心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(33) ~よき酒ありて~
 俳句雑誌「空」47号(2013・2)に載せて頂いている拙文です。長いので、お暇のある時に。
写真は、すべて万博記念公園の梅林にて3月初めに撮影。今週末からしばらくが、見頃でしょう。

季節の詩歌(33) ~よき酒ありて~ 

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大酒飲みで家を潰し早世した祖父、その反動で一滴も飲めなかった父、私の体質は父に似てアルコールに弱いのだが、心は恐らく祖父に似て、妙にお酒に惹かれるところがある。現実にあまり飲めない分、詩歌の世界で飲酒の気分を味わうこともしばしばである。今流行りの焼酎、とりあえず一杯のビール、お洒落なワインや洋酒もあるが、今回取り上げるのは和食に欠かせない日本酒である。次の短歌や俳句を読むと、飲まずとも酔心地になる。

酒の燗よろしきを得て湯の面に浮ける豆腐も嬉しき如し              石田比呂志

湯豆腐の小踊りするや夜の酌       玉村 豊男

辛口の酒に添えたる氷頭(ひず)なます寒夜なれども気分上々           久々湊盈子


湯豆腐と言えば、久保田万太郎の寂しさを漂わせた「湯豆腐やいのちのはてのうすあかり」をすぐに思い出すが、ここにあげた歌と句は、浮き浮きと楽しげで、酒と肴の美味しさに、作者も小躍りしているようだ。辛口の酒と氷頭なますの組み合わせが、いかにもお酒好きという感じがして、羨ましい。

胃の襞をきりきり洗ふ越の酒酔うて雪野の夢に眠らむ              山埜井喜美枝

くちびるの近づくときに匂うかなかすかにゆれてみちのくの酒           岡部桂一郎

山形によき酒ありてわれをよぶのまざらめやも酔はざらめやも           高村光太郎


新潟には、越乃寒梅という全国的に知られる銘酒がある。同じく米どころの東北地方にも、数多くの銘酒があり、それぞれの味と香りで人々を誘う。旅先で地酒を頂く味わいは格別だが、たとえその地に足を運ぶことができなくても、銘柄からかの地に思いを馳せる歓びがある。日本酒には、八海山といった地名や十四代という歴史を思わせる銘柄まで、豊かな日本語の名前が揃っている。それだけでも楽しいのに、それをどのような器で頂くかで、また美味しさが広がるのだから、なんて贅沢なことだろう。

鶴の舞ふ盃はよし雪見酒        山口 青邨

行きて帰る心むんずとぐい呑みの青磁のそらに浮ける白鶴             佐佐木幸綱


偶然、同じ絵柄の句と歌を見つけた。酒と鶴というと、仙人が黄色い鶴に乗って飛び去った中国の伝承「黄鶴楼」なども思われるが、ここに描かれた鶴は白。その清々しさと気品あふれる姿が、飲み手を上品な夢に連れて行ってくれそうではないか。

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一つまみ塩を置きたる枡酒の、老いの入口を香(かぐは)しうせり            高野 公彦

もう飲むまいカタミの酒盃を撫でている       種田山頭火

うちうちだからうちうちだからとくり返し碗に盛りたる酒をねぶれる          山崎 方代


お酒が本当に好きな人は、塩を肴にすると聞いたことがある。グラスの縁に塩を塗るマルガリータが、私は好きなので、枡の縁に載せた塩をちびりちびり舐めながら、木の香も味わうこの飲み方は、一度試さねばと、ここの歌を読んで思った。山頭火は、家業の造り酒屋を自身の酒癖によって破産させ、放浪を続けた俳人。「カタミの酒盃」が痛々しい。放浪歌人と呼ばれ独特の歌を詠んだ方代も、酒が好きだったのだろう。「碗に盛る・ねぶる」という語に、酒への強い執着を感じる。山頭火と方代の酒には、貧しさや淋しさ、自分の弱さへの哀しさがある。
『徒然草』第百七十五段に「百薬の長とはいへど、万の病は酒よりこそ起れ。憂忘るといへど、酔ひたる人ぞ、過ぎにし憂さをも思ひ出でて泣くめる。(中略)かくうとましと思ふものなれど、おのづから、捨て難き折もあるべし。」という一節がある。次にあげる種田山頭火の句や若山牧水の歌は、まさにその通り。二人とも、飲酒で命を縮めたとも言える。

酔ひざめの霰にうたれつつ戻る    

酔へばあさましく酔はねばさびしく   

酔へばさみしがる木の芽草の芽

おもひでがそれからそれへ酒のこぼれて  

それほどにうまきかとひとの問ひたらば何と答へむこの酒の味

人の世にたのしみ多し然れども酒なしにしてなにのたのしみ

酒飲めば心なごみてなみだのみかなしく頬を流るるは何ぞ

いざいざと友に盃すすめつつ泣かまほしかり酔はむぞ今夜

酒すすればわが健かの身のおくにあはれいたましき寂しさの燃ゆ

寂しみて生けるいのちのただひとつの 道づれとこそ酒をおもふに


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現代の歌人にもお酒好きは多そうだが、特に有名なのは、「日本ほろよい学会」会長の佐佐木幸綱氏であろう。「日本酒を愛する人々、文学を愛する人々、自然を愛する人々が相集い、おいしい全国の日本酒を酌み交わしながら、大いに語り合いましょう。」という会。その存在を知ったのは、数年前に伊丹市で開かれた「短歌と俳句の交響」という、氏と坪内稔典氏との講演会であった。清酒白雪で有名な伊丹市は、「東の芭蕉・西の鬼貫」と称された俳人上島鬼貫(実家は酒造業)の出身地であり、日本三大俳諧文庫の一つ「柿衞文庫」でも知られている。という訳で、講演会では、お酒や俳句が話題になった。佐佐木幸綱氏は歌人の家系というだけでなく、水原秋桜子の産院で生まれ、高校の国語の先生には中村草田男がおり、二十代の時は、高柳重信の家に入り浸っていたという、まさに短歌・俳句界のサラブレットみたいな方でもある。次は、そんな氏のお酒の歌の数々。

喉深く熱酣の酒落としつつ腹に沁みゆくまでのしばらく   

履歴書に書かざる夥しき日々の夜々の泥酔こそがわが核  

うらさびしく酒恋いわたる牧水を引用しつつ寂しくなりぬ   

何を待つでもなき夕べ 人生のこういう時間に酒を酌む幸(さち)   


上戸の面目躍如といった歌群である。体の中をお酒が通り過ぎるときの至福な時間を詠んだ一首目。自分の一番中心となるものを作り上げているのは、「泥酔」であるという二首目。「酒仙の歌人」とも称された若山牧水への共感と感傷を詠んだ歌。四首目を読むと、酒という幸に恵まれ満ち足りている作者の表情が浮かび、私まで嬉しくなってくる。
 
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さて、清酒は冷やでも温めても、それぞれの喉越しが魅力的だが、冬と言えばやはり熱燗に雪見酒。

熱燗にうそもかくしもなしといふ    久保田万太郎 

熱燗の後の淋しさありにけり      倉田 紘文

熱燗の気負ひのうらにある望郷     宇都宮滴水

熱燗やふるさと遠き人と酌み      西沢 破風


カッと体を熱くしてくれる熱燗は格別であるが、その分、その後の淋しさも深くなってしまうのだ。

熱燗や恋に不慣れでありしころ     行方 克巳

一献また一献熱き酒くみて潤(ほと)びゆくらし女男(めお)のなからい            久々湊盈子

熱燗の一本で足る齢かな        中鉢 卓花


年を重ねることで、お酒にも人にも滋味が加わる。

熱燗や雪はますます積るのみ      高浜 虚子

雪といひ夜の酒人を寡黙にす      星野麥丘人

雪見酒秘めたることは秘めしまま    木曽 晴之


雪の夜には、しっとりとした飲み方がふさわしい。純粋に酒の美味しさを味わいながら、自分と向き合うひとり酒は、腹にも胸にも沁みてくる。

ひとり酔う熱燗こぼす胸の内      山口 草堂

李白思えばすぐ酔う雪のひとり酒    原子 公平

春宵の酒場にひとり酒啜る誰か来んかなあ誰(た)あれも来るな           石田比呂志


上の歌には、独りを愛しつつも人恋しい人間の真情が吐露されていて、共感を覚える。軽やかな表現も楽しい。次にあげる作品群は、友人や知人と酒の場を設け飲んだ時のもので、生活の実感がある。

生活のつきあひの酒飲みてきて路地行けば軒に鮟鱇吊らる            宮 柊二

寒き夜や虚子まず飲めば皆酔へり    星野 立子

師の脇に酒つつしむよ年忘れ      石田 波郷


どろどろに酔うてしまひぬ年忘     日野 草城

酒飲みのかつ人生の先輩として先に酔う ちょっと失礼            石田比呂志


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年末・年始は、特にお酒が欠かせない。人間関係の潤滑油でもあるお酒には、人生の悲喜交々が映し出される。時には賑やかに、時には静かに。

年酒酌むふるさと遠き二人かな    高野 素十

大盃の年酒を回し飲みにして     仁尾 正文

生くる日のかなしみなれや酒酌めば山おろし吹く年のはじめを        前 登志夫

あさ一合、ひるに一合、よる二合八十八翁元日の酒              土屋 正夫


この歌の翁は一日四合の飲酒。さて、酩酊する酒の量とはいかほどであろう。次の二首も面白い。

一合の酒が三合になるまでは喋れぬ事も吾にはあるのだ            内田 弘

うどん屋の饂飩の文字が混沌の文字になるまでを酔う             高瀬 一誌


たくさんの酒の俳句と短歌を引用したが、読むとたちまち飲みたくなる次の三首で終りにしよう。

まひるまをひそかにし飲む酒にして音たてて喉をくだりゆきたり        島田 修二

くびほそき瓶出づるときこの酒はちひさき笑ひのこゑたつるかな        高田 流子

電熱コイルにぽッと灯ともる感じとぞ飲酒をたとへき中島らもは        栗木 京子


この記事に対するコメント

まあ、みなさんたくさんお呑みになるんですね。
合計1日に4合も呑まれる方、
1本で足りるようになった方、
楽しいですね。

梅には熱燗が似合いそうです。
と言っても私の酒量は「たしなむ程度」です。
お酒を呑みだしたのは夫の病気がきっかけで眠れずに呑みました。

今はいける口の友人も増えて美味しいランチの時にはワインなんて洒落たりしています。
でも、娘たちも婿たちもほとんど飲まないの。
お正月でもアルコールなしです。

これからはビールが美味しくなりますねv-275
【2013/03/09 22:39】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
お早うございます。
コメントありがとうございます。

昨日、白い「はんぺん」を見つけて、買ってきました。
私も夫も、ふるさとでも、こちら関西でも食べたことがないのですよ。
私の田舎は、「じゃこ天」といって、ねずみ色した歯ごたえのあるのが、一般的です。
伊達巻は、夫の好物です。ベンジャミンさんのレシピで今晩、チャレンジします。

お酒があると、食事の場が楽しくなりますね。
私は、ものすごく顔が赤くなるので、明るい時間に外で飲むときは、ウーロン茶ですが、周りが飲んでワイワイやっていると、つられて飲んだような気がします。
昨日の歌会の二次会で「酔っぱらってお風呂で寝る」という人が何人もいると知って、びっくりしました。
私は、意外と、ウィスキーだと、赤くならないし、酔いません。(たぶん…)
【2013/03/10 09:14】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年8カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
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