心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(29)~日傘さす~
 俳句雑誌「空」43号に載せていただいた拙文です。写真は、万博記念公園にて。

 季節の詩歌(29)~日傘さす~

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日傘さすなべて黒色つまらなし     加藤 峰子

かつては見かけなかった黒い日傘が一気に街にあふれるようになってから、もう何年になるだろう。オゾンホールが発見され、地球に降り注ぐ紫外線の量が問題になった頃、紫外線の吸収率が高い黒色の日傘が注目を浴びた。以来、店頭に並ぶ日傘の主流は、「黒色」になってしまった。黒い日傘の嫌いな私ですら持っているのだから、街を行く人たちの日傘が「なべて黒色」なのは、当り前の風景と言えよう。
また、作者の傘も愛想のない黒一色なのであろう。それらを「つまらなし」と言い切った作者の気持ちが、私はよくわかる。誰も彼もが世間の説に従い、自分の好みや個性をおいて、同じ色の日傘をさす情けなさ。しかも、それが地味で暗い印象を持つ黒色であることの悲しさ。明るい陽光にあふれた季節に、日焼けやシミ予防を優先して黒色を選ぶ世知辛さ。自由に選べるはずの傘の色すら、さまざまなものに囚われている人生に、自身も含め、作者は腹立たしいものを感じているに違いない。

何となくためらひ開く黒日傘      名取 袿子

この句の作者も、黒い日傘に違和感を覚えている一人であろう。「ためらひ」という語から、他者の目を意識している作者が想像できる。五月になると、日傘の人が少しずつ増え始めるが、美しい空の下に、それを遮って己の身を守るためにさされた黒い日傘を見ると、私はとても憂鬱な気分になる。爽やかな空に、重く暑苦しい黒色の日傘がどう見えるか、周りにどんな印象を与えるか知っているゆえに、作者は躊躇いながら開くのである。現実には重宝しているけれども、どこかすっきりしない気分のまま…。

黒日傘振り向きもせず乗船す      大串 章

また、黒はきつい色であるため、黒日傘は、人々に毅然とした印象や、他を排除する印象を与える。それは、その色を選んでさしている、日傘の持ち主の人柄までも推測させ、この句の「振り向きもせず」が腑に落ちる。先ほどの句の作者とは対照的に、この黒日傘の持ち主は、他者の目や思惑は気にしない気丈な人か、はたまた黒日傘の中に自分を隠すように包み込んだ孤独な人か、想像も少し意地悪になる。

黒日傘の否定的な面のみ見てきたが、黒色でないと合わないと思うのが、次のような場面である。

黒日傘たたみて祷る爆心地       阪本 哲弘

黒い学生服、黒いこうもり傘、私の中学時代は黒の集団に囲まれ、どこか陰気な印象がある。次々と現れる黒い日傘の集団に嫌悪感を抱くのも、昔の印象があるせいだろう。その上、黒色には、弔いのイメージがある。黒の威儀を正した格調高さよりも、負のイメージが私には強い。しかし、この句の場合は「黒日傘」でなくてはいけない。被爆地に華やかな色柄の日傘は似合わない。しめやかに祈る場所にふさわしいのは、黒色である。鎮魂の気持ちに添った黒日傘と、「たたみて」という他者への思いやりが、この句を深みのあるものとしている。
 
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黒は確かに紫外線を吸収し人体への影響を少なくしてくれるが、赤外線の吸収率も高いので暑さという点では問題が残る。最近は、シルバーをコーティングした日傘まで出回っているが、これは正直いただけない。確かに傘の中は涼しい。しかし、反射した光は周りに飛び散り、近くにいる人はそのまぶしさと熱さに辟易するのである。実は私も購入して、その効果に感心したが、先に書いたことに気づいてからは、使うのを止めた。日傘には、次の句のような情感こそがふさわしい。

少年に道問ふ日傘さしかけて      岡本 眸

さしくれし日傘に恋の予感かな     稲畑廣太郎

並びをる夫に日傘を翳しけり      藤原さちよ

日傘をさしているのは、女性。さしかけられているのは、少年、若者、夫と、すべて男性である。同じ暑さの中に居るのに気の毒だな、と相手をいたわる気持ちが、このような句を産んだのだ。強い日射しを避けたいのは、大人も子どもも、男性も女性も同じであるのに、今は専ら婦人が用いる。しかし、ずっとそうだったわけではない。柳亭種彦著『足薪翁記』の「日傘」の条には、「庶民用としては、寛永から元禄にかけての小児用絵日傘が先で、やや遅れて正徳末から享保の初め、白紙・青紙を張った婦人用が出回ったことが記されている。」と本にあった。また、別の本には「江戸後期には京阪地方で男の日傘、日からかさが流行したことがあったが、後に江戸・大阪では禁制になった。」と書かれていた。暑さが厳しくなる一方の昨今、男性だって日傘をさしたいだろうと思っていたら、次のような歌に出会った。

日傘さし地を這ふやうな母を容れ鬱といふ字をばらばらにする    森元 輝彦

解釈の難しい歌だが、必要性の高い「雨傘」ではなく、「日傘」であることが救いになっていると思う。日傘に被われた空間には、やわらいだ明るさと穏やかな温もりがあり、その優しさが、心を癒す働きをしているのではないかという気がする。そして、心にゆとりが生じると、次のような歌となる。

さす日傘に魑魅魍魎も入れやりて三条河原の炎天の暑さ         中野 照子

盆地である京都の夏は、うんざりするほど暑い。古都京都には、物の怪が跋扈した時代がある。三条河原の辺りには、今も魑魅魍魎がうろうろしているのだろう。自棄を起こしそうな暑さの中で、虚実を問わず受け入れる作者の心の幅が、優しく楽しい。

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結局は傘は傘にて傘以上の傘はいまだに発明されず           奥村 晃作

傘の本質を突いた面白い歌だ。確かに、次々と新しい商品が開発されていく中で、傘は紙が貼られていた昔から基本の形が変わっていない。天からのものを遮るという点では、雨でも晴れでも用途は一緒であるから、次の句や歌のような人も多いはずだ。

照り降りにさして色なし古日傘     杉田 久女

夕立にさして行きかふ市人の傘は日傘になりにけるかな         大隈 言道

近頃は、初めから晴雨兼用として作られている傘もあるが、最大の特徴は、日傘は日が照っている時に使う傘だということである。それゆえ、時として次の句のようなやっかいなこととなる。雨は防がないと、服や持ち物なども濡れ、支障をきたすことも多いので、雨傘は必需品である。しかし、日射しは少し我慢すれば済んだのだし、長時間外で過ごすというわけでもなかったのだ。そんな悔いと、夜に日傘を持っている自身の滑稽さとが滲み出ている句だ。

昼が夜となりし日傘を持ちつづけ    波多野爽波

そして、日傘の一番の役目は陰を作ることである。

一歩より日傘の陰を作りつつ      祝 チエ子

追ひついて日傘の影を重ねけり     古林阿也子

持ち歩く小さき日蔭白日傘       吉田 晶子

素直に詠まれた三句であるが、「かげ」の字の使い分けが興味深い。一句目の「陰」は、傘で覆われることでできた日の当らない部分、二句目の「影」は太陽光線が傘に遮られることによってできた、地面に映る傘の像、三句目の「蔭」は緑蔭や木蔭といった草木によってできた日に当たらないところ。並べて読むことで、その微妙な違いが鮮明になった。
次の二首は、日傘の影とにんげんの関わりをじっと見ていて、どこかシュールである。

日傘さして行くとき移動する影の黒きがなかに消ゆるにんげん      渡辺 松男

陽のしずくのどに垂らして佇めば日傘の影がわがかげを消す       江戸 雪

昼日中に自分の姿を消すなんて、透明人間みたいでドキドキするではないか。独りになりたいとき、身を隠したいとき、傘は絶好の道具である。雨傘と違って、日傘の場合は、影の中にとけていけるのだから、なおさら魅力的である。

母の日傘のたもつひめやかなる翳にとらはれてゐしとほき夏の日     大塚 寅彦

日傘には「ちょとおでかけ」といった非日常的な雰囲気がある。作者は、子どもの鋭い感受性で、そこに「母」ではなく「女」の「ひめやかなる翳」を感じ取ったのではないか。「翳」という複雑な文字が、心の中の疑問や不安や不信を表している気がする。
「夜目遠目笠の内」という言葉があるが、実用一点張りではないおしゃれな「日傘」にも、同じことが言えそうである。次の二首には、日傘をさした女性の美しさと妖しさが漂い、幻想的である。

青日傘さして白昼(まひる)の苑にゐし女あやめとなりて出で来ず       小島ゆかり

まへをゆく日傘のをんな羨しかりあをき蛍のくびすぢをして         辰巳 泰子

私が気に入っている日傘は、持ち手が根曲がり竹の、厚手の木綿を藍染にした小ぶりのもので、出番が多い。レース刺繍の生成りの日傘は、影の美しさにひかれ、中国で衝動買いした。黒日傘は苦手だが、これとて地球環境を破壊している人間のせいで広まったわけで、日傘に罪はない。与謝野晶子の歌「絵日傘をかなたの岸の草になげわたる小川よ春の水ぬるき」にあるような、軽やかさ、可憐さが、日傘本来の魅力だったのではないか。

日傘差す皆マドンナになり切つて     稲畑廣太郎

吊橋に立ちて日傘を廻しけり       富安 風生

日傘より檄とばされて草野球       林 弘

たたまれて日傘も草に憩ふかな      阿部みどり女

ぜいたくに使ふ一日白日傘        佐藤 博美

これらの句のように、遊び心を持って、自然の中で、街の中で、さしたい日傘である。そして何より、私は、空を意識してさしたいと思うのである。

ひたむきに道をゆきつつパラソルの上はいかなる空とも知れず    大西 民子

青天と一つ色なり日傘(ひからかさ)      小林 一茶

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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント
こんばんは… 
傘、日傘でこんなにたくさんの作品があるとは知りませんでした(笑)

この情報収集力もスゴイと思いました。
【2012/07/07 00:12】 URL | kenji #tHX44QXM [ 編集]

kenjiさんへ
日傘を中心に集めましたが、雨傘ならもっと集まると思います。
昨日は、雷が長く続きましたが、そちらはいかがでしたか。
オスプレイの沖縄配備は、許せませんね。
【2012/07/07 17:57】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]

こんばんは
日傘の歌がいっぱいあるのですね。

確かに最近は紫外線防止効果が高いと言われている黒が主流ですね。
私のも2代目の黒です。
日傘の紫外線防止効果は1年ほどしか持たないので毎年買い替える方がいい、とテレビで言っていました。
そんなに買い換えませんけどね。

今日、近くまでさしていった雨天両用日傘はクリーム色のものです。
やっぱり両用じゃない白いレースが好きです。
以前持っていましたが毎年、夏の終わりに漂白をかけて洗い、糊を付けていました。
紫外線効果なんてなくなっていたでしょうね。


昨今は男性の日傘も見ますが江戸時代の京阪地方ではあったのですね。
【2012/07/10 18:19】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
こんばんは。
長い文章を丁寧に読んで下さって、ありがとうございます。

>日傘の紫外線防止効果は1年ほどしか持たないので毎年買い替える方がいい、とテレビで言っていました。
そうなんですか!全然知りませんでした。長く使ってます…。じゃあ帽子も同じことですよね。あらあら・・・です。

>やっぱり両用じゃない白いレースが好きです。
両用の傘は、防水がきつくて、なんか熱がこもる感じですね。
白いレースは、夏にとっても似合ってて、おしゃれです。

この頃は、なぜか夏にも黒いタイツ(レギンス?)をはいている人が多くて、見るからに暑苦しくて、「なぜ、夏に???」って思ってしまいます。
子どもがさっぱりした綿のワンピースで、素足にサンダルをはいてたりすると、涼しげでほっとします。
昔は、みんな簡単服で、体の中に風を通してましたよね。懐かしいなあ。

昔は男も女ももっと簡単な服で夏を過ごしてましたよね。それとも田舎だったからかしら?
うちわ、行水、スイカ、夜店、花火、夏祭り、縁側、風鈴、夏の風物詩を楽しみたいです。
【2012/07/11 21:39】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年3カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
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