心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌(歌集)-榎本久一歌集
榎本久一歌集『されど明日あり』 (雁書館/1992年刊/2200円)

   enomotokasyusoto.png 【カバー】  enomotokasyunaka.png 【本体】

 とても落ち着いた気持ちで読めるいい歌集でした。作者の榎本久一氏には、何年か前に数回伺ったことのある京都歌会で、お目にかかったことがあります。たまたま私が上海旅行から帰ったばかりの時に、榎本氏が上海旅行の歌を出されていたのと、丸顔の穏やかで優しいお顔が、私の父に似ていたのとが嬉しくて、親しみを感じたことを覚えています。
昭和37年から平成元年の500首が収めてあります。長きにわたって詠まれた歌を、ご本人や家族の歴史をたどるように読ませていただきました。

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家族を詠んだ歌

親族のなか父葬る灰うけて佇ち居るきみを離れ見ており

仮面ぬぎて素顔に戻れざる顔を闇に晒して妻は眠れり

器官一つ切除されたるわが妻が野の花いくつ描きてこもれる

二人居の物音もなき部屋に見え遠き野末の花火重なる


*三首目の歌が、私自身の病後(ふだんは描かない絵が妙に描きたくなり、部屋にこもって小さなスケッチブックに何枚も描きました。)と重なり、夫と妻両方からの気持ちが切なく、またしみじみと届きました。



言葉知らぬわがみどり児は出でて来し麒麟にお辞儀しつつ見いるよ

父なればわがおさな女の馬となりお伽の国をいくたび巡る

その顔も吹き昇らせて若者とわが幼女のシャボン玉吹く

遠々に離れいるとも巡り来る汝が生まれし朝霜晴れの朝

遠く住む子の残したる自画像の首の細きを父が見ている


*幼いときから子が自立していくまでを、愛情込めて詠まれた歌の数々。二首目は、私の父の背中とそこに乗った自分のことを思い出しながら、子どもの時の気持ちで、終わりの二首は、子育てをしてきた親の気持ちで読み、豊かな気持ちになりました。


父母
死を見つめ白める父の双の眼よわが生き方を看守(まも)り来し眼よ

わが丈の思わぬ高さ死の激痛了え黙したる母より立てば

嵐来る空の夕べはぼろぼろの雲となり飛ぶ父の母の屍(し)

亡き父母の灰色の愛わが裡に冬の榎となりて枝伸ばす


*亡くなられたご両親のことを詠まれた歌に、「親の前にはずっと子どもである」という人間の真実が読み取れ、共感を覚えました。

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心象風景を詠んだ歌
地下
先ばしるわが靴音を追う如く猶深き地下道へ降りゆく

地下口へ出づべき吾を越えてゆく影の女ら影の男ら


背後
振り向かねどわが背後にありありと疾風と共に遠ざかる景

背後より確かにわれを支えいる十四五本の直なる紫苑


枯草・枯葦・枯原
枯草に雨しみ止まずわが衣服温めいるはわれの体温

遠ざかるものをひたすら見つつ立つ枯葦の波引き潮の波

失踪の果てなる吾や枯原の日照雨(そばえ)の中へ車駆けらす


吾・己
爪ふれて夜のコンクリートを過ぐる音犬も己れの意志もて行くを

吾めぐり敵のみあるを支えとし一日一日を耐えて行くべし

いつしか 獣性喪いたる吾に 渦巻きて夜の霧は流るる

わが熱き時も過ぎたり紅枝垂桜(しだれ)仰げる妻と娘につき歩む

ことわりもなく涙腺を出づるゆえ表面張力水よりまされ


*日々の暮らしの中によぎる思いや、心の深いところで耐えてきたこと、現実か幻想か分かちがたい境界に気持ちが存すること…、さまざまな感情をこれらの歌から読み取りました。自分自身のつかみきれない感情とどう折り合いをつけながら生きていくのか、私はこれらの歌群に教えてもらった気がします。

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自然や他の事物・他者を詠んだ歌

昏れなずむ夏草原に自らの煙照らして野火は燃えつぐ

自らの落葉の青き煙受け冬樹己れを透明にせり



終日を灯せる地下の駅にして朝には朝のすがしさがあり

雨降れる駅に射しくる夕茜一日勤めし一群を染む

雑踏の過ぎたる夜のコンコース刺すがに残りいる義足音


自然
日照りつつ降りいる雪がいくたびも薔薇の莟に影映しゆく

着地点求め窓より入りし絮走る車内を光りつつ飛ぶ

乾きつつ昏れなんひと日草の穂の芒(のぎ)ひと向きに吹かるる声す


世の中
莨吸わぬわれの火鉢に勧誘に来し保険屋が吸い殻を捨つ

被害者われらの指紋採らるるのみにして駅舎荒しの捜索終る

逝く水に透きて散らばう人のためいのち失いしものたちの殻

理髪台に人入れ替り立ち替わる遺髪とならぬ髪を残して


*日々の暮らしの中の、ちょっとした発見や、心の揺らぎを、このような歌の形に留めることができた時、歌人は歌を詠む喜びを覚えます。最初に作者に抱いたイメージが、父と重なったためでしょうか、なんだか父と静かに語らっているような幸せを感じながら読んだ歌集でした。ありがとうございました。

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                         【写真はすべて今秋の万博公園です。】

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
晩秋
広い公園の晩秋の様子が伝わります。
葉もだいぶ落ちましたね。

家族の事を詠まれた歌。
家族っていつまでも同じ「かたち」じゃないんですよね。
亀さんの息子さんの独立の歌は何度も読んでいます。
どれも胸にジーンときます。

拝借しました。
【2010/12/07 21:57】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
こんばんは。
夏も長かったですが、秋の気配も長く続いていて、嬉しいです。
駅までの唐楓の並木道に、落ち葉が敷き詰め、足下と頭の上の秋色に包まれて、朝の出勤に心弾みます。

>家族っていつまでも同じ「かたち」じゃないんですよね。
ほんとですねえ。子ども達が小さかったときが、一番豊かだったかもしれません。
今は、頭ではわかっても、寂しさばかりが先にたちます。
実際は大変なんだろうけど、昔の大家族制度みたいなのもいいなあなんて、思います。

いつも歌を読んで下さって&紹介して下さって、ありがとうございます。
【2010/12/08 20:50】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


今回の歌集も良い作品が多いですね~

それにしても、ここ2~3ヵ月で歌集出版した人って過去にない位に多いですね。
毎月、批評会に出席しています。

もう少しずらして「祖国復帰②」を出せば良かったかな~と思います。
【2010/12/09 06:46】 URL | 中村ケンジ #- [ 編集]

中村ケンジさんへ
こんばんは。寒い一日でした。
今年は、ほんとに歌集を出された方が多かったですね。
それぞれの思いや事情があってのことですから、出した時がその方のベストの時だったのだと思います。
私は、今回紹介したような年輩の方の歌集、安心感があって好きです。
たぶん、白樺派の小説やその頃の詩が好きなのが、影響しているのでしょうね。
【2010/12/09 18:13】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年3カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
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