心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(18)一房の葡萄
季節の詩歌(18)一房の葡萄 

「空」誌32号(2010年9月)に載せていただいた拙文と、9月のはじめに携帯で撮った万博公園の写真をあわせてアップします。長い文章ですので、お時間のある時にでも読んでいただけると嬉しいです。できれば、葡萄を召し上がりながら…。  

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 旧のお盆が過ぎ、涼しい風が室内を吹き抜けるようになると、なんとも言えない寂しさが体を浸し始める。そんな頃、信州から箱にぎっしり詰まった葡萄が届く。大粒の葡萄を一つ一つ味わっているうちに、少し憂鬱だった私の気持ちは明るくなり、食べ終わる頃にはすっかり、味覚の秋の到来を喜んでいるのだから、単純なものである。

さて、葡萄といって、私が真っ先に思い出すのは、有島武郎の短編小説『一房の葡萄』である。物語の中の女先生に憧れ、何度も読んだ記憶がある。

―絵を描くことが好きな少年が、自分の持っている絵の具では出せない色が欲しく、西洋人の友達の絵の具箱から藍と洋紅(ようこう)の二色を盗んでしまう。すぐに少年の盗みは見つかるが、大好きな若い女の先生は、反省している少年の気持ちをくみ取り、上手に少年たち二人の仲を修復してくれる。その時、大切な働きをするのが、二階の先生の部屋の窓まで這い上がっていた葡萄である。―といったあらすじである。

・・・「昨日の葡萄はおいしかったの。」と問われました。僕は顔を真っ赤にして「ええ」と白状するより仕方がありませんでした。「そんならまたあげましょうね。」そういって、先生は真っ白なリンネルの着物につつまれた体を窓からのび出させて、葡萄の一房をもぎ取って、真っ白い左の手の上に粉のふいた紫色の房を乗せて、細長い銀色の鋏で真ん中からぷつりと二つに切って、ジムと僕に下さいました。真っ白い手の平に紫色の葡萄の粒が重なって乗っていたその美しさを僕は今でもはっきりと思い出すことが出来ます。・・・

物語の最後の方を引用して、改めて色彩の美しさに驚いた。白と紫の取り合わせが、女学生の制服なども連想させ、いかにも学校らしい精神性を感じさせる。また、「左の手」「粉のふいた」「細長い」といった細かな描写に、少年のまなざしを感じさせる筆致もさすがである。さらに、一房を銀色の鋏で二つに切るというところに、作者の思いを託した、この象徴性に感服した。

『一房の葡萄』を読んだ後、次の二句を読むと、まるでこの物語のことを言っているようだと、不思議な気持ちになる。
葡萄垂れ下る如くに教へたし       平畑静塔
むらさきの葡萄ふくめば慈悲兆す    平畑静塔


物語の女先生は、きつく問い質すわけでも叱るわけでもなく、少年たちの気持ちを全面的に受け止めていた。その器の大きさ豊かさが、自然に少年たちに反省を促し、さらに温かい思いやりも感じさせたわけである。このような教えの豊かさを、俳句の作者は「葡萄垂れ下る如く」と喩えたのであろう。果物の中で「慈悲」という言葉が一番似合うのは「葡萄」かもしれないと、二句目を読んで思った。丸み、甘さ、滴り…、葡萄を口に含むことで、私は秋の寂しさを喜びに転じ、物語の中の少年は自らを見つめ、悲しみに沈む気持ちを立て直した。

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ところで、味覚の秋のこの季節、観光果樹園では「○○狩り」が盛んである。「狩り」という言葉があまりふさわしいとは思わないが、梨・葡萄・桃・柿・林檎・蜜柑狩り、栗拾いに芋掘りと書き上げたら、あきれたことに私はどれも経験済みだった。元を取ろうと必死に食べたのは、季節の異なる苺であるが、特別贅沢な感じがしたのは、葡萄狩りである。陽の当たる緩い斜面に広がる葡萄棚に、葡萄の房がたわわに下がり、それらを守るように大きな葉、螺旋の蔓など、どれをとっても美しく、採るのがもったいなく思われた。一人一房もあれば、もう充分満腹の私たち家族は、秋の日差しにうとうとしながら長い時間を葡萄棚の下で過ごした。

密密と隙間締め出しゆく葡萄       中原道夫
葡萄の粒が太っていく様を「隙間締め出し」と詠んだのが、俳諧味もあって面白い。「密密と」という初句も、葡萄の形状をよく表していて、自然の中で豊かに立派に育っていく、健康優良児のような葡萄が思われる。

葡萄一粒一粒の弾力と雲         富沢赤黄男
はちきれんばかりに成長した葡萄の粒、その一つずつに光が宿り輝いている。押せば弾き返されるような弾力に満ち、秋空の下、葡萄は収穫を待つばかりだ。結句の「雲」で、情景が広がった。

白葡萄に日照ればくろき種見ゆるまでつぶら實の中は明るし       片山新一郎
皮が薄緑色のマスカットなどは、太陽に透かすと中がはっきり見え、エミール・ガレのランプを思わせるような美しさである。日が照って種の存在がはっきりするほど明るいというこの歌、超音波で胎児を見たときように、ちょっとドキッとする。

雨あがる至福に満ちて葡萄の香     相馬遷子
雨あがりの上昇気流に乗せて、葡萄の房から立ち上っていく豊かな香り。芳醇な香りを放つ葡萄酒とは異なる、初々しく爽やかな香りを想像した。

くゞり摘む葡萄の雨をふりかぶり      杉田久女
もう雨は止んだのだと思う。それでも、葡萄の葉や粒に残る水滴は多く、葡萄棚の下に入り房を摘むたびに「ふりかぶる」ほどの滴を浴びてしまう。濡れながら文字通りみずみずしい葡萄を手に入れる作業を、作者は案外喜んでいたのではないだろうか。

葡萄篭提げて灯までの闇ゆたか     野沢節子
暮れるのが早い秋の日、葡萄園で夢中になって葡萄を摘んでいるうちに、辺りはすっかり暗くなってしまった。自然の中の闇が「ゆたか」に感じられるのは、葡萄でいっぱいになった篭や過ごした時間への満足感、自然に包まれている幸福感があるからだ。

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葡萄狩りに出かけたのであろうと思われる句をいくつか見てきたが、私たちが普段葡萄に接するのは、果物売り場や家庭の食卓である。まずは、房ごとの葡萄を詠んだ歌や句を見てみよう。

秋を掌にのせしと云へる葡萄かな   永井東門居
稔りとは葡萄ひと房受けし掌をほのぼのと押す力なりにき        稲葉京子

この二つ、並べてみると俳句と短歌の違いが見えて、興味深い。俳句の方は、「葡萄」に「秋」を象徴させることで、秋の稔りの豊かさや秋の深い彩り、そして、秋を感受した喜びまでも表現している。短歌の方は、「ほのぼのと」掌を押す葡萄の具体的な感触から、稔りの豊かさや収穫の秋の幸福感が感じられる。「ほのぼのと」が単に身体感覚ではなく、心の温かくのんびりした様まで表し、魅力的だ。私の所に信州から送られてくる葡萄は、片手では受けきれない大きさと重さなのだが、この句と歌の葡萄は、どのくらいの大きさなのだろうと少し気になった。

黒きまで紫深き葡萄かな        正岡子規
いのち濃きものは重たし水底にしづみて葡萄金剛の紺          高野公彦

濃い紫色の葡萄を、「黒きまで」と見た子規。短歌の方は、ぎっしり中身の詰まった葡萄を「いのち濃き」と言い、そこから梵語の「金剛」を導き、水の色を通した「紺」と表現した。ともに葡萄の色のことを詠みながら、それより深いものを感じさせるのは、なぜだろう。

亀甲の粒ぎつしりと黒葡萄       川端茅舎
先の中原道夫の句に詠まれていた葡萄が収穫され、食卓に届いた頃には、この句のように互いの粒が押し合って窮屈にしているのだろう。一粒をもぎ取るとき、潰して汁をこぼさないようにしなくては。

葡萄食ふ一語一語の如くにて     中村草田男
デラウェアのように粒の小さいものは、面倒なので何粒もまとめて口に入れたりすることもあるが、粒の大きな葡萄は、皮をむくところから始まって、一粒一粒を愛おしむように口にする。それを「一語一語」と喩えたこの秀句は、一読忘れられないものとなった。葡萄に人事を加えた次の一句も印象的だ。

葡萄の種吐き出して事を決しけり    高浜虚子
昨今の種なし葡萄ではこういう具合にいかない。一粒ずつある種は、吐き出すたびに一つの区切りとなる。区切ることで、決断が可能になる。

ぶだう呑む口ひらくときこの家の過去世の人ら我を見つむる       高野公彦
ぶどうは食べると思っていたが、この歌を読んで、確かに呑んでいると気づいた。噛むことをしないので、他の食べ物と違って、口は開いたままなのだ。その無防備な顔を見つめているのは、古い家の茶の間にぐるりと掛けられた額の中の祖先であろう。読者も過去世の一人になったようで、この時間の奥行きが面白い。

一粒を食べて欠きたる葡萄の房     橋本多佳子
一粒食べただけで、房の姿を認められなくなるという発見がいい。ほんとうにその通りだと思う。

とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ虐げられし少年の詩を         寺山修司
ゆくすえを思いて食めばぬれぬれと葡萄の汁に指ぬれてゆく       糸川雅子

「葡萄の汁」はやっかいである。「とびやすい」し、甘さもあるから「ぬれぬれと」する。指や掌にぬめりを帯びて残るけれど、水分はたっぷりある感じが、このオノマトペによく出ている。未来ある「少年」と「ゆくすえ」という、この二首の共通項が、明るく爽やかな将来にあまり思えないのは、使われている言葉のせいだろうか。

 最後に、葡萄つながりで葡萄酒の出てくる、私の大好きな詩を。この唐詩は、西域に出征する兵たちの悲壮な思いを歌った美しい反戦詩である。

  涼州詩  王翰   *拙意訳を添えて

葡萄美酒夜光杯 (葡萄の美酒夜光の杯)
欲飲琵琶馬上催 (飲まんと欲すれば琵琶馬上に催す)
酔臥沙場君莫笑 (酔うて沙場に臥す君笑うこと莫れ)
古来征戦幾人回 (古来征戦幾人か回る)

葡萄の美酒を入れた杯が月の光に映える。
飲もうとすれば馬上から琵琶の音が起こる。
酔って砂漠に伏したとしても笑わないでおくれ。
昔から今まで戦に出た幾人が帰ってきたであろうか。

テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

富沢カキオ・・・超なつかしいですね~

先日、沖縄の新聞社の電話取材をうけてうれしかった。
ついに沖縄デビューです。

いつか大阪歌会に取材に来てほしいですよね~
【2010/09/23 22:28】 URL | 中村ケンジ #- [ 編集]

中村ケンジさんへ
お早うございます。
>ついに沖縄デビューです。
沖縄のことをたくさん歌に詠まれているからですね。
ふるさとのご家族や親戚の方が、記事を読まれて喜ばれることでしょう。
記事になったら、歌会の時にでも見せて下さいね。
【2010/09/24 08:28】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


亀さんて、この本の先生の様な先生なのでしょうね。

猛暑の影響で果物が不作とか言っていましたが美味しいです。
果糖は太る?(>_<)
ぶどうも品種改良が進んでるのか一粒がかなり大きいです。
数粒だけで十分です。

紅葉狩りって言葉もおかしいですね。


ご了解を得たので拙ブログに時々、載せさせて頂きます。
おかしな表現、文字の間違いがありましたらご指摘くださいね。
【2010/09/25 22:08】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko) さんへ
こんばんは。
いいお天気の一日でしたね。
久しぶりに外出する元気が出て、コスモスを見に行ってきました。
あれほど遅かった彼岸花も一気に咲いて、今年はコスモスと稲の実りと彼岸花、三つ同時の共演でした。それに、空も美しくて、四重奏!

>亀さんて、この本の先生の様な先生なのでしょうね。
ありがとうございます。そうなりたかったけど、現実は厳しくて、後悔することばかりです。
一生懸命でも、自分に力がないと、余裕のある対応ができないから、難しいです。

今年の果物は、雨が少なかった分小さいけど、甘みは凝縮されているそうです。
秋は、お米も美味しいし、何より目にも口にも美味しい果物が嬉しいですね。

>ご了解を得たので拙ブログに時々、載せさせて頂きます。
ありがとうございます。短歌や俳句は、小説と違って、作り手=読み手というパターンがほとんどなので、そうでない方の目に触れるチャンスを作ってもらえるのは、「自称短詩型文学橋渡し(伝道師)?」としては、嬉しい限りです。楽しみにしています!
【2010/09/26 18:18】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


おはようございます。


先日、松竹堂でマスカットのフルーツ餅を購入した日に、のんびりと拝見させていただきました。

>「狩り」という言葉があまりふさわしいとは思わない

私も、なんだかしっくりこないって思ってました。
狩りの言葉からのイメージがそぐわないって。
同じことを思われている方も、きっとたくさんいらっしゃるのでは?
いちご狩り・・・最近は腰くらいの高さの棚で栽培されていて、腰をかがめないで収穫を楽しめる農園もあって、子どもたちとも楽しませていただいてます。



>皮が薄緑色のマスカットなどは、太陽に透かすと中がはっきり見え、エミール・ガレのランプを思わせるような美しさである。

そうだ!ガレだ!!
目の前で映像がストン・・・と心に落ちるようでした。
種の見えちゃう感じが美しいんですよね。


明日は地元の神社のお祭りです。
下の子は10歳で、神輿の上で太鼓を叩きます。
厳しい練習も今夜で最後。
リーダーに立候補して、それはそれは張り切っているので、お天気が心配です。
 

【2010/10/09 10:23】 URL | kimico #Zr2/WiYY [ 編集]

kimicoさんへ
こんばんは。
>松竹堂のマスカットのフルーツ餅
美味しそう!ここのは、上品でいいですよね。

>私も、なんだかしっくりこないって思ってました。
>狩りの言葉からのイメージがそぐわないって。
ああ、やっぱりkimicoさんもでしたか。
何か、いい言い方があるといいのにね。
イチゴでお腹いっぱいになる感覚って、幸せです。
近くでイチゴ狩り(うーむ、違和感)ができるんですか?
私は、何度か、富士山のふもとの石垣イチゴで、楽しみました。

>そうだ!ガレだ!!
>目の前で映像がストン・・・と心に落ちるようでした。
いやあ、これも共感してもらって、とっても嬉しいです。
ちょっと独りよがりかな?って、心配だったの。
ガレのガラス器に、空気を入れてブドウを立体的に盛り上げたのがありますね。
欠かさず見ている鑑定団で見た記憶があります。

>リーダーに立候補して、それはそれは張り切っているので、お天気が心配です。
神輿の上で太鼓を叩くなんて、かっこいいですね!
10月10日は、「特異日」といって、必ず晴れる日なんですよね。
どうか晴れますように!
【2010/10/09 22:28】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年6カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
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