心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く詩歌(歌集)-『池本一郎歌集 現代短歌文庫』
『池本一郎歌集 現代短歌文庫』 (砂子屋書房/2010年/1800円)

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 この本は、『未明の翼』の全篇、『池本一郎歌集』抄、『藁の章』抄、『樟葉』抄、『草立』抄、歌論・エッセイ、解説(森山晴美氏、花山多佳子氏)を収めた、まるごと池本一郎氏の短歌を知ることのできる歌集です。
作者は「塔」の選者で、歌歴も「塔」歴も長く、歌の力は言うまでもありません。京大卒業後メーカーに勤務、十数年後、帰郷し高校教諭に。今は、農業の傍らカルチャーの講師などもされています。
歌歴も「塔」歴も8年の私は、現在の穏やかで優しいお顔と、郷愁を誘うイントネーションで温かくかつ熱く語られるお姿を知るばかりなのですが、この本で、その由縁に触れることができました。

「帰郷者の断想-短歌と風土によせて」というエッセイの中に、次のような文があります。

公害とか人間性とか、故郷といったことに関し、わたしが短歌を通じて考えてきたことの実践が、帰郷の決行につながっているともいえるのだ。思索は行為によって完成する。

第一歌集とそれ以降の歌集の印象が大きく異なる理由の一つが、この文でわかる気がしました。

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『未明の翼』全篇 (1970年刊)

まずは、高安国世氏の「序」。とてもいいので、全文引きたいぐらいですが、長くなるので少しだけ。

真実を見つめ、真実を生きようとしていれば、だれも孤独なのだ。・・・そして孤独であればこそ、人間はおろか、犬や魚や、木や雲にもなつかしい目をそそぐことができる。・・・これらはすべて孤独者なればこそ、自然や物が身をひらいて語りかけてくる瞬間である。 

建物をめぐりて長き列ありぬ最後の一人また空を見し

息ひそめ闇を行きつつつれづれに蹴りし小石が金属を打つ

駆けおれば安易に熱意こもる身とみずからにがし河口まできて

とどまれる吊り環に白き光(かげ)顕(た)ちて体育館は声なく暮れる

発つ日あらば携えゆかん銃よりもむしろ一足の堅固なる靴

夜寒なる坂のぼる背に発電の音しるく一つ自転車は来る

街角を広くとらえしウインドウにすぐになじめぬ全身がある

耐えて生きしまさにそれのみ父のもつおよそ最も強き思索は

約束は何ももたざる夕陽坂おのれの影を踏みつつ戻る

わが軒のつばめたちゆくと書きし母われにはすでに暗喩もわかる

読みおりていつか暮れ来し屋根の上思想のごとく猫ひとつ行く

霧はれてくる街上に船団のしずしずと数(かず)あらわすビルら

ビル裏の吊り階段を下りゆく靴音遠く空間に発つ

採決のあとどの顔もわずかずつ角度ことなる光にかげる

屋上にはるか見くだす〈地の亀裂〉そこより無数の頭あらわる

労(いた)わりのようなもの搬(はこ)ぶ終電車一人ひとりに名を尋ねたい

 魅力的な歌がいっぱいあって、絞るのに苦労しましたが、「序」にあったような「孤独」の影ある歌に、私はことに心惹かれました。若い時代に詠まれた歌なので、両親への思いも、どこか青春の香りがして、それもまた寂しさを伴った心地よさで、心に響きました。

      IMG_988710121.jpg 【京都吉田神社裏手】

自選歌集

『池本一郎歌集』(1990年刊)抄

見えかくれして天涯をわたる鳥静かなものは遠くまで行く

暗き口さらして低き弾庫あり廃墟はつねに砂呼びよせる

ひとときを子らと遊びし砂浜におどろくほどの足あとのこる

またひとつ砂丘に雲のかげ行けり離れゆく子が起伏に沈む


『藁の章』(1996年刊)抄

一本の竹を切らんと竹仰ぐ選りがたきこの直ぐなるものら

過ぎし十年思えば来たる十年も早からんいま葉桜の園

飲め歌え桜の下のクラス会一人のこらず消える日がある


『樟葉』(2001年刊)抄

無人駅にネムの花咲き何日も列車の来ない気がするま昼

顕微鏡のようなかたちしてぼんやりと外を見ている秋のわが猫

一日に椿どっさり落ちている会いておくべし十人ぐらい

記憶よりことんことんと抜け落ちて水車のごとき晩年がいい

かぼちゃ切れば種子はもこもこ押しあえり次のかぼちゃにみんななりたい


『草立』(2008年刊)抄

鍬先の蛙を土に埋めもどすこんなことにてまた眠れるか

目をつむるほうがうまいというように食べている猫そばの子ねこも

人間をすこしらくしている感じ映画を見つつ食うポップコーン

 どの歌も気負わない飄々とした雰囲気が漂い、それは、作者の生き方そのものなのだろうと感じました。また、動植物をはじめとした命あるものへの優しさは、小林一茶の俳句を思い出させ、心底優しく温かい人なのだと思いました。これらの歌の、人生を達観しつつも、ほっとする感じが、私はとても好きです。

      IMG_98281011.jpg 

歌論・エッセイ

「日常における認識への垂鉛」(「塔」昭和53年5月号)より

詩歌創造の本質として、認識営為が基底になければならず、感動は素材や表現方法のいかんによるものではない。認識の深化こそ肝要で、素材探索は否定しないが、いたずらに日常の外に走るのではなく、日常身辺に深化をはかるべきものが多いし、また日常とは作家主体のあり方ひとつで無尽のものであるから、人間的努力をもって日常性を探求するのがよい。


「ディレッタントの誇り」(「塔」平成2年5月号)より
*注:ディレッタント=芸術や学問を趣味として愛好する人。好事家(こうずか)。

それぞれの作者の認識が一首のなかに堅固に存在する。その認識ゆえに読者は感動する。それが詩歌における思想性であり、それは普遍的なものである。

 歌論がとてもよくて、いっぱい線を引きながら読みました。歌を詠むときの本質的なところに、あくまで言葉で迫っていく筆者の姿勢に感銘しました。自分の中でぼんやりと思っていたことを、言葉で明確に示してもらえ、得心がいきました。たくさん引用したかった中から、絞り込んで引かせていただきました。全文を読んで学んでみたいと思われた方は、個人の歌集と違って、手に入れやすいですので、ぜひお手元に!

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

孤独…歌人ってみんな孤独な存在なんですね~
だから長続きしないでやめる人も多いのかも…

池本氏の批評は的確で分かりやすいので勉強になります。
初めてお会いした時、鳥取なまりが印象的でした。
沖縄にはない話し方ですね。
【2011/02/04 20:34】 URL | 中村ケンジ #- [ 編集]

短歌俳句は作らないけれど~
こんばんは☆

池本一郎様の御本の紹介有難うございます。
”農業”をやりながらカルチャーの講師・・・・、真実な生き方をされていらっしゃることに
まず感動しました。
独断と偏見かもしれませんが、私はつねづね人の上に立って”教える”立場にある方こそ
是非大地にしっかり足をつけて生きつつ人間学なり文学なりを教えるようであってほしい
と思っています。このような先生の講座を受講したいですね。

高安様の「真実を見つめ、真実を生きようとしていれば、だれもが孤独なのだ・・・・・の
下りはとてもとても好きです。涙が出るほどわかる~、そんな気がします。
  * 労わりのようなもの・・・・一人ひとりに名を尋ねたい
”名を尋ねたい”なんて温かい表現!!

池本様の短歌
   *ひとときを子らと遊びし・・・おどろくほどの足跡のこる
どんなにどんなにたのしいひとときだったことでしょう!!

最後の亀様の”歌論がとても良くて~”で、この御本手に入れようと思いました。
今は歌を作りませんが「短歌・俳句のわかる人間でありたい」といつも思っています。

 
今日夫が『家族の歌』を買ってきました。昨日新聞で紹介されていて、私は私でお稽古
の帰りに書店に寄って・・・と思っていたのに恵方巻きの材料を買うことにすっかり神経を
もっていかれて(笑)、そして夫にだぶらないようと伝えることもすっかり忘れていたら、
「買って来たからね」には、ほーんとうに嬉しかったです。
亀様のお手元にもすでに!ですよね。これがらじっくりと読みます。

それでは今夜はこれで失礼いたします。
【2011/02/04 21:51】 URL | 初夏 #J70sz9a2 [ 編集]

中村ケンジさんへ
俳句は「座の文学」といわれるように、仲間で楽しむ要素が強いですが、
短歌は、個人の世界を詠むことも多く、孤独が際立つようです。
でもまあ、孤独は、すべての人間につきもので、短歌だけには限りませんけれどね。

池本先生の、あの引っ張るようなイントネーションが優しくていいですよね。
学ぶ人たちへの言葉かけも、親切で丁寧だと思います。
きちっと論を立てて歌を詠まれていることを、私はこの本で改めて知りました。
【2011/02/05 11:48】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

初夏さんへ
こんにちは。いつも丁寧なコメントをありがとうございます。

>私はつねづね人の上に立って”教える”立場にある方こそ、是非大地にしっかり足をつけて生きつつ人間学なり文学なりを教えるようであってほしいと思っています。

人間として尊敬できる人でないと、学ぶ側としてもなかなかついて行けないところがありますから、表現技術以前に、人として磨くことが大切だと、私も思います。

池本先生の歌は温かいものが多いです。
短歌は短い分、人柄が怖いほど出る、そういう気がします。
上手い歌より、心に届く歌が、私は好きです。
先日テレビで、辻井伸行くんのピュアな演奏を聴いて、芸術の本質は、「心に届く」というところにあると、感じました。短歌も同じですね。

現代短歌文庫(砂子屋書房)は、著名な現代歌人の歌を読むのに、役立ちます。
朗読をされる初夏さんが読まれたら、いい歌をたくさん見つけられることでしょう。

『家族の歌』、河野裕子さんを巡ってのご家族の歌とエッセイですね。
亡くなられるまで歌い続けられた河野裕子さんの歌は、結社誌の「塔」にもずっと載っていて、ずいぶん辛い思いがしました。
なまじっか、ご本人やご家族の顔が浮かぶだけに、いまだに、まっすぐ向き合えない気持ちです。
もう少し時間が経って、気持ちがざわざわしないで読めるようになるまで、私は手にできないかもしれません。
読んで下さる方がたくさんおられるのは、河野裕子さんが一番嬉しいことだと思います。
【2011/02/05 12:05】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年4カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
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