心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(14)~雪が降る~
 「空」誌28号に載せていただいた拙文です。なかなか雪景色が撮れませんので、昨日撮った空の写真と合わせてアップします。例によって長文ですので、お時間のあるときにでも読んでいただけたら、嬉しいです。

季節の詩歌(14)~雪が降る~  

 IMG_58861001.jpg


雪はふる! 雪はふる!
見よかし、天の祭なり!

空なる神の殿堂に
冬の祭ぞ酣(たけなは)なる!     (堀口大學「雪」)
                                      
                                             
天を発つはじめの雪の群れ必死   大原テルカズ 

雪が降る。人は、つっと空を見上げる。しかし、そこに「天の祭」が行われていると想像する人は、まずいないだろう。また、天を出発する雪片が、まるでマラソンのスタート時のように群れ、遅れてならじ、地まで無事届かなくてはと「必死」になっているなんて思いもしないだろう。これらの楽しい発想が、元気をくれる。一方、「雪の群れの必死」さを、人間の側から表現すると、次の俳句のようになる。いきなりの大雪を「前略」と表現した諧謔性がいい。

前略と激しく雪の降りはじむ      嵩 文彦  

思惟すでに失せ渺渺と額の雪      深谷雄大 

考えることも不可能なほど額にぶつかってくる雪。この吹雪、いつまでどこまで続くのか果てしない。 
このような北国に降る大雪に対して、都会に降る雪はどこかゆったりとした風情がある。

ああ雪、と誰か言ひたりわれにまだ雪の降り来(こ)ぬ外苑通り   小島ゆかり

ゆきふるといひしばかりの人しづか   室生犀星 

「ああ雪」という言い方が静かで、それはそのまま犀星の句の人に連なる。一気にどっと押し寄せるのではなく、ちらほらと降り始めた雪。それでもそれは止むことなく、人を無口にさせて降り続くのだ。

降る雪に睫毛もつとも早く濡れ     内藤吐天

雪はまひるの眉かざらむにひとが傘さすならわれも傘をささうよ  塚本邦雄

果して雪こころ素直になりゆけり     林 翔  

積もらないまま降りつづく雪の日の外勤から傘を払ひて戻る    真中朋久

雨ほど水分を感じない雪は、傘を差そうかどうか迷ってしまう。睫毛が濡れ、髪の濡れ具合が気になる頃が、傘の差し時か。眉毛に雪が積もるのも一興だけれど、周りが差すなら自分も、と様子を見ながら、そのタイミングを量る塚本の歌が楽しい。林の句を横に並べると、塚本のそんな心を詠んでいるようで、面白い。自然からの神秘的な贈り物を前にすると、人は思いがけず「素直に」なるのだろう。アスファルトやコンクリートといった人工物に囲まれている都会は、気温が下がりきらないので、雪は降っても簡単には積もらない。真中の歌は、都会のサラリーマンの様子を過不足なく描いていて、リアルである。時間の経過と場面がくっきり見えて巧みだ。


   IMG_58871001.jpg


路夾(はさ)む並木銀杏の若き枝懇(ねんご)ろに持つ降り積む雪を     窪田空穂                
                     
夕ひかりふたたび淡く差しながら梢梢の雪つもりゆく           高安国世

都会では積もりにくい雪が、木々の枝一つ一つに丁寧に積もっていく様を詠んだ窪田の歌。雲の切れ間からまた柔らかい「夕ひかり」が差し、梢にふんわりと雪が積もっていく。静かな時間が過ぎてゆく。
 降り続く雪は、都会の喧噪を静寂の中に閉じ込める。では、自然の豊かな所ではどうだろうか。

降る雪が川の中にもふり昏れぬ     高屋窓秋

山川のひびきの外(ほか)に何もなし四方(よも)をとざして雪ふりにけり    土田耕平

流れの音しか聞こえない川に、降っては溶けていく雪。やがて、流れの緩い所や浅い所から、溶けきれない雪の層ができ、川面も川音も雪に覆われていく。しかし、海を雪で覆い尽くすことはできない。

雪呑みて雪呑みて海蒼くなる      大橋敦子 

海はただ、降り来る雪を呑み続けるだけだ。海が「蒼くなる」のは、純度の高い雪の結晶が溶け込み、海の水をさらに冷たくするからだろう。「蒼」がいい。

降る雪が月光に会う海の上      鈴木六林男

夜の闇の中、海の上に降る雪は形をとどめず儚い。しかし、そこに月光が当たると、雪は白く輝き美しい存在となる。共に天から降る雪と月光が、海の上で「会う」と表現したことで、幻想的な句となった。

 夜になって降り始めた雪は、昼間とはまた違った音がするようだ。夜が更け、辺りの物音が消えると、雪の降る音だけが聞こえてくる。それを音と呼んでもいいものかどうか、音のない音が雪の降る音だ。

夜の雪雪の音して降りはじむ      右城暮石

音絶えしこの音が雪降る音か      有働 亨 



          IMG_58901001.jpg


わずかな音も包み込んでしまう雪は、村や町までも静まりかえった世界にする。有名な次の詩は、太郎、次郎、三郎…と連想が広がり、雪に覆われた広い空間と、永遠に続くかのような時間が魅力的である。

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。     (三好達治「雪」)
                                   

さて、静かに子どもたちが眠っているはずの家の中は、どんな様子だろうか。次の歌と句が興味深い。

荒れあれて雪積む夜もをさな児をかき抱きわがけものの眠り   石川不二子

雪夜子は泣く父母よりはるかなものを呼び    加藤楸邨

「けものの眠り」の母親、「はるかなもの」を呼ぶ子、雪の夜に乗じて、家の中に原初的なものが侵入してきているのだろうか。それとも、雪に覆われ孤立した家の中で、洞穴で暮らしていた時代の遠い記憶が呼び覚まされているのだろうか。不安や恐怖が募る。
次の二句は、三好達治の詩「雪」に対する、現代ならではの応答。風刺精神に満ちつつ、内実は深刻だ。

太郎老い次郎も老いて雪こんこん    江ほむら 

雪積む家々人が居るとは限らない    池田澄子   

茅葺き屋根の家に住み、幸せな眠りの中にあった「太郎」たち。しかし、時の流れとともに、雪国の彼らの村にも過疎化の波が押し寄せ、年老いた彼らだけでは雪下ろしもままならない。いや、既に人々は村を去り、無人の家が残るのみなのかも知れない。

昔から「雪月花」と言われ、多くの詩歌に詠まれてきた「雪」だが、そのほとんどが「降る」か「積もる」という動詞を伴っている。白く静かに降って積もる、それが「雪」の大きな特徴だ。

降る雪を仰げば昇天する如し      夏石番矢

雪が降ると、なぜか空を仰いでしまう。そして、見つめ続けているうちに、自分が天に向かって上昇していくような感覚を味わう。私にも似た経験がある。

暗黒より降り乱れくる雪すべてわれらに向きて漂うらしも   岡井 隆

この歌も降る雪をじっと見上げているときの実感だ。
やがて雪は積もり始め、次の林田の句のように、地上が白い雪に覆われてくる。片山の句は、さらに時間が経ったことが「まだ」からわかるが、もっと雪が積もったら「もののかたち」すらわからなくなってしまう、先の時間のことも想像させて面白い。

降る雪の徐々に地上の形なす      林田紀音夫 

まだもののかたちに雪の積もりをり   片山由美子 


   IMG_58941001.jpg


 次にあげる白秋の歌は多くの人に愛誦されている。

君かへす朝の舗(しき)石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ   北原白秋

雪の香の髪となるまで歩きけり      中田みなみ  

「さくさくと」が雪を踏む音と林檎をかじる音を思わせ、同時に雪と林檎の新鮮で爽やかな香りを連想させる。中田の句は、まるで白秋の歌に呼応しているかのような魅力を持つ。時代を超えて味わえる文学の妙だと、並べてみて嬉しくなった。

泣くおまえ抱(いだ)けば髪に降る雪のこんこんとわが腕に眠れ   佐佐木幸綱

雪はげし抱かれて息のつまりしこと   橋本多佳子   

白く冷たい雪と炎のように燃える恋心、対照的な両者を描くことで、どちらも際立つのが興味深い。

どこまでが愛限りなく雪が降る     橋本榮治

限りなく降る雪何をもたらすや     西東三鬼

精神性の高い二句だ。無限に降るように思える雪だが、有限だ。愛はどうだろう。「何をもたらすや」と尋ねられたとき、具体的な答えだけでなく、抽象的な「何」を考え、いろんな人と語ってみたい。

人の世の過去へ過去へと雪降れり   三村純也

花なりや雪片なりや降りつのり身をうづめゆく歳月は見ゆ   稲葉京子

雪に閉じ込められ外出も制限されると、人は内省的になる。雪が降るのは、砂時計に似ている。降り続く雪は、過ぎていく時間である。そこに「過去」を見ることができるのは、詩人の魂だけだ。過ぎていく時間がかけがえのないものだと気づいた時、人はおのれの時間が有限であることを悟る。そして、その時「人はなぜ生きるのか、どう生きるのか」という哲学的な問いに真剣に向き合うのである。

限りあるいのちよわれよ降る雪よ   鈴木真砂女 

かきくらし雪ふりしきり降りしづみ我は真実を生きたかりけり  高安国世

「かきくらし」とは、空が暗くなるほど強く降ることをいう。医学への道を歩んでいた作者が、文学に生涯を捧げる決意をした時の歌で、第一歌集の冒頭に置かれている。「真実を生きたい」というこの歌を読んだとき、私は、医学を志し清朝末期に日本に留学した魯迅を思い浮かべた。彼は、祖国の病んだ精神を治療するのが自分の使命だと考え、文学に転じたのである。今の文学に、この力はあるだろうか。


    IMG_59021001.jpg

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

あいかわらず写真がキレイで美しいです。

・・・堀口大學、三好達治・・・懐かしいですね~若いころ(!?)読んでいましたよ~
【2010/01/28 20:35】 URL | 中村ケンジ #- [ 編集]

中村ケンジさんへ
こんばんは。
毎日、空に恋しているかのように空ばっかり仰いでいます。
今日の空もきれいでした。
今もお若いですけど、さらに若いときに読まれたんですね。
【2010/01/29 18:07】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


雪をいろいろ楽しめました。
都会では雪が降るとワクワクしますね。
豪雪地のご苦労はテレビや新聞でしか感じ取れません。

「雪積む家々人が居るとは限らない」

みんな居なくなって…
誰もいないかもしれませんね。

夕闇の空がきれいですね。

西側の窓のカーテンを閉めるのが惜しくなります。
早くカーテンを引かないとせっかく、お日様が温めてくれた熱が逃げちゃうのに。
   
【2010/01/29 18:37】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ご無沙汰しています☆
こんばんは  ゆき むらさきです。
たいへん ごぶさたしていました☆

雪の句は なかなかうまくつくれなくて
いろいろ参考になって 勉強になりそうです。

また 訪問させていただきます♪
【2010/01/29 23:40】 URL | ゆき むらさき #- [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
お早うございます。
>西側の窓のカーテンを閉めるのが惜しくなります。
わかります!私も、気がついたら空を眺めています。
先日、仕事で忙しい友人と話していて
「空がきれいだと、幸せよね」と言ったところ、
「あ~あ、空、眺めてなかった・・・」と嘆いていました。

雪も雨も天からの「おさがり」
私たちのように気候に恵まれたところに住んでいる者には、ほんとうにそんな感じです。
限度を超える降り方は、大変でしょうけれど。

水仙が満開で、梅が少しずつほころび始めました。
また、嬉しい春がやってきますね。
【2010/01/30 09:23】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

ゆき むらさきさんへ
お早うございます。
お久しぶりです。快調に、俳句作られていますね。
私は、作った短歌と俳句が多くなりすぎて、わけがわからなくなってきたので、ぼちぼちですがワードで整理を始めました。

こちらは、まだ一度も(たぶん・・・)雪が降らず、もう梅が開き始めました。
しばらく花のない寂しい季節でしたが、また華やかになりますね。
【2010/01/30 09:32】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

厳寒
こんにちは。立春がきて名ばかりの春。まぎれもなく”早春賦”の歌詞そのもの
ですね。この寒さの中着実に蕾を大きくして今にも花となりそうなクリスマスローズ
たち・・・。寒さにとっても強い花であることを今更ながら驚いています。
雪国の方々の一歩も外に出られない。屋根の雪下ろしが大変。そんな声が聞こえて
きます。一日一日と陽のひかりはやわらかくなっていますね。待ちましょう!際立って
感動的な”春”を!!

『雪』を詠んだ選りすぐりの歌をこんなにも沢山ご紹介くださって有難うございました。
心躍る雪の歌、雪に閉ざされた雪国の風景にしみじみと懐かしさを感じさせる歌、自
らの内面をじっくり見つめさせてくれる歌・・・どれもこれも味わいがありました。

  限りあるいのちよわれよ降る雪よ    鈴木 真砂女

さりげなく詠いつつ深いものを読み手に感じさせてくれる俳句ですね。
はかない命の輝き、その尊さを思わずにいらせません。


  かきくらし雪降りしきり降りしづみ我は真実を生きたかりけり    高安 国世

しんしんと降っている雪を気配で感じつつ、降りつつ降りつつ積もっているであろう
雪。その様に自分を重ね本当の自分をどこまでも探っていく・・・・そんな感じが伝
わってきました。
私は歌を作ってはいませんが、こんな歌が思い浮かびました。
 
  降り積もる詩歌俳句の白い雪我が内照らす空の亀欄     (拙歌)



【2010/02/07 16:07】 URL | 初夏 #r0k8YTqw [ 編集]

初夏さんへ
こんばんは。
>まぎれもなく”早春賦”の歌詞そのものですね。
そうですね。私もつい「春は名のみの風の寒さや・・・」と歌ってしまいます。いい歌です。
温暖化が叫ばれるこのごろですが、それでも立春を過ぎたこの時期と3月初めには、必ず雪が舞いますね。自然の不思議を思います。

>一日一日と陽のひかりはやわらかくなっていますね。
今日も、寒さに反して、光が柔らかくて、春の近づいたのを感じる一日でした。

新潟では大雪で、大変ですね。
昔は、雪は実りの豊かさのしるしとして喜ばれたそうです。
米どころの新潟にとって、よいしるしとなることを祈っています。

>自分を重ね本当の自分をどこまでも探っていく・・・・そんな感じが伝わってきました。
高安 国世 さんは、私が所属している短歌結社「塔」の創始者なのですが、こんなふうに丁寧に心を寄せて読んでくださると、とても嬉しいです。

>降り積もる詩歌俳句の白い雪我が内照らす空の亀欄
歌を作られないというのに、こんなに心優しい歌を詠んでくださって、光栄です。
詩歌で、自らの心のうちを照らすだけでなく、お会いしたこともない方の心のうちも照らすことができるなんて、なんて素敵なことでしょう。
ありがとうございます。こんなふうに読んでいただいて&詠んでいただいて、元気百倍です!
【2010/02/07 21:00】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://kamenoashioto.blog52.fc2.com/tb.php/386-4898b507
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年6カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



カテゴリー



最近の記事



最近のコメント



リンク

このブログをリンクに追加する



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カウンター



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード