心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
心に響く本-3月に読んだ本から
 3月に読んだ本から

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松兼 功・著/下谷二助・絵 『孤独の居場所』
(旬報社/2000年/1800円)

著者の松兼さんは、脳性まひによる四肢機能障害を持っていて、手がいうことをききません。この本は、鼻の先でワープロのキイを打ちながら書かれました。本音が素直に表現されていて、共感を覚えることがいっぱいありました。

    反対のほんと 
 
 大勢でいると 寂しくて
 ひとりでいると にぎやかになる
 
 話していると 言葉が聞えなくて
 黙っていると 言葉があふれてくる

 目を開けていると 何も見えなくて
 目を閉じると 空が見えてくる

 起きていると 心が眠って
 眠りにつくと 心が目を覚ます

 近くにいると 遠くに思えて
 遠くにいると 近くに思える

 走っていると 風が消えて
 立ち止まると 風が生まれる

 満ち足りていると いのちが怠けて
 苦しくなると いのちが奮い立つ

 私のそばにある 反対のほんと

 目の前の壁に気づかないのが
 いちばん大きな壁



松兼 功・著/下谷二助・絵 『あっかんべえ』
(旬報社/2000年/1600円)

先の本がよかったので、著者の小学校(養護学校)時代から大学卒業までの十六年間を綴った詩とエッセイの本を買いました。自分の手で食事をすることは困難な著者ですが、車椅子と歩行器を使って積極的に行動する姿には、一歩踏み出す勇気をもらえます。

  身のほど知らず

 ブラボー!身のほど知らず
 もっともっと“身のほど知らず”になりたい
 誰かに押しつけられた限界を打ち破って
 もっともっと 素敵になりたい

 身のほどに縛られたら 夢が窒息する
 笑われたっていい バカにされたっていい
 心がワクワクする“身のほど知らず”になりたい


私たちがついつい障害者という目で見て、限界を作ってしまうことに束縛を感じている作者がいます。しかしこれは、目に見える障害者だけでなく、すべての人にも当てはまりますね。元気とやる気と勇気をもらえる詩です。



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富安陽子作・YUJI絵『菜の子先生シリーズ』4冊
(2003年~2011年/福音館書店)
『菜の子先生がやってきた! つむじ風の一学期』
『菜の子先生は大いそがし! あらしを呼ぶ二学期』
『菜の子先生はどこへ行く? 花ふぶきの三学期』
『菜の子先生の校外パトロール 番外編スペシャル』


作者が楽しみながら書いたんだろうなと思わせる、空想する喜び満載の児童書。たまには大人も、こんなワクワク感を思い出したいですね。文も絵も面白くて、花丸!


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安冨 歩著『原発危機と「東大話法」』
(明石書店/2012年/1600円)
「魂の脱植民地化」について考えてきた現役東大教授が書いた、根源的なことを考えさせてくれる本です。少しきつい表現もありますが、さまざまな喩えや実例を引いて、分かりやすく興味深く書かれています。言葉の言い換えによって、私たちが、いとも簡単にだまされたり考えなくなったりしているということを、肝に銘じて、きちんと判断しなくてはいけないと思いました。ぜひ皆さん、お読みください。たくさん線を引きながら読みましたが、私は特に、第4章-「役」と「立場」の日本社会-に大変共感を覚えました。そこからいくつか引用します。

p215
人間ではなく「立場」から構成される「社会」は、一方で立場に伴う義務を果たすための、異常なまでの無私の献身を人間に要請し、また一方で、立場を守るための、異常なまでの利己主義を要請しました。また、ここから生じるストレスを誤魔化すための果てしない消費は、弱者に対する搾取と、自然環境に対する強烈な破壊圧力をも生み出しました。
*現代社会を簡潔に的確に表現していると、感心しました。

P233
私は学者の言うことを信頼するかどうかを判定するには、その人の主張することを吟味するだけでは不十分だと思っています。その人が立派な人なのかどうか、それが大切であって、立派な人であれば言うことを信じるし、下らない人であれば、たとえ書いたり言ったりしていることが一見立派に見えても、あるいは偉そうな肩書きや顔つきをしていても、それだけでは信じてはいけない、と考えています。
*同感です。学者だけでなく、あらゆる人に通じることだと思います。


  kouda ki

幸田 文著『木』
(新潮文庫/平成7年・22年17刷/362円)

北は北海道、南は屋久島まで、木を訪ねての随筆。著者が木と同化してしまったのではないかと思うほど、木に対する入れ込み方がすごい!良質の文章に触れたいときは、この著者の随筆を読むことにしています。以下、特に印象に残った箇所を引用。

P153
あるとき植物のことをなにくれとなく教えて下さる先生と話をしていて、野中の一本立の大木はすてきだといったら、すてきと思うのは勝手だが、なぜ一本なのか、そこを少し考えてみなくてはネ、とたしなめられた。・・・まずはじめに樹種をたしかめ、木の形態を見、有用か無用かを考え、さらにその附近を見歩いて、同種の木の切株があるかないかに気をつければ、なぜ野っ原に一本だけ残ったか、だんだん見当がついてくるでしょ。良木良材をわざわざ一本だけ残す筈がないじゃないか、伐る手間さえ惜しむほどに人の生活は苦しいのだから、野山に一本残った木の評価はおのずから明らかといえる。人間の側からいえばそれは役立たずの無価値の木であり、木の側からいうなら、不運と苦難の末にやっと得た老後の平安というわけ、どうか一本残った木をすてきとだけで片付けないで、もっとよくやってみてもらいたい、ということだった。身にしみる一本立の老木の話だった。

P165解説(佐伯一麦)
いい文章とはどんなものか。例えば、サマセット・モームが『要約すると』で、こんなふうに語っている。
「いい文章というものは、育ちのいい人の座談ににているべきだと言われている。(略)礼儀を尊重し、自分の容姿に注意をはらい(そして、いい文章というものは、適当で、しかも控えめに着こなした人の衣服にも似ているべきだとも、言われているではないか)、生真面目すぎもせず、つねに適度であり、『熱狂』を非難の眼で見なければならない。これが散文にはきわめてふさわしい土壌なのである」
英国人のモームの言っていることが、幸田文の鍛えられた日本語の文章の魅力をいちいち言いあてていることに、私は驚く。



テーマ:最近読んだ本 - ジャンル:本・雑誌

この記事に対するコメント

くりかえし、読んでいます。
モームの『要約すると』、注文しました。
【2012/04/02 19:04】 URL | cana #- [ 編集]

canaさんへ
お久しぶりです。
モームも幸田文も、とても上手な作家ですね。
いい文章に触れると、心が洗われます。

【2012/04/02 20:15】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

こんばんは…
いい文章とは…勉強になりました。
【2012/04/04 01:04】 URL | kenji #tHX44QXM [ 編集]

kenjiさんへ
お早うございます。
>いい文章とは…勉強になりました。
そうですね。短歌なども含め、いろんなことに通じそうですね。
【2012/04/04 07:21】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年8カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
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2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
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