心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(17)あの頃のとんぼ
季節の詩歌(17) ~ あの頃のとんぼ ~ 

「空」誌31号(2010年7月)に載せていただいた拙文と、8月の「塔」全国大会オプショナルツアーで行った、四国霊場46番札所「浄瑠璃寺」で撮った写真をあわせてアップします。長い文章ですので、お時間のある時にでも読んでいただけると嬉しいです。   

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あの頃へ行こう蜻蛉が水叩く      坪内稔典
「あの頃」という言葉が感傷的な気分を誘い、「行こう」という呼びかけに「ええ、一緒に」と応えたくなる俳句である。具体的な結句が、故郷のきれいな水辺や豊かな自然を思い出させ、頭の中が一気に子ども時代にワープする。ほかの昆虫では、こうはいかない。そして、条件反射のように頭に浮かぶのは、三木露風作詞・山田 耕筰作曲の「赤とんぼ」である。

夕焼け小焼けの赤とんぼ 負われて見たのはいつの日か
山の畑の桑の実を 小かごに摘んだはまぼろしか
十五でねえやは嫁に行き お里の便りも絶え果てた
夕焼け小焼けの赤とんぼ とまっているよ竿の先

切ない歌詞とメロディに、涙がにじんでくる。この歌詞と同じ体験をしているわけではないのに、「あの頃」の原風景として共感を覚えるのは、童謡の持つ力であろうか。

ふるさとの幼なじみを思ひ出し泣くもよかろと来る来るとんぼ  与謝野晶子
与謝野鉄幹を追って上京した晶子には、故郷の父母を想った「海恋し潮の遠鳴りかぞへては少女(をとめ)となりし父母(ちちはは)の家」など、望郷の歌が何首もある。ここにあげた歌にも、作者に近づくとんぼに触発され、故郷の人々を思い出す素直な心情があふれている。

蜻蛉や村なつかしき壁の色       与謝蕪村
江戸時代の俳句であるが、現代に生きる私にも、懐かしい村がはっきり見える。素朴な土壁は暖かさを感じさせ、空を行く蜻蛉も郷愁を誘う。その郷愁の原点は、母。次の句は、「母」と「赤とんぼ」でなくては成り立たない。

赤とんぼみな母探すごとくゆく     細谷源二
ついーっと真っ直ぐ飛んでは、方向転換をする赤とんぼの群れ。その一途な飛び方と大きな眼の影響もあって、この句に共感を覚える人も多いだろう。

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           【抱き大師】

私自身の子ども時代の原風景は、「赤とんぼ」の歌にあるが、わが子の原風景は次の歌「とんぼのめがね」(額賀誠志作詞・平井康三郎作曲)の方であろう。幼いわが子と、この歌で一緒によく遊んだ。
とんぼのめがねは水いろめがね 青いお空をとんだから とんだから
とんぼのめがねはぴかぴかめがね おてんとさまを見てたから 見てたから
とんぼのめがねは赤いろめがね 夕焼雲をとんだから とんだから

とんぼの大きな眼が、さまざまな色のめがねに喩えられるのが楽しく、飽きることなく歌い、親子でとんぼになって走り回った覚えがある。青空、太陽、夕焼け雲、いずれも壮大なものと一体化しつつ、さらにそれらと釣り合うとんぼの不思議を思う。

蜻蛉に空のさゞなみあるごとし    佐々木有風
水辺を好む蜻蛉に「さゞなみ」の比喩を配し、涼しげな句となった。秋の気配が漂い始めた空の様子もよくわかり、魅力的だ。

とんぼには名がありません 太い尾に海のひかりを曳いて飛びます  柳 宣宏
名前は、個を区別すると同時に、個を限定する。人間のように一人ずつ呼ばれる名を持たぬとんぼは、どこまでも自由で、自然と同化しつつ大きく生きる。「海のひかりを曳く」美しさを想像すると、次の世はとんぼに生まれたくなる。

秋のかぜに秋のトンボのゆらゆらと渚に向かう良きことあれや    晋樹隆彦    
秋風に「ゆらゆら」とどこか頼りなさそうに飛ぶトンボ。その様子を表す擬態語が、そのまま波の揺れにつながる。水辺に餌や水を求めているだろうトンボに、心を寄せる作者の結句が優しい。


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          【仏足石】

二年前の夏の一日、暑さを避けて、友人と京都南禅寺そばにある山縣有朋の別邸無鄰菴(むりんあん)を訪れた。東山を借景にした芝生の庭園には、琵琶湖疏水を引き込んだ浅い川が流れている。母屋でゆったりとした時間を過ごしながら、互いに亡き父の思い出話をしていると、鬼やんまが室内に入ってきた。「なんだか父の魂が、私たちの話を聞きに来たみたいね。」と、二人してとんぼの大きな眼を見つめた。後に、盆の頃現れるとんぼを、先祖が乗ってくると言って、捕らえない地方があると知った。

蜻蛉行くうしろ姿の大きさよ     中村草田男
私たちが「父」だと思ったのは、この句のように蜻蛉の「うしろ姿の大きさ」が印象的だったからだろう。人に近いところを飛ぶせいだろうか、蜻蛉は実際より大きく見える気がする。

とんぼが寂しい机にとまりに来てくれた 尾崎放哉
とんぼは人の気持ちがわかるのかな、と思うことがよくある。ある時はこの句のように一人寂しく暮らしている人の傍へ、またある時は次の句のように女の人の膝の上に、まるでそこを選んだかのように止まるとんぼ。穏やかで優しい妻から、とんぼ好みの波長が発せられているのか、それとも寂しげな妻に寄り添ってあげようとしたのか。人恋しいのは、人だけではないのかもしれないとも思う。
赤とんぼ人を選びて妻の膝       山口青邨

笠にとんぼをとまらせてあるく      種田山頭火
先の句の放哉と同じように、放浪の俳人として有名な山頭火。孤独な旅の途にある彼にとって、自分に近寄ってくるとんぼは、仲間のように心温まる存在であったろう。互いの魂が触れ合うようだ。

とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな   中村汀女
この句の蜻蛉も人懐こい。蜻蛉は自分を求めてくれる人の匂いをかぎつけ、近づいていくのかもしれない。蜻蛉が飛んでいることを気にも留めない人のところには、やってこないのではないか。気がつけば、情感豊かに生きている人の周りを囲むように、蜻蛉は群れている。次の歌の作者と「あなた」も、きっとそんな人たちなのだろう。赤蜻蛉に人格を認めるような、感受性の鋭い二人が想像できる。
たしかにあなたは見られているよ 造成地を行くときツッと浮く赤蜻蛉   早川志織

次の二首の作者と「君」も、先の歌の二人と同様に、繊細な人たちなのだろうと、細かい描写を読みながら思った。
「悪いけど」を必ずつけて頼む君月草の瑠璃とんぼに喰わす       梅内美華子           
月草とは、ツユクサの別名。露草の青い花を、とんぼに食べさす「君」は、痛々しいほど人に気を遣う男性。歌に詠まれた所作は一見優しそうだが、摘まれた花や無理に食べさせられるとんぼからすると、どうなのか。考えればどうでもいいことをしている「君」との間に、アンニュイな時間が流れている。
抱きながら背骨を指に押すひとの赤蜻蛉(あきつ)かもしれないわれは  梅内美華子      
細身の二人に違いない。蜻蛉の交尾はハート形になると聞いたことがある。なんだかそんなことも連想させる恋の歌である。


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          【仏手石】

とんぼ飛ぶ遠山色に翅すかし      山口青邨
お歯黒とんぼのように、全面黒色の羽もあるが、一般的にとんぼの羽といえば、この句のように向こう側が透けて見える。透明感のある羽は、触れれば壊れるような繊細なものとして目に映る。ところが、意外と強い羽なのかもしれないと思ったことがある。

遠くへは行かないとんぼ夕光(ゆふかげ)に羽をはじきて草原(くさはら)に群る  青木朋子          
拙歌の引用で恐縮だが、この歌が生まれた時のことだ。夕方仕事を終え、駅へ向かう途中の小さな橋を渡る時、草原に目をやると、たくさんのとんぼが群れていた。そこへ折からの夕日が当たり、とんぼの羽が金属のように輝いた。それは、互いの羽がぶつかると、金属音がするのではと思ったほどだった。
次の歌の蜻蛉も、同じような状況で詠まれたのではなかろうか。一見弱そうに見えるとんぼの羽の、重さと輝きを感じさせる。この蜻蛉は、鋭利で丈夫な超小型飛行機のようである。   
自転車に触れてあやふくよぎりたる今年の蜻蛉油なす翅   田谷 鋭                 

とんぼの質感が気になるのは、子どもの頃捕まえた経験があるからではないか。そんな少年時代を思い出させるのが、次の短歌と俳句である。
鬼やんまの翅の下なる少年期 水平に網かまえていたり   吉川宏志                 
少年の目も蜻蛉の目も動く         稲田眸子
少年の真剣な目と動きがくっきりと見えて、動画のようである。捕まえる側も捕まえられる側も、張り詰めた状況の中にあり、その時の胸の鼓動まで聞こえてきそうだ。短歌は回想、俳句は親(他者)の視点で描かれているが、臨場感がある。

とんぼの羽の乾いた質感を詠んだ次の二句。彼らもまた、見るだけでなく捕まえたことのある人なのだろう。指先の感触がよみがえるような句である。
蝉も/蜻蛉も/乾いて生きる/風の暮   林 桂

雲や水やかさりと蜻蛉ふれ合ひし      荒井正隆
「…も乾いて生きる」というところに、現代のドライな世相、孤高の寂しさが感じられ心に残る。最後の句は、雲に近い高原であろうか、自然の中の静寂が印象的だ。花蜜や樹液を吸う蝶と、昆虫を食べる蜻蛉とでは、活動場所が違うのは当たり前なのだが、風や空、水といった茫漠としたものが似合う蜻蛉は、風来坊のようで心惹かれる。


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          【樹齢1000年以上・天然記念物の伊吹柏槙(イブキビャクシン)】

 ご訪問、ありがとうございます。バタバタ忙しくしておりますので、今回のコメント欄はお休みさせて頂きます。

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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
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