心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(34)~雛祭り~
 「空」誌48号に載せて頂いた拙文です。
  4月末発行の今号は「季節の詩歌(34)~雛祭り~」です。
少々季節がずれてしまいましたが、お時間のあるときにでも目を通して頂けると嬉しいです。

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 【大人買いした私のお雛様】

今年の一月、「空」の初句会で福岡を訪ねた折、柳川まで足を伸ばした。こたつ舟での川下りは、天気にも船頭さんにも恵まれ、心身ともにあたたかいものとなった。春には「さげもん」の雛祭が盛大に行われるのだと、市報の表紙を見せて下さった。それは、目の前の船頭さんが、お雛様のように着飾った子どもたちを乗せている写真で、雛祭の時の美しく華やかな様子がうかがわれた。

古民家の吊り雛とめどなく廻る   中村 英子

毛氈に影やはらかし吊し雛      谷口千賀子


舟を下りて、柳川藩主立花邸を訪ねた。広い座敷に、さげもんと呼ばれる吊し雛がゆるやかに回っていた。古い硝子戸からは光が差し込み、やわらかな影を落としていた。春には賑わうことだろう。また、敷地内の史料館には精巧な雛道具が展示してあり、文武両道の藩主の生き方が偲ばれた。

ことごとくまことをうつし雛調度     本田あふひ

針程のきせるも飾る雛調度       森 千代子

家紋付き金の蒔絵の雛道具     澤田 藤子


展示ケースには、百人一首が書かれた小指の爪ほどの札、木製の庶民の台所、豪華な塗り物などが並び、精緻を極めた雛道具に思わず見入った。
この頃は、雛祭も全国各地で伝統継承と観光による地域振興で、年々盛んになっているようだが、数年前に訪れた奈良県高取町の「雛巡り」は、ほのぼのとした手作り感があった。街道沿いの家々が雛を飾り、見物に訪れた人たちを家に招き入れ、各家庭の雛にまつわる話を聞かせて下さるのだ。

街道に残る旧家や雛まつり     樋口みのぶ

一部屋を占めて雛壇飾らるる    遠藤 まめ

豪商の一部屋使ふ御殿雛      榎並 青蘆


ここにあげた句に詠まれた情景は、高取町ばかりでなく、多くの市町村で見られるであろう。日本家屋に飾られる立派なお雛様は、それらを持たぬ者にとっても、懐かしく美しい眺めである。

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私の故郷では、月遅れの四月三日、女の子たちが、お重を入れた小さな木箱を提げ、友達の家を順番に廻る。お雛様の前で、各自が持ってきた巻き寿司や、出された雛菓子を頂くのである。

夢色の雛のあられと膨れつつ    石塚 友二

吸物に手毬麩ふたつ雛の日     能村 研三

一寸ゐてもう夕方や雛の家      岸本 尚毅


翌日には「雛送り」といって、桜が満開の河原に各家庭からご馳走を持ち寄り、男親たちが石組みの竈で汁ものを作ってくれた。温かい思い出である。

雛の日や憂ひなかりし日のことなど 桂 信子

父やさしく母きびしくて雛祭      右城 暮石

盆地より出ぬ雲のあり雛祭      高倉 和子
 

この三句は、盆地の小さな町で、親からの愛をたっぷり受けた私の子ども時代を思い出させてくれる。それは幸福感に満ちた、最高に居心地のいいものであった。地方ごとに異なる雛祭の風習は、互いに語り尽くせないほどあるだろうが、次の句にあるような、寂しさの漂う雛祭も忘れてはいけない。

雛の軸睫毛向けあひ妻子睡(ね)る    中村草田男

雛もたぬ子の吹く笛のトレモロや     文挟夫佐恵


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さて、雛祭といえば、やはり主役はお雛様であろう。衣裳の色や顔の輪郭など、それぞれの好みによって選ばれる雛人形であるが、やはり決め手は眼差しである。似ているようでどこか違う顔付きが、買い手一人一人の情感に訴えるのである。

筆入るる目を細うして雛師かな    森川 暁水

ひそやかに話して雛の品定め      鈴木 花蓑

見にもどる雛の売場の雛の顔     岡田 史乃


雛人形を真剣に選ぶのは、高価なこともあるが、どこか家族の一員を迎えるような気持ちになるからではないかと思う。一年に一度の出番しかない雛たちは、大切に扱われ心を込めて飾られる。

老いてこそなほなつかしや雛飾る    及川 貞

雛飾りつゝふと命惜しきかな      星野 立子

をみなごを持たざる妻の飾雛     出口 治郎


女児の喜ぶ姿が見たくて手に入れた雛人形であるが、これらの句にあるように、本当に心を寄せているのは、大人の方ではないかと思う。息子しかいない私も、実は大病の後、どうしても立派な雛人形が欲しくなり購入した。自分の命を託す分身のような気がしたのだろうと、十年を過ぎた今、思う。

すぐ飾りをへてさびしき雛かな      林 翔

われにふかき睡魔は来たるひとりづつ雛人形(ひな)を醒まして飾り終ふれば  小島ゆかり

段飾りの身分差を厭ひ一列に並ぶるは吾より始まりしこと              春日いづみ
 

さまざまな飾り方があるものだなと思う。ガラスケースに入っていて、箱から出せば終わりという雛、短歌の雛は、どちらも魂を持ち生きているようである。持ち主と共に年を重ねているのだろう。武田百合子のエッセイ『ことばの食卓』の「雛祭りの頃」に、子ども時代の思い出が綴ってある。

・・・臥(ね)ていて見上げると、仕丁も五人ばやしも官女もお内裏様も、雛段ごとせり上って、だんだん大きくなってゆくように見える。反り気味のこわばった格好が一層こわばって、いまにも仰向けにひっくり返りそうに見える。・・・

子どもの目は確かにこんなふうに雛飾りを受け止めている、と思った。

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雛の日の畳に差してにぎはしきひかりのなかを子は這ひめぐる          杜澤光一郎

い寝よとぞ母は言へども孤りして雛にむかひてわが少女遊ぶ           宮 柊二

弟が盗りて小さき掌の裡に隠してゐたる雛の簪                  今野 寿美
 

一首目、幸せが満ち溢れた情景である。赤児にはどんな記憶が残るだろう。少女の興奮と喜びが伝わる二首目、女の子のお祭が羨ましい男の子の三首目。どの歌にも、普段と異なる晴れがましさが漂う。

はうらつにたのしく酔へば帰りきて長く坐れり夜の雛の前             宮 柊二

落ちてゐる鼓を雛に持たせては長きしづけさにゐる思ひせり            初井しづ枝


男女の違いはあるが、「長く」「長き」が、作者の気持ちを語ってはいないだろうか。次の句や歌には、一人静かに雛に向かい、自分自身と語っているに違いない作者が感じられる。人の気持ちを内側に向かわせる不思議な力を、雛人形は持っているのだろう。

雛を手にとれば聞こゆる雛の声     橋本美代子

弥生雛かざればあわれ音もなくおりてくるかな家の霊らも             伊藤 一彦

来し方や何か怺へし雛の貌       菅井富佐子

薄墨のひひなの眉に息づきのやうな愁ひと春と漂ふ                稲葉 京子
 

人が気持ちを託す雛なればこそ、見る人によって、その時の気持ちによって、次の句のようにもなる。

笑ふかに泣くかに雛の美しく      上野 泰

眠るごと唄へるがごと雛かな      成瀬正とし


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私たちが、雛人形に美しさだけではなく、哀れさや愛おしさを感じるのは、それらが、やがて目の前から消えると知っているからではないだろうか。

並びゐし雛人形をしまふとき男雛女雛を真向かはせたり               田宮 朋子

雛の面紙もておほふややありて絶え入るこゑやはつかもれたる          平井 弘

白絹は葬りのごとし雛をさめ       井沢 正江

雛少し抵抗しつつ納めらる       稲畑廣太郎


どの歌も句も、雛に心があるように感じている。人形に情が移って、まるで作者そのもののようだ。

オルゴールの「雛祭り」の歌もう一度鳴らして妻は雛仕舞ひをり          上田 善朗

老妻のひゝなをさめも一人にて     山口 青邨

嫁ぐ子の刻かけて雛納めをり      手島 靖一


作者は、いずれも男性である。自分は手を出さず、妻や娘が雛を仕舞う様子を、後ろから眺めているのであろう。寂しく、どこか悲しい後ろ姿である。とはいえ、家の雛であれば、また一年後に逢うことができる。

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それに対して、どうにも辛い思いが付きまとうのは、「流し雛」である。もともと雛人形が祓の具であったことを考えると、形代として流されるのは当たり前のことではあるのだが。

明るくてまだ冷たくて流し雛       森 澄雄

雛流す藁の褥を厚くして         荒木 睦枝

菜の花も添へて童の雛流し       谷 迪子


日が永くなり日差しも川面も光を受け明るい春である。だが、まだ、辺りの空気やときおり吹く風、水の温度は低く冷たい。身代りに流すという行為自体も、なんだか痛々しく感じられ、藁を厚くしたり菜の花を添えたりと、優しくしないではいられない。「流し雛」の行事は、全国各地にあるようだが、なかでも桟俵にのせ川に流す鳥取の「流し雛」や、和歌山淡島神社の海に流す「雛舟」は有名である。

臥すは嘆き仰ぐは怨み流し雛      岡本 眸

雛の眼のいづこを見つつ流さるる    相馬遷子


流される雛になりきっている両句である。嘆き怨んだ後、虚ろな目となって、現世に生きることを諦めたかのような雛の姿。生身の人間ではないと分かってはいても、魂を感じてしまうのだ。

たゆたいて人の手恋うか流し雛沖への波にいまだなじめず           下野 惠助

岩肌を辷るがごとき川の瀬を流しびな危ふく越えてゆきたり            国岡 翠


あっさり流れてしまうのも、どこかに引っかかったり、転覆して沈んでしまったりするのも、気がかりである。ついに見えなくなっても、どうか無事なまま流され続けて欲しい、でき得れば良き世に辿り着いてと思うのが、人情であろう。

雛流れ去りたる方を見て佇てる     大橋 敦子

流し雛見えなくなりて子の手とる    能村登四郎

終夜潮騒雛は流されつづけゐむ     松本 明


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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

亀ちゃんのお雛さま 上品で 優雅でいいですね。それから綺麗なお花たちなど
気持ちいいね。お雛さまを詠った俳句、短歌あじわいました。
私はおひな様が無かったので 雛もたぬ・・・・・の心境ですか。
わたしも 大人買いをしたいと思いました。うちも男の子でしたので 縁が無かったので。
だから 余計に 憧れますね。
寒いのが苦手なわたし やっと木々が綺麗し、お花も色とりどりな季節を迎え 元気がでてきました。買い物しながら 家々の花をみながら 海からの風も感じながら
たまには ゆっくりと・・・ 還暦すぎて ますます 身体を大事にと思うね。
【2013/05/15 13:38】 URL | よりやん #- [ 編集]

よりやんへ
こんばんは。(嬉しいことに、まだ明るいです!)
コメントありがとう。

すっかり初夏の陽気になりましたね。
この季節は、花も緑も楽しめて、外を歩くのが楽しいです。

>海からの風も感じながら
これがいいなあ。五月の海って想像するだけでもうっとり。
離宮公園のバラもそろそろ見頃でしょうか。噴水とセットで素敵だよね。

我が家も男の子ばかりでお雛様に縁がなかったので、
がん保険がおりたとき、残るものをと思い、お雛様とマッサージチェアを買いました。
選んでいるとき、「お孫さんにですか?」と言われたのは、かなりショックでしたけど…。
いろいろ見比べて決めたので、とっても気に入っています。
【2013/05/15 18:23】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


大人買いをされたお雛様のお顔がいいですね。

娘たちのお雛様は夫の母と私の両親からなので私自身、お雛様と言うものを買ったのは8年前に伊万里で買った高さ4センチほどの陶器のお雛様です。

その時に柳川にも寄りました。
3月初めだったのでたくさんのお雛様に出会いました。

たくさんのチューリップやつつじを見ながらお雛様のことを読ませていただきました。
【2013/05/15 23:08】 URL | ベンジャミン(keiko) #oUPgpoCM [ 編集]

ベンジャミン(keiko)さんへ
こんばんは。
いつもコメントをありがとうございます。
昨日は葵祭でしたが、暑くて馬も疲れたのではないかしら?

私も、このお雛様を買うまでは、小さな陶器のお雛様や布製のなど小さなものを手に入れていました。
これを買ってからは、小さいのは玄関用と使い分け、楽しんでいます。
表情が分かるのは、大きいお雛様のいいところかもしれませんね。

柳川には、もう一度お雛祭りのときに行ってみたいです。
人も多いでしょうが、花も咲いて華やかでしょうね。
あの楽しかった船頭さんにも、またお会いできたら…と思います。

【2013/05/16 18:59】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年3カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
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