うと、教師としてはおのれの非力が情けなく、辛くてなりません。もちろん、当人はそれ以上の苦しさの中にあるのですが…。

卒業式を明日に控えた日に、意を決して出席した生徒。いつも気になって、担任として心休まることのなかった空席、それが初めて埋まった日。そのときの様子が、克明に描かれた五首に、作者の喜びと優しさが感じられ、私もほっとしました。登校した生徒もクラスメイトも、どんなに嬉しかったことでしょう。「春の潮の満ちくるごとし」という比喩は、まさに作者の気持ちそのものであったと思います。
学校現場を歌った歌には、生徒のみならず、講師の先生や職場の様子も詠まれ、共感を覚えるものばかりでした。作者の目が、弱い立場・恵まれない立場に置かれた人たちに、温かく注がれているのが感じられ、胸が熱くなりました。

IMG_4280ginnan0909.jpg        【銀杏の実】

Ⅱ、「故郷」

             貂の襟巻き

ポン菓子やの子どもが雨に濡れてゐた庚申堂の軒にも入らず

弟を背負ひたるままゐねむりし土手失へり耕地整理に

山腹に村の名はあり道は無し地図に見つけしわが郷里は

芋穴を荒らせる貂(てん)襟巻きを巻きてをりたり長女の私

難産の果てに死にたる母牛も埋めて草生す故郷の山野

雉の声ふた声鋭し朝霧は昇り来たりて村を包める

前髪も睫毛も濡れて自転車の中学生来る霧の中より

バケツ・盥かぶせて夜の獣らより西瓜護りて帰省子を待つ


「貂の襟巻き」の歌は、以前の歌会の折に「おー、ワイルド!」と好評を博したものです。歌集の批評会では、それぞれが三首ずつ選んで感想を述べるのですが、酒井さんの歌はどれも優れているので、ほとんど重なるということがありませんでした。その中で、貂の襟巻きの歌は、お二人の方が取り上げ、「これこそが長女たる酒井さんの原点!」と言われていたのが印象に残りました。

他の歌からもわかるように、酒井さんは、自然豊かな霧深い村で、長女として農作業の手伝いをしっかりやり、弟の面倒もみて、という頼られまたそれに応える日々を過ごしてこられました。たくましく鍛えられた日々と自然と共存していた日々が、作者の大きな財産になっていると、改めて思った一群でした。

     
        IMG_4327sankirai0909.jpg                                     【山帰来(さんきらい)の実】
               

Ⅲ、「旅行」

              菊栄丸

振り上げて駅鈴は馬上に鳴らしゆく隠岐に大化の秋の風あり

唯一つ米の自給のかなふ島島後にもあり休耕田

継ぐ息子(こ)亡き島の名家を守りきて両親にながく戦後はありぬ

一艘づつ船出でゆけり漸くに光増す月入江に置きて

日の落ちし漁港一処にぎはひて菊栄丸がエビ揚げてゐる

女らを賑ははせをり一族といへど漁獲は籤でとらせて

ホテル前も漁港であれば舫ひ綱に躓きにけり昨夜も今朝

畠山に谷あり谷は海に向きやがて入江となれる静けさ


国内、海外と旅行詠が多いのも、この歌集の特徴です。写実に徹して客観的に詠まれていて、読者もその場に立たせてくれる巧さがあります。ここにあげた歌は、隠岐島を訪ねられたときのものですが、詠みぶりの格調高さにうっとりしました。


IMG_4318sarusuberi0909.jpg

Ⅳ、「日常」「自然」

以下の歌は、連作の中から抜いたものですが、皆さんにぜひ読んでいただきたい歌ばかりです。

棘の間に棘より小さき芽を持てるアンネのバラに手を触れてみぬ

校舎包みポプラの綿毛しきり飛び生徒らが「羊の日」と呼ぶ一日

夫が言ひまた帰りきて娘が言へり今宵の月の美しきこと

ひりひりと回転しつつ中庭の空昇りくる竹の一葉が

我が家にたどり着きたる亀ありて静かなるかな今朝の門前

ベビーカー押せる我より前にゐて夕日にああと赤児は声あぐ

立つ我を軸とし落つる影いくついちばん淡きが月光の影

あをあをと岬は海に延びやがて上りくる霧に包まる

少しづつ首の角度の異なりて向日葵ならぶ 声かけてゆく

流れゆく川になきもの吾にあり還暦といふたのしき仕掛け


特に説明を必要としない、情景の浮かびやすい歌ですが、どの歌からも、作者の優しさ、繊細さ、明るさが感じられ、どれも大好きな歌です。本当は、一冊まるごと読んでほしいのですが、全部の歌を載せるわけにはいきませんので、ここまでといたします。
本の最後に、「塔」選者でもある吉川宏志さんが8ページにわたって素晴らしい解説を書かれていて、大変好評だったことを付け加えておきます。


IMG_4296kitakouen0909.jpg

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

最初の写真はスケッチの様な感覚です。
初秋を感じさせる写真ばかりですね。
ぎんなんがまだ落ちていないのね。

今日の昼間は強い日差しでしたが日蔭はさわやかな風を感じました。


「夫が言ひまた帰りきて娘が言へり今宵の月の美しきこと」

娘達から時々「満月よ」とか「お月さまの色がきれい」 「すごく細い三日月よ」なんてメールが来ます。
私の携帯の待ち受けにその日の月が出ます。
娘から「今、外だけど今日は満月?」
なんて聞いてくるくらい、皆、お月さまが好きです。



明後日、ボランティアでパソコン教室の講師をします。
レジュメを作り、初心者の方に分かリ易く説明するには…と1週間ほど前から練習しながら頭を悩ませています。
25人ほどの前でマイクを持って説明するのは何度しても緊張するのでその都度、安定剤を飲んでから向かいます。
今回は「文字入力」です。
インターネットやメールは男性、ワード関係は女性と分担されています。
【2009/09/17 19:38】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
今晩は。
今日は、夕陽がきれいでした。
秋になると、朝夕の空がほんときれいですね。

>最初の写真はスケッチの様な感覚です。
ありがとうございます。
秋の光の感じがステキで、その柔らかな加減が出せるといいなと思って撮りました。

>私の携帯の待ち受けにその日の月が出ます。
>皆、お月さまが好きです。
優しいお話でいいなあ。これからお月様もきれいですよね。
昔の暦は、月ではかってたんですものね。
その遺伝子が、ベンジャミンさん一家に強く残っているのかも。
私も前に携帯の待ち受けに写した雲が、長男と偶然一緒で嬉しかったです。
なんか親子で、自然への感性が同じって、心が元気になりますよね。

この歌の評をされた方が、
「作者はおそらく心身ともに疲れていて、月を見る余裕もなく帰宅したのだろう。
でも、家族が月を話題にしてくれたことで、心が安らいだのではないか。」と言われました。
月も家族も、大切な存在ですね、温かくて。

>25人ほどの前でマイクを持って説明するのは何度しても緊張するので
人前、マイクというのが、緊張の原因ですよね。
でも、ベンジャミンさんが説明している姿を想像すると、かっこいいですよ!
お洒落してお出掛け下さい。こういうのって、すごくステキ!!!
ここにコメントをくれる犬塚さんも、前に、マイクを握って司会してステキでした!
【2009/09/17 21:25】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年6カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
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