心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(26)~心の種をのこす言の葉~
 「空」誌に連載中の拙文「季節の詩歌(26)~心の種をのこす言の葉~」です。
長いですので、お時間のある時にでも読んでいただければ…。今回は、立体切り絵を合わせてみました。前々回に追加した記事「龍の立体カード」の作り手U氏から頂いたものです。

     yosino201201.jpg 吉野蔵王堂

 句や歌を詠む自らを作品にしてはいけないと、どこかで聞いた覚えがあるが、現実には多くの作品が存在する。そして、それらは作者の熱い思いをのせて、俳句や短歌を詠む人間を大いに励ますのである。

杜若われに発句の思ひあり      松尾 芭蕉

私などは、杜若というとせいぜい『伊勢物語』の東下りの段に出て来る「かきつばた」の折句「から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ」を思い出す程度であるが、日本のみならず中国の古典にも素養のあった芭蕉は、さまざまな情景を思い浮かべたのではなかろうか。旅先での見聞も多かった芭蕉、「発句」から展開していく句作の過程を想像すると、その楽しさが伝わってくる。

恋文のごとく書き溜め牡丹の句    安住 敦

極楽の文学こゝに夕牡丹        星野 椿

華やかな牡丹の花を前にして心ときめき、夢見心地のまま、その感動を句に留めようとしている作者。「恋文」「極楽」という表現に、俳句と関わる作者の喜び・幸福を感じ、私までわくわくしてくる。

花あればこの世に詩歌立ち上がる   角川 春樹

 平安後期以降、ただ「花」といえば、詩歌の世界では「サクラ」のことであり、この句も「桜」と読んで何の不都合もないが、私はもう少し広げて読んでみたい気がする。季節ごとの各地に咲く花、さらには、世阿弥の『風姿花伝』の「花は心、種はわざ」なども思われて、この句の深さと広さが嬉しい。

平凡な言葉かがやくはこべかな    小川 軽舟

ゆりの木の花ひとつづつ詩賜へ    山田みづえ

ある限りの夏木の幹に詩を書きたし  内藤 吐天

白鳥吹かれ来る風媒の一行詩     原子 公平

 花だけではない。草や木、鳥、周りのあらゆる自然が、俳人の詩心を刺激する。路傍に自生する「はこべ」にふさわしいのは、地に足の着いた、飾らない言葉。モクレン科の「ゆりの木」は、チューリップに似た花を高い位置に開き、詩人の憧れを誘う。青葉を茂らせた「夏木」には生命力があり、人を元気にする。「白鳥」に触発されて、詩が体の内側から立ち上がってきたのだ。魂の震えが作品になる。

      hida201201.jpg 飛騨

秋灯かくも短き詩を愛し         寺井 谷子

爽やかに俳句の神に愛されて     田中 裕明

俳句との相思相愛は、俳人にとって一年中、一生続くものであろうが、この二句のように、秋が殊更ふさわしい気がするのは、なぜだろう。暑さが去って、落ち着いて物事が考えられるようになるから。涼しい風がもの寂しさを誘い、人恋しくなるから。歳時記の季節ごとの厚さが、ふと気になった。しかし、愛も極まれば苦しくなる。全力を傾けるからだ。

命より俳諧重し蝶を待つ              阿部みどり女

詩に痩せて量(かさ)もなかりし白き骸(から)    篠原 鳳作

「命より」重いという俳諧への覚悟。その覚悟あればこそ、蝶は詩語を運んできてくれるのだろう。篠原鳳作は、「喜多子を憶ふ」という追悼の八句を詠んでおり、これはその一つである。喜多子は神戸に生まれ、新興俳句の作者としてモダンで繊細な句を詠み、日野草城門下の秀才であったようだが、二十七歳という若さで病没。彼と親交のあった篠原鳳作も、その翌年、三十歳で亡くなっている。若くして才能を発揮した彼らの早世が、惜しくてならぬ。
 同じく私には、忘れがたい俳人がいる。四十代後半に筋萎縮性側索硬化症という難病にかかりながら、句作を続けた折笠美秋である。私の高校時代の恩師が同じ病気で、やはり句作をされ送って下さっていたので、他人事とは思えぬ切実さで次の句を読んだ。

俳句おもう以外は死者か われすでに       折笠 美秋

空谷や 詩いまだ成らず 虎とも化さず 

山月嗚呼 妻子まず思うべきや 詩思うべきや

頭脳は鮮明なのに、全身が付随になり自発呼吸も発声もかなわなくなるという過酷な病気。家人の支えがなければ生きてはいけない厳しい状況の中、それでも俳句を作り続けたのは、そのことが生きることそのものであったからだ。文学に魅せられた美秋の脳裏に、時として『山月記』(中島敦著)の主人公李徴が浮かぶ。詩作のため人との交流を絶ち、人気のないさびしい谷で暮らし、ついに虎となってしまった李徴。昔の友に出会えた折にも、生活に困窮する妻子を思うよりも、自身の詩業を伝えることを優先してしまう。詩家として名を遺そうとした李徴に、表現者としての悲しみと苦悩を見ながら、自身は、そこまで徹していないのではないかと句に詠む美秋である。

       kouhukuzi201201.jpg 興福寺五重塔

短く取り組みやすいが故に、芸術面で不当な扱いを受けることもあった俳句・短歌であるが、問題にすべきは、詠み手の心構えや詩魂であろう。今まで見た俳句にもこれからあげる短歌にも、私は詩心を感じるし、人生の真実が描かれていると思う。そして、その感動こそが文学に通じる道ではなかろうか。

力こめ太々とわれは詠(うた)ひたし一首一首がたたかひなれば         武田 弘之

凄絶な一首が欲しき凄絶な一首欲しくば身を殺(そ)ぐと知れ           小西久二郎

 歌を詠むことは、己との闘いである。そのために自らの「身を殺ぐ」覚悟をお前はしているかと、作者は自身に言い聞かせる。読み手も覚悟を迫られる強さが、この二首にはある。自ずと背筋が伸びる。また一方で、次のような多角的に物事をとらえる歌のあることが、文学の豊かさであろうかと思う。

うたは慰謝 うたは解放 うたは願望(ゆめ) 寂しこの世にうたよむことも    道浦母都子

日々の暮らしの中で歌を詠まずにはおれないことが、生きることの寂しさを表しているのだ。それをもっと自虐的に述べると、次の二首のようになろうか。

読み返すことも稀なる歌などを苦労して作る不思議な病             吉野 昌夫

幸せといふべきか不幸といふべきか歌に執して世をせまく生く         吉野 昌夫

少々散文的でありのまま過ぎるため、抵抗を感じる人がいるかもしれないが、断定した結句が面白い。歌を作る自分を客観視して詠んだこれらの歌に、共感の微苦笑を誘われる人も多いであろう。

歌だけを生命の表れと思ふなかれ歌は生命の滓に過ぎぬなり          小暮 政次

歌はただ此の世の外の五位の声端的にいま結語を言へば             岡井 隆

右の二首は、「歌を詠むなんてことは大層なことではなく、〈生命の滓〉や汚い〈五位(鷺)の声〉みたいなものだ。しかし、だからこそ歌を詠むのである。」という、作者の謙遜と矜恃が共存している。

        amusuterudamu201201.jpg アムステルダム

また、次の二首は、実に率直に詠まれている故、自ずと後輩への温かい励ましになっているようだ。

作るほど下手になるといふ理論自ら明かす如く作り来りぬ            土屋 文明

ぼやき歌二つ作りてひとつ捨て残るひとつも苦労して捨つ            竹山 広

 これらの歌を芸術というには、疑問を抱かれる方もあろう。桑原武夫ではないが、作者名がわからなければどうなんだと追求されそうな二首である。しかし、このような瑣事を詠んだ歌にこそ、人生の真実があることも事実である。鴨長明『発心集』序に「道のほとりのあだごとの中に、わが一念の發心をたのしむばかりにや」とあるように、「たわいもないこと」に気づき楽しむことが、詩歌の心につながろう。また、西行は『古今集』では、雑の歌をよくよむように忠告したという。そこには、個人の肉声が浸み透っていると、大岡信氏の文章にあった。

敷島ややまと言の葉海にして拾ひし玉はみがかれにけり             藤原 良経

いにしへも今もかはらぬ世の中に心の種をのこす言の葉             細川 幽斎

良経は、西行・慈円に次いで多くの歌が『新古今集』に収録されている歌人である。戦国大名であった幽斎は、近世歌学を大成させた。昔の歌人のこの二首が、言葉の海から拾った「玉」と「心の種」を詠んでいることに注目した。歌の大切なポイントを的確に示した歌であり、作歌の基本に据えたい。

詠み得しと己頷く歌一つこのよろこびは一生につながる             植松 壽樹

かすかなるものの心に触れしとき奥ある歌となるをぞ思ふ           植松 壽樹

 「詠み得たよろこび」を知ると、歌から離れがたくなる。もしかしたら、一生に一度かもしれないが、その瞬間のために詠み続けているとも言えそうだ。俳句や短歌を作っていなければ見落としたであろう小さなことに、人生の機微や真実を見つけ、言葉に残す。詩歌をよむ喜びは、まさにそこにある。

遠きものに眼指(まなざ)し向けて生きむのみ吾が終焉は歌もて蔽へ       千代 國一

暗きより生まれて遂に冥(くら)き身の来し方行方(ゆくへ)歌しか知らず       千代 國一

大変なことは多々あっただろうが、歌に生き、歌に生かされた一生と言い切れる、この作者の幸せを思う。短歌・俳句・小説・絵画・音楽などの文化にとどまらず、スポーツ・料理・栽培等々、打ち込めるもののある人生には、悔いがない。

テーマ:短歌 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
寒中お見舞い申し上げます
俳句と相思相愛
なんだか感動する言葉ですね。
秋は俳句に似合う季節ですか。
年々、秋が物悲しくなっています。

分からない者の稚拙な言葉です。


ペーパークラフトをなさるんですね。
立体的にステキですね。

亀さんは細かい事がお好き?お得意なのね。
私もどちらかと言うと好きですが最近はあまり・・・。
今は編み物をしています。
Yさんの形見の毛糸をいっぱい頂いてきました。
【2012/01/19 09:34】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
久しぶりの雨ですが、そちらもでしょうか?いつもコメントをありがとうございます。

>亀さんは細かい事がお好き?
おおざっぱな性格だから、一応は完成させますが、いい加減で雑です。
このクラフトも、私が作ったのは「アムステルダム」だけなんですよ。
あとは、出来上がったのを頂いたり、周りの人が「やりたい!」と作ってくれたりです。

>Yさんの形見の毛糸をいっぱい頂いてきました。
ベンジャミンさんの作品で、ずっと生きられますね。喜ばれることでしょう。

この文章で紹介した折笠美秋(筋萎縮性側索硬化症という難病)が、看病をしてくれた奥さんにささげた句を、ベンジャミンさんのために書きます。
微笑(ほほえみ)が妻の慟哭 雪しんしん
大雨を妻は来つ 胸中さらに豪雨ならむ
七生七たび君を娶(めと)らん 吹雪くとも
わがための喪服の妻を思えば雪
ひかり野へ君なら蝶に乗れるだろう
なお翔ぶは凍(い)てぬため愛告げんため
【2012/01/19 18:39】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


胸が熱くなるような句を有難うございます。
夫もこんな事を思ってくれたと思う事にします。
コピーしてしまいました。(保存と言いたくなくて)

==========

Yさんは『…小脳…』と言う名前が付いていました。
遺伝性で幼児期に父親が発症、親子で看病し、娘のYさんが発症する前に亡くなられたそうです。
進行がゆるやかな病気、と 聞きました。
Yさんは「パパの歩いたのを見た記憶がない」そうです。
発症前に当時、お付き合いしていた彼に遺伝確率は50%と告げると彼のお母様が反対されたとか。
しかたがないことなのでしょう。
事実、Mさんのご主人のお身内にはこの病気の方が何人かいらっしゃるようです。

Yさんの病気もALSも最後まで思考力はしっかりしているそうですね。
何も話せなくなってもお母さまのMさんとは「あ・うん」の呼吸で通じ合っていたそうです。
【2012/01/19 20:18】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
お早うございます。
>夫もこんな事を思ってくれたと思う事にします。
ご主人の脳腫瘍・脳梗塞・麻痺…と長い期間、一生懸命付き添って来られたんですもの、そりゃあもう絶対思っておられます。

>Yさんは『…小脳…』と言う名前が付いていました。
脊髄小脳変性症と云うんでしょうか、遺伝の率が高い大変な病気があるのですね。
『1リットルの涙』という、この病気が発症した木藤亜也さんの本を読んだことがあります。
改めてネットで調べたら、文庫本になっていて、お母様の手記も出ているようです。

>何も話せなくなってもお母さまのMさんとは「あ・うん」の呼吸で通じ合っていたそうです。
ご主人、娘さんと、大切なご家族をお二人も難病で、どんなに頑張られたかと思うと、言葉がありません。
お父様を看病し、自らも発症されたYさん、どんなにお辛かっただろうと思います。
お母様のことを思うと「慈母」という言葉が、浮かんできます。心の温かい方なんだろうな。
ベンジャミンさんがお話を聞いてあげられて、よかったなって思います。
【2012/01/20 11:40】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年1月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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