心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌(歌集)-久保茂樹歌集『ゆきがかり』
 今回は 久保茂樹さんの第一歌集『ゆきがかり』をご紹介します。

yukigakariobi.jpg    yukigakarinaka.jpg 久保茂樹歌集『ゆきがかり』(砂子屋書房・2009年・3000円)

「塔」の北摂歌会・大阪歌会でご一緒させて頂いている久保茂樹さんの第一歌集。
「ゆきがかり上、出しましてん。」と頭をかき照れる姿が見えそうな、いかにも久保さんらしい題名の歌集です。

ずっと30代だと思っていた久保さんが、実は私と1歳違いの50代と知って驚いたのは数ヶ月前のこと。二次会の席で、私の歌を「どれも皆お日様の匂いがしますね。」と言われ、「暗く寂しい歌ではなく、明るく元気の出る歌を詠みたいな。」と思っていた私は、とても嬉しく思いました。でも、ある有名な歌人が「歌というのは、どろどろとして辛いもの。」というようなことを書かれた文章を、その何日か前に読んだところでしたので、もしかしたら久保さんは「あなたの歌は文学まで昇華してないよ。」と暗に言われたのかも知れないなとも、ちらっと思いましたが、いい方にとるのが私の傾向なので…。

さて、この歌集、歌会や二次会でのご本人の口調を彷彿とさせる個性的で面白い歌集で、日頃から、歌会や毎月の「塔」誌で強い印象を受けていた歌もたくさんあり、大変親しみを感じました。言葉の細かい部分にまでこだわりのある作者の特徴が随所に見られ、言葉がそれぞれの持ち場で喜んでいるようで、作者の、歌を詠むのが楽しくてたまらないという気分が歌集からあふれていました。

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〈家族との関係は…〉

何といっても、久保さんの歌で印象的なのは、奥さまを詠まれた歌の数々。

子のわれとおとなの妻が泣いてゐた夢の不思議に半日が過ぐ

ラーメンを直(ただ)に鍋からたべをれば扉に倚りて妻ゐたりけり

とほ花火こたへはいつも遅れつつきみは話題をかへてしまへり

書き留める言葉は死んでゆくものと濃いめに眉を引きつつ言へり

コンサートに妻ら行きけむ味の素の壜を重石(おもし)にメモはありたり

わたくしのことは今日からぜつたいに歌にしないで 今朝言はれたり

最後の歌は、「塔」誌で見つけた時、「あらまあ、もう読めなくなるの?」と思わず言ってしまったインパクトの強い一首。最初の歌に見えるご夫妻の力関係が、奥さまを詠まれたどの歌にも伺え、微苦笑を誘う。他の身内を詠まれた歌もそうなのだが、自意識による照れが、ご自身を戯画化させ、それが、読者に、漫画や映画を見るような面白さを感じさせるのだろう。といっても、詠まれる家族にとっては、恥ずかしく照れくさく、かなり迷惑・・・、といった心境なのかもしれない。すべてが事実というわけではないのだろうけれど・・・。

編み棒を毛糸の玉に刺したまま子はふたつめの恋ををはれり

スピッツをこの子は好きで少しばかり大人しすぎるとおもふも云はず

子どもさんのことを詠まれた歌は、かなり遠慮がちであるが、魅力的である。男親というのは、気軽に声を掛けられない哀しさを抱えているのだろう。「スピッツ」は犬種ではなくて、歌のグループの「スピッツ」だろう。私も好きなグループだが、まじめな曲が多く、確かに大人しい。

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〈音に言葉を聞く耳〉

音がすぐ言葉にかはるゆふぐれだ喇叭吹きつつ豆腐屋がくる

円居(まどゐ)といふ死語に句点を打つ如し電子レンジのその終止音

はじまりはええんかいなといふ風(ふう)で高らかにいま笛吹きケトル

暑いなかを来てよかつたと思はせるかなかなに似たこゑこんにちは

こんな歌を読むと、久保さんの耳のよさと言葉へのこだわりを思う。そして、言葉と音が離れがたく結びついていることに改めて気付く。生活のなかの音が詩情を伴って聞こえてくる日々は、なんだかメルヘンのようだ。

一首目、豆腐屋の「と~ふぃ~」というラッパの音を、「音がすぐ言葉にかはる」と詠まれたところに、作者の歌の力を感じた。「ゆふぐれ」の切なさが歌全体に流れ、大好きな一首である。
二首目、電子レンジの「チン」という音は、単に「出来上がりましたよ」という合図だけではなく、昔からの家族団らんへの決別を示す音も暗示しているようだ。
三首目、「笛吹きケトル」のためらいがちに鳴り始め、思いきり沸点に達するあの音を、なんと上手に表現されたこと!
四首目の上の句のように思ってもらえる声を、私も出せるような人でいたいなと思う。声には、感情も人柄も、思っている以上に込められる。だから、受け取る側も敏感になる。

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〈自分自身を見つめる〉

唐突に電話は切られわたなか(=海中)の海月(くらげ)のやうにぽわぽわとせり

無精ヒゲ生やして人を追い払ふ鬼の気持ちがわかりかけてる

階下より呼ぶ声のしてこたふるときわれはカラスとどこがちがふか

男女の違いはあるけれど、同じような気持ちを抱いたことのある人は結構いるのではないかしら?自分の気持ちを「海月」や「鬼」「カラス」に喩えたり比べてみたりすることで、より見えてくるということがある。というか、理屈や言葉で説明できない気持ちだからこそ、歌になるのだと思う。

他人(ひと)の死にひとは怯えて生きるゆゑわが死は誰を怯えさすらむ

海の香のつよきにわれはなぶられて言葉少なくなりてゆきたり

いもうとをみるときの目に取り替へるわれに妹は居ないけれども

こんなふうに自分を客観視できるのは、心に余裕があるからだ。自分を見つめることは、自分を愛さないとできない。冷たく突き放しても大丈夫だという、自分自身への信頼がないと詠めない歌だ。ここには、作者の人間性が強く出ていて、好ましい。

       
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〈優れた観察力と表現力〉

ふとぶとと縦一文字書き初めぬまだもじになるまへのたて棒

モロッコの牛乳売りは朝やけをわれは夕日をいまともに見き

当たり前のことなのだけれど、そう言われると確かにそうだ!と、読み手の心に引っかかる歌を詠むのが、久保さんは上手い。
一首目の歌も、下の句で感心させられた。まんまと作者の術中に陥ったわけだが、それが妙に心地いい。実は、「縦一文字」から始まる字は意外と少ない。「口」「日」「目」か「門」か…、一画目を太く書く文字を考えるのも面白い。私は「日の出」や「門出」を思った。
二首目の茫洋とした詠みぶりの中に真実があり、「モロッコ」の位置を頭に描かせるところが、先に述べた歌同様、二度楽しめる味わいがあって、いかにも久保さんらしい。


せはしさはわが内にあり庭すみのつゆ草の上を飛ぶせせりてふ(蝶)

ゆふやけはまぶたの内のあかるみに熾火(おきび)のごとくしばらくはあり

うしろから背中を押されしかたなくここにゐますといふふうに雲

濃き青を押しのけながら来し月のひとりぽつちを連れて帰りぬ

ていねいに筋(すぢ)剥き終へしひと房をみつめたるままはなしはじめぬ

外の景色と自分の心情との取り合わせが絶妙で、「付きすぎず離れすぎず」が素晴らしい。
一首目、蝶の飛び方は恐らくせわしないのだろう。「せせりてふ」という名が、そんな印象を与える。でも、そのせわしさは自分の内にあるのだという感じ方が、優しく詩的だ。
二首目、夕焼けの色とあたたかさを、「熾火」に喩えるとは、さすが!まぶたを閉じて思う夕焼け。
三首目、四首目、「雲」も「月」も、人格があるように見えるときがある。それは、自分の心が、「雲」や「月」に重なってしまったとき。人は生きる孤独を、時々自然と同化させる。
ぽつぽつと大事なことを話し始めるとき、人は最後の歌のような動作をしているな、確かに。筋を剥きながら、考えるともなく、出だしの言葉を考えたり、頭の中を整理したりしているのかもしれない。

*言葉にこだわり、言葉にできない思いを表現しようとこだわった歌集に、久保さんの意欲を感じました。

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テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

おはようございます。

「お日さまの匂いがする」
亀さんにピッタリの言葉だと思います。
歌の事は分かりませんが亀さんの写真はいつもお日さまを感じられます。
ススキの写真、よく撮れてますね。
近くで撮られたのですか?
逃げずにモデルに徹してたのかしら。

短歌に触れるのは亀さんのところだけですがたった31文字なのにどうしてこんなに背景が見えるのか不思議です。
「わたしのことは・・・」
ご夫婦の微笑ましい会話を感じました。


今朝は曇っています。
娘達と久しぶりのデートで、築地に行って来ます。
築地は父に連れられて子どもの頃に何度か行ったことがあります。
【2009/11/13 09:04】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
こんにちは。コメントありがとうございます。
厚い雲に覆われ、外は寒そうですが、室内はなんと、花屋さんが届けてくださった桜が満開です。

>亀さんにピッタリの言葉だと思います。
まあ、なんて嬉しい言葉!そのように生きたいなと思います。
バッタも周りに合わせて色が変わるんですね。初めて気付きました。
撮ってる意識のないまま、撮ってたのです。意識してたら、我が腕では絶対逃がしてますね。
ススキの原の写真をパソコンで見てビックリ。バッタの部分を切り取ったんですよ。

>ご夫婦の微笑ましい会話を感じました。
そうですよね。奥さんに甘えてはると思います。(なんて書いたら怒られるかな?)
明日は、この歌集の合評会、私は単純だからただただ楽しんで読みましたけれど、ベテランの皆さんは深く読まれるので、すごく勉強になります。

築地はテレビで知るだけですが、美味しくてお得なお寿司屋さんとかがあるんでしょう?
また、ブログで築地の様子など教えて下さいね。
東京は、未知の世界です。
【2009/11/13 14:58】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年5カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
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