心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(13)~霧の中~
  「空」誌27号(2009年9月)に載せて頂いた拙文です。長いですので、お時間のあるときにでも…。

           季節の詩歌(13)  ~霧の中~

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         【信楽】

村雨の露もまだ干ぬ槇の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮               寂 蓮
       
白埴(しらはに)の瓶(かめ)こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり    長塚 節

たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき              近藤芳美

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや        寺山修司

冒頭の四首は、国語の便覧や教科書に必ず載っている「霧」を詠んだ名歌で、それぞれの歌人の代表歌でもある。霧は一年中発生するが、秋が一番多い。細かな水蒸気が地に触れるように這うのが霧、高く上ったら雲である。

一首目、にわか雨が通り過ぎたあと、その滴の残る槇(杉や檜などの常緑樹)の葉をはじめ、地面からも周りを囲む山並みからも、一斉に霧が立ち上る夕暮の景。眼前の露から周りの様子に目を転じることで奥行きが生まれ、時間の経過も想像できる。山深く棲む作者の心も、読む者の心も、浄化されていくようである。

二首目は、「秋海棠の画に」という詞書きがあるが、画讃とは関係なく読みたい気がする。早朝の霧に包まれた中で、清冽な水を汲むには、白磁の瓶こそがふさわしいという、作者の美意識ならびに価値観が表れている歌である。清楚な印象の白い瓶、生命を思わせる清澄な水、朝霧には、神聖な緊張感がある。

三首目、あまりのかっこよさにドキドキし、作者名を見てさらに驚いた記憶がある。社会派の印象が強い近藤芳美だが、こんなロマンチックな歌もある。逢瀬のあと帰って行く恋人を見送る場面。彼女は、あっという間に霧の中に消え、作者の脳裏には交響曲のある楽章が浮かんだという。映画のワンシーンを見るような美しさで、一読忘れられない歌となった。『早春賦』(昭和23年刊)に収められたこの歌は、昭和12年の作で、3年後に恋人と結婚し、その前後の初々しい歌を残している。戦争を批判的に見ていた若者だったからこそ、大切に守ってきた愛があることを歌にとどめたかったのだと思う。

四首目の寺山修司の歌は、次の俳句に影響を受けたのではないかと思えるほど似ている。

一本のマッチをすれば湖は霧        富沢赤黄男

俳句・短歌・詩・脚本と多才ぶりを発揮した寺山には、俳句から触発されて詠んだ短歌がたくさんある。寺山の歌は、上の句だけで十分俳句として成り立つが、それだけだと、赤黄男の俳句と世界が似通ってしまう。恐らく煙草を喫うために擦ったマッチ、それにより手元が明るくなった分、海(湖)上に広がっている霧の深さが際立つ。暗くて先を見えなくさせている霧は、「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」(芥川龍之介の遺書の言葉)をも思わせる。赤黄男の句の方が、「湖」という閉じられた場所であるため、芥川の気持ちに近いように思われる。寺山の歌は、場面を「海」に設定したことによって、視点が外国に広がり、下の句につながった。生きるよりどころにはなり得ない祖国、そこには、今の若者につながる虚しさがある。

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【京都】

霧は、朝・夕・夜などの時間帯、盆地・高原・海・川・人里・都会などの場所の違いによって、印象が異なる。次に、似たような条件下で詠まれた短歌と俳句を並べ、読んでみたい。

朝の霧ふかかりければ霧ぬちにかすかに牛の動けるが見ゆ       半田良平

牧牛にながめられたる狭霧かな      芝不器男


視界の悪い霧の中では、見ることに一生懸命で、ややもすると見られていることを忘れがちである。短歌とは視点を逆にした不器男の句によって、俳諧味のある世界が現出した。

トレーラーに千個の南瓜と妻を積み霧に濡れつつ野をもどりきぬ    時田則雄

樵夫二人だまつて霧を現はるる      正岡子規


農作業を終え、霧の中を戻ってくる自分たち夫婦を詠んだ歌。霧の中から現れてくる二人の樵夫を見ている子規。歌の方に「黙って」とは書かれていないが、「霧」に包まれると、それに圧倒されるのだろうか、人はなぜか無口になる。どちらも労働を伴う静かな世界だ。

夜すがらの霧いちじるみ宿院に朝あくる障子みな濡れてあり      中村憲吉

秋霧のしづく落して晴れにけり       前田普羅


お寺の建物は木造で障子が多く使われている。宿坊に泊まった夜は、一晩中ずっと濃い霧に覆われていたが、朝起きてみると、部屋の障子はすべて霧に濡れていたという歌。俳句の方の霧も、雫するほどだから濃かったのだろう。木や草から落ちる雫に朝日が当たり、美しく輝く様が想像される。晴れた一日になったことだろう。

戸を開けてまあどうしませうと案内の尼僧は言へり一面の霧       酒井久美子

霧の中声あたたかき人とゐて        西村和子


先の歌と同じく、宿坊に泊まった翌朝を詠んだ歌。尼僧が困惑しつつも、一面霧に覆われた別世界に興奮し華やぎまで感じられるのは、柔らかな話し言葉の効果だ。句の方は、室内ではなく外。霧の中、大切な人と一緒にいるのだが、表情が見えない分、声の温かさが心に染みる。

いまだこの生になじめぬもののごと試しつつ啼く朝霧の奥        久我田鶴子

霧の奥より母の声谿の声           原 裕


先ほどの句もそうだが、視界が遮られると、聴覚が冴える。遠くから聞こえてくる声に耳を澄まし、作者はきちんと聞き分けている。幼い鳥の啼き声、母親の本当の声とその谺、そこには確かな違いがある。すぐ近くではなく「霧の奥」と捉えたことで、霧の深さが表現できた。

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         【万博】

やはらかに芽ぐめるものら朝夕のこの山峡のさ霧まとふも        小野興二郎

山裾のほのかに灯る霧の村         岡本 正


小野興二郎は、愛媛県面河(おもご)村の出身。故郷の風土に根ざした歌も多いと聞く。同じように、愛媛の盆地に生まれ育った私には、この歌も句も近しい。霧に含まれる水分が、自然を育み、そこに暮らす人たちに恵みをもたらす。山峡の生活は寂しく厳しい面もあるだろうが、「やはらかに」「ほのかに」という形容動詞が、優しい。

夜の霧小さき路地に立ちながら憩ひのごとく灯る窓々          扇畑忠雄

赤黄の点滅霧の交叉点           児玉一心


こちらは一転、町の霧である。暗くて見通しのきかない夜霧の中にあって、家々の窓の灯りや交叉点の信号は、生を感じさせ、孤独な人間をほっとさせてくれる。

夕霧が灯を潤まするこの街を諜報部員のように歩めり          三井 修

夕霧を来る人遠きほど親し         野沢節子


夕霧に包まれ灯りの滲んだ街は、いつもと違う顔をしていて、何か事件でも起きそうな不気味な気配がする。霧によって他と隔てられたことにより、疎外感や心細さが生じているのだろう。自身をスパイに見立てたり、遠い人を親しく感じたりすることで、無事にこの場所を通り過ぎようとする意識が働いていそうだ。

白き霧ながるる夜の草の園に自転車はほそきつばさ濡れたり       高野公彦

かたまりて通る霧あり霧の中        高野素十


この歌の自転車の持ち主が、少年だといい。そう思うのは、「つばさ」という想像にロマンがあるからだ。一面の霧は、一見静止しているようだが、目を凝らすと「ながれている」。さらに「かたまって通っている」という観察がいい。

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【滋賀】

前髪も睫毛も濡れて自転車の中学生来る霧の中より           酒井久美子

見えざれば霧の中では霧を見る       折笠美秋


高校時代の通学路には、川霧で有名な肱川(愛媛県大洲市)があった。橋にさしかかると、突然、繭の中に入ったようになる。濃い霧のせいで、隣を歩く友だちすら見えない。不安感と同時に、包まれる心地よさを覚えたものだ。車道を走る自転車通学の級友たちは、さぞ怖かったろうと、この短歌の中学生の必死さと重ねて思う。霧から抜け出たとき、皆の眉が真っ白で、濡れた顔や髪の毛を拭ったことも懐かしい。

おお退屈きはまる風景掻(か)き消してふる霧のなか走れ樹木は        前 登志夫

霧深き楡の一樹に出会ひけり        名和未知男


霧は、日常の風景を幻想的なものに変える。「走れ」と命令された山の木々が一斉に、霧の流れに従って映画のコマ送りのように動く景が、私には見える。句の楡の木は、深い霧の中でも存在感のある、樹齢を重ねた大木だろう。「一樹に出会ひけり」という表現に、作者の安堵感が伺える。道を見失っていたのかもしれない。

明けわたる山もと深くゐる霧の底の心よをちこちの里           正 徹

罠もろとも獣がうごく霧の底         桂 信子


「霧の底」は、盆地の底であり谷の底。そこには人々の暮らしがあり、動物たちも生息している。霧は谷を這い、やがて空へと上昇していくが、人は地に足をつけて生きていくしかない。

静かなり耳底に霧の音澄むは        富安風生

霧に包まれたときの静寂を美しく表現した句。「霧」は詩情豊かに、私たちを包んでくれる。

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         【万博】

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

木々の間にこぼれる日差しが秋を感じさせる写真ですね。
イチョウも少し色づいています。


今日は暇だったので(やる事はいっぱいあるんですが)映画に行ってきました。
亀さんに紹介されたと思っていたのですがブログを探しても見つからないわ。
違ったのかしら…ごめんなさい。

「強い風が吹いている」です。
観終わって私の心には爽やかな風が吹いています。
主人公の男の子は確か「バッテリー」の子だったような。

日曜日なのにおひとり様が多かったです。
初めてネットで予約をしてみました。
【2009/11/01 19:12】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さま
今晩は。
コメントありがとうございます。秋の光は、心に沁みますね。
昨日・今日と天気予報どおりの空模様&気温でしたね。

「風が強く吹いている」は、本を紹介したような気もしますが、「一瞬の風になれ」の方でしたかね?駅伝の面白い話ですよね。
>主人公の男の子は確か「バッテリー」の子だったような。
ピッチャーの巧くん役の、目のきれいなこですか?
今日の夜7時からのサンマの番組でちらっと見ました。可愛い顔してますよね。

私は、この週末は、カメラを持って近所を散策。
公園・大学の学園祭・新しくできた町・園芸店などを気楽にぶらぶらしてきました。
いつものところなのに、いろいろ新発見があって、嬉しくなりました。
公園では、ジョギングをする中高年の方たちの体の締まり具合に、我が身を反省しました。
新しい町に、岡山県からの産直のお店ができていて、お野菜などが安くてラッキーでした。

夜は、古着のTシャツを1センチ幅にひたすら切って、猫の敷物づくりの準備をしました。
シャツも、いつかパッチワークでもと、使えるところを切り、あとは使い捨て雑巾用にしました。
また、手作りの季節がやってきましたね。音楽を聴きながら楽しみます。
【2009/11/01 21:28】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


最初のは「百人一首」でしょう?
お正月に大会があり、子ども会で覚えました。
とにかくなんでも、こじつけ暗記をしていた頃。
当時「村雨」なんて知らないから「むらさき」をイメージし、
「きりたちのぼる」は「君たち登る」にして!
ほんとうはとても素敵な和歌なのに・・ね。

こうして解説つきで読み進むと理解が深まり、なんとも言えない充足感が味わえました。


【2009/11/07 12:50】 URL | keiko #- [ 編集]

keikoさんへ
こんにちは。長い文章を読んで下さって、ありがとう。
>最初のは「百人一首」でしょう?
そうです、そうです。「む・す・め・ふ・さ・ほ・せ」という一字決まりの歌の一つです。
私は、仕事で、毎年何度も読み手をしたので、知らない間にすっかり覚えてしまいました。
高校時代、全然勉強しなかったのに、百人一首の宿題だけは真面目にしたのよ。
「百人一首」だけ妙に強かった父に、一度でいいから勝ちたかったわ。
今月から、101歳の先生に、百人一首の仮名書きを習うことになりました。
百人一首とのご縁は、小学生の時からずっと続いているようです。

「前髪も睫毛も濡れて自転車の中学生来る霧の中より」という酒井久美子さんのお歌は、ご本人の実体験だそうです。
今日は、兄が渋柿を届けてくれるので、干し柿にする予定です。
【2009/11/07 13:48】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
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