心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌(歌集)-江畑 實歌集『瑠璃色世紀』
江畑 實歌集『瑠璃色世紀』のご紹介

  ruriiro.jpg  (ながらみ書房/2010年/2625円)

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塚本邦雄氏に師事した作者の第四歌集。日常レベルで短歌を詠んでいる私にとって、芸術性を追求する江畑氏の短歌はかなり難しい。頂いてから何度もページを開くのだが、自分の知識・教養のなさと緩い感性を、目の前に突きつけられるようでなかなか苦しいというのが、正直なところである。分かりやす過ぎて読者に媚びているポエムは苦手だが、難解すぎて読者を遠ざける現代詩も苦手である。短歌においても同様な傾向はあるが、短歌には形式がある分、向かって行きやすい。従って、一読わからないからと諦めることだけはしたくない。
前置きが長くなったが、私なりに頑張って読んでみた。作者の思いに届いたという自信はない。拙ブログの性質上、短歌をされない方にも読んで頂きたく、分かりやすいものを選んで載せた。そんな読み方もあると、作者には寛容な気持ちでお許し頂きたい。

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薄陽射す春の水面に描かれたるごとしフェルメールの女性らは
絵が好きな江畑さんには、画家の名前が歌の中によく登場する。そんな中、私もよく知っている画家に出会うと、歌の情景に色や温度が加わる気がする。

死亡欄切り抜くまへにぺっきりと折り取るカッターナイフの刃
日常の暮らしの中の一こま。「ぺっきりと」というオノマトペがリアルで、しかも切り抜こうとしているものに合っている。

全山の紅葉を歎美するわれにささりゐる棘「なかりけり」とは
誰もが賛美して当然のことを、素直に単純に歎美する自分への抵抗があるのだろうか。「なかりけり」が、「三夕の歌」を思い起こさせ、重層的な歌になっている。
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕暮れ   藤原定家
さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮   寂蓮法師

証券街あゆみつつ見るあのビルのあの罅(ひび)日本経済の罅
疲弊し行き詰まっていて、今のままではどうしようもないという状況の日本経済。それを端的に罅という見える形で示し、しかも、納得がいく。

おろかにも富みて重たき民草はガラスの橋を渡りはじめる
国民総所得は高いが、その豊かさを個人の生活の中で感じているのは一握りの人たちである。国債を大量に発行し借金大国に生きつつ、現在を享受し未来へ負の遺産を残そうとしている私たちは、まさに危うい「ガラスの橋」を渡っている。

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          【同じ日・同じ時間帯の東側(上の写真)と西側(下の写真)】
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筋肉は剥がされつくし神経の束として佇つ公威(きみたけ)の「死」は
公威とは、平岡公威、三島由紀夫のことである。高校三年の秋、現代国語を担当していた担任が、血相を変えて事件を伝えてくれたことを思い出す。歌の「筋肉」と「神経」が三島由紀夫を象徴している。

瑠璃色の二十二世紀ヒトらその脳と脳のみにて愛しあふ
バーチャルな世界でしか生きていけないヒトばかりになるのだろうか。人が人と交わることによって生じる温もりこそが、人には必要であろうに。

午下り卓上こぼれたるままの真水の古典的なるひかり
午後の食堂。水をはじく合板でできたテーブルに、こぼれたままの水が光っている。光を受けた水が光るさまは、ずっと昔から変わらないものである。

極世紀末の爛るる空間をひたすらめぐるこの観覧車
自然が豊かでのどかな所にある遊園地ではなく、都会の狭い空間に作られた観覧車であろう。よどんだ空気の中を、いかほどの意味を持って、この観覧車は回るのであろうか。

相槌を打てり時計のぜんまいがほどけるやうな眠たさのなか
人の話を聞きながらも眠くてたまらない状況を、巧みな比喩で表現し、眠くなかった頭まで、この歌を読むと眠くなっていくような誘惑がある。

物象の輪郭たどりゐるのみの言葉の壊死を待つゆふまぐれ
とりあえず言葉で表現したものの、真実も表せていないし、核心にも至っていない。いったん表した言葉が壊死しないことには、納得のいく歌は詠めないのだ、と私は読んだ。

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最後に、「後記」の次の部分を引用したい。作者の創作意図がよくわかると思う。

本歌集の作品制作の期間は、こうした世紀末や終末と、世界や自己の在りようといったものが、心の根底に絶えずあった。だが世界の状況は、新世紀に入って以後、より一層「終末的」な様相を深めている。これをどう解釈し、咀嚼し、新たな表現に結び付けるべきか、という課題の重さを感じつつ、今世紀、あるいはそののちの世紀への願いをこめて、表題を『瑠璃色世紀』とした。

 社会の第一線で、現在の厳しい社会情勢を感じながら生きている人ならではの言葉であり、絶えず「新しい表現」を模索する表現者としての責任を感じている人ならではの言葉であると、それらから遠い立場に居る私は、少し恥じ入るような気持ちで大きな差を感じたことでした。     【写真はすべて我が家のベランダから】

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

今日はお疲れ様でした~やっぱり二次会は楽しいですね~

江畑さんって懐かしい名前ですね~大阪歌会では批評は鋭いというイメージがあります。
今もお元気ですか?
それにしても・・・私の周りはみんな歌集を刊行してとても精力的にがんばっているな~と思います。
個人的には11月の歌会楽しみです。
では・・・
【2010/09/11 21:42】 URL | 中村ケンジ #- [ 編集]

中村ケンジさんへ
こんにちは。
早速のコメント、ありがとうございます。
歌会は楽しいけれど、やはり疲れますね。
二次会のビールが美味しかったです。
全国大会の打ち上げ以来、ちょっとビールが癖になっています。ほんの一口ですが…。

江畑さんは、角川短歌賞も取られた方だから、やっぱり言葉や表現に対してかなり意識的に向かってられるので、厳しいし鋭いですね。
ほわ~ん、ぽわ~んを目指している私とは、だいぶ違います。
【2010/09/12 16:52】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


亀さん、素晴らしいです。
どの写真も、どの写真も最高です。
空をよくご覧になっていらっしゃるって事ですよね。


我が家のベランダは南東と南西にあります。
南西側は西日が強く今年はゴーヤで緑のカーテンを作りましたが思ったほど伸びませんでした。
10年経ちカーテンを取り替えたので南西側だけ遮光の裏地を張り付けてもらいました。
それで、午後になると早々とカーテンを閉めて断熱しました。
そのせいで、夕日を見逃すことが多かったの。

秋になって、夕日をじっくり見ます。

【2010/09/14 19:37】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko) さんへ
こんばんは。
やっと涼しくなって、久しぶりに全部歩いて仕事から帰ってきました。
この夏は、ほんと体を動かさなかったので、これからちょっとは意識してみないと…。

我が家のベランダは、10階で南向きですが、幅があるので、日の出から日の入りまでほぼ網羅できるという、空好きには最高の環境です。(これぐらいしか自慢できるところがないのですけどね。)
というわけで、毎日、仕事から帰ってくると、夕方の空と幸せなご対面。

写真、ほめて下さってありがとうございます。写真、気づいたら、夕方の空ばかりでした。
日が暮れるのが早くなると、帰る途中で、ステキな空に出会って、撮れなかった…となってしまうので、それが残念なところです。
段々暗くなるのが早くなると寂しくって嫌ですが、せいぜい空を眺めてお互いいい時間を過ごしましょう。
【2010/09/14 20:48】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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