心に響く本・詩歌・言葉・音楽・風景
私の読んだ本や聴いた音楽、出会った風景の中から心に響いたものを紹介します。
季節の詩歌(37)-ひとつのりんご
 「空」誌10月号に掲載して頂いた拙文です。アップするのを忘れていました。
   よろしければ、お時間のある時にでもお読みください。

季節の詩歌(37)~ひとつのりんご~

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 農業を営む叔母が、田への農薬散布の後、急激に体調を壊し亡くなってから、四十数年が過ぎた。今、農業の現場はどうなのだろう。こんなことを思ったのは、農薬が不可欠と言われていたリンゴ栽培に疑問を感じ、無農薬リンゴを作るため、孤独で壮絶な闘いを続けた木村秋則の記録『奇跡のリンゴ』(石川拓治著)が、この夏映画になったからである。

下草の繁るにまかせ養へる土からうまきリンゴが育つ       上﨑 智旦
 
 木村氏が大きな影響を受けた福岡正信氏は、「無農薬、無肥料、無除草、不耕起」という自然農法の第一人者である。周りの偏見もあり、取り組みは困難を極めたが、この方法で健康な土壌を育てることが、安全で美味しいリンゴのためには確かな方法だった。

林檎園やはらかき草踏みて入る     岸田 稚魚

 この林檎園も、下草がよく育っている気持ちの良い場所なのだろう。赤と緑の色の対比も美しい。次の四句は、リンゴ農家の作業を見ているのか、作者自身が観光農園で体験したことか、定かではないが、りんごを捥(挘)ぐ時の動作や様子が細かく具体的で、秋晴れの下、林檎の実った情景が目に浮かぶ。

大脚立林檎と顔を並べをる       森 理和

掌に少し押し上げ林檎捥ぐ       森 理和

林檎挘げばどつと露降りしばし降る   殿村菟絲子

りんご挘ぐ青空に手をさし入れて    畑 乃武子

高嶺晴林檎の芯に蜜満ちて       横井かず子


秋晴れの下、蜜がたっぷりの甘い林檎ができていくのだろう。かつて紅玉しか知らなかった私は、学生時代、友人がくれた蜜入り林檎に感激した覚えがある。美味しいリンゴのためには、適度な寒暖差と水はけの良い環境と確実な水の供給、まんべんなく当たる太陽光が必要である。さらに、夏の暑さは禁物だが、冬の寒さは不可欠だ。リンゴの産地が、雪の降る東北や信州であるのは、必然だ。

幹太き林檎の根かた雪解けの水は浸して雪(ゆき)(くれ)うかぶ     窪田章一郎

ぴしと鳴る林檎の中の雪の水全東北は雪ぞと思ふ            馬場あき子


林檎のみずみずしさが浮かぶこの歌が頭にあった時、山形県出身の作家井上ひさしの『水の手紙 群読のために』の中に、次のような言葉を見つけた。

(全員)人間ばかりではありません/地球の生きものはみんな/水のかたまりです
(少女)トマトは九〇パーセントが水
(少年)リンゴの八五パーセントも水
(青年)サカナの七五パーセントも水
(全員)生きものはみんな水のかたまりです


果物も魚も人間も、たくさんの水からできていて、水を欲する生きものなのだ。鮮度が大切な林檎を保存したり輸送したりするのに、もみ殻を使っていたのは、林檎の温度を上げない断熱材としてだけでなく、乾燥を防ぐ役目も持っていたのだと思う。

もみがらにまみれて林檎匂ひけり    あさなが捷

智恵のみがもたせる詩を書きためて暖かきかな林檎の空箱       寺山 修司


 木製の林檎箱には、もみ殻がたっぷり詰まり、そこから実を取り出すのは子どもの楽しい仕事の一つだった。よい匂いが幸福感を増した。空き箱を、机や本箱にしたことも、懐かしく温かい思い出だ。

林檎来る津軽の風の詩のごとく     山田 六甲

啄木の地より蜜入り大林檎       小島 健

かりりんこ青森りんごかりりんこ雪の町からわが卓に来て     橋本 成子


青森、岩手、北国から届いたりんごには、風や雪、そこに住む人たちの物語が一緒についてくるようだ。

                           

星空へ店より林檎あふれをり        橋本多佳子

私が初めて出会った「林檎の句」である。店先の灯りを受け輝く様が、星空と呼応して美しい。次の句のように、林檎は磨き上げてあったのだろう。

林檎売る赤すぎる程磨き上げ        高田風人子

店頭の赤き林檎の頬をつと指につつきて幼子ゆけり       石田比呂志

赤くて球形の林檎は、幼子にも魅力的で気を引く存在だ。「頬を指につつく」しぐさから、幼子も、自分の赤い頬に時々同じことをされるから、親しみを感じたのだろうなどと、連想が広がって楽しい。

セザンヌの林檎小さき巴里に来て     森尻 禮子

私が四十年前に出かけたパリの市場やスーパーで売られている林檎は、小さかったが美味しかった。この句は、たくさんの林檎を描いたセザンヌの絵と二重写しになり、魅力的だ。次の二句は、「一つ」にこだわった句。一つだけで、色も形も十全なりんごは、それだけで恰好がつく、鮮やかで大きな存在だ。

林檎一つ劇中劇のテーブルに      安居 正浩

仏壇の大きな林檎ひとつかな      市川伊團次

 さて、選ばれて家庭のテーブルの上にのったりんごは、人々にどんな想像を呼ぶのだろう。

夜の卓に冷ゆる林檎よ実のなかに雪中行軍する人らゐて       栗木 京子

鐘りんごん林檎ぎんごん霜の夜は林檎のなかに鐘が鳴るなり     小島ゆかり

 「雪中行軍」とあると、遭難して多くの犠牲者を出した青森歩兵連隊の「八甲田山雪中行軍」を思う。夜、冷え、林檎、という具体から、歌人の頭の中は果てしなく時空を超える。二首目、閉じ込められたような「霜の夜」は、聴覚が鋭くなっている。林檎のなかには、鐘の音が内包されていると気づく。

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 ところで、りんごを食べる時、あなたはそれを丸ごとかじる派か、剥いてから食べる派か。それとも果汁にしたり、すりおろしたりするだろうか。

林檎嚙む歯に青春をかゞやかす       西島 麦南

歯にあてて雪の香ふかき林檎かな      渡辺 水巴


 齧るためには、丈夫な歯が要る。一句目、若者の白く健康的な歯が、「青春」そのもののようで、まぶしく羨ましいほどである。二句目、林檎の、歯への感触はひんやりとして清らかである。「雪の香」と捉えた感覚に、しっとりとした情感がある。

卒業式終えしばかりの男子(おのこ)らは祝いの林檎がりり食みたり       橋本 恵美

少年たちの無邪気さと、男っぽさへの憧れが出て、一区切り終えた男の子たちの成長を感じる歌である。

殊更に音たて齧る林檎かな         飛鳥 由紀

一口齧った時の音が、心地よかったのだと思う。わざと乱暴に音立てて齧ることで野性に近づき、憂さを晴らしたり、純粋に楽しんだりできるのだ。

ざくざくと林檎を齧るざくざくと砂行く兵士の足音させて       三井 修

「ざくざく」からの連想が、砂漠のある地で長く勤務していた作者ならではの感性で、印象的だ。

刃を入るる隙なく林檎紅潮す        野澤 節子

薄い皮の下には張り詰めた中身がある。新鮮な林檎は、切る側にも緊張感をもたらす。

林檎剥くときも彼女の几帳面        稲畑 汀子

皮が途切れないように慎重に剥く人、均等に分割してから剥く人、芯の取り方にも性格は出る。

命日や剥きし林檎のすぐ錆びる       中原 道夫

 命日に集まった皆で食べようと、剥いた林檎が器に盛ってあるのだろう。が、みるみる錆び色に変わり、人の世のはかなさまで思わせてしまう有り様だ。

母の忌や林檎を擂りてくれし母       小林 正史

機嫌のいい母でありたし無農薬リンゴひとかけ摺りおろす朝       俵 万智

 すりおろし林檎には、優しい母のイメージがある。離乳食、病人食といった保護を必要とする相手に与えられる食べ物だからだろう。受け取る側は労られているという思いで胸が熱くなる。「母=すり林檎」という思い出の人は、多いのではないか。

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林檎投ぐ男の中の少年に        正木ゆう子

林檎を受け取った男性は、少年時代と同じように、服でごしごしと拭いて、丸かじりしたことだろう。この句には、次の島崎藤村「初恋」(第二連のみ引用)のような恋心はないが、林檎には聖書にあるように、「禁断の果実」「知恵の実」など、アダムとイブの「楽園追放」に関わった果実のイメージがつきまとう。

やさしく白き手をのべて/林檎をわれにあたへしは/薄紅の秋の実に/人こひ初めしはじめなり

私の好きな吉田拓郎の歌にも「リンゴ」(岡本おさみ作詞・吉田拓郎作曲)という恋の歌がある。

ひとつのリンゴを君がふたつに切る/ぼくの方が少し大きく切ってある/そして二人で仲良くかじる/こんなことはなかった少し前までは/以下略

恋人同士が、一つの林檎を分ける初々しい喜び、次の歌のように、夫婦で分ける時に感じる共に過ごした時間の重さ、その違いが興味深い。

もらひたる一つの林檎夫と分けけふの平安のごとまた嘆きのごと     濱田 陽子

 林檎はただ食べるだけのものではなく、思いを寄せる象徴として、文学や歌謡の中で歌われてきた。その代表は、戦後最初のヒット曲である並木路子の「リンゴの唄」(作詞・サトウハチロー、作曲・万城目正)であろう。戦争で両親と次兄を失い悲しみの底にあった並木が、明るい声でと強く要請されて歌ったのだという。彼女の声は、戦争で憔悴した人々を慰め、不幸を抱えた人々に希望をもたらした。

赤いリンゴに くちびる寄せて/だまって見ている 青い空/リンゴは何にも いわないけれど/
リンゴの気持ちは よくわかる/リンゴ可愛や 可愛やリンゴ

みな貧しかりし林檎の歌うたひ         大串 章一

泰平の幾時代かがありましてリンゴもむけぬギャルらはびこる      杜澤光一郎


そして今、私たちはカットされたリンゴのパックを、スーパーで買うような時代に生きている。

発行後の追加:林檎むく長い手紙を読むやうに    ことり

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テーマ:俳句 - ジャンル:小説・文学

この記事に対するコメント

こんばんは。


うちの食卓に、りんごとみかんときゅうりをおいています。

夫や息子たちが、のどが渇いた時なんかに食べています。
なんもせず、そのままかじってます。

みかんはともかく・・・

きゅうりなんかは、はじっこを落として・・・とか思うのですが
下のコが「そのままかじるのが好き」というので。

りんごも幼いころは剥いてあげていたのですが、齧る方が好きとの希望で
なんとなくテーブルに置いておあります。
そこまで食べますか~ってくらいに細くなった芯だけ、残されています。
剥いて食べるのは私だけ。
そういえば上のコが幼稚園に通っていた時に『うさぎのりんご』をお弁当に入れていたら
「ママ~今日のおりんご、皮が残ってたよ?」って。

年末のテレビで拓郎さんが「りんご」を歌っていて、下のコが「あれ?この歌、歌える~♪なんでやろ?」って。
保育園の送迎の車の中で聴いていた・・・からだと思うのですが。


藤村の初恋。
中学の時に暗唱させられたのですが、なんと、今でも思い出すことができました。
七五調で覚えやすかったからかしら?
国語の授業で五音七音の日本語の美しさを教えてくださったあと
山口百恵さんの「秋桜」の詩のリズムの美しさにも触れておられました。
中学の時の国語の時間に、たくさんの詩の暗唱を課せられたのですが
今でも思い出せることに、とても驚いています。
若いころの脳って、すごいのかも?
日本語の美しさを、心の中までしっかりとしみこませてくださったことに、感謝の気持ちでいっぱいです。

ひらがなカタカナ漢字。
目で見て美しい日本語。
声にして、響きの美しい日本語。
日本に生まれて、母国語として日本語にふれていられる。
うれしく、しあわせに思います。
 
【2014/01/08 21:35】 URL | kimico #Zr2/WiYY [ 編集]

kimico さんへ
お早うございます。お返事、遅くなってごめんなさい。
丁寧に読んでくださって、コメントをたくさんありがとうございます。

>うちの食卓に、りんごとみかんときゅうりをおいています。
わがやも、りんごとみかんは置いてあるのですが、さすがにきゅうりは…。
でも、お菓子を置いているわが家より、うんとヘルシーですね。素晴らしい!

>剥いて食べるのは私だけ。
私は、四つ切りにして芯だけとったのを、皮つきのまま食べています。
残っても変色する部分が少ないのと、皮がついている方が栄養がいいとか。
ただし、出どころのわからない、農薬のついてそうなものは、皮をむきます。

>年末のテレビで拓郎さんが「りんご」を歌っていて、
BSですね。今年はライブをするとかで、テレビで見るチャンスが増えたような気がします。
ライブ、今度こそ行きたい!!!
岩合さんの猫と、拓郎さんの番組で、BS3を見る機会が多いです。

>中学の時に暗唱させられたのですが、なんと、今でも思い出すことができました。
若い時に覚えたことは忘れませんね。私も、若い時もっと覚えておけばよかった…。

美しい言葉が頭のどこかに残っているのって、素敵な財産ですよね。
唱歌や童謡にはきれいな言葉がいっぱいなのに、分からない言葉が出てくるからと歌わなくなっているのは残念です。
「赤とんぼ」の「負われてみたのは…」なんて、うんと大人になるまで「追われて」と完全に、赤とんぼの立場で歌ってましたが、後から気付くのも楽しいものです。
「夏は来ぬ」の「ほととぎすはやもきなきて」が「ほととぎすが早もう来て鳴いて」と知ったときの嬉しさ、こんな思い出がいっぱいあるのって、しあわせですよね。
【2014/01/10 08:05】 URL | 大空の亀 #- [ 編集]


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大空の亀 

Author:大空の亀 
写真の猫は姉のハオと弟のミュー。
ハオは2006年5月5日生(伝)。
ミューは2008年10月10日生(伝)。

空と言葉と草木花が好き。
趣味は読書・文芸。

読書ノート歴33年。
年間読書冊数の平均は、学生時代は
300冊、就職後は100冊~150冊。

ブログ歴 11年3カ月
2006年 3月17日から始めました。
2006年 9月 9日カウンター22222通過
2007年10月24日カウンター77777通過
2008年 5月23日カウンター100000突破 !
2008年 9月 8日カウンター111111通過
2011年 5月 4日カウンター200000突破 !
2012年 1月10日カウンター222222通過
2014年 9月15日カウンター300000突破 !



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